アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

10 / 69
擬装と偽装と艤装のエラー

 遠くで潮騒の音が聞こえる……。

 

「……ぅしてっ! 気絶するまでやるの!」

 

「いやー、衣笠さん、ついやりすぎちゃった」

 

 潮騒ではないな、例えるなら嵐の海か。

 これでは寝られはしない、いや、まだ就寝時間では無かったはずだ。

 そこまで考えて意識があった時のことを思い出すと同時に覚醒した。

 

「そうか、衣笠にくすぐられて……」

 

 失態である。

 くすぐられて酸欠で意識を失うなど軍学校の友人に知られたら、末代まで笑われる事だろう。

 

「あ、司令官! 起きた?」

 

 ベッドに青葉が駆け寄ってくる。

 気絶した私を運んでくれたらしい。

 

「このベッドは……」

 

 二段ベッドの下段に寝せられているみたいだが、自分以外の匂いがして落ち着かない。

 

「うん、青葉のベッド。司令官って軽いね。ちゃんと食べてる? 衣笠なんてカレーばっか食べてるから最近体重が……」

 

「わー! 青葉ストップ!」

 

 衣笠の制止の声が聞こえて視線をそちらに向けると備え付けの椅子に座っていた。

 ベッドの縁に腰掛ける青葉。木製のベッドがギシと軋んだ音を立てる。

 

「すまない、恥ずかしい姿を見せた」

 

 右手……は使えないので左手で体を起こし、懐中時計を取り出して時間を見る。

 倒れてから時間はあまり経ってないようだがそろそろ書類業務に取り掛からなければならない時間だ。

 

「提督、大丈夫?疲れてない?」

 

 衣笠が声をかけてくれる。

 

「あぁ、大丈夫だ。それはそうと青葉に頼みがあって、この部屋に来たんだ」

 

「何なに? なんの話ですかぁ?」

 

 青葉が手をついて顔を近づけてくる。

 ベッドがまたギシと鳴いた。

 

「あぁ、衣笠も聞いてほしい。まるゆの件だが、私がまるゆを発見し捕縛しようとした……という事にして貰えないだろうか」

 

「ふーん、それはまたどうしてです?」

 

 青葉が聞いてくる。

 当然だ、他の艦娘のために嘘をついてくれと頼んでいるようなものなのだから。

 

「あぁ、まるゆをしばらく此処の鎮守府で預かりたい。解体させないためにも、な」

 

「詳しく理由を教えてくれる? 司令官」

 

 雰囲気が変わり、青葉が片眉を吊り上げる。

 これはジャーナリストの顔だな。真実を暴こうとする人間特有の表情だ。 

 さて、気合を入れろ。

 ここからは巧く騙さねばならない。

 

「理由を言うとだ、艦娘同士の戦闘履歴が残ると当然上層部に報告しなければならない」

 

「え、でも演習とか普通にやってるのは?」

 

 衣笠が至極当然の疑問をぶつけてくる。

 

「演習は模擬弾だ。しかし、青葉が今回出撃ドックで装備した艤装で使用していたのは当然実弾だ」

 

「あ、あはは。青葉ちょおっと深入りしすぎたようです」

 

 たらりと汗を流す青葉。

 

「それで今回は未発砲だったが、どこから話が漏れるか分からない。そこで青葉、衣笠両名に協力してほしい」

 

 不都合な点は無いはずだ、うまく本当の理由を隠せるだろうか。

 本当の理由とは艤装の照準が一瞬だが、自分に当たった事。

 人類を護るための艦娘が人間に照準を当てた、これは大問題だ。

 当然、良くて青葉は原因究明のため尋問と名のついた拷問を受けた後、解体処分。

 悪くてこの鎮守府ごと解体であろう。

 

 普通は人間に向けて発砲などしないようセーフティがかかっている筈だが……。

 

 今の青葉が使用している艤装にエラーがでているのだろうか。

 一度明石にでも、いや明石も完全に秘密を守れるとは思えない。

 自分で妖精に聞くべきか。

 

 言い忘れていたがこの世界には妖精がいる。

 船の航路を決める羅針盤にも、艦娘の武器系統を操作する者や戦闘機を操縦している妖精までいる。

 

「ふーん、それで提督がまるゆを発見し、不審者として捕縛しようとしたって事にしてほしいと」

 

 考えを思案していたら衣笠が話を纏めてくれた。

 

「そうだ、頼めるだろうか?その代わりと言っては何だが私で出来る事があるなら何でもしよう」

 

 衣笠に視線を合わせ、頷く。

 

「えーと、それじゃあ間宮のお菓子券二枚!」

 

 横から青葉が指でVサインを出して割り込む。

 

「何だ、そんな事でいいのならすぐに手配しよう。後で執務室に取りに……」

 

「ちょっと待って青葉! 今何でもって言ったよね? 提督」

 

 ニヤリと笑う衣笠。何故だろうか、なにやら嫌な予感がする。

 

「取り合えず、今日の書類業務が終わったらまた衣笠達の部屋に来て! それまでに用意しておくから!」

 

「……分かった。間宮のお菓子券は良いんだな?」

 

 衣笠は何やら怪しい笑みを浮かべコクコクと頷く。

 何を考えているのかは分からないがあまり無体なお願いはされないだろう。

 そうタカを括っていた、この時までは。

 

「では、私は執務室に戻る。それと青葉、ベッドを貸してくれてありがとう。先ほどの話、よろしく頼む」

 

 そう言って青葉達の部屋を後にした。

 

「衣笠? 一体何をするつもり?」

 

「ふふーん、衣笠さんにお任せ♪」

 

 二人の声が聞こえてくる。

 何やらあまり良い運命は待ち構えてないようだ。

 そっと胃の辺りを押さえるが、薬が効いているせいか不思議と胃痛は無かった。




閲覧・お気に入り・評価ありがとうございます。
誤字・脱字などあればお知らせ下さい。
青葉ちゃんの艤装直ると良いですね!(スットボケー

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。