どうしようもない僕がブリュンヒルデに恋をした   作:のーぷらん

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今回はいつもの半分くらいの長さです。本当はもっと長かったんだけどたびかさなる投稿の失敗とパソコンの故障で心が折れた…自分で読んでも今回進んでないなぁ。
あ、苦情は出来るだけ胸に秘めていてください。

サブタイトルをつけるとしたら「将を射んと欲すればまず馬を射よ」「外堀を埋める」というところでしょうか。


5

特定の人のことばかり考えているというのは、その人のことが好きだからだ。恋だからだ。漫画やアニメで知っているし、誰かに言うと当たり前じゃないと鼻で笑われるような自然の摂理だが、僕にとっては初めてのことだ。しかも、何度その人のことを思い返しても飽きると言うことがない。何度しても新鮮に感じる。恋というものは僕の想像した以上にすごいものだったらしい。

 

 

 

お客さんでいっぱいのカフェ。キッチンのドアごしにぼんやり聞こえる声。むせ返るほど鍋から漏れている蒸気。

目をつむっていても平気なくらい、全て場所や間隔を把握しているキッチンの中、僕はオーダーの声に従うまま機械的に料理をしていく。

その合間合間に思い出すのはもちろん千冬…さんのことだった。

大量に作った食べ物を二人でのんびり食べたあの日。帰りがけに軽くなっていたバスケット。あれは、僕の部屋の片隅に置いてある。あれから4日経ったが、まだ片づけていない。片づけないとな…

 

「オーダーです。レディースセット2つ」

 

織斑くんのはきはきした声がキッチンに響いて僕は思考を止めて顔を上げた。急に外の喧騒が大きくなる。女性客の騒がしい笑い声に急かされるようにパスタを鍋に入れた。

それにしても、ここ一年で女性客増えたよね…。3駅先にあるレゾナンスに続き、この町にも大型ショッピングセンターが完成したのもあるけど、

 

「英さん?」

 

オーダー後、そのままキッチンでドリンクを用意している織斑くんが不思議そうにこちらを向いた。

うん、織斑くんがバイトを始めたからっていうところが大きいと思う。織斑くん自身はいいんだけど女性が店に増えるのはちょっと、ね。鈴さんみたいに積極的に店まで押しかけてくる子もいるし、織斑くんがテスト期間で店に来なかったりすると「今日はあの店員の男の子はいないんですか?」とか聞かれるって母さんが言ってた。でも、母さんからすると『計画通り』なのだろう。織斑くんをバイトに採用した時点で、『パスタ系は女性が好きだから』と主張して、メニューのリストにパスタの追加やレディースセットを提案したんだから。ちなみにレディースセットは一番人気のメニューだったりする。

今回もレディースセット…女性客2人、か。これが千冬さん、いや千冬だったら頑張って作るんだけど。

「英さーん?」

織斑くんが目の前で手をひらひら動かした。

こう見てみると、千冬、の弟だよね。顔立ちとかよく似ている。その顔がいよいよ心配げになってくるのを見て僕はあわてて思考を打ち切った。

「あ、えと、ぼーっとしてた…」

お互いに苦笑しながら、作業に戻る。僕はパスタをゆでつつ、フライパンにオリーブオイルを入れ、織斑くんは氷をグラスに入れてオレンジジュースを注ぐ。厚切りしたブロックベーコンをカリカリになるまで炒めながら僕はちらりと時計を見た。僕がキッチンから出ず、日付感覚がないので時計の下には自動で日付表示されるように両親が設定している。 そしてあの海の日からちょうど4日経ったことをデジタルの数字は表していた。

 

明後日、千冬、さんはドイツに行く。行ってしまう。

 

「織斑くん、ち…お姉さんは…明後日ドイツに行くんだよね?」

 

カランと涼やかな音を立てて氷がグラスを叩く。織斑くんは驚いた顔をしながらも「あ、はい…」と言った。彼らしくもない歯切れの悪い口調に僕は触れてはいけないことに触れてしまったのではないかと手汗をかいた。

「英さんは何でそれを知ってるんですか?」

「あ、あの、このまえ、織斑くんの休みをつたえにきてくれたとき、いってたから」

な、何か織斑くんの目がちょっと怖い。僕は年上のくせに情けないことだが視線に怯えながら答えた。僕の気持ちを汲んでくれたのか、彼は「そうなんですか…」と目をそらした。さっきの妙な気迫は嘘みたいに消えていて、代わりに14歳の年相応の少年の姿が現れる。

「…千冬姉はここしばらくドイツ行きの準備で忙しくしてます。家に帰るのも遅いですし。俺にも何かできればいいんですけど、……俺ふがいないから。千冬姉に助けられてばっかりで迷惑かけちゃって」

僕はぽかんと口を開けてしまった。初めてではないだろうか。織斑くんが弱音を吐くのは。いや、そりゃ、彼も鈴さんとか友だちに色々弱い姿を見せるんだろうけど、僕みたいな頼りないやつにまで弱音を吐くとなると…自分の為に働いてくれる姉と養われている自分の関係に相当罰の悪い思いを抱いているのかな。

そう思った途端、僕は必死で言葉を紡いでいた。

 

「織斑くんは、ち、おねえさん自慢の立派な、おとうとだよ。家事もしてるし、こうしてバイトもしてる…いま、おねえさんのためにできること、精一杯やってる」

 

いまだ僕なんかは親にお世話してもらっている立場なんだし、織斑くんはその年で自立しようと思っているなんて純粋にすごいと思う。

海でサンドイッチ食べながら「一夏の料理も美味いが英さんのはかなり…」などと言っていた千冬さ…千冬を思い出した。小さいつぶやきだったが、お客さんに料理を出す僕のご飯と思わず比較してしまうということは織斑くんの料理レベルはかなり高いとみていいだろう。彼がその年で料理が美味い理由なんて姉の為に何度もご飯を作っていたからだとしか思えないし、バイトをテスト期間以外毎日のようにこなすのも経済的に姉を支えようとしているからというのは想像に難くない。

 

……何より。

千冬が織斑くんを迷惑に思うなんて、絶対にないから。

 

織斑くんは珍しい僕の長いセリフに驚いたのか、一瞬押し黙ってから「ありがとうございます」と微笑んだ。

自然と口元が緩む。

千冬が誤解されなくって良かった。それに、いつもお世話になってる織斑くんに初めて何か返せた気がする。最近いいことばっかだなぁ。

 

浮かれている僕は織斑くんの次の言葉をろくに聞かずに頷いてしまった。

 

「明日の夜、…この店、貸切り出来ますか?」

 

 

この言葉のおかげで翌日天国と地獄を味わうことになるのだが、そのときはそんなこと知る由もない。


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