神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第四部 第四章 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り
第四部 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り 第四章 1


第四章 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り

 

 

       * 1 *

 

 

 階段を上がった先にあったのは廊下。

 さすがにジャイアントエリキシルドールのアリシアは階段を上ることすらできないからアライズは解除した。

 ヒルデの方も、自分が歩きながらヒルデを動かすのが難しいから、ピクシードールに戻していた。

 一度ゲームクリアが宣言されたと言っても充分に警戒して、思ったほどの長さがなかった廊下の突き当たりまで歩く。

 それまであったものよりひと際大きい扉を、僕はノックもなしに押し開けた。

「まったく、飛んでもないこととをしてくれるもんだわい、このクソガキどもは。内輪で固まってる連中を一度に招いたら面白いかと思ったら、つまらん結末にしおってからに」

 出迎えたのは辛辣な言葉。

 板張りの部屋は少し暖かいくらいで過ごしやすく、広いだけじゃなく三メートルを超えてるだろう天井は、エリキシルバトルをやっても問題ないくらいの広さがあった。

 ただ、生活感が欠片もない。

 それはここまでで見てきた屋敷のすべての場所で言えることだったけど、さっき彼が言っていたフェアリーランドで空間が歪んでいるにしても、人が住んでいる屋敷とは思えない生活感のなさだった。

 部屋の真ん中にいるのは、白髪で、シワの目立つ老人。

 天堂翔機。

 体調不良で会長職を辞したという話だったけど、グレーのスーツを着こなす彼は、最後の記録映像の中で見えた足腰が弱った感じもなく、ピンと背筋が伸びていて、鋭い視線を僕たちに向けてきている。

「なんだ、元気みたいじゃないか」

「ふんっ、槙島のガキか。最後に会ってからずいぶん経ってるが、少しも成長しておらんようだな。相変わらずガキのままだ」

「……んだと?」

「そうやってすぐに腹を立てるところがガキだと言うんだ。来年から大学生だろうに。少しは大人になって感情を御する術くらい身につけろ」

「ちっ」

 やり込められてそっぽを向き、鼻を鳴らしている猛臣に噴き出しそうになるが堪えて、僕は声に出さずにイメージスピークでリーリエに話しかける。

『何か違和感がある。リーリエ、わかるか?』

『うぅーん。あたしにもよくわからない。少し、えぇっと、横の方に動いてみてくれる? おにぃちゃん』

『わかった』

 天堂翔機からある程度距離を取ったまま、僕に着いて部屋に入ってきた夏姫たちに正面を譲るようにして、数歩横に移動する。

 下ろしているスマートギアのディスプレイに表示された、天堂翔機のエリキシルスフィアの距離が微妙に変わる。

 微妙過ぎてさすがに暗算じゃ正確な位置を求めることはできないけど、リーリエならばヘタに僕がアプリを使って求めるより、正確な位置を特定できる。

『おにぃちゃん、見て』

『……わかった』

 リーリエが送ってきた情報を確認した僕は、ディスプレイを跳ね上げて直接目で天堂翔機の様子を確認する。

 高齢で、体調不良で現役を引退したにも関わらず、天堂翔機は杖すら突かずに不適な笑みを僕たちに向けてきていた。

「過程はどうあれ、ワシの仕掛けを打ち破ってここまでたどり着いたのはお前たちが初めてだよ。褒めてやろう」

「やっぱり、僕たち以外にもこんなことしてたのか」

「当然だろう。エリキシルバトルなんて命懸けの祭りの参加者だ。命の危険があろうと挑んでくる者たちに好き勝手できる機会は、こんなことでもないと無理だろうて」

 そう言って喉の奥で僕たちを、そしてたぶんここにたどり着くことのなかったバトル参加者を嘲笑うように、天堂翔機は気色の悪い笑い声を立てた。

「……ワタシたち以前にここに招待された方々は、どうされているのですか?」

「知りたいか?」

「ジジイ! てめぇ!!」

 唇に折り曲げた指を当て、少し考え込むようにしていた灯理の質問に、天堂翔機は嘲りの笑みを浮かべ、何かを想像したらしい猛臣が叫びを上げる。

 僕の側にやって来た夏姫は、自分の身体を支えるように服をつかんできた。

「くくくっ」

「まさか、本当に?」

「何も言ってなかろうが。怪我して病院に放り込んだ者はいるが、死んだ者はおらんよ。さすがにワシでもそこまで鬼畜ではないわ」

「そんなことより、話をするなら面と向かって話すべきだと思うんだけどね」

 話を打ち切って、微かに震えてる夏姫の肩を軽く叩いてその場を離れた僕は、みんなに見つめられながら、おもむろに天堂翔機の側に歩いていく。

「近づくな、小僧」

 強い口調ではなく、その場から動くでもない彼の前に立ち、ポケットから取り出したものをうなじに当て、スイッチを入れた。

 バチッ、という音とともにスタンガンから電撃が放たれた。

「克樹! いきなり何やってやがんだ!」

「どうしたの?! 克樹!」

 ガクガクと身体を震わせて倒れ込んできた天堂翔機の身体を支えずに避けて、僕は木工細工の床に倒れるままにする。

 近づいてきた夏姫たちとともに感じたのは、ビニールの焼ける微かな匂い。

「こいつは……」

 しゃがんだ猛臣が天堂翔機の身体を仰向けにし、じっくりその目を見つめる。

「エルフドール?」

 少し離れただけで判別が着かなくなるほど精巧だけど、見開かれたその目は人間のものではなく、カメラアイを隠しているスフィアドールのアイカバーだ。

「本当に、お前は飛んでもない奴だな。気づいたのはお前の精霊か?」

「気づいたのは僕だよ。確認のために、リーリエの力は借りたけどね」

「ふんっ。情報以上に観察力がある奴じゃな。少し見たくらいではわからない程度の造りにはしてあったというのに。まったく、こっちは老いぼれなんじゃ、格好くらいつけさせろ」

 そんなことを言いながら、少し離れた場所ににじみ出るように現れたのは、病院にあるようなパイプを組み合わせてつくられた簡素なベッド。

 ベッドに横になっているのは、顔立ちも髪もエルフドールと同じだが、痩せ細った老人。

 ベッドの脇に立つメイド服姿のドールに手伝ってもらって、老人は上半身を起こす。

 年齢から考えれば身体に問題が出ていてもおかしくはないが、手なんて骨と皮のようになってる痩せ方は、引退の理由である体調不良が嘘ではないことを物語っていた。

「貴方の願いは、永遠の命?」

 身体は痩せ衰えているのに、現役の頃以上に元気があるように見える瞳に、僕はそんなことを口にしていた。

「莫迦を言え。そんなものいらんわ。若さなら、少しほしくもあるが、いまさらだな」

「だったら、貴方はエリクサーに何を願うんだ?」

 思わず口にしてしまった独り言のような言葉だったのに、答えてもらって僕はさらに質問を重ねる。

 一瞬蔑むように僕のことを睨み、でもすぐに楽しそうに口元に身を浮かべた天堂翔機は答える。

「なに、ワシの願いはたいしたものじゃないさ。あと十年、生きられるようにしたいだけだ」

「……病気にでもなってるのか?」

「ガンさ。ワシの歳なら珍しくもない。幸いこの歳で、若い頃の無理も祟って代謝が低いからな、進行も症状もそれほどじゃあない。だがはっきりわかるまで放っておいたからな、一年は保たん」

 余命がもう残り少ないというのに、老人はシワだらけの顔にさらにシワを刻んで笑う。

「やっと自由な時間を、ワシがワシのために使える時間を手に入れたのだ、もう少しばかり楽しみたいのさ。お前たちのようにエリキシルソーサラーを呼びつけて、いろいろ考えて仕掛けた屋敷で悪戦苦闘するところを眺めるのも楽しかったのだがな。最後はお前のせいで台無しだ」

 そんなことを言いながらも、天堂翔機は楽しそうに笑っている。

「その程度の願いなら、モルガーナに言えば叶えてもらえるんじゃないのか?」

 うっすらとだけど、彼の生い立ちについて理解した僕はそんな風に返してみる。

「そ、そんなことできちゃうの?」

「モルガーナに願えば、だと? ふざけるな! そんなことが可能だったら――」

「違うんだよ、僕たちとは。ただの知り合いってだけじゃないんだろうからね」

 驚きの声を上げた夏姫や猛臣たちに、僕は振り返ってそう言った。

 百合乃が現れてエリクサーを使ったのはイレギュラーで、理由も原因も不明だ。

 僕たちはほんのわずかなエリクサーすら得る方法がないのに、ただモルガーナに願うだけで得られるなら、そりゃ驚きもするだろう。

「くれるだろうな、アレなら。だがそれではダメなのだ。ワシの持っているもので戦って、ワシの力で勝ち取って、ワシ自身が手に入れなければ意味がないのだ。そのためにわざわざ、アレに頼んでバトルに参加したのだからな」

 はっきりしたことはもっと聞かないとわからないだろう。

 でも笑っている顔と、その言葉から、僕はいまの彼の立場と、過去の存在意義をだいたいつかんでいた。

「まぁいい。どんな方法を使ったにしろ、お前はワシの前に立ったのだ。ワシのドールと戦い、決着をつけてみせろ」

 そう言った天堂翔機は、顎でメイドドールに指示を出す。

 ベッドの向こう側に置かれていたサイドテーブルから取り出されたのは、ピクシードール用のアタッシェケース。

 側まで来たメイドドールが開いたケースの中を見て、僕は息を飲んだ。

「……このドールは」

 

 

 


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