アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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今回はほのぼのラブ(?)回


お姉さんとショタ提督

気が付くと戦艦扶桑に乗っていた。

 

特徴的な艦橋を背に艦首に立ち、蒼い海を白く裂きながら進む。

青い空と蒼い海以外は何も見えず、ただ一人佇んでいた。

このまま何処までも行けそうな気がして空に手を延ばす。

 

太陽の光が眩しくて手をかざした瞬間、足元の感覚が無くなり海に堕ちた。

 

ざぼと音が響き、あたりは真っ暗になる。

もがいてももがいても浮かばず、海の中から感じるのは子供のときに溺れたあの嵐の音。

 

あぁ、いつの間にか海面は嵐になったのだな。

昏い黒い液体が耳から、鼻から、口から入り、なけなしの酸素を追い出す。

夢だと気付くが、この夢だけはいつも覚めてはくれない。

いつもならここで力強い手が引き上げてくれるのだが、今回は違った。

そのまま海底に沈み、柔らかい砂地に着床する。

巻き上げた砂が自分の体に降り積もるのを感じ、せめてと思い海面に手を伸ばす。

 

目を開けているのか閉じているのかさえ解らないくらい暗く深い闇の底で何も見えず、何も聞こえず、ただ柔らかな冷たさだけが体を支配していた。

 

その瞬間伸ばした手が誰かに握られた。

 

「カッ!ハッ……!?」

 

息を止めていたらしい、ヒューヒューと耳障りな音がやけに五月蝿い。

自分の呼吸音だと理解するのに数秒ほどかかった。

 

「提督、おはようございます……。」

 

何かを掴むように挙げられた手を誰かの指が包んでいた。

おそらく声の主だろう。

横を向くと扶桑が座っていた。窓の外は明るく、朝か昼かは解らないが少なくとも夜が明けている事は見て取れた。

 

扶桑の胸元についた赤い汚れを見て昨夜の事を思い出す。

 

私の血を舐め恍惚としていた扶桑の姿を。

 

じぃとしばらく元気が無いようにも思える扶桑の瞳を見つめていたが、昨夜の焦点が合わない目では無い様だ。

少しだけ警戒しつつも声をかけることにする。

 

「あぁ、おはよう扶桑。ところでこの手は?」

 

指摘するとあわあわとした様子で言い訳が聞こえた。

 

「その……提督が随分うなされてらっしゃったので……。」

 

良かった、いつもの扶桑だ。

 

昨夜は執務室で記憶を途切れさせたのまでは覚えている。その後は意識の無いまま自室にまで歩いて来たのだろうか。

 

いや、それは無い。扶桑が運んでくれたと思うのが普通だろう。

そう結論付けて礼を述べる。

 

「自室まで運んでくれたのだな、ありがとう扶桑。」

 

着の身着のままだったが、ベッドに運び布団をかけてくれたのだろう。

おかげで風邪をひくことも無かったようだ。

 

「いえ、それは……私じゃなくて山城が提督をお運びしました……。」

 

目を伏せ、憂いを含んだ瞳が所在無さげに揺れる。

 

「そうか、では扶桑は何故ここに居る?男子の寝所に入るなど、あまり喜ばしい事では無いと思うのだがな。」

 

なんとなくは気付いている。

おそらくだが、自分が私を傷つけたのだから何かしら罪滅ぼしをしようとずっと付いていてくれたのだろう。

 

……そんな事は気にせずともいいのに。

 

「申し訳ありません、提督。私はどうかしていたようです。何故あのような事を……!」

 

自分で自分の体を抱きしめ、ふるふると震える。まるで叱られる前の子供だな、と思いつつ溜息をついた。

 

「気にせずとも良い、あれは此方にも心当たりがある。」

 

その言葉に扶桑は疑問の表情を浮かべ、顔を上げる。

そう、全ては大淀が処方する薬だ。

確かめねばなるまい。

だが、まずは目の前の焦燥した様子の艦娘を労わらねば。

 

「扶桑、疲れてないのか?そのような木椅子に座っていては体が痛いだろう。」

 

扶桑が座っているのは物書きをするための机に備え付けの椅子だ。

 

「え?は、はい……確かに疲れていないと言えば嘘になりますけれど。」

 

おそらく一睡もしていないのだろうな、休めと命ずるのは簡単だが、この娘の為に何かしてやりたい気持ちが勝った。

 

「ならばこのベッドに座ると良い。私はコーヒーでも淹れて来よう。」

 

インスタントだが、と付け加えてスルリとベッドから抜け出す。

 

「いけません、提督!まだ動いては!」

 

「充分に睡眠をとったので平気だ。どうした扶桑、命令だぞ。」

 

命令という部分を強調すると渋々といった様子で先程まで私が寝ていたベッドに座った。

正直あのような硬い椅子に一晩座らせておくなど拷問にも等しい。

多少自分の匂いはついているかもしれんが、まだベッドに座って貰えれば此方としても気が楽だ。

 

……扶桑がそれを気にしなければ、の話だが。

 

紙コップにインスタントコーヒーとミルクと砂糖の袋を破って粉を入れ、電気ポットからのお湯を注ぐ。

電気ポットのお湯はいつも秘書艦が夕食後に換えてくれるので問題は無いはずだ。

一緒に入っていた使い捨てのティースプーンでかき混ぜる。

ほのかにコーヒーの香りが漂うと此方の目も覚めてくるような気がした。

 

「扶桑、できたぞ。……扶桑?」

 

眠っていた。下半身はベッドに腰掛けたまま、上半身だけを沈めている。胸元にかかった黒髪が呼吸に合わせて動いていた。

気が抜けたのかもしれないなと思い、紙コップを置くと扶桑に近寄る。

 

先程まで扶桑が座っていた椅子に座ろうとしたが止めておいた。

 

……ベッドからこぼれている脚の間から白いものがチラチラと見えたからだ。

仕方なく扶桑が寝ているベッドの頭側に座った。

 

「なぁ、扶桑。さっきまで私はお前に搭乗していたぞ。海原に白い線を引いて、青すぎる空が目に痛いほどで……。」

 

ふふと先程の夢の良い部分だけを思い出していると、扶桑の黒髪が手に触れた。

しばらく葛藤していたが、耐え切れず扶桑の頭に手を伸ばす。

 

そのまま艶のある髪を撫でると、寝ていた筈の扶桑から声がした。

 

「私の心も、提督に……」

 

「扶桑……?」

 

驚いて顔を見ても静かな寝息を立てているだけだった。

扶桑が起きたら全てを話そう。味方は一人でも多いほうが良い。

正直好意を利用しようという下衆な考えである事も自覚している。

御国から預かった大切な艦娘だ、決して結ばれる事は無いと言う事も知っている。

複雑な感情を胸に穏やかな寝息を立てている扶桑の髪を撫で続けた。

 

コーヒーの香りと鳥の鳴く声が響く部屋で、ゆっくりと時間が過ぎ去っていった。

 

「提督、新しい一日がはじまるね。……提督?」

 

扉を開けて入って来た時雨がベッドの上の私と扶桑を見て固まる。

何故この鎮守府の艦娘はノックをしないのだろうと頭を抱えた……。




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