アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

16 / 69
シリアス回です。


堕ちた月と満ちた潮

 ……誰かの争っているような声が聞こえる。

 

「今はあなたが知る必要はありません。それにここは関係者以外立ち入り禁止です」

 

「なにそれ!? 意味分かんない」

 

「意味が分からなくとも提督は現在安静にするのが望ましいと思われます」

 

「ふざけないでっ!」

 

 ……五月蝿いな。

 やけに重く感じる身体を起こし、周りを見回す。

 白いカーテンでさえぎられたベッド、その向こうには人影が二つ透けて見える。

 先程の声の主だろう、背の高い人物と低い人物が見て取れる。

 とりあえず言い争いを止めねば。

 ベッドから降りようとした所、足に力が入らずカーテンを引っつかむ。

 

「ぁぇ?」

 

 ……当然、カーテンはその重さに耐えられるはずも無くレールからプチプチと音をさせながら外れた。

 右手が上がりにくい事も忘れ、顔から落ちる。

 ぐぅと呻くが幸い歯や鼻は折れてはいないようだ。

 

「提督! まだ起きてはいけません!」

 

 顔を上げると無電を片手に大淀が駆け寄ってきた。

 視界の隅に満潮が居る。

 言い争っていたのはこの二人のようだ。

 大淀に肩を貸してもらい、ベッドに座らせて貰う。

 

「ありがとう、私は……そうか、食堂で気を失ってしまったのか」

 

 鼻血を出して貧血になったのかな、と笑いながら付け加える。

 大淀の表情は眼鏡に光が反射して伺えないが、どうやら笑っていないことは確かだ。

 

「満潮? 何やら関係者以外立ち入り禁止と聞こえたようだが」

 

 深呼吸して先程から耳に残っていた疑問を投げかける。

 相当苛立っているようで、腕を組みながらそっぽを向く。

 だが、話はしてくれるようだ。

 

「食堂で司令官が倒れたって聞いたのよ。もしかして私に原因があったら良い気はしないじゃない」

 

「あぁ、そうだったのか。いや、満潮には何の落ち度も無いぞ。だから安心してくれ」

 

 腕を伸ばし、頭を撫でようとしたら一歩飛び退って拒絶された。

 

「触らないでよっ!」

 

 満潮にこうまで嫌われるような事を何かしただろうか。艦隊運営に問題が出ないうちに聞いておくべきだろう。

 

「なぁ、満潮。私はお前に何かしただろうか? すまないが心当たりが無いのだが」

 

 おずおずと問いかけると満潮はキッと私を睨みつけると言い放った。

 

「知らないわよっ! なんか気に入らないだけよっ! アンタの近くに居るとイライラすんの!」

 

 理不尽な言動に少々ショックを受けた。なおも続けられる満潮の辛らつな言葉。

 

「それなのに、朝潮も荒潮も司令官司令官って……皆おかしいのよっ!」

 

 ……艦娘に好かれようと今まで努力をしてきたつもりだ。

 その様子が気に入らなかったのだろうか。

 甘味の情報を調べ、神戸の店まで発注を出したり、こっそり購入した女性にモテると銘打たれた雑誌で何度か勉強もしたりしていたが。

 流石に気分が消沈する。

 

 私がしょげている様子を意にも介さずに大淀が口を開く。

 

「満潮さん、提督が倒れたと言うのは誰に聞いたのですか?」

 

「それは朝潮に……あっ!」

 

 言ってしまって、しまったという顔をする満潮。

 何だ?何かあるのだろうか。

 

「満潮さん、とりあえず貴女には謹慎を命じます。懲罰房行きを命じないだけ有難いと思って下さい」

 

「はぁ!? 何でよ!」

 

 大淀が冷たい瞳で命令する。

 

「ちょっと待て、大淀。いくらなんでもやり過ぎだ!」

 

 慌てて抗議するが、大淀はこちらを全く無視して続けた。

 

「現在提督が倒れた事は緘口令を布いています。そして提督に対する数々の暴言。罰則としては十分でしょう」

 

「待て、大淀! お前に何の権限があって……!」

 

「お静かに、提督。また、頭に血が昇るといけません」

 

 有無を言わせない力で大淀にベッドに寝かせられ、大淀が満潮に振り向き、告げる。

 

「では第八駆逐隊、満潮! これより許可があるまで自室謹慎を命じます。解りましたね?」

 

 ギリと歯軋りの音がここまで聞こえてくるようだ。

 

「解ったわよ……! でも……私の謹慎中に、艦隊全滅とか、やめてよねっ!?」

 

 満潮は踵を返し、ドアが壊れるほどの音を立てて走って行った。

 ……眼の端に溜まっていた水晶の輝きは悔しいせいか、それとも……。

 満潮、後で何かできる事があればしてやるべきか。

 だが、まずは目の前の問題が最優先だ。

 

「大淀、緘口令とはどういう事だ。しかも私の前で満潮に罰則を与えるなど何の権限がある」

 

 身体を起こし、大淀を睨む。

 いくらなんでも自分が居る前で好き勝手されるのは嫌な予感がする。

 ふぅと溜息をつくと大淀は此方を向いた。

 どうやら説明してくれる気はあるようだ。

 

「提督がお倒れになっては全体の士気に問題が出ます。なので緘口令をあの場に居た者達に布きました」

 

 一部の者からは漏れ出ているようですけれど、と付け加えられた。

 

「では何故満潮に謹慎を命じた。お前にそんな権限は与えていない筈だ」

 

 身体が怒りで熱くなる。だが大淀はそんな此方を一目見ただけで続けた。

 

「上層部から提督が倒れている間、私が艦隊の指揮を取るように、と。確認されますか?」

 

「……上層部とは誰だ。此方にも伝手はある。そのような命令はすぐに……!」

 

「あぁそうそう。まるゆの件はこの鎮守府でしばらく預かってほしいそうです。但し、生死は問わない、と」

 

「何ッ!? 貴様……!」

 

 これではまるゆを人質に取られているようなものだ。

 

「私も本当は心苦しいのですよ? 愛しい提督は艦娘がだぁいすきですし。……馬鹿な考えは起こさないで下さいね?」

 

 馬鹿な、という部分を強調し、にこりといつもの自信に満ちた笑顔を浮かべ、大淀が近寄ってくる。青葉とまるゆの一件を知られているのだろうか。

 だが、今はその笑顔の裏に凄まじい悪意が隠れているような気がしてならない。

 寒気を感じて体を震わせた隙に両頬を大淀の両手で挟まれ、唇を奪われた。

 

「グッ……!」

 

 ぞわりと口中に入ってくる舌の感触が不快で、噛み千切ってやろうかと考えるよりも前に身体を離された。

 

「ふふ、提督の唇ご馳走様。とても可愛かったですよ」

 

 勝ち誇ったような、戦意高揚状態特有の表情を浮かべ、大淀が哂う。

 体内に大淀の臭いが染み付いてしまう気がして、私は袖で唾液ごと口を拭いた。

 

「あぁ、言い忘れていました。執務室には元気な姿で座っていてくださいね? 幸い明日は土曜日です。重要な書類は少ないはずですのでこちらで処理しますから」

 

「くそっ!」

 

「そういえばそろそろ夜戦……の時間ですね。うふふ。やりませんか夜戦」

 

「失礼する!」

 

 からかわれているのか本気なのかわからないが頭が沸騰していて区別がつかない。

 一刻も早く逃げ出したくて医務室を出た。

 

 外は月がやけに紅く昏い夜だった。

 屋内の電灯が明るいのがせめてもの救いだろうか。




おおよどちゃんはていとくちゃんがだいすきです。
みちしおちゃんもていとくちゃんがだいすきです。
でもすなおになれません。

どうしてこうなった(アタマカカエー
提督をめぐる蜘蛛の罠。
大淀さんも思うところがあり、悪人ではないはずです。たぶん。
読んで頂きありがとうございます。
続きは鋭意製作中です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。