アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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翠玉(エメラルド)の重さ

 陽が落ちて虫達が愛の言葉を奏で始める頃、金剛に手伝ってもらった机の上の書類はようやく片付いた。

 

 くぁと欠伸をしそうになるのを噛み殺し、呟く。

 

「……終わったか」

 

「ヒトキュウマルマル。そろそろ、夕食の時間だね」

 

 時雨が壁にかけてある時計を確認し、時間を確認する。

 

「お仕事Finishデース!」

 

「金剛も助かった。ありがとう」

 

 仕事を手伝って貰った礼を述べる。

 書類の仕事はひとまず終えた、後は資材の確認などをするくらいなものだ。

 

 ……たまに資材が目録と違う時があるので、用心の為にだが。

 そういえば深夜に幽霊が出ると噂になった時があった。

 何のことは無い、犯人は赤城と夕張だった。

 こっそりと資材庫で何やらやっていたが、そのせいで怖がりの暁が夜中に一人でトイレに行けなくなった、と雷がぼやいていた。

 まぁ、この話はまた機会がある時に語ろう。

 

「二人とも、今日はもうすることがない。なので後は自由に過ごしてくれ」

 

「提督は? もうすぐ夕食だけど」

 

 時雨がんーんと、背筋を伸ばしながら聞いてくる。

 

「私は衣笠に呼ばれていてな、すまないが少し話してくる」

 

 衣笠に仕事が終わったらもう一度来て、と言われているのだ。行かないわけにもいくまい。

 

「わかったよ提督。じゃあ金剛、一緒に夕食に行かないかい?」

 

「オゥ! Dinnerのお誘いネー! 今週の提督の事をいっぱい聞くデース!」

 

 時雨と金剛か……。珍しい組み合わせだな。

 

 だが艦娘同士、仲良くしてくれるなら喜ぶべきであろう。

 ……例え自分がネタにされても。

 

「ではすまないが行って来る。後の始末は頼んだ」

 

 そう言付けて、執務室を出る。

 二人がすぐに出てくるだろうと思い、扉は開けておいた。

 

「実は週間鎮守府に面白い写真とコラムが載ってるんだよ」

 

「Wow! それは面白そうデース! ……ってこれは!」

 

 何やら後ろから楽しげな話題が聞こえてくる。

 週間鎮守府は鎮守府内の艦娘向け女性雑誌だ。

 ゴシップ記事も多いが、艦娘達には娯楽として概ね好評なようだ。

 姉妹雑誌にジュフシイという婚活雑誌があり、一部の艦娘が定期購読していると聞いている。

 この間、偶然その雑誌を持った足柄と出くわし、しばらく部屋から出てきてくれなかった事がある。

 姉妹艦の那智の機転でどうにか機嫌は直ったらしいが……。

 機会があれば語る時もあるだろう。

 

 今は衣笠の部屋に向かうのが先だ。

 部屋に居てくれると良いのだが。

 

 重巡洋艦の艦娘に宛がわれている棟に向かう途中でいきなり後ろから抱きつかれた。

 

「うわっ! っとと……!」

 

 荷重をかけられバランスを崩したたらを踏む。

 

「ほぉーっ、提督じゃん、チーッス」

 

 耳元に息がかかりゾクリと鳥肌が立つ。

 

「鈴谷、やめなさい。重い」

 

 過度なスキンシップは私の好むところでは無い。

 本当はそこまで重くもないが、こう言えば怒って離すだろう。

 

「あー、提督女の子にそんな事言うんだー?」

 

 ……余計に圧し掛かられた。

 

「ぐぇ。酔っているのか? 鈴谷」

 

 鈴谷の体温を背中で感じる、柔らかい感触が落ち着かない。

のそのそと鈴谷を乗せ進む。

 

「こんな時間にお酒なんて飲まないよー。なんかマジ退屈でさー!」

 

「私は忙しい。降りてくれないか」

 

 言葉の選択を間違っただろうか、首にするりと手を回される。

 外れた右肩に触らないようにしてくれているのはせめてもの気遣いだろうか。

 

「どこ行くのー? 鈴谷も一緒に行きたいなー」

 

 自分の左肩付近から声が聞こえ、首を向けると鈴谷と眼がしっかりと合ってしまった。

 

「うわっ!」

 

「ああん!」

 

 恥ずかしさで咄嗟に声が出てしまった拍子にバランスが崩れ、圧し掛かっていた鈴谷がズルリと落ちた。

 

「痛いしぃ~……」

 

 どうやら腰をしたたかに打ったらしい。

 膝を立て、尻餅を着いた姿勢で固まっている。

 エメラルド色の瞳と髪が脳裏にアップで再生されるのを追い出しつつ、手を差し出す。

 

「すまない、鈴谷。ほら、手を……」

 

 と言った所で此方も固まってしまった。

 当然、その姿勢ではスカートが捲れているわけで……。

 布が音を立てるほど早く強く鈴谷は両手でスカートを押さえ、抗議の目で見つめてきた。

 

「やだ……マジ恥ずかしい……見ないでってば! あぁー、もぅテンション下がるぅ……」

 

「あぁ、すまない。立てるか?」

 

 おずおずと差し出された手を取り、引き上げる。

 思ったより軽かった。やはり艦娘と言えども女の子なのだな。

 妙に感心してしまった。

 立ち上がった鈴谷はスカートの埃を払い、腰をさする。

 

「もー! 提督いきなり何すんのー!」

 

「悪い、鈴谷が重くてバランスを崩してしまった」

 

 宝石みたいな瞳に吸い込まれそうだった、なんて言えるわけがない。

 

「だから鈴谷重くなんてないよー、ちょー失礼だね!」

 

 顔をぷくうと膨らませて抗議するさまは少し幼く見えて可愛らしかった。

 

「はは、すまんすまん。冗談だ。で、鈴谷は何してたんだ?」

 

 照れ隠しに制帽のズレを直しながら聞く。

 

「んー、熊野は先に晩御飯食べちゃったらしくて誰かと一緒に晩御飯をーと思ってたら、提督見つけたんでちょっかいかけたとこ」

 

「できればもう少し普通に声をかけてくれると嬉しいのだがな」

 

 溜息をひとつ、まぁ鈴谷はこういう屈託の無さが美徳な点でもある。 

 熊野は鈴谷の姉妹艦だが本日の遠征に向かわせた為、食事の時間が少しずれてしまったのだろう。

 

「と、ゆーわけで提督、ご飯いこ! 今日はカレーだよー」

 

 そう言ってグイグイと手を引っ張る鈴谷。半分引きずられる形で何歩か進む。

 

「っ! 待て、鈴谷!」

 

 止めようとした矢先に目の前のドアが開く。

 中から出てきたのは衣笠だった。

 

「あら? 何か部屋の前が騒がしいと思ったら……。提督と鈴谷、どうしたの?」

 

 いつの間にか衣笠達の部屋に来ていたのだな、青葉もドアの横から顔を出している。

 

「あぁ、衣笠に会いに来たんだが鈴谷に晩御飯ー! と捕まってしまってな。」

 

「なんかその言い方ひどいしー」

 

 ぷぅとむくれる鈴谷を横目で見て苦笑する。

 

「そうなの? 私と青葉も夕食まだだったし、一緒でもいい?」

 

「うん、大丈夫だよー! やっぱ食事は大勢の方が楽しいっしょ!」

 

 衣笠と鈴谷で勝手に話が進んでいる。

 女子同士の話でこうなってしまっては自分に発言権は無いだろう。

 青葉と衣笠、鈴谷と一緒に夕食を取ろう。




ゼクシイ・婚活雑誌は正義!
エメラルドって綺麗ですよね。
艦娘の髪色や眼の色をどうするか迷っていましたが、そのまま表現させて頂きました。
次回はほのぼの展開から少しレールが外れます。

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