神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第一部 第二章 ファイアスターター
第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第二章 1


第二章 ファイアスターター

 

       * 1 *

 

「おーい、ヒルデ借りるぞ。状態をチェックする」

 アリシアもバッテリを消耗してるはずだから充電してやりたかったが、とりあえず鞄から取り出して机の上に置いて、僕は女の子が左手に大事そうに持っていたヒルデを奪い取るように受け取って充電ベッドに寝かせる。

 背中の辺りにある無接点充電ポイントの位置がずれていたらとちょっと心配になったけど、問題なく充電が開始され、家のシステムともリンクが確立された。

 スマートギアは使わずに、しばらく使った憶えのない液晶ディスプレイの電源を入れて、スマートギアと同じBICデバイスの一種であるポイントマットに右手を乗せてポインタを操作し、ピクシードール用のチェックアプリを走らせる。

 ヒルデの破損で泣き始めた女の子はその場では泣き止んでくれず、そのまま放っておくのも何だから、学校からそんなに遠くない僕の家に無理矢理引っ張って連れてきていた。

 僕はヒルデの所有者じゃないから個人に関わるものを中心に多くの情報はマスクされていたけど、それでも状態についてかなりの情報を得ることができた。

「ヒルデは、大丈夫なの?」

 鼻をすすりながらも、彼女は僕を押しのけるようにディスプレイを覗き込んでくる。

「まぁ、だいたい予想してたことだけど、やっぱりって感じだね」

「ダメ、なの?」

 ピクシードールに詳しくないのか、表示されてる情報を理解できなかったらしいその子が、また目に涙を溜めながら問うてくる。

 どう答えたものかと頭をかきつつ、僕はまず最初に確認するべきことを訊いてみる。

「ヒルデの正式な名前は、ブリュンヒルデで間違いない?」

「え? う、うん」

 ピクシードールは好きな個体名を決めて本体に登録することができるけど、その情報は個人情報とともにマスクされて見ることができない。

「じゃあやっぱり、君が夏姫か。浜咲夏姫」

「どうしてアタシの名前を?」

 サマープリンセスっていうソーサラーネームからバレバレじゃないか、と思わなくもないけど、苗字まで知っているのは、彼女とは間接的に関わったことがあるからだ。

「ヒルデのフェイスパーツ、君に似てるよね?」

 少し丸くて小顔なフェイスは、こうして両方を近くで確認すると、本当によく似ていた。

「うん。そういう風につくってもらった、ってママが言ってたもん」

「それをつくったの、僕なんだ」

「え?」

 それは一年と少し前のことだ。

 リーリエが可動を開始し、アリシアを動かせるようになった頃、ちょっと普通じゃない状態だった僕は、リーリエのコントロールでアリシアに笑顔をつくらせることはできないだろうか、なんてことを考えていた。

 人工筋やその周辺の事柄、ソフトアーマーの作成方法について知っていたのもあって、可動型フェイスパーツはあんまり時間も掛からず形にすることができた。

 いまと違ってHPT社から開発報酬をもらってなかったその頃の僕にはいろいろ試すだけの資金がなくって、まともに可動はするけどまだ満足できない試作品のいくつかをネットのオークションで売って資金をつくることを考えた。

 意外と高値がついたのは良かったんだけど、そのとき落札に漏れた人から、写真から可動型フェイスパーツをつくることができるか、という連絡を受けた。

 けっこうよい金額を提示されて受けることにした依頼の主が、浜咲春歌という女性。そしてその写真の女の子が、浜咲夏姫だった。

「じゃあ浜咲さんは……、えっと、夏姫のママは、亡くなったんだ?」

「うん……。去年、過労だったって……。倒れて意識がなくなって、そのまま」

 また大粒の涙を目に溜めた夏姫。

「ヒルデは、どうするの? ヒルデがないと、アタシ……、アタシ、ママを生き返らせてあげることができないっ」

 こぼれてきた涙を手の甲で拭う夏姫に、僕はどうしていいのかわからないでいた。

 自分で泣かせるならともかく、最初から泣いてる女の子ってのはどうにもやりにくい。

「まぁ、直せないことは、ないよ」

「え……、と、本当?」

 どういう意図の問いなのかいまひとつ定かじゃないけど、僕は驚いたように目を見開く夏姫に頷いて見せる。

「ここじゃあ修理もできないんだけどね」

 使い古したものも多いけど、ピクシードールのパーツはひと通りくらいなら揃えてある。

 でも、ヒルデの修理はここではできない。

 普通のパーツではどうにもならないくらい、ヒルデは特殊なピクシードールだったから。

「よかったっ。よかった! ヒルデ、修理できるって! これでアタシ、まだママを生き返らせること、できるよっ」

 泣き止んだらしい夏姫は、眠ったようにまぶたを閉じて充電ベッドに横たわっているヒルデに向かって呼びかけている。

 ――んー。

 そんな様子を見て、僕は少し悩む。

 ――でも教えておくべきことは、ちゃんと教えておくべきだよなぁ……。

 悩むのを途中でやめて、僕は夏姫に後ろから近づいていく。

「え? え? な、何?!」

「うおっ。けっこうあるじゃん」

 後ろから夏姫に抱きついた僕は、彼女の胸を両手で掴む。

 大きめの上着越しじゃよくわからなかったけど、夏姫の胸は意外に大きいし、ブラをつけてると言っても弾力も申し分なさそうなもみ具合だった。

「こ、こら音山! やめ……。か、克樹! やめて!」

 嫌々と首を動かすのに合わせて揺れるポニーテールの先端が、弱々しく僕の顔をなでる。顔の前を黒い髪が行き交う度にシャンプーかなんかだろう、いい匂いが漂って、身体が熱くなっていくのを感じる。

「いったい、あんた、何を、する、つもりよ!」

 僕の両手を掴んで止めようとする夏姫の手を逆に掴み上げて、後ろに引っ張る。抵抗できずに床に倒れ込んだ夏姫の上に、僕は覆い被さるように乗っかった。

「何って、夏姫も女の子だったらわかるだろ? 女の子が男の家に来るってことは、どういうことかって。幸い両親が帰ってくることがないからね、朝までだって大丈夫さ」

 両腕を両手で押さえ込んで、両の太ももの上に腰をのせて逃げられないようにする。

「やだっ。そんなつもりないもんっ。やめて! やめてよーっ」

 逃げ出すこともできなくなった夏姫は、涙があふれそうになってる目をぎゅっと閉じて、僕からできるだけ遠くに逃げるかのように首を大きく逸らせる。

 両手がふさがってるから仕方なく、僕は膝でもって夏姫のスカートをめくり上げていく。

 いつもは点けていない照明を点けているから少し明るいけど、僕が覆い被さってて影になって、めくれ上がっていくスカートの中身がよく見えてるわけじゃない。

 それでも徐々に露わになっていく黒いパンティストッキングと、それが包んでいる肌のきわどいところは、充分僕の目を釘付けにするくらいには見えている。

 堪えるように引き結んだ唇。

 僕の膝の動きに反応してか、涙があふれてる目を時折きつく閉じたり緩めたりする。

 少し小柄だけど女らしい身体つきの夏姫の全身から、シャンプーとは違う女の子らしい良い香りが漂ってきて、僕の鼓動は否応なく高鳴っていく。

 ――やべっ。ちょっと真面目に可愛いぞ、これ。

 新境地が見えそうになりつつも、スカートが隠された部分に到達しようとしていた。

 横の方から見えてくる、ストッキングの下のパンティライン。

 白か、それに近い単色のだろう。

 フリルなんかがあしらってある可愛らしいそれがストッキング越しに見えてくることに、僕の興奮は一気に膨らんでいった。

 ――あ。

 女の子の大事なところが覆われている部分まで見えてくると思ったとき、不意に忘れていたことを思い出す。

 ――まずい。

 と思ったときにはもう遅い。

『あ、らーーーい、ずっ!』

 スマートギアではなく、部屋に設置したスピーカーから響いた舌っ足らずな声。

「やめ――」

 言い終える前に後頭部に激しい衝撃を感じて、その重さと勢いで夏姫の胸に顔を埋める。

 ――マジで柔らかい……。

 なんてことを思いながら、遠のいていく意識を抵抗することなく手放していた。

 

           *

 

「も、もうやめて!」

 胸に顔を埋めてきた克樹に、夏姫は必死で抵抗しようと両手で彼の肩を押す。

「あれ?」

 いつの間に掴まれていた両手の力が緩んでいたんだろう。

 解放された両手を見て、夏姫は思わず首を傾げていた。

 恐る恐る胸に顔を埋めたままの克樹のことを見て見ると、微動だにする様子がなかった。

「何が、起こったの?」

 そう思って顔を上げたとき、克樹の上に女の子が座り込んでいるのが見えた。

『んーと』

 何かを考えているらしい女の子は、ずいぶん幼さを感じる表情をしていた。

『あ! えぇっと、この雌ブタ! おにぃちゃんはあたしのなんだから、誘惑したらダメなんだよ!』

「め、雌ブタ? 誰が! って。……あれ? 何か、ヘンじゃない?」

 次の言葉を考えているらしく明後日の方向を見ながら軽くうなり声を上げている女の子。

 豊かな表情の彼女は克樹の妹かと思った夏姫だったが、違っていた。

 ――この子、エリキシルドールだ。

 上半身を覆う水色のハードアーマーと、同じ色をしたツインテールの髪。それから唇に当てた人差し指は、手袋をはめたどころではなく、指三本分ほどの太さがあった。

 彼女は、さっき戦っていた克樹のドールそのものだった。

「あなたが、克樹のドール?」

『うんと、この子はアリシア。あたしはリーリエだよっ』

 アリシアがドールで、リーリエがソーサラーということなのだろうか。

 にっこりと笑うその表情はドールであるはずにも関わらず、アライズして子供ほどのサイズになってるのもあって、小学生かそれくらいの女の子にしか見えなかった。

 そして彼女の側には、他に人がいる気配はない。

 ――リーリエって名前の、フルオートシステム?

 フルオートシステムの中には、喋ったり人のように振る舞うものが存在していることは、夏姫も知っていた。

 しかし本当に人間のように見える自律行動システムを見たことは、一度もなかった。

 ――うぅん。ひとつだけある。エイナだ。

 自分でも作詞作曲をするという人工個性のエイナは、歌声が好きだったので販売されてるアルバムは携帯端末にほとんどダウンロードしていたし、動画サイトでライブの映像が無料配信されたときにはよく見ていた。

 ライブなどでエイナが操るエルフドールは、ピクシーバトルで見たことがあるフルオートドールと違って、表情や振る舞いが人間のようだと思ったのを、夏姫は思い出した。

 いま目の前にいるリーリエは、まるでエイナが操るドールのような、人間とほとんど変わらない自然さがあった。

 ――っていうか、なんで勝手にアライズしてるの?

 直前までイヤらしいことをしてきていた克樹が、アライズと唱えた様子はなかった。それなのに、いまリーリエはアライズして克樹の背中に座っている。

 いったい何が起こっているのか、夏姫には理解することができなかった。

『おにぃちゃんを誘惑してあたしから奪いに来たんだったら、えぇっと、絶対に許さないんだからねっ』

 誰かに言わされているようなたどたどしい言葉が、おそらく部屋のどこかに設置されているスピーカーから響いていた。

 口は言葉の形に動いているから声のする位置のズレに違和感はあるけれど、確かにいま目の前でリーリエが喋っているようにも思えた。

「その前に! 重いからどいて。できたら克樹もどかしてくれる?」

『うんっ、わかった』

 お願いすると素直に聞き入れたリーリエは、ひょいと床に下り立って、さらに克樹の首の後ろの辺りを掴み、軽く持ち上げて椅子に座らせた。

『それでおねぇちゃんは、何?』

 たぶんつくり物なのだとは思うけれど、アライズすると本当に人間のものと見違えるほどになる瞳にあどけない疑問の色を浮かべ、立ち上がって服装を整えた夏姫にリーリエは軽く首を傾げながら問うてくる。

「えっと、アタシは浜咲夏姫。さっきあなたと戦った、ヒルデのソーサラー、かな?」

『うん、それはわかってるよー。でもおにぃちゃんとはどういう関係なの?』

「どういう関係って言われても……」

 問われて夏姫は答えに詰まって、軽く握った拳を唇に当てながら考え込む。

 克樹のことは先日、エイナからエリキシルバトルへの招待を受けるまでは名前もほとんど憶えていなかったし、顔は今日教室で確認するまでまったく知らなかった。

 ただ今日克樹に戦いを仕掛けたのは、アリシアに内蔵されているエリキシルスフィアを奪うためであり、夏姫にとって彼は敵で、おそらく彼もまたそう認識しているはずだった。

 ――でもこいつ、ヒルデのスフィアを奪おうとしてないのよね。

 戦いが終わってからいままで、克樹はヒルデからスフィアを奪おうとする素振りを一度も見せなかった。

 エリキシルバトルの参加者だということは強く願ってる望みがあるということであり、スフィアを集めなければその望みは叶わないはずなのに。

 いったい彼が何を考えているのか、夏姫には想像することができなかった。

『おにぃちゃんの恋人だったり、する?』

 細めた目で見上げてくるリーリエは、先ほどの言わされているような言葉ではなく、本当に人間の女の子が心配しているような、不安そうな表情をしていた。

「違う違うっ。こんな女の子に突然襲い掛かってくるような奴、彼氏にするわけないでしょっ。こいつとは今日初対面だよ」

『そっか! よかったー』

 心から安心したように、胸に手を当てて、――息はしていないのだろうけれど、安堵の息を吐くような動作をするリーリエ。

 ――いったい、この子はなんなの? それに、あなたは何を考えてるの?

 椅子にぐったりと身体を預けて白目を剥いてる克樹を見、夏姫は思う。

 ――あなたはいったい何を望んで、エリキシルバトルに参加したの?

 


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