アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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シリアス(?)回です。


落ちる涙は時雨に似たり

「何のこと、じゃないよ、提督。いつも僕は言っているじゃないか。無理をしないでって。」

 

ゆらりと時雨が立ち上がる、気迫に押されて三歩ほど後ずさった。

 

「すまない、心配を掛けたくなかったんだ。何時から気付いていた?」

 

私が後ずさると時雨も近づく。

時雨が近づくと私も後ずさる。

 

「……提督の部屋に行って、扶桑が寝ているベッドに座って居た時に見たよ。」

 

なんてことだ、つまり最初からではないか。

 

机に手が当たり、ガシャリと音を立てて、置いてあった筆立てが落ちる。

鎮守府近辺の幼稚園児が果物の缶詰の空き缶を使って色々な色の折り紙を切ったり千切ったりして貼って作ったものだ。

 

……子供の作ったらしいカラフルな千切り絵で人っぽい何かが貼られている。時雨と白露だろう、制服と髪の色、艤装の煙突だろうか、かろうじてだが判別がつく。

 

ころころと転がり時雨の足元に転がる。

 

『おねえちゃんたちありがとう』と拙い文字でマジックで書いてあるのが見て取れた。

 

「そんなに……」

 

時雨の肩と声が震えている。

 

「そんなに提督は僕の……いや、僕達の事が信用できないの……?」

 

時雨の足先に筆入れの缶が当たった瞬間、ポタリと一滴、夏の雨が降る時のように時雨の瞳から涙が落ち、音を立てる。

 

気付かなかった、姉の白露が居るかもしれない。他の艦娘が居るかもしれないと気丈に振舞っていた時雨。

それが部屋に二人だけになった途端気が緩んだのかもしれない。

 

時雨が涙を流しながら散らばったボールペンや鉛筆を拾う。

 

下を向いて表情は伺い知る事はできない。

 

「僕はまだ、ここにいても大丈夫なのかな……。」

 

此処とはこの鎮守府の事だろう。

 

立ち上がり、時雨の青い瞳が射抜く。私の心の奥底まで、いや、体を通り抜けて壁の向こうまで見られているような気がした。

 

先程夏の雨と表現した通り、際限なく雨を溜め込んだ雲が大粒の雨を降らすように時雨の瞳から涙が落ちる。

ポタリポタリと、それはやがて土砂降りの雨になった。

一瞬躊躇したが、ゆっくりと近寄ると時雨を抱きしめた。

 

「時雨、この際ハッキリ言おう。……信用などしていない。」

 

時雨の身体が驚愕でビクリと跳ねる。

 

「いや……嫌だ。触らないで……!」

 

拒絶の言葉を唱え、力の入らない腕で離れようともがく。

背中に鉛筆やボールペンが刺さるが、更に力を込めて抱きしめると呟いた。

 

「信用などという言葉では足りない。私の命を賭けて、信頼している……!」

 

ふっと時雨から力が抜け、その場に座り込む。

 

「提督は、馬鹿なんだね……。そんな事を言われたら、また泣いちゃうじゃないかっ……!」

 

ボロボロと海を取り込んだかのような色の瞳から雨を零す時雨。

泣きじゃくる時雨を見て、綺麗だと思ってしまったのは私の心が壊れたのだろうか……。

ふと、自分の頬にも熱いものが流れるのを感じた。

 

「提督も……泣いているの?」

 

……時雨につられて泣いてしまったようだ。

 

「あぁ、今の私も……時雨、らしい……。」

 

時雨とは秋の通り雨。で、あればこの雨もすぐに止むだろう。

 

「ふふ、そっか……時雨、か。提督、じゃあ雨が上がるまで、こうしていよう。」

 

……抱き合い、ひたすらに二人で涙を流した後、お互いがお互いの顔を見ると吹き出してしまった。

 

当たり前だ。二人とも泣くに任せて泣いた為、服はドロドロ、顔は鼻水が出掛かっている。

ハンカチを出そうとポケットに手を運ぶが、無い。そうか昨日のままだったな、と思い出してまた可笑しくなってしまった。

 

「時雨、すまないがティッシュはあるだろうか。時雨の泣いた跡で私の顔も服も濡れてしまったのでな。」

 

人のせいにするなと言いたげだったが、無言でティッシュの箱を差し出す時雨。

 

礼を言いつつ受け取り、目尻に残った涙を拭く。

ゴシゴシと擦るが時雨に怒られた。

 

「提督、泣いたときは擦ったらだめだよ。ほら、こうやって……」

 

ティッシュを一枚引き抜いた時雨にふわりと目を押さえられる。

 

「擦ったら痕になるからね、泣いたのが丸わかりになるんだ。」

 

目を押さえる時雨のひんやりとした手が心地よい。

その感触をもう少し味わっていたくて、ふと頭に浮かんだ疑問を聞いてみた。

 

「時雨は……時雨は、そんな事を知っているということは、よく……泣くのか?」

 

その問いかけはしばらく時雨を逡巡させたようだ。

だが、ゆっくりと答えてくれた。

 

「提督、僕達艦娘に大戦時代の記憶があるのは知っているね?だから、そう……夢で見るんだ。」

 

……愚問だった。

 

そんな事を浅慮にも聞いてしまった自分の不甲斐なさに悔しくてまた涙が出る。

 

「あぁ、もう提督。ティッシュが一枚じゃ足りないじゃないか。」

 

ぐいと引っ張られ時雨の肩口に額が当たる。

時雨に抱きしめられ、髪の……シャンプーだろうか。良い香りが詰まりかけた鼻でも判る。

 

「大丈夫だよ。もう人が争う時代は終わったんだ。だから今度は……僕達が提督や他の人達を守るから。」

 

その言葉に自分の置かれている状況が思い出される。

人はまだ争っているんだと。

大声で叫びだしたい気持ちに駆られたが必死で押し殺し、代わりに喰い縛った歯の間から嗚咽が漏れた。

 

全てを見透かされている気がして、時雨の肩に顔を埋めたまま……また、泣いた。

 

ひとしきり涙を流した後、時雨がぽんぽんと背中を叩き擦ってくれる。

正直鉛筆やらボールペンで突き刺された部分が痛い。

 

「提督、ごめんね。なんだかハンコ注射みたいになっちゃった。」

 

……やはりか、何かしら跡は残っているだろうなと思っていたが。

 

時雨から体を離し、必死で首を回して後ろを向くが、見える場所ではなかったようだ。

 

「僕の服も提督の流した雨でびしょ濡れじゃないか、どうしてくれるんだい?」

 

咎める様な声が聞こえて、時雨を見ると肩口から胸元にかけて涙の珠が見える。

艦娘の服はある程度撥水加工がされており、多少の水なら弾くようになっている。

涙が吸収されていないのはそのせいだろう。

 

「すまない、時雨。随分と汚してしまったようだ。替えの服はあるだろうか。」

 

肩にたまった水滴がつつと時雨の胸をなぞるように通った時、見てはいけないものを見た気がして目を逸らした。

 

「大丈夫だよ。水は弾くし、何かで拭けば……んっ、やっぱりしょっぱいね……。」

 

……今、何と聞こえた?

 

しょっぱいと時雨は言わなかっただろうか。それは、つまり私の涙を口に入れたと言う事で……。

涙は血液から赤血球を抜いただけと聞いている、それはつまり血液と同じ……!

 

薬は飲んでないが、血液は不味い。昨夜、瞳から光を失った扶桑の姿がフラッシュバックする。

 

「待て、時雨!すぐに吐き出せ!」

 

慌てて時雨に視線を戻し、叫ぶ。

私の首筋に鉛筆を突き立て血を啜る時雨なんか、ましてや正気に戻った暁には間違いなく自ら果てるだろう。

そんな未来が脳裏を過ぎり、時雨の肩を掴み揺さぶる。

 

「うわっ!やめてよ、痛いじゃないか。」

 

「……え?」

 

時雨の様子はいつもと変わらなかった。強いて言うなら戦意高揚状態になっているくらいだろうか。

 

「なるほど、全部合点がいった……。」

 

「え?がってんだー……って涼風は居ないけど。」

 

訂正、少しばかり脳に糖分が行き渡っていないのかもしれない。

 

「いっちばーん!って提督!?もしかして提督が一番好きな物って?時雨!?」

 

朝練から帰ってきたらしい白露が帰ってきた途端に固まる。

こうやって肩を抱いている状況は昨日もあったなと思い出す。

ノックを……と思ったが白露達の部屋だった。私も脳に糖分が行き渡ってないらしい。

 

時雨が素早く立ち上がると白露を部屋に引きずり込みながらドアの外を確認し、閉めた。

 

「良かった、誰も居なかったみたいだ。」

 

時雨がふぅと溜息をつきながら言った。

この間、実に3秒もかかっていないだろう。

 

「あー!時雨キラキラしてるー!甘味処の間宮でいっちばん美味しい物奢って貰ったとか?」

 

白露が時雨に詰め寄る。

……戦意高揚状態の特に高い艦娘は艤装からのフィードバックで光り輝く微粒子が漏れ出す事がある。

生物や艦娘には害は無いが、私は良い事ありました!と看板を背負って歩いているようなものだ。

 

時雨はひとしきり両手を握ったり開いたりした後に此方を向いた。

 

「提督、説明してくれる?」

 

時雨の声は聞こえている。

たっぷり十秒はかけて息を吸って、吐く。

 

「あぁ、解った。だが、今から話す事は第一級機密と思え。それでも聞く勇気があるなら残れ。でなければ出て行け。」

 

覚悟を決め、ギラリと研ぎ澄まされた短刀のような目で白露と時雨を睨む。

時雨は真っ直ぐに視線を受け止め、しっかりと頷いた。

白露もいきなり変わった雰囲気に挙動不審だったが、時雨が白露の手をぎゅっと握り、小さな声で、しかし自信のこもった声で呟いた。

 

「大丈夫。」

 

驚いた様子の白露だったが、此方に視線を向けると力強く頷いた。

 

……涙は全て青く澄んだ海が飲み込んでくれた。さぁ、この歪(いびつ)を噛み砕け。

 

……奮起の感情に身を任せ浸っているとドアの外が何やら騒がしくなってきた。

ドアに耳を欹てて艦娘達の話を漏れ聞くと、どうやら私の自室で騒ぎがあったようだ。

 

……しまった、扶桑の存在を忘れていた。

 

「すまない、もう少しだけ説明は待ってくれ……。」

 

頭を抱えると白露が何かを察したようにポンポンと肩を叩いてくれたが、

先程までの感情がしおしおと萎えて行くのを感じた。

 




覧ありがとうございます。
歪な揚げ煎餅を覚えておいででしょうか。
今回はそれを掛けてあります。
でもショタ提督はショタ提督です。
ヤる時はヤってくれる……!はず。
ええ、きっと、たぶん、お、おそらく……だったら良いなぁ……。
誤字・脱字等ございましたらお知らせ下さい。

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