アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
出撃した艦娘の弾薬や燃料等の補給分の計算が終わると窓の外はすっかり暗くなっていた。
「お疲れ様、時雨。今日の分の仕事は終わったよ」
ねぎらいの言葉をかけると、ん……と伸びをして目を擦っている。大分疲れさせてしまったようだ。
「私はこれから大井達の部屋に行ってくるよ、時雨も疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
行ってらっしゃい、と珍しく机の上で溶けている時雨を残し大井と北上の部屋に向かう。今度はどんな言葉が飛んでくるのだろう。嗚呼、胃が痛い。
「珠のお肌が傷ついちゃったー。もう!」
「大井っち、私の魚雷発射管曲がってない?大丈夫ー?」
大井と北上は同室だ。部屋からは二人の声が響いている。良かった、まだ就寝してはいないようだ。
深呼吸をし、ドアをノックする。
「二人とも、まだ起きてるか?少し話を聞きたい」
声は震えて無かっただろうか?艦娘といえども女性の部屋を訪ねるのは緊張する。足柄や如月あたりなどは見抜いているのかいつもそのネタでいじってくるものだから困っているのだが。
「はーい、どうぞ」
ドアを開けて迎え入れてくれたのは大井だ。
ふわりと洗い立ての髪の匂いがする。動揺を悟られない為に部屋の様子を伺う、
綺麗に片付けられているが、工具が出してある。おそらくさきほどの会話から自前の魚雷管の整備などをしていたのだろう。
ドックに持っていけば整備員が整理してくれるだろうが、細かな点はやはり自分で整備しておきたいのだろう。
「あー、提督ー。いらっしゃーい」
北上はクッションの上で長くなりながら間延びした声をかけてくれた。
「さ、提督。何かお話があったのでは?そこに居られるとドアが閉められませんよ」
大井が私の両肩を掴んでグイと押す。恥ずかしながら突然のことでよろけてしまった。ぼやいても仕方がないが体格差を考えてもらいたいものだ……。
私が姿勢を正すと二人もソファに座ってくれた。どうやらちゃんと話を聞いてくれるようだ。
「今日はすまなかった。私の作戦ミスだ」
まずは謝罪、経緯はどうあれ艦娘に怪我をさせたのは私なのだ。
「私こそ提督に八つ当たりしてしまってごめんなさい、北上さんが私を庇って怪我をしてしまったものだから頭に血が上っちゃって」
大井もすぐに謝罪で返す。こういう部分は好感が持てる。だが次の言葉で背中から冷水を浴びせられた気分になった。
「でも調査報告書とかなり食い違いがでてますよねー。一、二隻かと思ったらエリート混じりの五隻なんて」
「大井、お前それを何処で知った」
不味い、声が少し震えてしまっただろうか。
調査報告書は軍上層部からのもので基本的に提督しか閲覧できないものだ。
作戦会議時に、自分がそれを元に作戦を練り情報を伝える事はあるが勝手に艦娘が覗いて良いものではない。
「提督の机の上に開いて置いてありましたよ?提督がそのまま忘れて行ったものだとばかり思っていましたが」
大井の言葉に絶句する。馬鹿な、鍵つきの机に保管していたはずだ。しっかりと記憶に残っている。では一体ダレが?
「提督ー、顔色悪いよー。牛乳飲むー?」
北上の間延びした力が抜けるような声がする。だがその声で少し平静を取り戻す事ができた。
「牛乳は顔色悪い時に飲んでも変わらないと思うのだが。あぁ、調査報告書に関してはすまない。私の落ち度であるがゆえに勝手に閲覧した事については不問にする。お詫びといってはなんだが今度間宮の羊羹でも差し入れしよう」
笑顔とはこうだっただろうか。ハハハと明るく声を挙げ、胸に芽生えた不信の種を隠す。
「本当ですか?! ちゃんと北上さんの分も用意してくださいね!」
「おこちゃまなのに女心わかってるねー、提督ー。んじゃアタシからは今度牛乳を差し入れしよー」
飛び跳ねて喜んでいた二人だったが、唐突に北上が私の頭をモシャモシャと撫でる。
「止めなさい、私は君達の上官であるからして過度な接触は好ましく無いと自制しているつもりだ」
頬の体温が上がるのを感じつつも、頭に置かれた手から逃れようと北上の手を掴む。
すると北上は反対の手を私の頬に当て、顔を覗き込む。
「え?提督私のこと気になってんの~?そりゃあ趣味いいね、実にいいよ!」
「あ、あまりからかわないでくれるか」
私は両手を挙げて降参のポーズをする。
キャッキャッと騒ぐ楽しそうな二人の姿を見て安心した。これならば今後の任務も支障は無いだろう。
少しばかり牛乳についての物言いがひっかかるが悪意は無いと信じよう。
「では、私はこれで失礼するとしよう。あまり女性の部屋に長居してしまうと悪いのでね」
軽口を叩き、ドアに向かう。この状態なら次の任務も支障は無さそうだ。円満な人間関係こそ尊ぶもの。
「提督、気をつけてくださいね」
ドアを開けてくれた大井が笑みを浮かべて呟く。
私はあまり北上の気をひいてはダメですよ?と言ってる風に聞こえたので解ってるよ、と軽口で返す。
すると大井はスッと目を細めて小声で囁いた。
「私を裏切ったら海に沈めますからね?」
ドアが閉まり、二人の雑談する声を背中に受けながら廊下を歩く。
当たり前だ、大切な仲間だと思っているからこそ裏切るなど考えたことも無い。
「少しばかり調査報告書の件については調べてみるか……」
月の光に誘われて窓から外を見る。
虫の音と松と月が綺麗な夜だった。
これで少しは胃の痛みも晴れようか。
……川内が松の木に模擬戦用魚雷を投げつけていたが、それはまた別の機会に語るとしよう。
鎮守府内でのショタ提督の立場は割りと好意的。