神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第四部 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り 第一章 2

 

       * 2 *

 

 

「もうダメだ……」

 そう愚痴をこぼし、力が足りずに滑ってしまいそうになるのを堪えて、金属製のハシゴをつかんで流れるプールから脱出した。

 近くに誰もいない施設のものだろうサマーチェアを見つけて、ガクガクと震える脚に力を込めて近寄り、投げ出すように身体を横たえた。

 ――なんでこんなことになってるんだ。

 ちょうど陽射しを遮ってくれるパラソルの影の下で、僕は疲れ切った身体を休めながら思わずにはいられない。

 お盆が終わり、一応曜日的には平日の、遊園地に併設されたアミューズメントプールには、家族連れもそこそこいるが、僕みたいな高校生とか中学生辺りの人手が中心だった。

 男の水着姿は見えないものとして、色とりどり柄も様々な水着を着た女の子がはしゃぎながら行き交う様子を眺めていたい気持ちもあるが、いまの僕は疲れ切っていてそんな余裕もない。

 今年の異様な暑さに冷たいプールに入るのが気持ちいいのはわかるが、疲れ切るほど遊び回ることは理解できない。

 前半ははしゃいでいた僕がそんなこと考えてもしようのない話なわけだけど、もう限界だ。

 元々体力なんてたいしてない僕が、プールなんて来ちゃいけなかったのだと、ここに来る前に思っていたことを再確認する。

「本当、克樹は体力ないね」

 そんなことを言いながら手に僕たちの荷物を持って現れたのは、夏姫。

 今日のために買ったのか、赤に近いピンク色に鮮やかな花をあしらったワンピースと、腰回りを覆うパレオの水着を身につけた彼女は、最初見たとき何て感想を言えばいいのかわからなくなるほど、似合ってるというか、可愛いというか、とにかくいい感じだ。

 僕の家でお風呂を使うこともけっこうあるから、風呂上がりの様子から考えるに、いつも以上の寄せ上げ効果とパッド二割増しの胸も目のやり場に困るが、いまの夏姫の魅力はなんと言っても脚。

 ストッキングだったりニーハイソックスの絶対領域じゃないが、水に入って若干むくんだ感じはあっても、引き締まった健康的な夏姫の生足は、疲れ切ってても見つめずにはいられない吸引力を持っていた。

『本当そうだよ! おにぃちゃんはもう少し体力つけた方がいいよっ』

「そうだよね、リーリエ。引きこもってばっかりじゃ、そのうち太ってくるんじゃない?」

「……言いたいこと言いやがって」

 防水の上、カメラまで搭載してるイヤホンマイクを通して喋ってくるリーリエと、それに応じる夏姫に言い返したいとも思うが、悪態だけ吐いて黙り込む。

「はい、どうぞ」

「ありがと」

 荷物を足下に置き、中からストローつきの水筒を二本取りだした夏姫は、片方を僕に差し出してきた。

 礼を言って受け取り、中身のスポーツドリンクをすすりながら、すぐ隣のサマーチェアに横になった夏姫にちらりと視線をやる。

 夏姫がバイト先の人からもらったというチケットで来たプールには、本当は近藤や灯理も誘っていた。でも近藤は道場で練習があると言い、灯理は今日は学校の友達とショッピングに行くという理由で断られていた。

 もしかしたら気を遣われたのかも知れないが。

 そうしてふたりきり――リーリエもいるわけだが――で来たプールは楽しいし、いま僕のすぐ横でくつろいでる夏姫は、いつもと違ってまとめた髪を三つ編みにしていて、そんな彼女も可愛かった。

 たまに思うことだけど、夏姫みたいな女の子がどうして僕のことを好きになってくれたんだろう。

 僕は夏姫にひと目惚れに近い感じで惹かれていたし、性格がわかってからもさらに好きになったけど、彼女が僕を好きと言ってくれる理由はよくわからない。

 そんなことをちらっと夏姫のいないとこで零してみたら、近藤にはもう少し自分に自信を持てと言われ、灯理には盛大にため息を吐かれ、リーリエにはアライズしたアリシアで脛を蹴飛ばされた。

 何が悪かったのかはいまでもわからない。

「この後は遊園地の方に行こ」

「……まだ遊ぶのか?」

「当然でしょ? せっかく来たんだし。乗り物だって乗り放題なんだよ? いまは水着のままでいいんだし、今年はもう遊び放題なんだしね」

「まぁ、それはそうだが」

 この遊園地は夏休み期間中は水着のままアトラクションエリアに行って遊ぶこともできるし、その後またプールに戻ってくることもできる。

 面倒なことは早めに片づける質の僕は、夏休みになって入り浸るに近い感じで来てる夏姫と一緒に宿題をやっていて、なんだかんだでうちに来ることが多い近藤も一緒に早々に終えていた。何でか学校が違うのに、灯理まで僕の家で宿題をやっていたが。

 宿題を早めにやってしまったのは、いつ新しいエリキシルソーサラーが現れても大丈夫にするため、という理由もある。

 結局、夏休みも終盤に差しかかったいまも、夏休み前に戦った猛臣以降はエリキシルバトルをやる機会はなかった。

 ――でも、もうすぐエリキシルバトルも終わる。

 バトルで引き分けてから、猛臣とは決して良好な関係とは言えないものの、再戦をすることはなく、バトルに関することで連絡を取り合っていた。

 あまり詳細ではなかったけど、あいつが戦いに勝って得たり買い取ったりしたエリキシルスフィアの数は聞いていて、灯理のような特殊な事情で手に入れたものではない、スフィアカップ参加者の中でバトルに参加していそうな残りの人物についても少し聞いていた。

 おそらく残りの参加者は二十人を切っている。

 初期の参加者は不明なものの、いま中盤戦のエリキシルバトルは、そう遠くないうちに終盤戦に入るだろうと僕は予想していた。

 ――そろそろ、覚悟しないといけないよな。

 ストローからスポーツドリンクを飲む僕は、体力の回復を感じながら抜けるような夏の青空を見ていた。

 モルガーナがエリキシルバトルを開催した目的は、いまだに見当もつかないけど、おそらく僕や、他のみんなにとって驚くべきもののはずだ。

 バトルの結末を迎えるには、夏姫たちはともかく、僕はたぶん、モルガーナとの決着をつけないといけないだろうと想像してる。

 そこに至る道筋で、いったい何が起こるかはわからないけど、どんなことが起こっても大丈夫なように、僕は覚悟を決めておく必要があると思っていた。

「そろそろ、遊園地の方に行くか」

「あ、うん」

 考えに没頭していた僕に心配そうな視線を向けてきていた夏姫に、好きな子のために見せる笑みを返して、サマーチェアから立ち上がる。

『あたしも乗り物乗りたいよー』

「イヤホンマイクはこのままにしといてやるから、それで我慢しろ」

『うぅ。ジェットコースターとかはカメラじゃ感覚わかんないからねぇ』

「そうだね。リーリエにも身体があればよかったのに、ね……」

『そうなんだけどねー。まぁ、仕方ないよ、ね』

 リーリエは自分が人工個性で、専用システムに構築された疑似脳で成り立っていることを知っている。

 でも時々、まだ精神的には幼いからだろうか、身体がほしいみたいなことを言うことがある。

 リーリエの発言に、少し寂しそうな顔をしている夏姫と視線を合わせ、互いに少し笑いあう。

 もし、アライズしたアリシアか、ショージさん辺りからエルフドールを借りてくればとも思うが、遊園地のアトラクションにスフィアドールを乗せてくれたりはしないだろう。

 何かの実験とかで、機会があることを願うくらいしか方法はない。

「まぁ、今日はカメラで我慢しろ。こっそりアリシアを起動したまま持っててやるから」

『やったーっ。おにぃちゃん、大好き!』

「よかったね、リーリエ」

『うんっ』

 嬉しそうな声を上げるリーリエにホッとした僕は、足下の鞄を手に取って飲み終えた水筒を仕舞う。

 夏姫の分も受け取って仕舞った僕は、柔らかく笑っている彼女と頷き合って遊園地の方へと歩き始めた。

 こっそりと差し出された彼女の手に、自分の手を重ねながら。

 

 

          *

 

 

「ただいまー」

『お帰りー』

 僕より先に門の前に立った夏姫が門扉脇のチャイムのところにあるマイクに話しかけると、即座にリーリエが返事をした。

 プールに遊園地に遊び倒して帰ってきた夕方近く。

 ついでにスーパーに寄って買ってきた数日分の、僕と夏姫ふたり用の食材をエコバックに詰めてぶら下げて、門扉を開けて自宅の敷地に入っていく。

『おにぃちゃん。手紙が来てるよ』

「手紙ぃ?」

 いまどき連絡手段と言えばネットを経由したものが中心で、それでもダイレクトメールや役所とかからの書類、通販で購入した小物なんかは郵便受けに投函されるから、いまでも門扉の脇には呼び鈴と一緒に郵便受けの口が開いている。

 ひとり玄関に向かっていく夏姫のことは放っておいて、僕は疲れ切った身体を引き摺って門の内側から郵便受けを開けた。

 そこには投函の確認と、念のため危険物が感知できるよう、カメラと簡単なセンサーが設置してある。

 リーリエに警戒してる様子がないからたぶん大丈夫だろうと思い、僕は中に入っていたさほど厚みのない、ちょっと高級そうな封筒を手に取って玄関に向かった。

 遅れて家に入った僕からエコバックを受け取り、パタパタと小走りにキッチンへと向かう夏姫。

 あれだけ遊んだ後でどうしてそんなに体力があるんだろう、と思いつつ、住所と並んで僕のフルネームが書かれた封筒を裏返し、差出人の名前を確認する。

『おにぃちゃん……』

「あぁ」

 家の中のホームセキュリティ用カメラで見たんだろう、眉を顰めてる僕と同様に、険しい口調のリーリエの声が天井近くから降ってくる。

「どうかしたの? 克樹」

 LDKに入った僕に気づいて、夏姫が声をかけてくる。

 近づいてきた彼女に僕は言った。

「できるだけ早く、灯理と近藤に話さなくちゃならないことができたと思う」

 険しい顔をしたまま、心配そうにしてる夏姫に、僕はそう宣言した。

 

 

 


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