アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「ちっ、なんて指揮……」
その言葉は痛烈に自分の心を抉った。
出征していた艦娘達を出迎えようと思い、執務室を出たら帰還した大井に睨まれたのだ。
「すまない、大井」
風向きと羅針盤の誤差とは言え、対空戦闘が苦手な大井と北上に敵航空母艦がいた海域へ出撃指示を出してしまった自分の責任である。もっとフォローをするべきであった。
「早く入渠しましょ、北上さん」
謝罪の言葉は聞こえているのだろうが、完全に無視されている。目頭に少し熱いものが滲んでしまうが部下の前で溢れさせてしまうわけにはいかない。遠ざかる雷巡二人を横目で見送り執務室に行こうと振り向いた途端柔らかいものにぶつかった。
「どうされました?提督」
頭の上からかけられる声、ということはこの柔らかいものは……
「扶桑、君も早く入渠してくれ。砲塔が少しゆがんでいる」
扶桑の胸に顔を埋めてしまった動揺を気取られない為にわざと感情を込めず、言い放った。
「あら、本当ですね。ですが提督、しばらくこのままでも良いのでは?」
涙がこぼれてしまいますよ、と小声で言われ頭をなでられる。いい加減子供扱いは止めてほしいと何度も言っているのだが、何故か聞き入れてはもらえない。
「扶桑、止めてくれ。他の艦娘に示しがつかない」
気持ち良いのだが、自分は提督である。いくら背が小さかろうと童顔であろうと軍属として舐められてはいけないのだ。
「扶桑、あまり提督を甘やかさないで。僕が他の子に叱られてしまうよ」
後ろから声がする。秘書艦の時雨だ。この分だと執務室で説教コースになりそうだなとため息をついた。
「ごめんなさい、ちょうど良い位置に頭があったものだから」
「扶桑、それはひょっとして私を馬鹿にしているのか?」
好きで身長が低いわけでは無い。ささいな抵抗だが毎日牛乳も飲んでいる。それでも癪に障る部分はあるのだ。
「そこまでにしておいて。提督は僕と残務整理があるんだ。扶桑も小破してるし、早く入渠してきてよ」
時雨が珍しく語気を強めに言うと扶桑も諦めたらしくようやく解放してもらえた。
早く入渠してくれよ、と扶桑に告げて執務室に向かう。
廊下の角を私達が曲がるまで扶桑はにこやかに手を振って見送ってくれた。少し心遣いが嬉しい。
「あまり鼻の下をのばしていると雨に濡れる事になるよ」
横に居た時雨から注意を受ける。不可抗力だと説明しても聞き入れて貰えはしないようだ。ならば少し手を変えてみる。
「執務室に着いたら濃い目の緑茶を淹れてくれないか。時雨の淹れてくれるお茶は美味しいからな」
「またそうやって話をごまかす。でも悪い気はしないかな。いいよ、僕で良ければ淹れてあげるよ」
さきほどまでジト目で見つめられていたが、少し雰囲気が和らいだようだ。
時雨の顔も穏やかになっている。やはり艦娘同士は仲良くしてもらいたいものだ。
特に西村艦隊として一緒に戦った時雨と扶桑では。但し、私の胃はキリキリと痛む。
後で胃薬を医務室で貰って来るとしよう。
「さて、今回の作戦は……かろうじて戦術的にみて勝利か。時雨、反省点や指摘等はあるか?」
執務室で作戦報告書を受け取る。中破の艦娘は大井と北上、しかしこの海域での敵はかなり格下のはずだ。それが腑に落ちない。
「敵のヲ級航空母艦が多かった事が予想外だったね。提督からの事前情報では一隻、もしくは二隻と聞いてたよ。だから正規空母は鎮守府で待機、航空巡洋艦の最上を作戦に加えた。だけど敵航空母艦は五隻、中にはエリートも居たよ」
時雨の報告に耳を疑った。鎮守府近海で敵空母が五隻?ありえない話だ。だが、実際にここまでの被害が出ている。上層部から届けられた調査報告が間違っていたのか?いやしかし……
「提督、聞いてる?」
時雨の声で我に返る。
「あぁ、すまない。少しボーッとしていた」
調査報告書と実際の食い違いがあった事を知られたく無かった為、咄嗟にウソをついてしまった。艦娘達には軍上層部に不審を抱かせてはならないと厳重に言われているのだ。
そんなウソを真に受けたのか時雨がふぅと溜息をついて言った。
「北上さん達が心配なんだね。あまり僕としてはオススメしないけど入渠が終わったら話をしてみたらどうかな」
考え事をしていた事を艦娘の調子を心配していると思われてしまったようだ。
他の艦娘を気遣う優しさは時雨ならではだ。私はその言葉に甘える事にし、雑務を終わらせようと腕を捲った。
「提督は早く女の子に会いたいんだね」
何を勘違いしたのか時雨の愚痴と溜息が聞こえたが聞こえないフリをした。
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扶桑と時雨が割りと好きです。