アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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良妻軽母は誤字ではありません。


柔らかな傷跡

食堂に着くと時間が遅いせいか艦娘の数はまばらだった。

 

昨夜食堂で見た顔も何人かいたが、大淀の緘口令が布かれているためか、こちらの顔をチラリと窺うと会釈程度ですませる者がほとんどだった。

 

赤城の姿を探し、ぐるりと見回すとすぐに見つかった。

横に食べ終わったドンブリが積み重ねられている中心を探せば大体赤城か加賀が見つかる。

 

……大和も中々健啖だが、恥ずかしがるせいなのかあまり食事を共にした事はない。

バイキング形式にすれば一緒に取ってくれるだろうか、と思いを巡らせていると赤城の方から声をかけられた。

 

「あら、提督。それに皆さんもお揃いで。これからお食事ですか?」

 

食後のお茶だろうか、ほうじ茶の良い香りがする。

湯飲みを上品に両手で持ち、お茶を啜る赤城は満腹感の余韻に浸っているようだ。

あれだけの量が何処へ消えたのだろうと疑問だが、そういうものだと強引に納得して考えないようにしつつ、口を開いた。

 

「あぁ、朝からゴタゴタしていたものでな。遅くなってしまった。同じテーブルについても良いだろうか。」

 

赤城の隣に回り、声をかける。

 

「えぇ、私はもう頂きましたのでごゆっくりどうぞ。」

 

ふわりと柔らかな笑顔を見せてくれるが頬にご飯粒がついていると様にはならないぞ、赤城よ。

 

「そうか、では少しばかり話に付き合ってくれないだろうか。」

 

テーブルに置いてある紙ナプキンで赤城の頬を軽く拭う。

 

「きゃっ……すみません、お恥ずかしい所を……。お話、ですか?えぇ、私でよろしければ何なりと。」

 

少し頬を染める赤城に軽く気分が高揚するのを感じたが、加賀の方向から痛いくらい視線を感じたのでゆっくりと離れる。

幸い赤城は10人程度の長テーブルで食事を取っており、空のドンブリさえどかせば私を入れて7人は余裕で座れるだろう。

 

テーブルの場所も壁に近く、盗聴の可能性も無いだろうと考えたが、ふと気付いた。

食堂なんて賑やかな場所を盗聴するなど情報量が多すぎて私なら絶対にやりたくない。

この場所を選んだ加賀は流石だな、と思う。

 

加賀を見るとテーブルを拭いている。サイドポニーに纏めた髪が仕草に合わせてゆらゆらと揺れていた。

時雨と白露が気を利かせ、空のドンブリを片付け始める。

私は全員分の箸と湯呑みでも用意してくるか。

 

「提督?提督は座っていて下さいな。まだ本調子では無いのでしょう?」

 

……扶桑に椅子に座らせられた。

 

「いや、そういう訳にも。そういえば扶桑、山城はどうした?部屋に居たら呼んできてくれないか。」

 

そういえば一晩、姉の扶桑を山城から占有してしまったような形だ。拗ねてなければいいが。

食事がまだなら一緒に取りながら話もできる。

 

「はい、では直ぐに。」

 

扶桑の声に頷いて返事を返す。起きているなら五分もせずに来るだろう。

金剛が人数分の箸と湯呑みを用意してくれた。トレイの上に一人分余っているが、おそらく山城の分だろう。

 

……捕まるかどうかはまだ分からないが。

 

「提督、お早うございます。ご飯、出来てますよ。」

 

横から声をかけてきたのは鳳翔だ。

お盆の上に食事が載っている。もしかして用意してくれたのだろうか。

他の艦娘を見ると、トレイを持って並んでいた。

自分ひとりだけ甘えるわけにもいかないが、すでに食事をよそってくれた好意を無碍にするわけにもいくまい。

 

ありがたく頂く事にした。

礼を言いつつ、鳳翔に予定が無いか確かめるために声をかけた。

 

「鳳翔、話をしたいのだが時間はあるだろうか?」

 

「ええ、忙しい時間も終わりましたから大丈夫です。」

 

熱めのお茶を注ぎながら返事を返してくれた。

 

「そうか、助かる。」

 

頭を下げ、お茶を受け取る。

他の艦娘のお茶も鳳翔が注いでくれたようだ。配り終えると斜め後ろから声がした。

 

「提督、私ここに控えていますので、御用があればいつでもおっしゃってくださいね。」

 

いや、ホテルのウェイターではあるまいし、そのような無粋な事はさせたくない。

右隣の椅子を引くと鳳翔に座るように示した。少しだけ右腕が痛んだが支障はない。使っていくうちに薄れるだろう。

 

「提督、ありがとうございます。それではお隣、失礼いたしますね。」

 

鳳翔が勧めた椅子に座る。左に赤城、右に鳳翔と言った形だ。

話し声がして入り口を見ると扶桑が山城を連れてきてくれたところだった。

山城の髪に寝癖が付いているところを見ると起こして来てくれたのかもしれない。

 

悪い事をしたな、と少しだけ思った。

 

……赤城と鳳翔以外の前に食事が並ぶ。

二人はすでに食事を取ったから当然だ。皆で手を合わせ、いただきますと声を揃える。

今朝は鮭の塩焼き、納豆、味噌汁、茎わかめの酢の物だ。

鮭の塩焼きはやはり塩辛い方が好きだ。……あまり公には言えないが、鳳翔が居るときには私だけ特別に塩抜きしていないものを出して貰っている。

白米が甘く感じるほど塩が辛いと食が進むのだ。

 

……沢山食べると鳳翔が喜んでくれるのも理由の一つだが。

思い出して鳳翔に視線を送るとニコリと微笑んでくれた。

私には母は居ないが、理想の母とはこのようなものであろうか。

 

そういえば軍学校の教官が鳳翔をいつも連れていたな。

学生の間では良妻軽母などと呼ばれ人気があったようだ。

確かに全てを赦してくれそうな懐の深さはあるが……。

たまに見せてくれるお茶目な点が気に入っていたりするのだがな。

 

……鳳翔の顔を見ながら物思いに耽っていたようだ。

加賀の声で現実に引き戻された。

 

「提督、お話とは何でしょうか。それと、鳳翔が真っ赤になっているわ。そのくらいで勘弁してあげて。」

 

気付くと確かに鳳翔が耳まで赤くなっていた。

 

「私には……少し大袈裟ではないでしょうか?」

 

もしかしたら、また小声で考えを呟いていたのかもしれないなと少し反省する。

 

「あ、あぁ。すまない。少々物思いが過ぎたようだ。」

 

慌てて鳳翔から視線を外すと、目を離しちゃNO!とか、姉様が居るのに……慢心してはダメ……などとブツブツとつぶやく声が聞こえてきたので咳払いを一つする。

 

「話についてだが、あー……第一級機密扱いとする。時雨と白露は少しだけ知っているが……。」

 

自分の食事がまだ残っているが、話し終えてから食べるとしよう。冷めているだろうが、仕方ない。少なくともせっかく作って貰ったものを残すのは矜持に反する。

一呼吸置いて、今自分がおかれている状況を話し始めた。

 

自分の体液で艦娘が戦意高揚状態になる事、大淀の処方する薬か、体質かは分からないが何かしらの異常が出ている事。

それと推測だが、体液のせいで艦娘に好かれるような匂い、またはフェロモンが発散されているかもしれないと言う事を順序だてて説明した。

 

「にわかには信じられません。」

 

加賀が冷たく言い放つ。だろうな、自分でも信じられない。

 

「信じなくても構わない、これは憶測に過ぎない。が、現に理性を失いかけた艦娘も居る。」

 

私の言葉に扶桑がビクリと体をちぢこませる。

 

「姉様……。」

 

山城が心配そうに扶桑に声をかけるが扶桑は下を向いてしまった。

 

「そんな事はどうでも良いの。」

 

加賀にグイとテーブル越しに襟を捕まれた。相当腹が立っているようだ。怒りの感情が許容量を振り切ったせいか後ろに艤装の影が見える。

それもそうだろう、こんな欠陥提督が頭ではこれからの任務に支障も出る。

おそらく加賀の力なら人一人跡形もなく消し飛ばせるだろう。

納得できないならそれも良いかもしれない。大淀が上にはうまく説明するだろう。

それこそ艦娘には何のお咎めもなく新しい提督がこの鎮守府を引き継いで終わり。

 

……ただ、それだけだ。

 

そこまで考えると、自分の不甲斐なさにダラリと力が抜けた。

話すには時期尚早だったかもしれない。……私の落ち度だ。

何処で間違ったのだろうな、と思いつつ目を閉じた。

 

……しかしその次に聞こえたのは予想に反する言葉だった。

 

「私達の提督に向ける好意まで否定された様な言い回しなので頭にきました。」

 

驚いて目を開けると赤くなった加賀が横を向いている。

 

「加賀さんは照れているんですよ。……でも、そうですね。私も少しだけ怒っています、提督。」

 

声がした方を見ると赤城だった。スルリと襟を掴んだ加賀の手を離すとそのまま抱き寄せられた。

 

「提督が私達艦娘を大事にしてくれているのを知らない子は居ません。それに艦娘を女性として扱ってくれる事も。」

 

今朝の加賀と同じように、今度は赤城の膝に乗せられ顔を覗き込まれる。

 

「提督が僕達艦娘を一回も轟沈させた事が無いのは誰もが感謝してるよ。」

 

「ふっふー、あたし達の提督はいっちばーんカッコいいんだから。」

 

時雨と白露だった。

 

「提督がかわい……コホン、カッコイイのは知ってるネー!だから私達に任せるネー!」

 

金剛だ、ナニカを言い間違えたような気がするのは放っておくことにする。

 

「提督、ずっとお慕い申しております。できればこの先もずっと……妹の山城と共に。」

 

扶桑を見ると山城も目に入った。真っ直ぐな目で見つめられ目頭が熱くなる。

 

「提督、辛い時はおそばについていますよ。だから……遠慮なく頼って下さい。」

 

「お前ら……。」

 

言葉を発した瞬間鳳翔に優しく頭を撫でられた拍子に左目からポロリと熱を持った液体が流れた。

 

「皆、体質とか、そんなもの無くとも提督だから付いていくんです。誰よりも艦娘の事を考えてくれる必死で背伸びしている子の事を……」

 

赤城に目を覆われ、頬に温かい感触が押し当てられ、何か啄ばまれるような音がして左耳がゾワリとする。

 

「赤城さん!?」

 

鳳翔の驚いた声が聞こえた。

 

「ふふ、美味しゅうございました。一航戦たるもの、先手必勝です。」

 

目を覆った手が離れると目の前に舌なめずりをした赤城の顔があった。

と言う事は先程の感触は……頬に唇を当てられたのか。

理解すると赤城の体が戦意高揚状態特有の光り輝く微粒子に包まれた。

 

「……赤城さん、ずるいです……。」

 

ボソリと呟く加賀。

何に対してずるいのかはおそらく聞いても教えてくれないだろうな、と赤城の膝の上で考えていた……。

 




閲覧ありがとうございます。
お気に入り・評価していただき、感謝の言葉もございません。
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追記:めんそーれ♂様がショタ提督を描いてくださいました。ありがとうございます!

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