アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
白露、時雨を連れて慌てて自室に赴くと見事に艦娘の人だかりが出来ていた。
手近に居た艦娘を捕まえて聞いてみる。
肩に手を置くとサイドテールがピクリと揺れた。これは、加賀か。
第一航空戦隊、略して一航戦と呼ばれる航空母艦の艦娘で、その艦載機搭載数は目を見張るものがある。
おそらく単純な能力ならばこの鎮守府で最強を誇るだろう。
赤城と違って言葉数が少ないので、物言いも合わさって近寄り難い空気を醸し出しているのが難点と言えば難点か。
しかし、加賀とも仲良くしたいと思っている艦娘も多く、何人か相談に来た事もある。
その時の事は今話す暇がないのでまた今度語ろうと思う。
「加賀、どうした。何があった。」
しかし加賀はちらりと此方を一瞥すると言い放った。
「御自分の目でご覧になった方が早いと思われます。さぁ、皆、提督が来たからどいて頂戴。」
加賀の声におそるおそるといった様子で自室を覗いていた艦娘が道を開ける。
ぐいと加賀に手を掴まれた。
怒りで興奮しているのだろうか体温が高いせいなのか解らないが、握られた手が熱くなる。
熱でもあるのかと思って加賀の顔を窺うと視線に気付かれたようだ。
「私の顔に、何かついていて?」
冷たい目で見下ろされるが、少し感情表現が下手なだけで割と感情の起伏は激しい艦娘である。
「いや、熱があるのかと思ってな。少し心配になった。」
正直に答える。
「これが普通よ。でも、そうね。そう感じるのは提督の手も熱いからじゃないかしら。」
頬に手を当てられて、じぃと顔を見つめられる。不味い。
鏡を見ていないがおそらく自分の目は泣き腫らしたようになっているだろう。
ビクリと震え、硬直していると何かを察したように目をすっと細める加賀。
「皆、提督は熱があるわ。悪いけれど解散して頂戴。」
「加賀!?何……ヲッ!?」
驚いたせいで何やらオットセイのような声が出てしまった。
視点がぐるりと回転し、加賀の顔が近くなる。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「待て、加賀!流石にこれは!」
他の艦娘も居る中、恥ずかしさで赤面するのが解る。
「あぁ、大変。熱が上がってきたみたい。さぁ皆、うつるといけないわ。」
ぎゅうと抱きしめられ、背中から胸に回された手が肺を圧迫する。
かは、と空気が漏れる。暴れさせない為だろう、しかしこちらは加賀の胸当て、つまり弓を放つ時の防具が強く当たり、少々痛い。
加賀の声で自室の前に集合していた艦娘達は一人二人と減っていった。
「私に考えがあります。提督はそのままで居て。……大泣きするほどの事があったのでしょう?」
横目で白露と時雨を見て、加賀が小さく私にだけ聞こえるような声でボソリと呟く。
此方も時雨を見るが目は腫らしてないようだ。
戦意高揚状態のおかげかもしれないなと考えた。……少しだけ羨ましい。
抱っこされたまま自室に入ると金剛と扶桑が睨みあっていた。
……それだけで大体の事は想像がついた。
おそらく金剛が私のベッドで寝ている扶桑を見つけたのだろう。
大淀の事もある。あまり騒ぎにして貰いたくなかったのだがなと思い、溜息をついた。
時雨が白露に何事か耳打ちをする。
白露は部屋の外に行き、ドアを閉めた。ドアに耳を当てて中を窺おうとする出歯亀を警戒してくれるのだろう。
「あなた達、いい加減になさい。」
加賀が二人を見据え、ピシャリと言い放つ。
その言葉に扶桑と金剛はゆっくりと加賀の顔に視線を運び、続いてその胸に抱いている私を見た。
扶桑はうろたえているようだが、金剛は私と目が合うと憤慨した様子で猛然と加賀に抗議した。
「Hey!加賀ー!どうして提督を抱っこしているネー!」
しかし加賀は涼やかな顔で一言。
「ここは譲れません。」
そのままベッドまで運んでくれる……と思ったらそのまま加賀がベッドに座った。
ベッドの上に加賀が座り、その膝の上に私が座っているような形だ。
「加賀……?すまないが、もう離してくれ。」
何か考えがあるのだろうがいい加減恥ずかしい。どんな羞恥プレイだ。
「離せません。時雨、濡れタオルを持ってきて。それと金剛、提督は熱があるようです。五月蝿くするのならば出て行って頂戴。」
扶桑はハッと息を飲むが金剛はむぅと口を膨らませている。
違うんだと言いたいが、ここは加賀に任せるしかあるまい。
……偽りとは言え、扶桑にはあまり責任を感じて欲しくないのだが。
加賀の手が目に置かれ視界を塞がれる。
あぁ、なるほど。この二人から隠してくれるつもりなのだろうか。
しかし目に置かれた手が熱い。
手の温かい女性は人付き合いや面倒見が良いといった話を何処かで聞いた事がある。
いつもの加賀を見ていたら何となく納得した。
自分にも他者にも厳しいが、面倒はしっかりと最後まで見る。
駆逐艦の艦娘、吹雪に指導をしていた事を思い出してふふと笑いが漏れた。
「提督、どうなさいました?」
見ることができたら加賀はさぞかし怪訝な顔をしているのだろう、そんな声音だ。
「いや、面倒見の良い所が加賀の良い部分のひとつだと思ってな。」
小声で囁くと、目を押さえる加賀の手がさらに押し付けられる。
心なしか温度も上がったような気がする。
「流石に気分が高揚します……。」
加賀の呟きが聞こえた。
「あのぅ、加賀さん……お顔が赤いですけれど、提督の風邪がうつったのでは?」
扶桑がおずおずと問いかける。
扶桑の誤解ほどは解いておきたくて加賀が口を開くよりも早く答えた。
「あぁ、扶桑。これは風邪ではない。その……少々知恵熱が出てな。」
理由としては苦しいが風邪では無いと言う事を教えて安心させておきたかった。
だが金剛が横槍を挟む。
「風邪じゃ無いなら加賀のような体温高い焼き鳥製造マシンより私の方がヒンヤリしてるネー!」
やめろ金剛、それは禁句だ。
空母加賀は艦船時代廃熱に問題があり、人間蒸し焼き機とも言われたと聞いている。
なので艦娘となった今も体温が高い事を気にしているだろうに。
「頭にきました。」
ぞっとするような怒りの感情と裏腹に加賀の手が熱い……まるで目の周りが焼けるように。
……頼むから興奮しないでくれるか、加賀。
「加賀、濡れタオルを持ってきたよ。って、提督!」
時雨から慌てたような声が聞こえ、加賀の手が目の上から取り払われる。
ブフッと噴出すような声が響き、そちらを見ると金剛が腹を抱えて笑っていた。
「て、提督ぅー……目の周りが真っ赤になってまるでモンキーみたいだヨー!」
……加賀の手が熱かったせいだろうか、扶桑を見るとこちらも後ろを向き肩を震わせている。
手で口を押さえているように見えるのはせめてもの心遣いだろうか。
「ていとクフッ……うん、見た目が悪いからこれ……で冷やす、といいよ……クク……。」
時雨も笑い、震えながら濡れタオルを目に乗せてくれる。
タオルの隙間からちらりと見えた加賀の顔も赤く、頬が膨らんでおり、笑いを必死で我慢しているようだった。
泣き腫らした目が知られなかったのを加賀に感謝するべきだろうか、金剛にサル呼ばわりされたのを怒るべきだろうか、時雨と扶桑に笑われたのを悲しむべきか。
複雑な感情を抱きつつ加賀の膝の柔らかさに改めて気付き、赤面するばかりであった。
今回は息抜き回です。
たくさんのお気に入り・評価・閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字などございましたらお知らせ下さい。