アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「な、何でもない! ぐぅっ!」
ふらつく頭と体で立ち上がる。机に手を掛け、必死で自分の重みを支える。
何故自分はこのようなことを口走ってしまったのだろう。
「もう大丈夫だ。そこを退いてくれ。春雨」
まだ膝に力は入らない。
正直立っている感触が無い。しかし、この場に無様に存在していると良い方向に転ばないのは目に見えている。
「提督、手も足も震えて産まれたての小鹿といった表現がすごくしっくりきます。本当に使う時が来るとは思いませんでしたけど」
衣笠がゆっくりと此方に近寄ってくる。
危害は加えるつもりは無いのだろうが、正直恐怖を感じている。
……待てよ?恐怖?一体何にだ?
大淀との件が知られる事か?
それとも衣笠に何かされると思っているのか?私は。
いっそのこと全てをぶちまければ楽になれるだろうか?いや、そんな事をしたら艦娘同士の不和を招きかねない。
そうなれば最悪、罷免だ。
「大丈夫だ、本当に何でも無いんだ」
力の入らない脚を叱咤しつつ、最大速力で衣笠の横をすり抜けようとする。
「逃げても無駄よ!」
……体ごと抱きしめられた。
小脇に抱えられ、まるでラグビーのボールになった気分だ。
「提督が説明してくれなければ、大淀に直談判に行くけど」
提督かっるーい、などと遊ばれゆらゆらとゆさぶられる。
「待て、待ってくれ。解った。だから離してくれ」
流石にこの体勢は恥ずかしい。それにぐるぐると視界が回って気持ち悪い。
「はーいっ! わかりました……じゃあ青葉パス!」
そのまま青葉が座っているベッドに投げ入れられた。
「うひゃあ!」
いきなり放り投げられて青葉も抱きとめようとしてくれたのだが、座っている状態では力が入らなかったらしい。
一緒にベッドに倒れこんでしまった。
ベッドの下段は柵が付いていないことがせめてもの救いか。
もし柵がついていたら引っかかって落下し、また地面とお友達になるところであった。
幸い、というべきか不幸というべきか青葉の体がクッションになっているらしい。
なるべく青葉の体に触れないように膝を立て、四つん這いの体勢になる。
……特に胸などに手が当たらないよう最新の注意を払って……。
「すまない、青葉。怪我は無いだろうか」
青葉を見下ろし、問いかける。
しかし青葉は真っ赤になって横を向き、火力が……火力がちょこっと足りないのかしら…等と物々呟いている。
「司令官、その格好は無理やり迫っているようにも見えます……」
声がした方を見ると真っ赤になった顔の春雨が手で顔を覆い、指の間から此方を見ている。
一瞬訳が解らなかったが、数秒の間をおいて理解すると同時に顔が熱くなる。
慌てて青葉から体を離すが無慈悲な声が響いた。
「青葉、提督そのまま捕まえといて!」
衣笠は悪乗りしているのだろうか。
その言葉に青葉が動き、私から目線を逸らしつつ、袖を摘まんだ。
青葉を見るとまだ顔は真っ赤だった。
こうまでされては逃げるわけにも行かないだろう。
仕方なくベッドの縁に腰掛けると青葉もそれに続いて隣に座った。
……相変わらず私の袖を摘まんだままだが。
覚悟を決めた。
今ここに居る艦娘には大淀や軍上層部の事を知っていてもらおうと思う。
春雨が居てくれるのは好都合だ。
何故なら、この娘は輸送任務が得意で他の鎮守府でも春雨型艦娘を輸送に重用している。
輸送任務のついでに軍学校時代の信頼できる友に暗号文を渡す事ができるかもしれない。
何でもない日常にカモフラージュした文を。
「まずは最初に謝る。すまない」
自分の口の前に人差し指を立て、静かにとサインを送りながら、ドアの前に誰かが居ないか気配を探る。
……幸い、気配は無い、と思う。完全に気配を遮断されていては解らないが。
壁は下地がコンクリートだ。艦娘に併せて板張りや桜の壁紙などを貼るが、騒いでも騒音被害は少ない。
ふぅと一息ついてから、今の自分が置かれている状況を述べる。
「今の私には提督としての権限が剥奪されているに近い状況だ。おそらく海軍上層部。その中でも陸軍との繋がりがある者、と睨んでいる」
流石に衣笠もおちゃらけた態度はナリをひそめたようだ。
再び椅子に座った格好で、上半身だけをズイと此方に乗り出してくる。
「何やら朝の連続ドラマより面白そうな匂いがするね」
……衣笠は衣笠だった。
連続ドラマとは朝八時に15分間ほど放映しているTVドラマだ。艦娘の間で密かにブームがおこっているいるらしい。
少し毒気を抜かれたが続ける。
「理由は提督の体調不良、見せ掛けの業務を続けない場合まるゆの生死が掛かってくる」
「まるゆちゃんって今日鎮守府に来た……?」
春雨は口に手を当て、心底驚いている様子だ。
「あぁ、そうだ。そこで春雨に頼みがある」
「わ、私にですか!? はい! 何なりと!」
話を振られ、驚いたらしい。直立不動で敬礼をして表情をひきしめる。
「軍学校時代からの友人に手紙を出したい。親も兄弟も居ない私が唯一信頼できる人間だ」
思えば少将まで一気に駆け上がったやり手だったな。
長い黒髪が特徴的だった。よく邪魔だ邪魔だと言ってぼやいていたな。懐かしい顔を思い出し、ふふと笑みが零れる。
「司令官、その方は女性ですか?」
青葉がむくれた顔で袖を引っ張ってくる。何だ、今そのような事は関係無いだろう。
「近々、ビアク島近海への輸送任務があった筈だ。その時に頼めるだろうか」
「はい! 輸送作戦はお任せください、です!」
春雨の元気良い返事が聞けて此方も気分が上向く。
しかし、この事は内密に運ばねば。
「私の体調については明日、時間外診療がある病院で診てもらうとして、この事は内密に頼む。でなければまるゆと私の首が物理的に飛ぶ」
真剣な顔を作り、できるだけ静かに話す。
その言葉に三人の艦娘はしっかりと頷いてくれた。
ビアク島と聞いて艦の鋭い方はいらっしゃるかもしれません。
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