神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第一章 4

       * 4 *

 

「ちょっと克樹。よくのうのうと寝ていられるわね」

 頭の上から振ってきた声に、机に突っ伏していた身体を起こす。

 寝不足でくらくらしてる頭を振って惚けていた意識をすっきりさせようとする。

 ――すげー眠いな。

 いつの間にか昼休みに入っていたらしい。

 教室の中はざわざわと騒がしく、机をくっつけて弁当を広げる女子がいたり、早速購買からパンを買ってきたらしい男子が机の上に座ってダベっていたりした。

 昨日の夜はいまアリシアに取り付けてる新型フェイスパーツの製品化テスト版の作成と構造図をつくっていたから、寝たのは明け方近くになっていた。

 外はコートを着てても寒いが、教室内はエアコンが効いていて快適だ。寝不足の日に寝るのに最適な温度にされれば、誰だって寝るだろう。

「ちょっと聞いてるの?!」

「何だ、遠坂か」

「何だじゃないでしょ!」

 目を三角にして怒っているショートカットの女子は、同じクラスに生息する遠坂明美。

 立候補者がいなかったから推薦によって決まったクラス代表を務める程度にはクラスに信任の厚い女の子で、確か陸上部か何かに所属するスポーツ少女だ。

「あんたねぇ、今日日直だったの忘れたの? あんたが遅れてきたからワタシが代わりにやったのよ!」

「そりゃどうも」

 昼飯のつもりで持ってきたゼリードリンクはお腹が空いて二時間目に飲み終えていたし、購買に食べ物を買いに行くのも面倒臭くなって、僕はもう一度机に突っ伏そうとする。

「こら克樹! 寝ようとするなっ」

「なんだよ。ご褒美でもほしいのか?」

 少し前屈みになって睨みつけてくる遠坂の身体を、上から下までじっくりと眺めてみる。

 短くしてるスカートに包まれたスポーツ少女らしいお尻の具合はともかくとして、地味な深緑の上着の下に着ているブラウスは、ジャンパースカートの形状の関係でけっこう胸が強調されるようになってて、清楚な感じの夏服とは別の方向で男子に人気があるというのに、遠坂のそこは中学の頃とあまり変わっているようには見えない、一抹の寂しさがあった。

「いいぞ。その寂しい胸を大きくしてほしいなら、ご褒美と言わずいつでも揉んでやるぞ」

 両手を挙げて指をわきわきと動かして見せてやる。

「ば、莫迦!」

 隠すほどもない胸を両腕でガードして逃げ腰になる遠坂が面白くて、僕は手を伸ばしてさらに追い打ちをかける。

「ほらほら、どうした? その手をどかすんだ」

「……まったく、またそういうことを言うんだから、克樹は。そんなだから女子から嫌われるんだよ?」

 恥ずかしがって赤くしていた顔に不満そうな表情を浮かべて、遠坂が睨みつけてくる。

「ほっとけ」

 僕は確かにクラスどころか学校中の女子にエロい奴と話が通っていて、声をかけてくる女子はおろか、男子で仲良くしてる奴もほぼいない。幸いというべきか、いまのところ停学なんかは食らったことはなかったが、注意だけなら保護者に何度か行ってるはずだ。

 そんな中でも遠坂は僕に声をかけてくる希少動物に分類される女子だが、中学の頃からちょっとした縁があって知り合いの彼女とは、意地悪をするにもどうにもやりづらい。

「克樹、あのね――」

 机に手を突いて説教を始めようとする遠坂。

 彼女の説教は長くなる上、耳に痛いから嫌いだ。

 そっぽを向いてやり過ごそうと思ったとき、新キャラが登場した。

「よぉ。何をもめてるんだ? ご両人」

「あぁ。こいつが日直の仕事さぼってね」

「なるほどな。まぁ音山。クラス委員様の言うことはちゃんと聞いた方がいいぞ」

 現れたのはずいぶん背の高い男子。

 背の高さの割に身体は細身に見えるが、首の太さを見るとたぶん運動部、それも格闘系の部活に入っているような気がした。

「あんた誰だ?」

 運動部らしい短い髪のそいつは、僕の声に唖然とした顔をする。

「……あんたねぇ。もう半年以上も同じクラスにいてクラスメイトすら憶えてないわけ?」

 呆れたように額に手を当てて、遠坂は左右に首を振る。

「女の子の顔と名前とスリーサイズと各部の感度ならともかく、男子の情報なんて記憶容量の無駄遣いにしかならないな」

「本当にこいつは、相変わらず……」

「ま、まあいいんだけどな。オレもいままで声かけたことなかったわけだし」

 少々詰まりながらも爽やかな笑顔のそいつは、許可もしてないのに自己紹介を始めた。

「オレは近藤誠。空手部に入ってる。運動部繋がりってことで遠坂とは割と仲がいいんだが、まぁなんかいまはトラブってたみたいだったからな」

「わざわざうちの空手部に入るために隣の県から独り暮らしまでして来てるんだよ、近藤は。大会でも注目されてるんだから」

 確かうちの陸上部は弱小の上、部員も少なくて、高校には必要な部活だからってことで存続してるうようなところだったはずだ。そんなだからグラウンドの優先順位も低くて、他の部活が校庭を使ってる時間は体育館なんかを間借りして使ってるときもあったような、気がした。

 対して空手部は、所属してる人数こそ多くはないものの、全員がかなり強くて、大会ではけっこういい成績を収めてるなんて話を聞いたことがあったし、たまに校舎にどこかで優勝したって横断幕が掛かっていたり校内ニュースで報告があったりした、ような気がした。

「何? 彼氏? じゃあ毎日胸をも――」

「違うわいっ!」

 激しく机を叩いて僕の声を遮った遠坂は、いまこそ殴りかかろうとするみたいに握った右の拳を震わせていた。

「そんで近藤某さんは僕に何か用?」

 頬を引きつらせてる遠坂のことは放っておいて、近藤の方に話を振ってみる。まぁ僕と遠坂のやりとりに割って入っただけだろうから、用事なんてなさそうだけど。

「あぁ。ちょっと音山に訊きたいことがあったんだ」

「訊きたいこと?」

 会話に割って入っただけだと思っていたら、そうでもなかったらしい。

 でもクラスで一度も話したことがないような奴に訊かれて応えられるうようなことがあるかと思うと、疑問を感じる。

 念のため耳につけてあるイヤホンマイクの集音マイクをオンにしようと思ったけど、リーリエに確認しないといけないようなことが出てくることは思えなかったので、やめる。

 冬の濁った空には似つかわしくない爽やかな笑顔を浮かべていた近藤が、眉を顰めつつ真面目な顔をした。

「この学校にはソーサラーは何人くらいいるのかな、って思ってな」

「ソーサラー?」

 何でまたそんなことを、と思う。

 いったい最初に誰が言うようになったか知らないけど、スフィアドールの操縦者をコントロール方式を問わずソーサラーと呼ぶようになったのは、第二世代の頃だったらしい。

 スフィアドールに関わる人間にとってその言葉は極々当たり前のものではあるけれど、一番家庭に普及しているフェアリードールはフルオートのものがほとんどで、それを操る人間や所有者をソーサラーと呼ぶことは滅多にない。

 ピクシードールの、特にバトルに参加する操縦者をソーサラーと呼ぶことが多いけど、第四世代で安くなったとは言え、完成品、いわゆるレディメイドのピクシードールでも十五万を切るのがやっと。バトル仕様のパーツ一式では二十万を下ることは滅多にない。その上ピクシードールなんて趣味の範疇に入るものだから、決して一般的と言えるようなものでもない。

 その程度には一般から隔絶されてるソーサラーという言葉が、その手のことには疎そうな近藤のような奴から出てくるのに少し違和感を覚えていた。

「ここのところ出没してる強盗ってか、通り魔? がさ、ソーサラーを狙ってるってニュースでやってたからな。人数は多くねぇけど空手部の人間でせめて学校の奴くらいは守ってやれないか、なんて話が出てるんだよ。オレじゃあ誰が持ってるかなんてわからねぇから、詳しそうな奴に訊いてみればわかるかな、って」

「どういう見立てだよ」

 セール品なんかでレディメイドのピクシードールが十万を切ったなんてこともあるから、高いにしてもオモチャとして持ってる人間は校内にもいるんじゃないかと思う。

 ただ基本的に友だちづきあいをしない僕が、そんなこと知ってるわけがない。

 どういう考えで僕に訊いたのかはわからないが、僕から言えることはとくにない。

「克き――」

 何か言いたげな遠坂をひと睨みして口を噤ませてから、僕はため息を吐き出した。

「僕には友達がいないんだ。誰がソーサラーかなんてこと、知ってるわけがないだろう」

「そっかぁ。ふたり目の被害者はここの生徒だったらしいし、絶対オレが通り魔をぶちのめしてやろうと思ってたのに」

 悔しそうに舌打ちする近藤の暑苦しさに辟易する。こういうタイプの男は基本的に嫌いだ。

「なぁ、もし情報があったら――」

「おーい、音山。客だぞ」

 知らないことをさらに追求しようとする近藤の声を遮って、廊下の方から名前も憶えてない男子に呼ばれて僕は席を立つ。

「克樹! 掃除のゴミ捨てはあんたがやるんだからね!」

「へいへい」

 背中に浴びせかけられた遠坂の声に適当に応えて、僕は呼んでるという奴のところに机を縫って向かった。

「あれ?」

 廊下に出てみたが、僕のことを呼んだらしい人物の姿はなかった。前を見ても後ろを見ても、僕に視線を向けてる人物は見当たらない。

「おい、客って?」

「あ? いや、いまそこにいたんだが」

「誰もいないぞ。誰だったんだ?」

「別のクラスの女子だと思う。名前は知らないけど、ポニーテールの女の子だったぞ。……またお前、何かやったのか?」

「いや、そんな憶えだったら両手両足でも足りないぐらいだが、ポニーテール?」

「お前はーっ!」

 じゃれつこうとする名も知らぬ男子の顔を掴んで遠ざけつつ、僕は首を傾げていた。

 近づいてくる女子にはさっき遠坂に言ったみたいなことを言うのはいつものことだったが、ポニーテールの女子というのには憶えがない。

 まぁ女子の髪型なんてちょくちょく変わったりするものだから、何かやった奴の中に僕に恨みを持ってるやつがいてもおかしくはない。

 でも僕の頭の中には、学校内じゃない、別の場所で見た女子のことが思い浮かんでいた。

 ――まさかな。

 エリキシルバトルに参加したものの、いまのところ僕以外のエリキシルソーサラーに出会ったことはない。マニュアルにもどうやって出会ったらいいかなんてことはとくに書いてなかったから、僕はあえて積極的に探そうとはしていなかった。

 思い浮かんだのはついこの前駅前で見たローカルバトルの優勝者。

 スピードタイプだと思われる長身ドールを使い、絶妙なセミコントロールによって勝利を収めたポニーテールの彼女。

 若干不吉な予感に苛まれつつも、予鈴の鳴った教室の中に戻って自分の席に向かった。

 


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