アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
和名は浜簪(ハマカンザシ)花言葉は思いやり、同情
同時に、バスク語で武器庫を意味する
(とある説明文より抜粋)
「……っはぁ……!」
ひどく重く感じる執務室の扉を開け椅子によじ登りようやく一息つく。
灯りをつける気も起きなかった。
こういう時は月明かりだけで十分だ。
いつの間にか月は紅から寒々とした蒼い色に変わっていた。位置の加減によるものだろう。
月が低い位置では空気の関係で妙に赤く見えることもある。そう自分で結論付けた。
しばらくだらりと足と手を投げ出し、すわり心地の良い椅子の感触に溺れる。
「薬を、飲まなくてはな」
誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
すでに声に出さなければ行動を起こす気力も無いのかもしれない。
引き出しから気付け薬を取り、ふと、その隣にある瓶に目が行った。
「あぁ、これは……」
懐かしい、鎮守府に着任してしばらく経った時にくれた栄養剤だ。
あの時は寝る間も惜しんで必死に艦隊の運用や艦娘の特性、戦術を勉強していた。
「艦娘を誰一人として失いたくなかったからな」
クマを作った顔で大淀に任務を聞きに行ったら驚いた顔をしていたな。
その後は睡眠はしっかりと取る事、と念を押されそっとこの薬を忍ばせてくれた。
明石さんには内緒ですよ?とウインクしながら。
先程の冷たい大淀の顔が思い浮かび咄嗟に栄養剤の瓶を振り上げた。
「クソッ……!」
解っているのだ、ただ何処へ持って行けばいいかわからない怒りが行き場を無くしているだけなのだ。
薬に罪は無い。せめて有効利用させて貰うとしよう。
重い体をのそのそと動かし、執務室に併設されている給湯室に向かった。
「コップは……これでいいか」
ガラスのコップは棚の一番上にあり、自分の身長では台に上がらないと取れなかった為、手近にあったマグカップを手に持った。
そして蛇口から水を注ごうとしたら手が滑ってしまった。
「うわっ……! とと」
ゴンと音を立ててマグカップがシンクに落ちる。慌てて拾ったが割れたりはしてなかったようだ。
「マグカップで良かったな」
ふふと笑いひとりごちる、そういえば独り言が多くなると呆けの始まりだと祖母が言っていたな。
懐かしい顔を思い出そうとする、しかし細部まで思い出そうとすると途端にぼやけてしまう。
遠目では祖母の顔はしっかりと思い出して認識できるのだが……。
「私に絵心でもあれば違ったかもしれんな」
またククと笑いがこみあげてしまった。
今度こそ汲もうと流しっぱなしの蛇口から水をマグカップに入れる。
気付け薬と栄養剤の丸薬を一粒ずつ口に含み飲み込んだ。
「ふぅ……」
口をつけたマグカップを洗い、乾いた布巾を敷いた台に置く。明日乾いてから棚に戻すとしよう。
シンクに手を置き、気付け薬の妙な後口と戦っていると、いきなり眩しい光が襲った。
「うわっ!?」
「きゃぁぁぁ!?」
声を上げた拍子にマグカップに手が当たったようだ。シンクに落ちてガシャリと派手な音がした。今度は割れてしまったな……。
光の主も驚いたようだ。なんとも可愛らしい声が聞こえた。
「て、提督? 灯りもつけずにどうされました……?」
懐中電灯の光の主は扶桑だったらしい。壁に反射する明かりで姿が見て取れる。
「……扶桑か。驚かせてくれるな、心臓が止まるかと思ったぞ」
マグカップを片付けようと手を延ばし、欠片を拾う。
「わ、私は執務室から何やら声と物音が聞こえたので泥棒の類かと……。暗闇で作業は危ないですよ、提督」
扶桑は近づいてくると私の手を取り、もじもじと言い訳をする。
まだ心臓が跳ね上がっている。だが、扶桑のあたふたとした姿に少し落ち着きを取り戻す。
「姉様! 姉様の悲鳴が!? 痛い! ……やっぱり不幸だわ……」
何やら重いものが転がったような音と声が聞こえる。
その後ずるりずるりと音が聞こえ、扶桑と私は目を見合わせると、給湯室の入り口に生首が転がった。
「ヒッ!?」
懐中電灯を入り口に当てていた扶桑は短く悲鳴を上げると、何処からか取り出したのか試製41cm三連装砲と12cm30連装噴進砲を構えた。
「主砲、副砲、撃てえっ!」
「待て待て待て扶桑! あれは山城だ!」
こんな所で艤装を使用されては執務室自体木っ端微塵になる。なりふり構わず扶桑の身体に組み付いた。
「えっ!? 山城?」
「うぅぅ……姉様酷いです。やっぱり、不幸だわ……」
首だけを給湯室に覗かせた姿勢のまま山城ははらはらと涙を流していた。
……とりあえず明かりを点けよう。
「……なるほど、艦娘で夜の見回りをしていたのか」
明かりのついた執務室で扶桑、山城から深夜に徘徊していた理由を聞く。
そういえば幽霊騒ぎの後に艦娘見回り隊が組織されていた事をおもいだす。
艦娘が持ち周りで不定期に行っているようだ。
冷たい艤装に触れたせいか、まだ鼓動が落ち着かない。
もしあのまま発砲されていたら私の身体も無事ではなかっただろうな。
思い出してぞわりと背中に蚯蚓が這い回る。鳥肌が立ちながら鼓動が早まる自分の体の器用さが少し可笑しかった。
「提督はこんな時間まで何を?」
扶桑が両手を前で組み、所在無さ気にもじもじと指をいじる。
事故だったとはいえ、妹の山城に武装を向けてしまった事が気になっているのかもしれない。山城の表情をチラチラと伺っている。
山城は気にしていないようだが……扶桑と目が合う度に此方に視線を送ってくる。言い出せなくて困っているのかもしれないな。
「少し野暮用をこなしていたらこんな時間になってしまった。眠気覚ましに薬を飲みに来た」
嘘を言っても仕方ないだろう、ここは正直に話した。
「提督……根を詰め過ぎては、体に毒です。私? 私は……はぁ……」
大きな溜息をつき、心底落ち込んだ様子だ。
「失敗は誰にでもあることだ。だが、それをいつまでも引きずるのは良いとは言えないな」
そう言って扶桑を慰めようと近づき手を延ばした時、赤いモノが目に入ってしまい、動きが止まった。
どうやら割れたマグカップで切ってしまっていたようだ。痛みを感じる暇も無いくらい取り乱していたのかもしれない。
「提督、血が……!」
山城がハッと息を飲む。
「かすり傷程度よ、心配いらないわ。」
扶桑が私の手を取り、観察する。
「もう血は止まっているようです、提督」
「あ、あぁ、そうか。すまない、では離してくっれ!?」
ねろりと手を舐められ、語尾が上がる。
「消毒を……いたしませんと……」
「ね、姉様?」
山城も私も固まってしまっていた。
その間にも傷口に舌を這わせられ、ぐりぐりと弄られる。
これは、消毒というより、傷を広げられているような……?
頭で理解すると同時に痛みが走り、扶桑の口筋から赤い液体が一筋落ちて白い胸元を汚した。
「痛ッ!? 扶桑! 離せ!」
力いっぱい手を引っ張るがビクともしない。それどころか手首に痕が付くほど握り締められている。
握られている指の間からのぞいた手首が白く変色していた。
「!? 提督!? 姉様! やめてください! 姉様!」
山城が顔を蒼白にして半狂乱に取り乱す。
その山城の声に顔を上げた扶桑は童女の様な顔で赤く暗い瞳を細め、にこりと微笑む。
「あら……山城、美味しいの……コレ……ふふ……」
そう言ってまた血に染まった舌を傷口に近づける。
……普通じゃない。
頭で警鐘が鳴ると同時に姉の身体に必死に縋り付いて嗚咽を漏らす山城を見て、何かが切れた。
「いい加減にしろ扶桑ーーー!!!」
パァンと音を立て執務机の浜簪をあしらったデスクライトが砕け散った。
山城も扶桑も目を回している。
扶桑の握っていた手が離れ、抵抗を続けていた体は慣性に導かれるままに後ろへ運ばれる。
重たい執務机に背中を強かに打ちつけ、肺の空気が全て抜ける。
衝撃で机の上の物が落ちるが、構わずズリズリと体を机に預け、地面に腰を落とし居竦まる。
肺に空気が足りないせいか視界が暗い。
「提督……どうされました……?」
ハッと気が付いた様子の扶桑に声をかけられる。良かった……今度はしっかりと私の姿を認識しているようだ。
しかし、なにやら様子がおかしい、まるで戦意高揚状態のように活き活きとしている。
「もう……眠たいんだ……。扶桑……」
机に背を預けたまま声を絞り出す。
他にも何か口が呟いたかもしれないが思い出せない。
視界の端にヒビの入った栄養剤のビンが転がる。
何故……?血、体液、薬……。
電といい、大淀といい、そして今の扶桑。
「あぁ……そうか……」
何かが自分の中で結論づけられそうになった時、意識が限界を迎えた。
タイトルはアーマードコアシリーズの楽曲から。
そろそろショタ提督も異常に気が付いた様です。
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