神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ) 作:きゃら める
* 2 *
『もうっ、おにぃちゃん! 自分で持っていく荷物でしょ!! ちゃんと自分で用意してよっ』
「まとめるところまではやっただろ。それに半分くらいはリーリエが使う機材じゃないか」
首にタオルをかけたままLDKに入った瞬間、リーリエの苦情で呼び止められた。
リビングスペースでアリシアをアライズさせてるリーリエがやってるのは、明日持っていく荷物の準備。
持ち出し忘れがないようリストをつくって、僕は荷物を集めて袋に詰めた。大きなリュックの他にスポーツバッグまで必要な量になってしまったが、何があるのかわからないんだ、必要そうな物はできるだけ持っていくべきだろう。
手伝うと言ってくれたリーリエにお願いしたのはリストとの照合と、綺麗に袋に詰めること。だけど任せっきりにしてお風呂に行くのはダメだったらしい。
明日は朝早く、いつも学校に行くのより一時間以上早く家を出る必要があった。
住所から調べてみたが、本当に人里離れた辺鄙な場所にある天堂翔機の屋敷は、彼の計らいで一番近いホテルに一泊してから挑むことになる。
バトル用の機材だけでなく、たいした物じゃないとは言え一泊旅行用の荷物はかさばることとなった。
「ありがと、リーリエ」
『まったく、おにぃちゃんは面倒臭がりなんだから!』
もうこのまま寝るつもりでゆったりとした上下を着て作業を見つめていた僕に振り返り、上目遣いで頬を膨らませ恨みがましい目で睨みつけてくるリーリエ。
――こういうところも、本当に百合乃にそっくりだな。
いつだったか、学校の課外授業で合宿に行くことになったとき、いつまでも準備を始めない僕に業を煮やした百合乃が準備してくれるって言うから任せたときも、同じように睨まれた憶えがある。
性格は似ていても違い、けれど仕草や言動の端々に百合乃を感じることがあるリーリエ。
リーリエを通して百合乃のことを見ている僕は、エリクサーで百合乃の復活を願うべきなのかも知れない、と思うこともある。
それでも僕が願ったのは、あの火傷の男を苦しませて殺すこと。
百合乃とは別れを済ませていたし、いまは以前よりも激情に駆られることはなくなったにしろ、火傷の男に対するどす黒い感情は思い返す度に湧き上がる。
火傷の男をエリクサーで殺さない限り、いや、エリクサーが手に入らなかったとしても、どうにかしてアイツを殺さない限り、僕が前に進むことはできそうにないと感じていた。
――そんなことはどうでもいいか。
昨日平泉夫人と話していたときにも思ったが、あの火傷の男もおそらくモルガーナの関係者で、エリキシルバトルを勝ち抜いていけばいつか見つけられるような気がしてる。
でもいまは、明日からの天堂翔機戦の方が重要だ。
「明日は早いんだから、そろそろ寝るぞ。アライズ解いてアリシア充電させておけよ」
『わかってるよー』
バッテリの予備は充分な数持っていくが、長期戦になる可能性を考えたらひとつでも多いに越したことはない。
真夏といえど外はすっかり暗くなり、いつもより早い時間だけど寝ることにした僕は寝室に行こうと思って踵を返した。
『え? なんで? ちょっと待ってー』
外のカメラに注目でもしたんだろう、リーリエがそんな声を発するのとほとんど同時に、呼び鈴が鳴った。
まだ深夜にならない時間とは言え、こんなときに誰だろうかと思うが、いまスマートギアを被ってない僕は玄関カメラを確認することができない。
僕を追い越してリーリエが走らせたアリシアを追って、僕も玄関に向かった。
「――なんで?」
リーリエがアライズさせたアリシアで玄関を開けたのだから、誰が来たのかは予想はついてたわけだけど、それでも僕は間抜けな声を上げてしまっていた。
この時間に連絡もなしに来る人物じゃない。
「えっと、ゴメンね、克樹。……なんて言うか、いろいろ、不安になっちゃって」
そう言いながらボストンバッグを肩に提げて入ってきたのは、夏姫。
不安になるってのはわからなくはない。僕だって待ちかまえてる天堂翔機のことを考えたら、不安になることだってある。
少し泣きそうになってる気もする夏姫の細めた目に、僕はひとつため息を吐き出す。
男の僕ならともかく、こんな時間に女の子の夏姫をひとりで追い返すわけにもいかないだろう。明日の準備はすっかり終えているらしい彼女がどんなつもりで来たのかは、言われなくたってわかる。
ミニスカートと可愛らしいキャミソール辺りを合わせてることが多いのに、いまは地味な上着とショートパンツ姿の夏姫を顎でしゃくって家の中へと促す。
「とりあえず上がればいいだろ」
「うん、ゴメンね」
ひと言謝ってから、夏姫は玄関の端に持ってきた荷物を置いて、靴を脱ぐ。
LDKに入ると、先にアリシアを奥に引っ込めていたリーリエは、マグカップにココアを淹れてお盆に乗せてきた。
空色の髪をツインテールに結い、白いソフトアーマーに空色のハードアーマーを纏ってる姿はぜんぜん違うわけだけど、その様子は百合乃を思わせる。
「ありがと、リーリエ」
『うぅん、いいよー。こういうときは甘いものがいいって見たことあるからね。でもあたしじゃ味見はできないから、濃さの調節まではできないよ』
「そりゃあまぁ、エリキシルドールはほとんど人間みたいに見えるけど、やっぱりスフィアドールだからなぁ」
ダイニングテーブルを挟んで正面に夏姫が座り、当たり前のように僕の隣にリーリエの操るアリシアが座った。
身体を乗り出したアリシアでカップを見つめてくるリーリエだけど、さすがに飲むことはできない。
いつも喋るときはアリシアの口を動かして、アリシア自身が喋ってるように見えたりすることはあっても、その声は天井近くに設置してあるスピーカーから降ってきてる。アライズしても、スフィアドールには消化器官もなければ、舌も発声器官もない。
「リーリエも食事がしたいとか?」
『そう思うときもあるけど、あたしはエレメンタロイドだから。でもショージさんのとこのアヤノは、ストマックエンジンとスメルセンサー搭載してるから、たくさんじゃなければ食べられるし、味もわかるんだよー』
「アヤノは新技術の運用実験てことにした、ショージさんの趣味の塊だからね。アヤノはあれ、市販したらいくらになるんだか……」
『いまのおにぃちゃんの収入じゃ、維持費出すのも難しいねっ』
「うっさい」
くすくすと笑ってるリーリエと夏姫に、鼻にシワを寄せて不満を表す。
運用実験に名を借りてショージさんの家でメイドをやってるアヤノは、ボディも新技術の塊なら、あれを制御してるAHSも一般提供版と違い、オミットされた機能のないフルバージョン、実験版だ。
食事がつくれたりするAHSは一般向けには法律とかの関係で機能を提供できないし、ショージさんの趣味で開発されたストマックエンジンやスメルセンサーを搭載したそのボディの価格は、高級外車並みになると言う最新高性能エルフドールが五体か一〇体買えるくらいの金額になると思う。
市販段階に入っていないパーツは何かと細かなトラブルが多いと聞いてるし、リーリエの言う通りバイトにしては高給取り程度の僕には、維持費すら出し切れないだろう。
ふたりに笑いものにされるのに堪えられなくなった僕は、話題を変えることにする。
「でも本当にどうしたんだ? 夏姫。こんな時間に」
「……うん。さっきも言ったけど、なんかいろいろ、不安でさ。ひとりでいたくなくって」
『天堂さんのとこに行くこと? あたしは楽しみだよー』
「気楽だな、リーリエは。どんな仕掛けを準備して待ってるのかわからないのに」
『あたしたちは五人もいるんだよ? だぁいじょうぶだよ!』
アライズしても特徴的な、人間に比べるとふた回りほど大きなアリシアの拳を握りしめて見せつけてくるリーリエに、僕の中にある不安が薄らいだ気がしてくる。
見てみると、夏姫も硬かった表情が少し和らいでいる。
「そのこともあるんだけどさ。……ねぇ、克樹。エリキシルバトルは、あとどれくらいで終わると思う?」
和らいでいた表情を引き締めて、僕のことを真っ直ぐに見つめてきた夏姫が言った。
バトルに関係していないPCWの親父ですら感じてることなんだ、夏姫が気づいていないわけがない。
バトルが終わるということは、誰かの願いが叶うということ。それが誰になるのか決まるということ。
願いを叶えられるのはひとりだけなのか、複数なのかについては発表されてない。
モルガーナの存在と、彼女が何か企んでいることを知っている僕たちは、願いそのものが叶えられるかどうかを危惧してる。
終わりが近づいてきてるのを感じてるときに、関係者の中ではモルガーナの次に大物だろう天堂翔機からの招待があったんだ、夏姫が不安になるのも当然だった。
「もうそんなにかからないだろうね。早ければ年内か、年明けの辺りには、かな。実際はもっと短いかも知れないし、もっとかかるかも知れないけど。ただエリキシルソーサラーの候補はそんなに残ってないからね」
「うん、そうだよね。誠も、灯理も言わないけどさ、不安なんだよね。いまのところバトルの資格は失ってないけど、自分の願いが叶えられるかどうかって。あたしもそれは気になってる」
悲しげな色を浮かべる瞳を伏せる夏姫に、僕からかけられる言葉はない。
僕は願いを叶えたいと思ってるし、できる限りのことをしてやるためにエリクサーを利用したいと思ってるけど、夏姫や灯理、近藤たちのとは違って、自分の力ででも達成は不可能なものじゃない。
夏姫たちの願いは、エリクサーでしか実現し得ない、切実なものだ。
自分の願いが叶うかどうかは、不安を引き起こすには充分な要素だろう。
「いまアタシたちが知ってる中で、バトルの最終勝利者は、克樹と槙島さんが有力だと思う。どっちが最後に勝つかは、そのときになってみないとわからないけど」
「ソーサラーとしてなら、夏姫の方が上だろ。実際練習じゃ勝率かなり悪いし。平泉夫人にあそこまで拮抗できるの、夏姫だけじゃないか」
「そうかも知れないけどさ。アタシじゃ、克樹には勝てないよ?」
「なんでだよ」
「うんとね――」
そんな僕の問いに、何故か頬を緩ませながら応える夏姫は、さまよわせていた視線を上げ、僕の姿が映ってる瞳を見せながら、言った。
「だって、克樹と願いを賭けて戦うなんて、いまはもうできないよ。戦わないといけないってなっても、ためらっちゃうと思う。だって、アタシは克樹のこと、好きだから」
「うっ」
ストレートに、瞳を覗き込まれて好きだと言われ、僕は答えに詰まる。
隣でリーリエがアリシアの眉を顰めさせてるのは視界の隅に見てるが、僕のことを楽しそうに見つめてくる夏姫から、視線を逸らすことができない。
「ま、前にも言った通り、モルガーナはたぶんエリクサーをエサに自分の願いを叶えようとしてるんだと思う」
何て返したらいいのかわからなくて、僕は視線と共に話を別の方向に反らす。
アリシアの唇を尖らせて見せるリーリエに一瞥をくれてから、若干不満そうな表情をしてる夏姫に言う。
「それって本当なの?」
「確証があるわけじゃないけどね。ただ、ほとんど死んでた僕を一滴で復活させられたり、エイナの言う通りなら灰も残ってない故人を復活させられるなんてエリクサーを、モルガーナが誰かのために使ってくれるなんて思えない」
「でもたぶん、そのモルガーナって人は、もうエリクサーを使って不死だか永遠の命を手に入れてるみたいなんでしょ? いま持ってるエリクサーがいらないなら、とか?」
「そうだとしても、それを他人の願いに使う理由がない。自分にとって意味のある人に使えばいいんだし。それに、バトルを開催した理由もわからないしね」
「そうだよね」
どうやら話題を逸らすことには成功したらしい。
胸の下で腕を組んで考え込む夏姫は、唇をすぼめながらうなり声を上げ始めた。
モルガーナの目的については、ずっと考えてきたけど、僕もわからないままだった。
エリクサーを提供する理由。
エリキシルバトルを開催する理由。
あのとき、百合乃が現れ、僕を救った現象。
どれを取ってもわからないことだらけだった。
「リーリエはどう思う?」
『え? う、うーん、どうなんだろー』
唐突に夏姫に話題を振られたリーリエもまた、アリシアに腕を組ませてうなり声を上げ始めた。
――あれ?
僕がアリシアの方に目を向けると、なんだか目を逸らされた気がした。
アリシアに明後日の方向を見させてるリーリエには、モルガーナの目的なんて興味のない話題だったのかも知れない。
思えばリーリエは、バトル関係のことで話すことは多いが、願いやモルガーナの件についてはあんまり話をしたことはない。
「まぁ、モルガーナのことだから、何もなければ約束通り、勝ち残ったひとりなのか、何人かなのかはわからないけど、願いを叶えてくれると思う。でもあいつは自分の目的最優先だろうから、約束を反故にすることもあるだろうし、そもそもあいつの目的は、エリクサーで叶えられる願いなんてどうでもよくなるようなことかも知れない」
「どんなことだと思うの? 克樹は」
「それがぜんぜんわかんないんだ。ただそれくらい恐ろしい目的でも、不思議じゃないってだけで」
「うぅーん」
顎に手を当てて、少しうつむき加減にしてる夏姫。
「天堂翔機はたぶん、モルガーナに一番近い人物で、だから僕はあいつの元にたどり着いて、できる限りの情報を聞き出したいと思ってるんだ」
「そんなこと考えてたんだね、克樹は」
驚いたように目を丸くしてる夏姫に、僕は笑みで応える。
彼がどこまでモルガーナのことを知ってるかはわからないし、ただの操り人形で、ほとんど情報を持ってないかも知れないし、予想以上のことをつかんでるかも知れない。
僕はそれを、確かめに行かなくちゃいけない。
「そんなことしてたら、モルガーナさんが約束を反故にしてくる可能性はないの?」
「ないとは言えない。たぶんあいつにとってエリキシルバトルは何か意味があることだろうから、そうそう中止にはしないと思うけどね。でもモルガーナの目的がエリクサーを手に入れることよりも恐ろしいことなら、僕はあいつとも戦うつもりでいる」
「そっか」
薄々気づいてはいそうだけど、近藤と灯理にもまだ話していない、願いが叶わないかも知れないことを話したのに、夏姫は僕に微笑んでくれる。
「もし、そんなことになっても、アタシは克樹と一緒に戦うよ」
椅子から立ち上がり、僕の横までやってくる夏姫に顔を向ける。
「そう言ってくれると心強いよ。モルガーナはたぶんソーサラーじゃないけど、どんな力を持ってるのかわからないからな――」
不意に夏姫が近づけてきた、顔。
ほんの一瞬、触れたのがわかる程度の、短い時間。
夏姫からのキス。
「うん、大丈夫。アタシは克樹と一緒にいる。克樹と一緒に戦う。だから、大丈夫だよ」
「う、うん」
安心をくれる言葉よりも、一瞬のキスの方がインパクトが強くて、僕は頷くことしかできなかった。
『夏姫ぃーっ。ずるい! 不意打ちだよー!!』
「予告してからなんてできないよ。こっちだって、……恥ずかしいんだから」
後ろから首に腕を回してくるリーリエに揺さぶられながら、顔を真っ赤にしてる夏姫を、たぶん僕も同じように顔を赤くしながら見つめていた。
「今日は泊めてよね、克樹。この時間から帰れなんて言わないでしょ?」
「そりゃあ、まぁ」
まだ頬を赤くしたまま、人差し指を薄ピンク色の唇に添えて言う夏姫を、僕が拒絶できるはずがない。
――でもこれは、どういう状況だ?
前回夏姫が僕の家に泊まったのは、灯理が泊まると言い出したからだ。
今回泊まるのは、夏姫だけ。
――これは、いい、ってことなのか?
女の子みんなに卑猥なことを言ってたのは、夏姫に以前指摘された通りジェスチャーだったわけだけど、僕だって普通に年相応の男子だ。
そして僕は夏姫のことが好きで、夏姫は僕のことを好きだと言ってくれてる。
好きな男の家に泊まりたいって言うことはつまり、そういうことなんだろう。いや、そうとしか考えられない。
見えないようテーブルの下でガッツポーズを決めてから、まだ若干状況に頭が追いついてないけど、僕は椅子から立ち上がる。
「えっと、じゃあそろそろ寝よう。明日は早いんだし」
恐る恐る夏姫の肩に手を伸ばして、寝室に誘おうとする。
『おにぃちゃん! もしかして夏姫と一緒に寝るつもり?!』
歩き出そうとした僕の服の裾をアリシアでつかんで、リーリエが邪魔をする。
『おにぃちゃんが夏姫のこと好きなのは知ってるし、夏姫もおにぃちゃんのこと本当に好きなのはわかってるけど、それはダメだよ!』
本気で怒った瞳をアリシアで向けてくるリーリエに、僕はプライベートモードを発動させようかと迷う。
「さすがに一緒には寝ないよ? ちゃんとふたりで話しあったでしょ? つき合うのはエリキシルバトルが終わってからだ、って。つき合ってもいない男の子と、同じ部屋で寝たりはしないよ。克樹のことは好きだけど、つき合ってもいないのにそんなことするほど、アタシは軽くないよ?」
「ぐっ」
障害はリーリエだけじゃなく、夏姫の身持ちの堅さもだった。
膨らんでいた期待が一気に萎んで、肩を落とした僕は期待の残骸をため息とともに吐き出す。
「わかった。あの部屋の準備しに行こう」
「うんっ」
ちょっと意地悪を含んだ笑みを浮かべ、でも僕の手をそっと取ってくれた夏姫が歩き出す。
「だからさ、克樹」
階段の手間で振り返った夏姫が言う。
「早めにエリキシルバトルを終わらせようね。――アタシか、克樹の勝利で」
「……そうだな」
柔らかく笑む夏姫に、僕も笑む。
「ちっ」
ベッドに入って灯りを消した僕は、思わず舌打ちしていた。
好きな女の子が泊まりに来たってのに、何もできないのはさすがに落胆が大きい。
――いや、けっこういろいろやってきたけどさ。
夏姫のことはもう何回も押し倒してるし、この前のプールだってデートみたいなものだ。
キスくらいでお互い真っ赤になるのは、自分でもウブ過ぎると思うけど、さすがにそろそろ、夏姫への気持ちはキスだけじゃ満足できないレベルになってきてる。
それでも夏姫のあのちょっと古くさい考え方は、彼女のことを想うなら、尊重しなければいけないことだろう。
――あんな約束しなければよかった。
いろいろ話しあった上で、つき合うにしてもエリキシルバトルが終わった後、ってことにして、そのときは僕も納得したわけだけど、いまさらながらに後悔が押し寄せてきていた。
真っ暗になり、暗い天井を眺める僕は、広いベッドに両腕を広げて長く息を吐き出す。
『よいしょっと』
暗い中で、ごそごそと布団をかき分けて僕の隣に入ってきたもの。
「……何してんだよ、リーリエ」
『夏姫の代わりにあたしがおにぃちゃんと寝るのっ』
僕の腕を勝手に枕にしてるのは、アライズしたアリシアなわけだけど、何が楽しいのか、リーリエは小さくくすくすと笑ってる。
「けっこう長くアライズさせてるんだ、バトルしてないって言っても、もうすぐバッテリ切れるぞ」
『だぁいじょうぶ! シンシア使ってバッテリ交換したもーん』
「それでも少ししたらアライズ解けるだろ。先に僕が寝ちゃったら、アリシア潰しちゃうかも知れないんだから」
『おにぃちゃんだったらそんなに寝相悪くないし、解ける前にちゃんと充電台に戻るよ。だから、少しの間だけ。ね?』
暗いところに慣れてきた目で横を見ると、こっちに顔を向けているアリシアが、願うような瞳を向けてきていた。
「わかった。ちゃんと充電しておけよ」
『やったーっ』
嬉しそうに声を上げ、鼻歌を歌うリーリエは、一番枕にいい位置を探すように頭を動かしてる。
――百合乃とも、何度かこんな風に寝たな。
兄妹仲は良かった百合乃だけど、一緒に寝たのは数えられる程度でしかない。
僕以上に百合乃のことを可愛がっていた両親が、同じ部屋で寝ないようキツく言ってたからだ。
それでも台風の日とか、雷が鳴ってるときとかは、両親の目を盗んで百合乃は僕のベッドに潜り込んできていた。
そんな昔のことをふと思い出して、僕はリーリエをそのままにしておくことにする。
『ねぇ、おにぃちゃん』
「なんだ?」
眠ったように静かになっていたリーリエが、唐突に声をかけてくる。
『夏姫だけじゃなくて、あたしも、おにぃちゃんと戦うよ。おにぃちゃんと、一緒にいるよ』
「うん、頼むよ。僕はリーリエなしじゃ戦えないしね」
『うんっ! あたしは、おにぃちゃんのことが好き――、大好きだからねっ。だからあたしは、おにぃちゃんにとって一番幸せなことのために、頑張るから』
「あぁ」
夏姫のさっきの言葉に対抗でもしたかったのか、そんなリーリエの言葉に、僕は考える。
――僕にとっての一番の幸せって、なんだろうか。
あの火傷の男に復讐することだろうか。
夏姫と同じ時間を過ごすことだろうか。
地位や名誉や財産を得ることだろうか。
それらは願っていることではあっても、僕の一番の幸せではないように思えた。
――リーリエの考える僕の一番の幸せって、なんだろう。
そんなことを考えてる間に、僕は段々と眠りに引きずり込まれていった。