アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
寮母さんに対してこういう言葉使いなのはこういう理由です。
(それに機嫌を損ねるとピーマン増量されます。)
「坊ちゃん提督、えらい騒ぎだったねぇ」
給仕をしてくれている、おば……いや、寮母の女性に声をかけられる。
「騒がしくしてすみません。何か胃に優しいもの、ありますでしょうか?」
「カレーが食べられない人間もいるからね、ポトフとパンがあるけどそれでいいかい?」
「はい、構いません。お願いします。後、坊ちゃん提督は……」
そうなのだ、いつも私のことを坊ちゃん提督と呼んでいる。その呼び方は辞めてくれと何度も言っているのだが、全く聞いてくれない。
「なぁに言ってんだい! うちの子よりも年下の癖に10年早いんだよ!」
ガハハと豪快に笑われる。
敵わないなと思いつつ、食器を載せるトレイを配膳台に置き、しばらく待つ。
「はい、おまちどう。熱いから気をつけるんだよ」
「ありがとうございます」
礼を言い、衣笠達が座っている席に向かう。
柔らかく煮込まれた野菜とコンソメの匂いが鼻をくすぐる。
「提督、私も御一緒してもよろしいですか?」
声が聞こえ、横を見ると大淀だった。
トレイに乗っているのはカツカレーのようだ。うぅ、羨ましい。
「あぁ、席は空いてるし構わないだろう」
「提督、御身体は大丈夫ですか?」
返した言葉を遮るように顔を耳元に近づけられ、唐突に聞かれる。
「うむ、痛くないと言えば嘘になるが、薬のおかげかもな。今のところ大丈夫だ、ありがとう」
心配してもらった事と薬の件で礼を付け加える。
「しかし、最近胃痛が続いているようですし一度本部の軍病院に……」
しかし大淀の言葉は鈴谷にさえぎられた。
「提督おそーい! 鈴谷待ちくたびれたー!」
「はは、すまんすまん。大淀も一緒に食事をと思ってな。皆も良いだろうか?」
「良いですよ~! 衣笠、ちょっと詰めて~」
青葉がゴソゴソと音を立て、ずれてくれる。
鈴谷が椅子を引いてくれたので隣に座った。
正面に青葉と衣笠、隣に鈴谷と大淀といった配置になる。
「司令官大丈夫? 疲れとかたまってるんじゃない?」
青葉が先程の事を問いかけてきたが心配をかけたくないので問題ないと笑いながら返しておいた。
あれこれ聞いてこないのは青葉なりの優しさだろう。ジャーナリストでも情や優しさはあるのだ……と思いたい。たぶん。
「提督はポトフにしたんだねー。あ、その骨付きの鶏肉美味しそう!」
ポトフの皿に乗っている鶏肉をじーっと見つめている鈴谷。
正直そこまで食欲もないのだが、あまり見っとも無い事をさせるわけにもいくまい。
「やらんぞ、それに鈴谷は自分のカレーがあるだろう。正直そっちの方が美味そうなのだがな」
「お? 提督食べるー? 鈴谷はいいよ~。はい、あーん。」
思った先にこれか。
目の前にカレーの乗ったスプーンを差し出されたのだが、大淀が止めてくれた。
「今の提督に刺激物はあまり良くありません。調子が戻ったときにされてはいかがでしょう」
「ほーい、まぁしゃーないよね~」
眼鏡をクイッとあげて、まるで少女漫画の意地悪家庭教師みたいだと思った。
少女漫画は駆逐艦娘の秋雲が秘書艦の時にいくつか資料と称して執務室に持ってきていたものだ。
スケッチブックに絵を描くのが好きらしく、漫画を読んでいる姿をいつの間にか描かれていた。
描きあがった絵を見せてもらうと何故か手に持っている漫画が洋書と煙草を吸うパイプになっていたが。
その後、漫画を読みふけってしまい、様子を見に来た巻雲に怒られたのはまた別のお話。
未成年なのに喫煙をしていると噂になってしまい、誤解を解くのに奔走したのはまた別の機会に語ろうと思う。
食事をしながら4人の会話に耳を傾ける。
どこそこの鎮守府の提督がイケメンだったとか、演習終了時に声をかけられたとか。
……あぁ、そいつはやめておけ。ニーソックスにしか興味がない変態だ。
軍学校時代女性寮にニーソックスを盗みに入って懲罰房に入れられた同期の顔を思い出す。
黙っていればイケメンなのだが……。
教えてやろうかと思ったが、夢を壊すのも忍びないので黙っておいた。
……黙っているのを嫉妬していると間違われ、鈴谷にちょっかいを出されたが。
たわいもない話をしているうちに周りから感じる人の雰囲気も少なくなってきた。
あぁ、確か衣笠と話をするんだったな。今の雰囲気なら無理難題も言われ無さそうだ。
「そういえば衣笠、私に話があったのではないか?」
正直間宮のお菓子券の方が手っ取り早くて楽なのだが。
「あー、うん。鈴谷と大淀居るけど、まあいっか! 実はさ、青葉とデートして欲しくて」
「はぁ!?」
3人の声が同時に綺麗に響いた。
大淀、鈴谷、青葉だ。何だ、衣笠と同室の青葉も聞いていなかったらしい。
「ちょっと衣笠! どういう事!?」
青葉が慌てている。いつも人を慌てさせている立場の娘が取り乱しているさまは少し可笑しい。
先ほどの3人のコーラスで少し鼓動が跳ね上がってしまったが、その様子に少し落ち着いた。
皿の底に残った鶏肉をつつき、口に運びもむもむと咀嚼する。
柔らかく煮てあり、ほろほろと崩れる。玉葱や人参の甘みもしみこんでおり、飽きない味だ。
「提督、聞こえてました~?」
衣笠が青葉の頭を押さえながら聞いてくる。
食事時に暴れるものではないと注意するべきか迷ったが口に物が入っているためコクコクと頷く。
「良かった! 他の艦娘に服を借りてきたかいがありました~!」
「衣笠! もしかしてあれ青葉にっ!? ていうかサイズが……くぅっ!」
青葉のポニーテールに纏めた髪がずれ、わたわたと慌てている。
そろそろ頃合かと思い、口を開く。
「では明後日の日曜日に時間を取ろう。青葉も食事時に暴れるんじゃない。良いな?」
プシューと顔から蒸気が出るほど赤くなっている青葉、ニンマリと笑う衣笠。
「鈴谷さんは良いのですか? 提督と他の艦娘がデートって聞いて、もっと取り乱すかと思っていましたが」
「ん~、別に鈴谷は気にしないしぃ~。女心を沢山学んでくれれば退屈しないじゃん?」
鈴谷と大淀が話している。
だが人の頭の上で会話はしないでくれるだろうか、表情もうかがえないのであまり良い気はしない。
「そろそろお開きにするか。工廠へ資材の確認に行きたいのでな」
「あ、提督。服を見てもらいたいので終わったら部屋に来て」
衣笠が青葉のポニーテールを結いながら話す。
デートに来ていく服でも選べと言うのだろうか。正直そういうものは当日までのお楽しみにした方が良いと思うのだがな。
青葉といえば真っ赤になって心此処に在らずといった様子だ。
「あぁ、わかった……あぇ?」
立ち上がろうとした瞬間鼻から温かいものが落ちる。
しまった、ポトフが温かいので鼻水が垂れてしまったのだろうか。
しかし制服のズボンに赤い染みがある、花でも咲いているのかなと見当違いな事を考えていたら鈴谷に笑われた。
「んぉ、提督デートって聞いて鼻血出すほど興奮してんの? うわっきっもー☆」
失礼な、誰が興奮などするものか。ハンカチを取り出して鼻を押さえる。抗議してやろうと口を開いたら声以外のものが邪魔をした。
「ゴボッ!? カッ……! ハッ……へ?」
真っ赤に染まったハンカチ、半笑いの仮面を貼り付けたような顔の鈴谷、眼を見開いている衣笠と口を手で押さえている青葉。
無表情な顔の大淀と椅子やテーブルが斜めに揺らぎ、砂袋を落としたような音が自分の体に響くのと意識が暗闇へと途切れたのは同時だった。
「提督!」
最後に聞こえたのは誰の声だっただろうか……。
やはり胃潰瘍はほっとくとヤバイですね(スットボケー
追々明らかにしていくので楽しみにお待ち下さい。
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