アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
すっかり冷めてしまった朝食をもそもそと食べる。
「はい、どうぞ。提督、牛乳です。」
鳳翔が牛乳のビンをコトリと置いてくれる。
「あぁ、ありがとう。」
他の艦娘はすでに食べ終わっており、他愛も無い話を談笑しているようだ。
何でもない幸せな日常に浸っていたいが、そういうわけにもいくまい。
大淀に執務室に居ろと釘を刺されている。
ある程度言う事を聞いておかなければならないだろう。
さきほどの騒ぎというほどの騒ぎでもないが、あまり注目もされていないので見ていた者達はいつもの事だと思っているのかもしれない。
「それで、提督。これからどうなさるおつもりですか?」
赤城がじっと目を合わせ聞いてきた。
「鎧袖一触よ。心配いらないわ。」
物騒な声が加賀から聞こえる。爆撃機で大淀ごと吹っ飛ばすつもりなのだろうか。慌てて止めた。
「待て、まるゆが人質に取られている。それに大淀の裏に居る者がおそらく黒幕だ。大淀に罪は無い。」
今まで身体を気遣ってくれた事などが全て嘘とは思いがたい。
それに艦娘同士で争うなど、絶対に私の目の黒いうちはさせない。
「黒幕を炙り出すまで、もう少しだけ待っていてくれるか。」
立ち上がり、頭を下げる。
艦娘達は仕方ないといった表情だが納得してくれたようだ。
「提督は優しいのデスネー!」
金剛が妹の榛名の真似をした時、昨日の電との騒動を思い出した。
「金剛?お前、駆逐艦の艦娘達に童話を教えたか?第六駆逐隊の子達だが。」
「What?……Yes!それなら英国仕込のHappyストーリーを教えてあげたネー!」
人差し指をこめかみに当て、しばらく考える素振りをしていたが、思い出したようだ。
「馬鹿者、それで榛名が責任を感じてな。おそらく正規のストーリーを教え直そうと考えているようだ。」
「Why?榛名は真面目デース!」
何が駄目なのか解っていない様だ。
数学で例えると基本の公式を教えてからアレンジするなら良いが、最初からアレンジを教えてしまうとifの可能性に気が付かないことが多い。
それをゆっくりと噛締めるように説明すると金剛も解ってくれた。
「金剛は榛名の手伝いをしてやってくれるか。今日は特に予定も無いのでな。」
「提督も一緒に来るネー!その方が楽しいデース!」
残念ながら執務室に一度は行き、仕事をしているフリを示しておかねばならない。丁重にお断りしておいた。
「ではこの場は解散しよう。皆と食事を取れて楽しかった。」
食堂の他の者にも聞こえるように声を張り上げ、パンパンと手を叩き解散の合図とする。何でもないいつもの日常だと強調するために。
話を聞いてくれた艦娘が思い思いに片付け、食堂を離れる。
今日はやる事が多そうだ。
まず執務室で身なりを整え、満潮の部屋に行く。流石に謹慎命令はやりすぎだ。解きに行かねば。
その後は病院……は原因が解ったので後回しで良いな。
輸送任務も春雨に頼まねば。
満潮と話をしたら青葉達の部屋に行こう。
大淀に会いに行くのはその後だ。執務室のピストルや短刀の類は回収されているだろうな……。
「時雨、まずは執務室に行こう。仕事をしなければ、な。」
仕事という言葉を強調すると時雨も理解したようで頷いてくれた。
「あぁ、それと鳳翔。いつもありがとう、今日も美味しかった。」
朝食をいつも作ってくれる鳳翔に礼を言う。
「提督のお力になれる事が一番ですから。お礼なら、そうですね……。いつか一緒にお店でも開いてくれると嬉しいです。」
ふふと花がほころぶような笑顔を向けられ、頬が紅潮する。
「考えておこう。」
冗談交じりの睦言には睦言で返そう。
そういえば鳳翔の竣工日は12月16日だったな。
何とはなしに調べた事だが、『あなたを守りたい』という意味を持つ誕生花だった。
実に鳳翔らしく、気に入ったので頭に残っている。
「提督?提督の仕事は艦娘を口説く事じゃないよ。」
時雨がぐいと手を引っ張る。失敬な、口説いてなどいないと反論をしたかったが、グイグイと引っ張られるので出来なかった。
鳳翔を振り返るとニコニコと微笑みながら、たおやかに胸の前で手を振っていた。
「全く提督は、艦娘達に良い格好しすぎだよ。」
手を引いて先を歩く時雨から拗ねたような声が聞こえた。
「あぁ、すまない。だが時雨、あまり引っ張ると痛いのだが。」
そうなのだ。右手をつかまれているが昨日の今日でわりと痛い。
「あっ……ごめんね、提督。大丈夫?」
時雨が先を歩きながら此方を振り向く。手が離れて、時雨の体温が逃げていくのを感じた。
「いや、それよりもちゃんと前を向いて歩いてくれ。危ないぞ。」
「大丈夫だよ。今日は土曜日だし、皆ゆっくりしているさ。」
時雨が言った瞬間角を曲がって来た誰かにぶつかる。
「わっ!?」
「きゃあ!」
……言わんこっちゃ無い。
派手な音と悲鳴が聞こえ、反射的に目を瞑ってしまった。もう一人も転んだのだろうが時雨と廊下の壁が影になっていて見えない。
「大丈夫か?」
回り込んで時雨がぶつかった艦娘に手を差し伸べる。
焦げ茶のふわりとした髪と小学生女児くらいの身長……荒潮だった。
朝潮型駆逐艦の4番艦で、満潮の妹に当たる。
おっとりとした喋り方からは想像ができないが割と積極的で好戦的な性格だ。
絡みつくような言い回しが癖になるという提督と苦手な提督とで色々と議論があるようだ。
そういえば荒潮を旗艦にし、鎮守府近海を警戒任務を命じた時、遭遇した格上の深海棲艦を自分が大破するまで追い回した事がある。
あの時は帰還命令を出しても聞いてくれなかった為、仕方なく荒潮に罰則を与えたがそれから妙に好意的になった。
しかし今、この話をするのは時間がかかるので、また後日ゆっくりと語ろうと思う。
「あらあら。痛いじゃない。」
左手でスカートについた埃を払う荒潮、時雨は自力で立ち上がったようだ。
「ごめんね、荒潮。ちょっと余所見をしていたみたいだ。」
時雨が謝る。
「そんなことよりぃ、私。提督をさがしていたのぉ。」
謝罪の言葉をそんなこと呼ばわりされた時雨は少しムッとした様子だったが、ぶつかった方に非があると思ったせいか何も言わなかった。
「用があるなら執務室で聞こう。良いか?荒潮。」
「仕方ないわね~。」
荒潮が私を探しているということはおそらく満潮の事だろう。
それならば執務室で話を聞いたほうが早い。
……盗聴されていれば、の話だが。
「時雨、すまないが先に執務室に行って鍵を開けておいてくれないか。」
秘書艦には執務室の鍵を預けてある。
ある程度のピッキング技術があれば開くような鍵だが、それでもプライバシーがあるので普段誰も居ないときには鍵をかけている。
「……いいよ、だけどあまりくっつくと雨に濡れるかもしれないよ。」
ヌルリといつの間にか私の腕に腕を絡ませている荒潮の姿と私を見て、時雨が呟き、執務室の方向へ早足で向かって行った。
「荒潮、ベタベタするのは私の好むところでは無い。すまないが少し離れてくれるだろうか。」
注意をするつもりだったが、余計に腕に力が込められた。
肩に荒潮が頭を乗せ、まるで恋人同士みたいな繋ぎ方だ。柔らかそうな髪から甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「逃げられないって言ったでしょう?」
「……何のことだ?」
荒潮は蟲惑的な笑みを浮かべ、耳元に唇を寄せてきた。
「うふふふふ。私相当しつこいけど、耐えられるのかしらぁ……」
……前言撤回、荒潮の好意的になった理由を今思い出すべきかもしれない……。
誕生花については様々な種類がありますが、一番花言葉がしっくり来るものを選びました。
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(ショタ提督イメージ
【挿絵表示】
画:めんそーれ♂様)
5/4 00:50 少しだけ文章修正