神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

70 / 150
サイドストーリー1 藤色(ウィステリア)の妬み2

 

       * 2 *

 

 

 ――面白いですね、こういう克樹さんも。

 灯理は思わず笑いそうになって、克樹と腕を組んでいない左手を笑みが零れる口元に手を寄せて、笑い声を抑える。

 昨日、詳しくないし苦手だと言っていたのは本当のようで、ショッピングモールに入った途端に克樹は挙動不審な様子を見せていた。

 先ほどあった小規模なスフィアドールのパーツショップでは普通の様子だったが、ブティックがとくに集中してるエリアを歩いているいまは、組んだ腕が緊張しているのがわかった。

 学校の廊下よりももう少し余裕がある程度の、いまの人出を裁ききるには狭いくらいの通路を顔を顰めながら歩く克樹のことを、灯理は思わず笑みを漏らしながら見つめていた。

 ――バトルのことであれば、頼もしくもありますし、強くもなれるのに。

 猛臣と事を構えることになったときの克樹は、怒りに心を揺らしながらも、冷静で、強かった。バトル中の彼は見惚れるほどに格好良かった。

 それがいまはお上りさんどころか、不審人物に近い状況だ。

 気を張っていないときの彼が普通の男の子なのは知っていたけれど、灯理は戦いに望むときの克樹と、いまの彼とのギャップが可愛いと思えていた。

「だいたいこれでひと回りしましたけれど、どこか見てみたいところはありましたか?」

「いや……、あんまりよくわからなかった」

 興味津々の視線や不躾な表情から逃れて、灯理は通路の端に寄って、克樹の身体を他の人々からの盾にするようにして彼と向き合う。

 灯理が買い物に出かけるのは主に新宿や渋谷で、決して中野に深い馴染みがあるわけではなかった。落ち着いた感じの服を着ることが多い灯理にとって、派手なものや奇抜な方向のファッションの店が集中している中野は、学校の友人と来ることはあったが、頻度は決して高くない。何軒かはあるが、ゴシックロリータの店も中野より新宿渋谷の方が多い。

 それでも克樹よりも詳しいことは確かで、今日は彼と相談した上で、中野に来ることになった。

 モールの中をひと回りして、どんなお店があるのかを見せたけれど、自分の趣味以外の店に克樹が興味を示すことはなかった。

「どんなとこがいいだろ」

「そうですね。まずはあっちのお店に入ってみましょう」

 言って灯理が左腕を少し差し出すと、微妙に顔を歪ませながらも、克樹は右腕を軽く出してくれる。

 その腕に自分の腕を絡みつかせた灯理は、克樹を引っ張るようにしながら歩き始めた。

「歩きにくい……。暑い……」

「ふふふっ」

 小さく呟く克樹だが、灯理の腕を振り払おうとはしない。いつもはもう少し身体と顔で拒絶の意志を示す彼は、今日は半分諦めたように灯理がすることに従ってくれていた。

 克樹が夏姫のことを好きなのは、かなり最初の段階で気づいたことだった。

 そのことをはっきり言われたときには、わかっていたこととは言え、ショックだった。泣きもした。

 それでも今日は彼からの提案でいまの場所にいる。

 用事の内容はどうあれ、克樹に甘えていても、邪険にはされないだろう。

 ――克樹さんが夏姫さんのことを好きでも、ワタシだって克樹さんのことが好きなんですから。

 意地悪している自覚はあるが、それでも灯理が絡めた腕を解くことはなかった。

 ――やっぱり、着いてきていますね。

 スマートギアの後部カメラを小窓に表示してみると、やはり夏姫の姿があった。何故か近藤の姿も。

 昨日煽っただけあって、予想通りに彼女が着いてきていることに、灯理は思わず口元を綻ばせる。

 隠れているつもりなのか、店や通路に影に立っていたりするけれど、いつもスマートギアを被っていて、振り向かなくても後ろの視界を確認できる灯理には何の意味もなかった。

 それ以前に、夏姫が近くに接近した段階でレーダーに反応が感知できていた。後部視界と同じように、視界にレーダーを表示しておける灯理は、夏姫との距離も常時把握できる。

 集合地点に到着してからずっと腕を絡めたりしている克樹は、携帯端末を取り出す暇がないため夏姫たちに気づいている様子はない。もしかしたらリーリエは気づいているかも知れないが、たぶん何も言っていないのだろうと思った。

 ――さて、今日は今日を楽しみましょう。あまり時間はなさそうですが。

 にっこりと笑った灯理は、一軒の店の前で立ち止まる。

 それまで以上に顔を歪めている克樹のことを気にしないことにして、彼の耳元のイヤホンマイクに向かって声をかける。

「リーリエさん、ちょっといいですか?」

『何? 灯理』

「教えてほしいことがありますので、すみませんが通話をお願いできますか?」

「どんなこと? リーリエじゃないとわからないこと?」

 軽く首を傾げながら克樹が口を挟んでくるのに、灯理はにっこり笑って答える。

「えぇ。女の子同士のことですので、克樹さんには話すことができません」

「そ、そっか……」

『わかった。かけるね』

 そうリーリエが答えた直後にかかってきた彼女からの通話。

 ポインタを意識で操作して応答ボタンを押すと、音声のみの通話が開始された。

『何なの? 灯理。夏姫たちのこと?』

『気づいていましたか』

 会話の内容を聞かれないために、スマートギアのヘッドホンの中で聞こえているリーリエの舌っ足らずな声に、イメージスピークで返事をする。

『そりゃね。おにぃちゃんがアリシア持ってるし、レーダーはあたしからでも確認できるもん』

『でも、克樹さんには知らせていないのですよね?』

『うんっ。何考えてんのかわかんないけど、灯理、最初から夏姫が来るのわかってたんじゃないの? なんかそんな感じしたから』

『えぇ、その通りです』

 今日は中野の駅で合流してから克樹は一度もスマートギアを被っていないから、リーリエは灯理の様子をカメラでは確認していないはずだった。

 レーダーの情報と、イヤホンマイクを通じて聞いていただろう会話だけで察したらしいリーリエの勘の良さに、灯理は少し驚いていた。

『それで、夏姫のことでないんだったら何なの? 用って』

『えぇっとですね、おそらく克樹さんは把握されていないと思うのですが、リーリエさんなら詳しく把握してるのではないかと思いましたので。今日どうしても必要なことなのですよ』

 質問の内容を話すと、リーリエは言うのを渋ったものの、理由まで明かして聞き出すことができた。

「お待たせしました、克樹さん」

 リーリエから聞き出した情報をアプリでメモし終えた灯理は、通話を切断して克樹に微笑みかけた。

「リーリエと何話してたんだ?」

「それは乙女の秘密です。ね? リーリエさん」

『うんっ。おにぃちゃんでも言えないことだよー』

「何なんだかな……」

「ともあれ、まずはこのお店から見ていきましょう」

 言って灯理は克樹の右腕に自分の腕を絡みつかせる。それ以上に、身体を、胸を押しつけるようにして、彼を店の方に引っ張っていく。

「いや、ここはちょっと……」

「こういうものも見ておくと参考になると思いますよ?」

 渋る克樹を無理矢理引っ張り込んだのは、ランジェリーショップ。中学生高校生をメインターゲットにした、白や黄色ピンクの薄いパステルカラーで彩られた店。

 ――ワタシといる間は、ワタシも楽しませてもらいますからね。

 口に出さずに克樹に宣言をしながら、灯理は早速お勧めの商品が並んだ場所へと彼を導いていった。

 

 

 

「あっ! あいつっ!!」

 横通路の影から克樹と灯理の様子を窺ってたアタシは、思わず声を上げてしまっていた。

 腕を絡められるどころか、胸を押しつけられても離れようとしない克樹は、そのまま灯理に引っ張られてランジェリーショップに入っていった。

「本当、何考えてんの? 克樹の奴!」

 走っていって文句を言ってやりたい衝動をどうにか堪えて、アタシは後ろにいる近藤に声をかけた。

「お店のとこまで行くよ。何してるのか確認しないと!」

「いや、さすがにあの店はちょっと……。あんま広い店じゃないんだろうし、覗いた時点でバレるぞ。ひとりで行ってきてくれよ」

 何でこういうとき男子はつき合いが悪いんだろう。

 とくに用事がないっていう近藤をちょっと強引に連れてきたのは確かだけど、克樹と灯理が何してるのか気にならないわけがないのに。

 ランジェリーショップは男子にはハードル高いかも知れないけど、ここまでつき合ったんだ、もうちょいつき合ってくれても良さそうなのに。

「いいから、着いてきてよ」

 いつ克樹たちがお店から出てくるかわからないから、アタシは行き交う人に時折視界を遮られながらも、振り向かずに近藤に声をかけていた。

「なぁ、おい」

「文句は後で聞くから、行くよ。早く行かないと出てきちゃう」

「いや、そうじゃなくて、おいってば」

 情けなさが籠もったというか、いつもとちょっと違う声がアタシの背中にかけられてる。

「サマープリンセスだろ? こっち向いてくれよ」

「え?」

 久しぶりに聞く名前に振り返ると、何でか額を押さえてる近藤の横に男の人がいた。

 克樹よりもちょっと高いくらいの背で、服とか顔の感じからするとちょっと年上の、大学生くらいか。ジーパンとシャツに半袖の上着は小綺麗にまとまってるけど、肩に担いでる妙に大きなリュックと緩んだお腹がすべてを台無しにしている。

 サマープリンセスはアタシがローカルバトルに参加するときによく使ってたニックネームで、エリキシルバトルが始まって、克樹にバトルを仕掛ける前の、去年の十一月を最後に使ってなかった。

「最近すっかりローカルバトルに出てこないから探してたんだぞ」

「えぇっと、そうなんだ」

「今日はせっかく出会えたんだ。決着をつけさせてもらうぞ!」

 若干芝居がかったポーズでニヤリと笑い、アタシのことを睨みつけてくる男の人。

 ちらりと近藤に視線を走らせてみると、携帯端末を確認してた彼は、首を横に振った。

 ――エリキシルソーサラーじゃないんだね。

 バトルというとここのところはエリキシルバトルが真っ先に思い浮かぶけど、小太りな感じのこの男の人が申し込んできてるのは、ただのピクシーバトルらしい。

「今日はちょうど駅前でローカルバトルが開催されるんだ。俺と戦え、サマープリンセス!」

 周囲の状況をあんまり気にする様子のない彼は、大声ではないけど周りの人にもばっちり聞こえる声でそんなことを言う。

 ステージで呼ばれるならともかく、さすがにこんなシッピングモールの真ん中でニックネームで呼ばれると、恥ずかしいったらありゃしない。行き交う人も、アタシと男の人に目を向けてきていた。

 ――克樹たちにもバレちゃうかも知れないし、仕方ないか……。

 ローカルバトルに参加してる暇なんてないんだけど、このまま付きまとっていられたら尾行も続けられない。

 さっさと終わらせようと思ったアタシは、覚悟を決めて彼の視線を受け止めた。

 でもその前に、訊くことがあった。

「えぇっと、バトルに参加するのはいいけど……、貴方って、知り合いだったっけ?」

 男の人はアタシのことをよく知ってるみたいだけど、アタシは彼に見覚えがなかった。

 ローカルバトルを通して仲良くなった人とは、エリキシルバトルが始まってからはさすがにちょっと疎遠になり気味だけど、たまにメールとかで連絡は取り合ってたし、顔だって憶えてる。

 でもいま目の前にいる男の人は、顔も名前も思い出せなかった。

「いや、俺は、その……、あの……」

 もしかしたらローカルバトルで何度も戦ったことがある人だったのかも知れない。

 アタシの問いに、男の人は怒らせていた肩をがっくりと落とし、呆然とした顔になっていた。

 

 

          *

 

 

「はぁ……」

 下着地獄から脱出し、通路に出た克樹は、反対の店の方まで逃げて大きくため息を吐いた。

 灯理にいろんな下着を見せられたが、直視することなんてできなかった。

 女の子が穿いているのを見るならばともかく、他の女性客や女性の店員にじろじろ見られながらでは、落ち着いて見ることなんて無茶というものだ。

 下着好きの奴にとっては天国のような空間かも知れないが、中身とセットでないとあまり興味のない克樹にとっては、ランジェリーショップは地獄以外の何ものでもない場所だった。

「あれ? 灯理、どうかした?」

「あ……。いえ、何でもないのですが」

 何かを買ったらしい灯理が小さな紙袋をトートバッグに仕舞いながら通路を見回してるのを見て、どうしたのかと声をかけてみる。

 誰か知り合いでもいたのかと思ったが、秋葉原ならともかく、友達をほとんどつくっていない克樹が中野で知り合いに会うことはなく、灯理も新宿などの方が馴染みが深いらしい。夏姫や近藤にも今日のことは知らせていなかったし、克樹も見回してみたが、見知った顔を見つけることはできなかった。

「と、とりあえず、次行こう」

「――そうですね」

 小首を傾げてる灯理に疑問を覚えるが、とにかくまだ店内から視線を感じるランジェリーショップから離れたくて、克樹は歩き出そうとする。

 自然に腕を絡みつかせてくる灯理に、クラスメイトがいたりしないことを祈りつつ、次の店を目指す。

 今日、灯理を誘って中野に来たのは、服を見に来るためだった。

 あまり服装に頓着しない克樹は、自分の服はネット通販で適当に選ぶか、リーリエが勧めてくるのを買ったりしていた。

 しかし今日は、克樹同様役に立たなそうな近藤はともかく、夏姫に助けてもらうわけにもいかず、灯理の助けを借りなければならなかった。

 夏も本番になってきて、絡めている腕が恥ずかしいのと同時に若干暑苦しくも感じているが、文句を言うこともできない。

 今日の目的を達成するためには、灯理の協力が不可欠だった。

「今度はここにしましょう」

 灯理がそう言って立ち止まったのは、落ち着いた色合いの服が多いらしい普通のブティックだった。

「わかった。えぇっと、頼むよ」

「何を言っていますか、克樹さん。一緒に入って自分で選ばないとダメなのです。ワタシはあくまで克樹さんを助けるだけで、選ぶのは克樹さんでなければなりませんよ?」

「うぐっ」

 女性向けの服が陳列されているブティックは、ランジェリーショップほどではないが、克樹には決してハードルが低いわけではない。彼女連れの男性客も狭い店内には見えるが、灯理が一緒にいてくれるにしても、ファッションに詳しくなく、ましてや女性向けの店に入るのはためらうに充分だった。

「さぁ、もたもたしているとすぐに時間が経ってしまいますよ、今日中に決めてしまいたいのでしょう?」

「……わかった」

 灯理の言葉に観念した克樹は、うなだれつつも腕を引っ張る彼女と一緒に店内に脚を踏み込んでいった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。