アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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正座は足が痺れます

「で、どういう事か説明していただきましょうか」

 

 衣笠がベッドに腰掛けながらジロリと此方を睨みながら口を開く。

 ここは衣笠と青葉の部屋。

 なぜか私と春雨は正座をさせられている状態だ。

 

「いや、貧血がひどくて倒れかけた所を春雨が助けてくれた」

 

 下手な言い逃れはできないだろう。

 だがあの時は姿勢が問題だった。

 今思い出してみると、春雨の臍の下辺りに顔を埋めていたわけだからセクハラと間違われても言い訳の仕様が無い。

 しかし、貧血状態とは言え、艦娘を深海棲艦と間違えて脅えるなど、提督としてあってはならない事だ。

 武器の類を持っていなくて良かったと心から思う。

 もし守り刀でも持っていたら春雨の胸に突き立てていたかもしれない……。

 嫌な場面が脳裏に映り、ゾワリとする。

 

「司令、官……?」

 

 胸元に深く突き刺さった短刀と私の顔を交互に見つめ、信じられないと言った表情でくずおれる春雨。

 胸元の白いセーラー襟が血に染まり、胸元の赤いスカーフとの境界を無くしていく……。

 春雨を手にかけ、自分の手を血に染める自分は笑っているのだろうか、それとも泣くのだろうか。

 

「……かん! 司令官!」

 

 春雨に体を揺さぶられる。

 

「ぇ?」

 

「ぇ? じゃありませんよ、衣笠さんが怒ってます」

 

 どうやら妄想の中に溺れていたようだ。

 自分には妄想癖は無かった筈なのだがな、気をつけねば。

 

「すまない、衣笠。ボーッとしていた」

 

「大丈夫? 疲れてない? やっぱり食堂で倒れた時に頭とか打ったんじゃ」

 

 衣笠に詫びると、心配そうな目で問いが返ってくる。

 だが、春雨の前だ。その事はできれば秘密にして欲しかった。

 

「え? 司令官倒れたって……?」

 

 やはり聞かれた。説明しておかねばなるまい。

 

「胃潰瘍が悪化してな、恥ずかしい事に自分の血に驚いて貧血で倒れてしまったのだ。なのであまり言いふらさないでもらえるか」

 

 大淀の布いた緘口令をバカ正直に言いたくなくて、あえて表現をぼかした。

 ちっぽけなプライドが邪魔をしたと、誰かに笑われそうだが。

 幸い、衣笠も黙っていてくれるようだ。

 しかし青葉が口を挟んできた。

 

「でも、司令官。胃潰瘍だったら食べたものも一緒に吐いちゃわない? 青葉それくらいの知識はあるよ」

 

 そうだ、何かがおかしい。私にも少しだが医療の知識はある。

 胃からの出血ならば黒っぽい血液が出てくることが多いが、ハンカチで押さえたのは赤い鮮血だった。

 だが、春雨にまで心配を掛けたくない。

 できれば今は言わないで欲しかった。

 

「……今は何ともないからな。それに呼吸も普通にできている。救急病院に行くほどでもないだろう」

 

「まさか司令官、結核じゃないよね?」

 

 ベッドに腰掛けた青葉が足を揺らしながら聞いてきた。

 自分もその可能性を考えたが、おそらくそれはない。

 

「子供の頃に予防接種を受けている。新しいウィルスなら解らんが」

 

「……」

 

 春雨が無言で距離を取る、少しだけ傷ついた。

 

「少なくとも春に受けた健康診断では異常は無かった。肺癌やウィルスの可能性は低いだろう。気道の少し上辺りが切れたのかもしれないし、ストレス性の潰瘍だと言ったのはそれが一番可能性が高いからだ」

 

 早口で言い放つと、ハハと笑って見せた。

 春雨にまで無用な不審を抱かせるわけにもいくまい。

 

「では、日曜日に遊びに行くのは問題無いですか? 提督」

 

 忘れてはいないのだが、今の状況では素直に楽しめるとは思えない。

 大淀や軍上層部の事が頭をよぎる。しかし艦娘のメンタルケアも提督の仕事だ。

 

 にこりと笑みを作り、頷いておいた。

 

「そういえば部屋に来て欲しいと言ってはいなかったか? もう遅いので都合が悪いなら出直すが」

 

 横を見ると春雨も目を擦っている。相当に眠そうだ。

 

 春雨がごそごそとスカートのポケットから艦娘支給の懐中時計を取り出し、時間を教えてくれる。

 

「マルヒトマルマル。司令官、真夜中です。はい」

 

 春雨の言葉で衣笠も考えを改めたようだ。

 

「そうね、とりあえず提督には明日病院へ行って貰おうかしら。それで問題なければその足で私を訪ねてくださいな」

 

「あぁ、解った。ではそろそろ自室に帰っても良いだろうか。大分足も痺れてきた」

 

 横の春雨は巻き添えみたいなものだし、流石にかわいそうだ。

 

「ふふーん。どうしようかな、青葉が良いならいいですよー」

 

「青葉は別に、司令官のこと信じてますから!」

 

 いきなり話を振られた青葉は驚いた様子だがしっかりと此方の目を見て話してくれた。

 ……この信頼を裏切るわけにはいかないな。少しだけ、元気が出たような気がする。

 

「では今日は解散しますか。んにゃ~……実は私も眠くて」

 

 誰もが眠かったようだ。実を言うと私も眠気が襲ってきている。当然だろう、いつもなら床についている時間だ。

 

「では失礼するとしよう。春雨、部屋までだが送ろ……うっ!?」

 

 ……油断した。

 

 足の痺れと弾みをつけて立ち上がろうとしたせいでまた貧血が襲ってきた。

 そのまま真横に倒れこんでしまう。

 あぁ、また地面と恋人になるのか、と思ったら幸いにしてクッションらしきものに頭が納まった。

 

「ひゃうっ! ……し、司令官!? あの……」

 

 上から慌てたような春雨の声が聞こえる。驚いて重い首をぐりぐりと動かすと春雨の見下ろす顔が目の前にあった。

 ……ということはこのクッションみたいなものは春雨の膝か。

 冷静に考えている場合では無かったが、吐き気もひどく体が動かない。

 

「す、すまない。そのまま私を転がしておいてくれるだろうか。貧血がひどくて立てないらしい」

 

「は、はい! じゃあすぐに大淀さんか明石さんを……!」

 

 慌てた様子で春雨は立ち上がり、今は聞きたくない人物の名前を言葉にする。

 当然私は春雨が立ち上がったせいで、頭ごとゴロリと転がるがそれどころではない。

 

「春雨! 待て! 大淀だけは止めてくれ! 頼む……!」

 

 うつ伏せの状態で春雨に手を伸ばしながら言ってしまいハッと気がついた。

 

 今自分は何と言った?

 

 大淀 だけ は止めてくれと言わなかったか?

 ドアノブに手をかけて怪訝な顔をして此方を見る春雨と訝しげな視線を送る衣笠と青葉。

 

「提督、どういうこと?」

 

 今まで聞いたことのない冷たい声が衣笠から聞こえた。




男の浮気って割とすぐにばれますよね。
今回はそんな状態をショタ提督に味わって頂きましょう。
閲覧ありがとうございます。
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