アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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unfinished finale of shade

 ふらふらとよろけながら廊下を歩く。

 血が足りないせいなのかもな、と考え、壁に手をつき一息入れる。

 幸い時間が遅いので艦娘に出会うこともないようだ。

 もう少し歩けば執務室に着く。

 

 確か机の中に麝香を使った救命丸、いわゆる気付け薬があった筈だ。

 それまで誰とも会わなければいいが。

 それにしても目の前が暗い、少なくとも貧血とはこのようなものであっただろうか。

 さきほどまであんなに煌々と明るかった電灯が、今は蛍のようだ。

 

「大淀に一服盛られたのかもな……」

 

 呟いて、自分の想像の可笑しさにククと自虐の笑いが零れる。

 艦娘を信用しないでどうする。もしかしたら上層部の誰かから嫌々やらされているのかもしれないだろう。

 ふと、丸眼鏡をつけた陸軍の将官の姿が脳裏に浮かび上がる。

 

「いや……まさかな……」

 

 あの人物にそこまでの権限はない筈だ。慌てて呟きで否定した。

 では誰が?少なくとも海軍大将クラス。

 だめだ、頭が回らない。

 

 ふるふるとかぶりを振り、前を見たら視界の端に艦娘が居た。

 白い肌のせいだろうか、暗くなった視界にやけに目立つ。

 窓の外の月をじっと見つめている。

 どちらにしろあの娘の後ろを通らないと執務室には行けまい。

 できれば今の私の姿に気付かないでいてくれればそれはそれで一番嬉しい。

 そろそろとできるだけ足音を忍ばせる。何分体調が芳しくないので限界はあるのだが。

 後ろを通ろうとしたとき、その艦娘がボソリと呟く。

 

「ツキガ……月が、きれい……」

 

「え……?」

 

 しまった、声が出てしまった。

 声が聞こえたのか艦娘が此方をゆっくりと振り返る。

 

 いや艦娘と呼ぶには異常だった。

 髪も肌も白く、瞳だけか異様な輝きを放っている。

 艦隊を率いて居た時遠目で何度か見た事がある。

 深海棲艦と呼ばれるモノ。

 人類を脅かす存在。

 

「き、貴様は……深海……ッ!?」

 

 何やらゆるゆると手を此方に延ばしてくるのを必死で叩き落とす。

 

「イタイジャナイ……カ……ッ!」

 

 はたかれた手を擦りながらも、今度は懐に入り込もうとゆるゆると近づいてくる。

 此方もゆっくりと後ずさるが、背中に硬く冷たいモノが当たる。

 壁だ。後ろを振り向いて、その認識が嘘では無かった事に絶望する。

 だが、敵の目の前で後ろを向くなど悪手でしかなかった。

 ゆっくりと手を回され、覆いかぶさられる。

 

「や、やめっ……!」

 

 恐怖で声がかすれる。

 人間とは最上級の恐怖を感じるとこうなってしまうのだな、と身体を切り離された思考で考える。

 

「司令官、落ち着いてください」

 

 ぎゅうと体に回される腕、顔に押し当てられる柔らかな体。そして体温。

 ……温かい。

 おかしい。深海棲艦には体温が無く、冷たいと聞いている。

 確認するために手を目の前の体に当ててみる。

 やはり温かい。安心すると先程の恐怖が再び体を襲い、カタカタと膝が笑い、足から力が抜けてしまい、立っている事が困難になってしまう。

 誰かは解らないが人肌のぬくもりが消えてしまう気がして、腰に手を回し力いっぱい抱きしめる。

 

「ひゃうっ! ……し、司令官!? あの……補給物資は大丈夫、無事ですから……」

 

 すまない、痛くしてしまっただろうか。

 離したくなくてスカートに巻かれているベルトを力いっぱい掴みながら顔を上に向ける。

 

 ……春雨だ。

 

 白露型駆逐艦の五番艦で夕立を姉に持つ艦娘だ。

 普段から輸送任務が得意だと自負しており、自信に欠けるが前向きな所が評価できる。

 何故、この娘を深海棲艦などと見間違えたのだろう。

 貧血がそこまで酷かったのだろうか、そういえば膝を折った姿勢のせいか周りも少し明るい。

 血が少しは頭に回ったのかもしれない。

 

「司令官、あの……」

 

「春雨、すまない。もう少し、このままで」

 

 艦娘にこのようなみっともない姿を晒すのは、正直言って情けない。

 だが、この時はそれどころじゃ無かったように記憶している。

 頭に優しく手が添えられ、そのまま左右に撫でられる。

 驚いて、声が漏れる。

 

「春雨……?」

 

「ふふ、春雨が任務で一番活躍した時に司令官がこうしてくれたのでお返しです」

 

 そういえば輸送任務の旗艦に春雨を据え、大成功を収めた時があった。

 その時に頭を撫でた記憶がある。

 ……その後、お祝いと称して二人で外食に行った時に一騒動あったのだが……これはまた別の機会に語ろうと思う。

 

 あぁ、しかし何故か落ち着く。

 身体の中の何か大事なものが流れ出ていくような心地よい感触、このままではいけないと頭の中で警鐘が鳴っているがそれさえも抗えない甘美な誘惑にしばらく浸っていた。

 

 と、瞬間視界に真っ白な光が飛び込む。

 

「きゃぁっ!」

 

 春雨の悲鳴があがり、肩と頭に置かれていた手から後ろに荷重が掛けられる。

 当然、後ろは壁であり、後頭部を強かに打ちつけた。

 

「うごっ!」

 

 くぅと嗚咽を漏らし、涙目で頭を押さえる。

 

「司令官、青葉、見ちゃいました……」

 

 声がした方を見ると、青葉がカメラを構えていた。

 そうか、先程の光はカメラのフラッシュか。

 これは言い逃れできないな、と痛みで涙目になりながら青葉を見たらもう一回カメラのフラッシュを焚かれてしまった。

 

 この時の涙目写真が鎮守府で高レートで出回ってしまい、回収するのに奔走するのはまた別のお話。




タイトルはとある曲の題名をもじったものです。
unfinished finale shedという曲が何となく合うかなと思ったので良ければ聴きながら読んでみてください。
ショタ提督のSAN値は現在下降中。血が足りないせいか、はたまた……?
閲覧ありがとうございます。
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