神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第四部 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り 第四章 2

 

 

       * 2 *

 

 

「スクルド!」

 僕よりも先に名を呼んだのは、夏姫。

 それは夏姫の母親、春歌さんが勤めていたスフィアドールパーツの開発販売企業ヴァルキリークリエイションで試作されていた、五体の試作型ピクシードール、オリジナルヴァルキリーと呼ばれるものの一体。

 第三世代にあって非常に性能が高く機能も豊富だったオリジナルヴァルキリーはいまなお伝説となっていて、試作された五体はそれぞれに所在に関する情報が出回っている。

 一号機はスフィアロボティクスで動態保存され、二号機は試験中の事故で消失し、三号機はドール収集家の個人が所有、そして四号機のブリュンヒルデは、春歌さんを通じて夏姫の手に渡った。

 最後の五号機は、ヴァルキリークリエイションがスフィアロボティクスに吸収合併されるごたごたで行方不明になったと言われていた。

「アライズ」

 スマートギアを被っていない天堂翔機が携帯端末に向かって唱えると、光を纏ったスクルドが二五センチのピクシードールから一五〇センチのエリキシルドールへと変身する。

 ヒルデと同じ濃紺だが、ハードアーマーの縁取りが黒ではなく、金色。

 色合いの違いさえ気にしなければ、まったく同じパーツで組み立てられたドールだと言われても頷いてしまうほどに、ヒルデとスクルドは似ている。

 ただし、ヴァルキリークリエイションでつくられた最後の試験用ピクシードールとなったスクルドは、それ以前の一号機から四号機のすべての特徴と機能を備え、性能が一番高いと噂だった。

 そして平泉夫人が言っていたように、当時最高のソーサラーだった浜咲春歌の能力を、すべて引き出すことを目的として、その最終型がスクルドだったと言う。

 まるで人間のように、スクルドは朗らかな笑みを浮かべながら、僕たちを見つめてきている。

「なんで、貴方がこれを持ってる」

「なぁに、ワシがこれを持っている可能性くらいは考えていたのだろう?」

「どういうこと? 克樹」

 僕と天堂翔機のやりとりに、側までやって来た夏姫が問うてくる。

「……バトルには関係ないから言ってなかっただけだけどね。前にヒルデの壊れたパーツを収集家に買い取ってもらっただろ?」

「うん……。もしかして、それって?」

「そういうこと」

 エリキシルバトルが始まって僕が最初に出会ったエリキシルソーサラーは夏姫で、彼女に買って僕とリーリエはヒルデを破損させた。

 母親を失い、遠くに出稼ぎに出てしまった父親からの仕送りも最低限で、その頃の夏姫はヒルデで賞品目当てにローカルバトルに参加するほど窮する状況だった。破損したパーツの代わりになる、ヒルデの性能に見合うパーツはかなり高価であったため、買うことはできなかった。

 そのときPCWを通して破損や劣化したヒルデのパーツを高額で買い取った収集家というのが、天堂翔機だ。

 そこまでは夏姫に説明できる僕だけど、さすがにスクルドを持ってる理由まではわからない。

「アレに頼んで、少々強引な手段で手に入れたのだよ。方法が方法だっただけに、持っていることすら公表できなかったがな」

 アレ、というのはモルガーナだろう。

 スフィアロボティクスに吸収が決まる前後のヴァルキリークリエイションに強盗が押し入ったという話は聞いてないし、スクルドの行方不明が発表されてからずいぶん経ってるんだ、ドール収集家でもある天堂翔機なら、ブローカーから買い取ったとか適当な理由をつけて所有していることを発表できるはずだ。

 それすらできず、モルガーナに頼って入手したということは、よほどの手段を使ったんだろう。

 たとえば、エリキシルバトルにも関わるような方法で、とか。

「スクルドは正真正銘、オリジナルヴァルキリーの中でも最高の性能だよ。こいつは劣化もしておらん。そこの浜咲女史の娘のブリュンヒルデとも違って、オリジナル以外のパーツはひとつも入っていない、完璧なオリジナルヴァルキリーだ」

「三号機を持ってるのに、どうしてまたスクルドまでそんな強引な方法で手に入れたんだ?」

「その頃にはもうエリキシルバトルの開催は決定していたからな。保存用の他に、使う用の、最高性能のヴァルキリーがほしかったのだよ」

 さすがは収集家と言うべきか。

 猛臣の問いに本当に楽しそうに答える天堂翔機は、その笑みに狂気を感じるほどだ。

「さぁ、ワシのスクルドと戦え。己の願いと、命を懸けて」

「……だけど、あんたはソーサラーじゃないって聞いたことがあるぞ」

 けしかけてくる天堂翔機の声を止めたのは、意外にも近藤。

 近藤は梨里香さんからその話を聞いていたんだろう。僕も、天堂翔機はソーサラーとしては二流どころか三流以下聞いてる。

 スマートギアを被っていない彼がスクルドを操っても、負ける気はしない。

「その通りだな、クソガキめ。ワシはソーサラーとしては弱い。だがスクルドを操るのはワシではない。ワシの持てる力と技術を使って組み上げた、最高のフルオートシステムだよ」

 そこで言葉を切った彼は、唇の端の笑みを深くして、言った。

「過去最強、そしていまなお存命ならば最強だったろう、浜咲春歌のデータから生み出した、フルオートシステムなのだからな」

「ママの? それって、もしかして、リーリエと同じ?」

「人工、個性?」

 僕にしがみつきながら言う夏姫は、震えていた。

 言葉を継いだ僕も、声が震えてしまっていた。

「まさか。あんな人間とAIの中間の、精霊なんぞではないさ。ヴァルキリークリエイションにあったすべての浜咲春歌のデータから、彼女の動きを完全に再現したものだ。能力は一〇〇パーセント。いや、ワシのチューニングとエリキシルバトルへの最適化で、一五〇パーセントはあるな。さぁ、ワシと戦え。スクルドと戦って、己の願いを勝ち取って見せろ」

 もう以前のこととは言え、僕たちの誰ひとりとして勝てていない平泉夫人が、過去に負け続けたという夏姫の母親、浜咲春歌。

 彼女のデータを元に組み上げたフルオートシステムなら、その強さは推して知るべしだろう。

「……アタシは、戦えない」

 真っ先にそう言ったのは、夏姫。

「ママとはほとんどバトルなんてしたことなかったから、勝てるかどうかわからないけど、たぶんママのあの構えを見たら、戦えなくなると思う」

 泣きそうな顔をしてそう言う夏姫に、僕がかけてやれる言葉はない。

 もし僕が、フルオートシステムだったとしても、百合乃のコピーと戦えと言われたら、まともに戦える気はしないから。

 振り返って後ろにいる灯理と近藤を見てみると、夏姫ほどではないけど、顔をうつむかせたり眉根にシワを寄せていたりした。

「ワタシは、無理です。強さは戦って見なければわかりませんが、あまり勝てる気はしませんので」

「オレも同じだ。戦うなら全力でやるが、勝てる自信はないな」

 平泉夫人よりも強かったという事実を聞いていればそうもなるだろう。

 実際データは春歌さんのものでも、フルオートシステムの完成度次第なわけだけど、その辺りの構築についても天堂翔機は天才的と言える人物だ。

 並の強さでないことは想像に難くない。

『猛臣はどうするぅ?』

 しかめっ面をしてる猛臣に僕より先にリーリエが問うていた。

「てめぇに譲るよ、克樹。別に負ける気はしないが、ここまで来られたのはお前らの力があったからってのは確かだし、お前の相棒はやる気満々のようだからな」

『うんっ!』

「てめぇがもし負けたら、その次は俺様の番ってことで構わねぇさ」

「……わかった」

 猛臣が春歌さんを畏れている様子はないし、リーリエのやる気や僕たちの功績を考慮してくれたのはあるんだろうけど、いまひとつ解せない。

 はっきりとはわからないが、猛臣には猛臣の考えがあるんだろうということで納得することにして、僕は戦う覚悟を決める。

「じゃあまず、僕とリーリエが戦う」

「ふんっ。時間がかかりすぎじゃ。まぁ、いまの状況ではお前らしか戦えんだろうがな」

「どういう意味だ?」

「さぁな」

 意味不明なことを言う天堂翔機は僕の質問には答えず、ベッドに座ったまま肩を竦めるだけだった。

「春歌さんのドッペルゲンガーを倒してくる」

「……うん。お願い、克樹」

 勝てると確信してるわけじゃない。

 それでも僕は夏姫の揺れる瞳を決意を込めた瞳で見つめて、頷いた。

「行くよ、リーリエ」

『うんっ! 勝つよ、おにぃちゃんっ』

「あぁ」

 自信がある、というより、これから始まる戦いへの期待に気持ちが弾んでるらしいリーリエの声を聞きながら、僕は夏姫たちの側を離れ、スクルドの方へと進み出た。

 

 

 

 

『あっらぁーいず!』

 少し間の抜けたような、間延びしたような声でリーリエが唱えると、足下に立たせたアリシアが光に包まれ、エリキシルドールへと変身した。

 サービスのつもりなのか、メイドドールが持ってきてくれた椅子に遠慮なく腰掛ける。立ったままでも問題はないけど、全力で集中するときは立ってるよりも座ってる方が楽だ。

 ディスプレイを下ろしたスマートギアの視界で、僕はアリシアの各種プロパティを開いた。

 いったい何の部屋なのか、板張りのここは平泉夫人の屋敷のダンスホールよりも少し狭いくらいで、置いてあるものと言えば天堂翔機が横たわっているベッドとサイドテーブルしかない。

 天井は高く、広く取られた窓からは、まだ夕方前の陽射しが入ってきているのに、天井の照明に照らされても暗く感じる部屋の真ん中近くで、白いソフトアーマーに空色のハードアーマーを纏ったアリシアと、黒いソフトアーマーに金色の縁取りがされた紺色のハードアーマーのスクルドが対峙する。

 勝てる気は、あまりしなかった。

 夏姫と練習で戦ったときでも、風林火山を使ってすら勝率は三割を切る。

 平泉夫人との訓練ではまだ一度も勝てたことがない。

 おそらくエリキシルソーサラーとしては最強の夏姫に勝る、現在のすべてのソーサラーの中で最強かも知れない平泉夫人ですら勝てなかったという春歌さんをベースにしたフルオートシステム相手に、勝率を計算することなんてできない。

 それでも僕の斜め前に立つアリシアは、いや、アリシアを操るリーリエは、その口元に笑みを浮かべている。瞳に楽しそうな色を浮かべてる。

 僕ができることは、僕の最大の力をアリシアに注ぐことと、リーリエを信じることだけだ。

『ねぇ、おにぃちゃん』

『なんだ? リーリエ』

 外部スピーカーではなく、僕にしか聞こえないようヘッドホンから喋ってきたリーリエに、僕はイメージスピークで応える。

『このバトルは、あたしに任せてもらってもいいかな?』

『……それは構わないが、どうするつもりだ?』

『んー。全力でやるだけだよ。だから、おにぃちゃんにお願いしたいの』

 そう言ったリーリエが僕に送ってきた方針。

 それを見て僕は思わず顔を顰めていた。

『まぁ、わかったけど、帰ったら人工筋は全部交換が必要だぞ、たぶん』

『うん、そうなると思う。でも、勝ちたいから、ね』

『わかった。リーリエに任せるよ』

『ありがとう、おにぃちゃん』

 いつもより少し大人びて聞こえるリーリエの感謝の言葉に、僕は大きく息を吸って、吐いて、気合いを入れ直す。

 その間に、リーリエはアリシアを操作し、腰や背中に吊していた武器をすべて外す。

 普通のピクシーバトルならいくつも武器を吊す必要なんてないけど、人間の運動能力を超える速度で展開されるエリキシルバトルでは、一度落とした武器を拾う機会は得られないと考えた方がいい。戦況に合わせて変更する場合もあるし、使う予定の武器はすべて装備しておくのがここのところのセオリーだ。

 そのセオリーを捨て、リーリエはほとんどの武器を後ろに投げ、一本だけ、一二〇センチの身長の七割近くある長刀を抜き、構える。

 手を開いた左手を伸ばし、右手で長刀を担ぐような体勢。

 それはよく夏姫が見せる構え。

 突きでも斬りでもでき、防御も可能な、夏姫が春歌さんから受け継いだ構えだ。

 アリシアに対峙するスクルドもまた、両刃の長剣を抜き、同じ構えを取った。

 ただしアリシアとスクルドでは違っている。

 ほぼ直立で構えるスクルドに対し、アリシアは深く腰を落とす。

 スクルドが弓に矢をつがえた射手とするなら、アリシアはその身体がすべて矢になっているような構え。

 誰かが、息を呑む音が聞こえた。

 スマートギアの内蔵カメラだった視界を、アリシアの視界に切り換える。

 深く集中する間に、みんなの息の音すら聞こえなくなる。僕は息を止める。

 無表情な、でもアリシアのことを睥睨(へいげい)しているようにも見えるスクルドの視線に、僕は、そしてリーリエは、笑みで応える。

 構えを取ってからどれくらい時間が経ったのか。

 一分か、それとも十分なのか。

 戦いは前触れもなく開始された。

 動き始めたのは同時。

 僕は声も出さず、風林火山を発動させる。

 全力全開の、これまで使ったことがないほどのレベル。

 焼き切れてしまうほどの電圧が、アリシアのすべての人工筋にかかる。

 決着は一瞬だった。

 僕はその瞬間のすべてをこの目で見ていた。

 無言のまま動き始めたアリシアとスクルド。リーリエと春歌さん。

 攻撃はお互いに突き。

 十分の一秒にも満たない一瞬で、アリシアとスクルドはすれ違っていた。

 スクルドを背にするアリシアの手に、構えていた長刀はない。

 それと同時に、アリシアの左腕が、肩からなくなっていた。

 すれ違うほんの一瞬の間に、スクルドは突きで以てアリシアの左腕を肩ごと斬り落とした。

 痛むかのように左肩を押さえ、アリシアが振り返る。

 長刀は、振り返ったそこに切っ先が見えた。

 スクルドの、胸から突き抜け、背中から飛び出す形で。

 僕とリーリエの全力全開の風林火山は、ピクシードールとして最強であろうスクルドの速度を上回った。

 ピクシーバトルしかしたことがなかった、チューニングによってエリキシルバトルに対応しただけの春歌さんの反応速度を上回った。

 アリシアの放った突きは、スクルドの突きよりも先に、スクルドの胸の真ん中に到達していた。

 速度だけじゃない。百分の一秒以下の反応速度の差が、勝敗を分けた。

『大丈夫。おにぃちゃんがいれば、あたしは最強だよ』

 ヘッドホンからそんなリーリエの声が聞こえ、アリシアが僕に向かって笑む。

 僕はその声を聞いたとき、やっと自分の勝利を実感した。

 

 

 


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