境界線上のクルーゼック   作:度会

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ある秋の日のこと

「起きて下さいよ岡部さん」

 

そう言って誰かが俺を揺する。

 

俺が目を開けると隣にいた鈴羽が俺の顔を覗きこんでいた。

 

「おはよう……鈴」

 

おはようございます。と鈴羽は言った。

 

そうか。今日は久々にどこか行こうという話だったな。

 

鈴羽も大学が休みらしいし、俺も秋葉の都合で休みになった。

 

俺は寝ぼけ眼を擦りながら洗面所で顔を洗った。

 

「ふぅ」

 

冷たい水が顔に染みて一気に意識が覚醒した。

 

俺がタオルを探していると、鈴羽が、はい。と言って俺にタオルを手渡した。

 

全くよく出来たことだ。そう思いながら俺は礼を言ってタオルを受け取った。

 

顔を拭き終わるとタオルを洗面所にかけて窓の外を見る。

 

「ん?」

 

まだ少し薄暗かった。

 

確かに季節が季節だし、日の出は遅いはずだから、まだ薄暗いのも分からなくないが……

 

「鈴……今何時だ?」

 

「えっと……5時半です」

 

鈴羽は時計を確認しながら、にこやかに俺に言った。

 

「5…5時半だと」

 

思わず俺の顔が引きつった。

 

5時半起きなんて2010年でもした記憶がない。

 

普段はもっと遅く起きるか、徹夜して寝ていないかのどちらかだった。

 

最近30を超えてから、少し体力も衰えてきたと感じていたから、この早起きは少し辛かっ

た。

 

「あの……迷惑でしたか?その……楽しみであんまり眠れなくて……」

 

上目遣いで申し訳なさそうに鈴羽は言った。

 

その目を見て俺は、うっと心に刺が刺さる。

 

「い、いや、確かに俺も楽しみだったし、早く起きて損はないから気にしてないぞ」

 

ありがとな鈴。そう言って、俺が頭を撫でると、もう子供じゃないんですよ。という台詞

とは裏腹に鈴羽は、満更でもないという顔をしていた。

 

「そうなんですよ。岡部さん。どこ行くか決めて無かったじゃないですか」

 

思い出したように鈴羽は話しだした。

 

「昨日、私が寝ちゃったんでどこ行くか決めてませんでしたよね」

 

「あぁ、そう言えば、どこいくか決めてなかったな……」

 

そうだな……最近パンダが上野動物園に来たのはニュースでやっていたが2010年にパンダなんて見飽きていたし、混んでいるに決まっている。

 

そう考えてしまうとどこにも行きたいという場所が見つからなかった。

 

「鈴はどこか行きたい所でもあるのか?」

 

私ですか?と自分を指差して鈴羽は目を丸くする。

 

「実はですね……私は、岡部さんといれればどこでもいいんですよ」

 

えへへ。と少し口が緩みを隠しながら鈴羽はそんなことを言った。

 

これには思わず赤面する。

 

どうも、鈴羽は感情表現が素直だ。

 

そして素直な分聞いているこっちも照れてしまう。

 

「って待て。そしたら、どこ行きたいとか無いのか」

 

「そうですね。ただブラブラするのも悪くないですかね」

 

それならば、こんな早起きした意味がないじゃないか。

 

口には出さないが、俺にはそんな思いがあった。

 

「あ、そうだ。行ってみたい所ありました」

 

「どこだ?」

 

「海に行きたいです」

 

また随分と突発な意見だった。

 

「随分と季節がずれていないか?」

 

今はもう九月だ。流石に海に入るのには肌寒い。

 

というか第一俺は水着を持っていなかった。

 

「なに言ってるんですか。泳ぎませんよ」

 

ただ海を久々に見てみたいなぁと思っただけです。

 

「そうか……」

 

鈴羽の意見で海に行くことになった。

 

海か……。

 

久しく行った記憶がなかった。

 

30も超えたし、子供もいなければ、余程のことが無い限り海になんて行かないだろう。

 

だから、たまには海に行くのもいいかもしれない。

 

「じゃあ、そろそろ朝飯にするか」

 

そうですね。と鈴羽はエプロンを着けながら台所に立った。

 

ずっと俺ばかりに作らせるのも悪いと思ったのか、それとも料理の一つ位出来なきゃ、

みっともないと思ったのか、朝など、時間に余裕がある時は鈴羽が、たまに作るように

なった。

 

まぁ、料理も慣れれば、ある程度の物は作れるだろうし、レシピさえあれば大外れするものもないだろう。

 

鈴羽は元々料理が下手なわけではないのだ。

 

ただ使う材料が少し一般受けしないだけだったのだ。

 

最初の頃に比べて大分おいしくなったし、見た目も綺麗になっていた。

 

「はい。どうぞ」

 

そう言って、鈴羽は机に鮭と御飯と味噌汁、それに青菜と納豆を置いた。

 

純和風な食卓風景である。

 

「こうして見ているとさ」

 

「はい?」

 

料理が終わって使った容器を水に漬けてエプロンを外しながら俺と反対側に座る。

 

その様子を見ながら俺は目を細めた。

 

「鈴ってよく出来た奥さんみたいだな」

 

「ひゃい!?」

 

鈴羽が変な声を出した。

 

動揺しているのか足をぶつけて、机が少し揺れる。

 

俺は味噌汁がこぼれる前にお椀を浮かせた。

 

「な、なにをいきなり言いだすんですか。お、岡部さん」

 

「いや、別に大した意味はない」

 

そういいながら俺は味噌汁に口を付けた。

 

微妙な塩加減がなんとも美味しい。

 

「た、大した意味はないって……」

 

なんですかもう…と言いながら自分も味噌汁に口を付けていた。

 

さっき言った言葉は別に嘘でもなんでもないのだが、どうもこの年になっても俺は鈴羽と

違って素直に言うのは苦手だった。

 

俺と鈴羽が1975年にタイムマシンを使って来てから早10年。

 

もう十年以上も一緒にいるのだ。

 

秋葉には、ことあるごとにいつ結婚するんだ。とか、友人代表の挨拶はやらせろ。とか、

仲人は任せた。と言われている。

 

まぁ、若干しつこい気もしないが、言いたいことは分からなくもない。

 

俺も、結婚……はしてもいいと思う。

 

まぁ、時期が来たらその旨を鈴羽に伝えてみよう。

 

「岡部さん?どうかされましたか?」

 

俺が考え事をしている時間が長かった為か少し心配そうに鈴羽は声をかけた。

 

「あ、いや、鈴羽の作った料理に舌鼓みを打っていたのだ」

 

そうですか。それは良かったです。そう言うと鈴羽は、俯く。

 

それから、二人は黙々と朝食を食べた。

 

と言っても二人とも食べるのは早い方なので十分程度で食べ終わった。

 

俺より先に食べ終わった鈴羽が俺が食べ終わったのを見る。

 

「さ、さてじゃあそろそろ食べ終わったみたいですし、準備しましょうか」

 

スッと立ち上がって、食器を重ねて流し場に持っていった。

 

「あ、俺がやるから、鈴は準備でもしておいてくれないか」

 

俺は流し場に立った鈴にそう言った。

 

そうすると、鈴はありがとうございます。と言って居間の方へ歩いていった。

 

ジャーと水を出しながら食器を洗った。

 

洗い終わった食器に顔が反射していた。

 

そろそろ髭も剃らないと不格好だな。

 

俺は自分の顎を撫でながらそんなことを考える。

 

ジョリっとザラザラした感触がした。

 

剃刀はどこだったか……俺は手を拭いて居間の方へ目をやった。

 

「あ」

 

「ん?なんです?」

 

俺は着替えている鈴羽と目があった。

 

別に今までも一緒に住んでいるのだから着替えには遭遇するのだが俺はまだ慣れない。

 

向こうは全く気にしていないようで普通に着替え出すから本当に目のやり場に困る。

 

まぁ信用されていると考えれば悪い気はしないのだが。

 

「そのスタイルは反則だと思うぞ……」

 

「何か言いました?」

 

いや、なんでもないと俺は首を横に振った。

 

30超えても肌にツヤがあるし、MTBにもたまに乗ってるせいか体全体は引き締まって

る。

 

そのくせに女性的な所はちゃんと出ている。

 

……まじまじと観察してしまった。

 

「……流石にジッと見られる恥ずかしいんですけど」

 

鈴羽は、今まで着ていた服で体を隠した。

 

普段は見ない恥じらいの姿に何か感じるものがあったが、俺の理性が堪えきって剃刀を探す。

 

「何を探しているんです?」

 

俺が剃刀と答えると、それは洗面所ですよと言われた。

 

あぁ、確かに。

 

剃刀は洗面所に置いてあるのを思い出すと俺は洗面所に向かった。

 

髭を剃って俺が居間に戻ると、鈴羽は着替え終わっていた。

 

「岡部さんも早く着替えて下さいよ」

 

分かった分かった、と俺も着替える。

 

と言っても俺は余り服を持っていないのでシンプルな服に袖を通した。

 

先ほどまで着ていた服を押し入れにしまおうと襖を開けた。

 

「ん?」

 

押し入れの奥の方に俺が1975年時に着ていた白衣があった。

 

この白衣は2010年の記念として、傷めたくないからと言って、この家を借りた時からこう

して押し入れに入れていたものだ。

 

流石に古くなってしまいところどころ傷んでしまっていたがまだ着れなくない。

 

おっと話が逸れそうだ。

 

その白衣のポケットをが妙に膨らんでいるのが気になる。

 

取りだしてみると中には携帯があった。

 

勿論2010年の携帯なので電話をすることもましてやメールなんて出来ない。

 

試しにボタンを押してみるが流石に十年も持つ電池なんて存在していないので何も反応しなかった。

 

まぁこれも思い出だ。

 

そう思って白衣の中にまた忍ばせる。

 

「なにしてるんですか。岡部さん早く行きますよ」

 

先に玄関に行った鈴羽が俺に向かって叫ぶ。

 

俺は、悪い。そう言って白衣をまた押し入れの奥にしまうと鈴羽の方へ歩を進めた。




そういえば、劇場版がやるらしいですね。
鈴羽の活躍があると嬉しいです。

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