アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
……さて、何故このような修羅場に私が居なければならないのだろう。
「提督、君には失望したよ」
「HEY、提督ぅー、ワタシへのお詫びのBigなお返しは何ですカー?」
時雨と金剛、二人から責められる。
一人ずつ説明していくことにして、左手を上げて制止した。
「わかった、だが私にも喋らせてくれ。まずは金剛、クッキーの件だが」
「どういうことなのか説明して欲しいネー!」
憤慨し、机を拳で叩きながら身を乗り出す金剛。
巫女衣装のような形状をした裃の袖をバッサバッサと振る。
やめなさい、書類と埃が舞う。
器用だな、と思いつつも言葉を慎重に選ぶ。
「執務室に私物を置くなと常日頃から言っているだろう」
「でも提督と一緒にTea Timeをしたかったネー!」
ふぅと溜息をついて眼を長めに瞑り、開く。
「だが、お前の気持ちも解る。今度の補給品に良い紅茶を入れておこう。その時に二人でお茶会をしよう。金剛の焼くスコーンは美味しいしな」
金剛の視線を捕らえ、にこりと微笑む。
軍学校では艦娘、つまり女性という存在に対し、どういうコミュニケーションを取るかということを叩き込まれた。
自分はそういう事は苦手なのでいつもC判定、落第ギリギリだった。
思えば母も居ないので女性に対して免疫が無かったからかもしれない。
他所の鎮守府では艦娘と行き過ぎたコミュニケーションを取り、刃傷沙汰になった事もあると聞いている。
大抵が揉み消されているので、大衆に知られることはあまりないが。
つつと背中に冷や汗が流れる。
「提督はずるいネー、そんな事言われたら言う事聞くしかないデース」
むぅとむくれた金剛だったが、ふっと緊張がほぐれたような雰囲気の後、華が咲くような笑顔を見せてくれた。
一瞬心臓が跳ね上がり、心の中で溜息をほぅと漏らす。
……不意打ちだったな。もっと気を引き締めねば。
今からこれ以上の難所を突破しなければならないのだ。
「それから時雨、私が調子を崩したのはアルコールのせいだ」
馬鹿正直に話したらそれこそ衣笠に害が及ぶ。
艦娘同士で争うことなどさせたくはない。
「アルコール……? 誰だい、提督にそんな物を飲ませたのは。」
不味い、時雨の眼が据わっている。慌てて次の句を継いだ。
「いや、私の不注意でアルコールの瓶を割ってしまってな。思い切り吸い込んでしまったのだ」
……本当は直接割ったのは大淀だが。まぁ私が割ったという事にしておけば角も立たないだろう。
「提督、僕はいつも無理しないでって言っているじゃないか。こんな事が続くようなら心配で次の秘書艦に引継ぎできないよ」
いつの間にか隣に居た時雨に、ぐいと襟を掴まれる。
……こつんと額に時雨の額が当たる。
少々痛かったが、ここで痛いなどと言葉を漏らすのは野暮というものだろう。
近すぎて焦点が合わない視界で捉えた時雨の瞳は少し潤んでいるような気がした。
「HEY、提督ぅー! 時雨といちゃつくのもイイけどサー、時間と場所をわきまえなヨー!」
金剛の声ではっと我に返る。
襟を掴んでいた時雨も離れ、じんわりと温かくなった額に余韻だけが残る。
いつもなら金剛もスキンシップに混ざるのだが、私に右肩に巻かれた三角帯をじっと見つめていた。
あぁ、そうか。まだ気にしていたんだな。
椅子から飛び降りて金剛の前まで近寄る。
「もう気にしていないと伝えた筈だが?」
ぐいと背伸びをして金剛の頭を撫でる。柔らかい栗色の髪が手の平に流れる感触がくすぐったい。
身長があればもっとさまになるんだがな、と自嘲の笑みを浮かべる。
撫で続けていたら金剛の体がふるふると震える、そろそろか。
「提督のハートを掴むのは、私デース!」
感極まった表情でトラバサミのように腕を振り上げ、私を抱え上げようとした金剛をスルリとかわす。
「まだまだ、だな。高速戦艦の名が泣くぞ?」
ふふと冗談交じりに笑いながら距離をとる。
「提督ー! オトメのハートをもてあそぶなんてズルイデース!」
言い回しに少しギョッとして金剛を見たが、表情はとても柔らかだった。
くすくすと笑う声が聞こえ、顔をそちらに向けると時雨も笑っていた。
「金剛、残念だったね」
時雨がにこやかに声をかける。
「うー……日頃の無理が祟ったみたいデース……」
両手の人差し指を合わせ、いじけたフリをする金剛。
「マイペースでいいんだ。うん、僕もそうさ」
何がマイペースなのだろうか。
だが、二人には意味が通じたようだ。
金剛にいたっては時雨に親指を立て、サムズアップをしている。
「さて、残りの書類を片付けたいのだが。金剛、手伝ってくれるか?」
「Yes! 私の実力、見せてあげるネー!」
と、言っても書類をめくってもらうくらいだが。
「時雨はその間、来週の秘書艦への引継ぎを纏めて欲しい」
この鎮守府での秘書艦は艦娘の希望を聞き、当番制でまわしている。
「来週は誰だったかな?」
「来週は、うん、電だね。少々あわてんぼうなところがあるけれど、僕より先輩だから大丈夫。そんなに手間はかからないよ」
電か……ふと今朝の事を思い出して唇を触る。
「提督ぅー?」
訝しげな金剛の声に我に返る。
「あぁ、済まない。さて、目標、眼前敵の完全排除! 高速戦艦の性能に期待するぞ」
少しおどけて見せ、努めて明るい雰囲気を維持する。
金剛が手伝ってくれるならば夕食の前に衣笠と青葉の部屋に行く時間ができそうだ。
……開けた窓からカレーの匂いが漂ってきた。
黄色く染まり始める執務室で三つの影と時間が緩やかに動いていた……。
小さな嘘の積み重ねはいつか大きくなって返ってくるかもしれませんね。
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タイトルは私の知っている曲の中で雰囲気に合いそうだな、と思ったものです。
興味があれば聴いてみてください。