神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

144 / 150
第七部 第四章 神水戦姫の妖精譚
第七部 無色透明(クリアカラー)の喜び 第四章 1


 

 

   第四章 神水戦姫の妖精譚

 

 

          * 1 *

 

 

 同時に床を蹴った百合乃とモルガーナが接敵したのは、ヘリポートのほぼ中央。

 短剣にまとわりつく黒い光は百合乃の持つ太刀よりも長く伸び、上段から振り下ろされる。

 受け流そうとした百合乃はしかし、直前で太刀を手放し右に跳んだ。

 真っ直ぐに振り下ろされた短剣。

「ひっ」

 僕は短い悲鳴を上げて右に飛び退いていた。

 刀身にまとわりついていた黒い光がさらに伸び、僕のすぐ横を超え、エレベーター室を超えていった。

 ズンッ、という腹に響く衝撃波に似た重低音が響き、光に斬られた床が引き裂かれた。

 後ろの視界を確認してみると、エレベーター室の建物も斬れ込みが入っている。百合乃が手放した太刀も、紙でも裂くように真っ二つになっていた。

 ――威力が、あり得ない……。

 肌が粟立つような感触に、僕は動けなくなる。

『おにぃちゃん!』

 僕の名を呼び走り寄ってきた百合乃は、後ろに回って肩に提げてるデイパックに取りつく。

 アライズしてない予備の武器や装備をまとめたベルトを取り出して腰に装着した後、彼女は唱えた。

「アライズ!」

 僕の足下から現れた黄色い輪から光が噴き出し、僕を覆う円柱となる。

『これは、確か……』

『うん。リーリエも使ってたよね? フェアリーケープ。魔法の障壁。防御の効果があるけど、魔女さんのあの攻撃力には気休めにしかならないかも』

『ないよりかは、マシか』

『たぶん……。できるだけ、おにぃちゃんが射線上に入らないように戦うよ』

『そう頼むよ』

 初撃を見ただけでもヤバいのはわかるモルガーナの攻撃に、このフェアリーケープがどの程度役に立つかはわからない。

 風林火山を使うにはあまり大きく距離を取ることはできないし、エレベーター室の後ろ側でもたぶんあの威力には意味がない。

 下の階にでも行けばいいのかも知れないけど、さっきの攻撃でまだエレベーターが稼働できるかどうかは、確認してみないとわからない。

『頑張ってくるね』

『頼むぞ』

 腰のベルトから新たな武器を抜き、部分アライズで巨大化させた百合乃。

 画鋲銃。

 接近するのがヤバいなら、遠距離から攻撃すればいい。

 円を描くように動いた百合乃が両手に持った画鋲銃を連射する。

 念のためと思って、猛臣に協力してもらって銃の改良と火器管制アプリをつくっておいたのが良かった。

 けっこう命中率が低かったリーリエと違い、睥睨するように百合乃を見つめてるだけのモルガーナに全弾命中する。

 ――効かない?!

 最初の頃から使っていたものと違い、芯が太く、射出する力も強めてる戦闘用の画鋲銃の威力は、アライズすれば大型の機関銃ほどの威力があるはずだった。

 それなのにモルガーナに命中した画鋲は、身体に食い込むことなく床に落ちていく。

「その程度の攻撃、私に通用すると思っているの?」

 余裕のある声で言ったモルガーナは、左手の短剣を鞘に納め、手を銃の形に構える。

「バンッ」

 まるで子供がやるように声を出し、撃鉄に見立ててか、立てていた親指を下ろすモルガーナ。

 人差し指の先端に発生したのは、黒い光弾。

 モルガーナの指を離れた途端、光弾は大きく膨らみ、百合乃を包み込むほどのサイズになる。

『くっ』

 苦しげな声を上げながら大きく跳んだ百合乃のいた場所を削り取りながら通過していった、黒い光弾。

 それは空調用の大型室外機を消し飛ばし、コンクリート製の胸壁と金属のフェンスに難なく穴を開け、夜の闇に消えていった。

 ――これが、モルガーナの力?!

 威力がとんでもなさ過ぎて、対処方法が思いつかない。かすりでもすれば大ダメージになるのは確実。

 僕はモルガーナの力がこれほどとは、想像もしていなかった。

 余裕を取り戻し薄い笑みを浮かべてるモルガーナに、僕は身体から力が抜けて膝を着きそうになっていた。

『おにぃちゃん! センサーの処理能力を最大にしてっ。動いてるものの軌道予測優先でよろしく!』

 百合乃からの鋭い声に我を取り戻し、僕は急いで言われた通りにアリシアのセンサーを調整する。

 この戦いのために、僕はバッテリで稼働する情報処理用の携帯サーバをデイパックに入れて持ち込んでる。携帯端末と、自宅で処理していた情報を、携帯サーバで中間処理することによって、携帯回線を介するときに発生するタイムラグを無くすためだ。

 アリシアのセンサーと、僕のスマートギアから取得された情報が処理され、衝撃波を発するほどのモルガーナの動き正確に、精緻に分析する。

 ほとんどゼロに近い時間で返されてくる処理済みの情報を元に、百合乃はモルガーナに攻撃を仕掛ける。

 二発目、三発目の黒い光弾。

 時間差をつけて放たれたそれの間を、空色のツインテールの先端を削り取られながらもすり抜けた百合乃は、ベルトに納めた画鋲銃の代わりに抜いたナイフを投げつける。

 顔面を狙われ鬱陶しそうにモルガーナがそれを払っている間に、百合乃は奴の懐に飛び込んだ。

 無造作に振り下ろされる短剣を、黒く光る刀身ではなく左手で手首を払って流し、右手の小刀を腹に突き込む。

 意に介した様子もないモルガーナの左手の指を、黒い光弾が放たれる前に膝で蹴り飛ばして、百合乃は身体を反らしながら奴の顎に右脚のヒールを叩き込んだ。

 蹴り上げられてまともに着地もできず、床に仰向けに倒れたモルガーナ。

 バク転をしながら距離を取った百合乃は、画鋲銃を左手に、小刀を右に抜いて構えた。

『……勝てそうか?』

 ゆっくりと立ち上がってくるモルガーナを見ながら、僕は百合乃に問いかける。

『ウェイトは魔法とかで弄ってたりしないみたいだから、あの光ってる刀身を気をつければ流せるし、身体を吹っ飛ばすこともできるね。攻撃力も凄いんだけど、それより防御力が凄い! こっちの攻撃がぜんぜん効かないんだよ。たぶんあれ、身体の周りにファアリーケープみたいの張ってる。攻撃と同時に防御も魔法使うなんて、卑怯過ぎるよ! 伝説の道具とか使って防御だけでも消せないとちょっと辛いよぉ』

 ゲームも好きだった百合乃の、なんとなく間の抜けた説明に、感じていた絶望が薄れる。

 センサーから得た分析結果だと、モルガーナの身体に命中した際、火花ではないが微かな光が観測されていた。たぶんそれが魔法の残滓。

 黒い光による攻撃もさることながら、その防御がある限り、百合乃の攻撃はモルガーナに届きそうにない。

『でも、魔女さんは弱い』

『……そうだな』

 無理矢理ではない、百合乃の弾んだ声。

 その意見には僕も同意だった。

 意思を封じされていても、エイナは攻撃の鋭さも、防御の対応速度も素晴らしく、こちらの攻撃への学習も速くて、強かった。

 けれどモルガーナは、エイナの使っていたバトルアプリを使い、ボディもそのままのなのに、弱い。

 エイナほどの戦闘経験もセンスもなく、はっきり言ってその動きはバトルソーサラーとしては素人以下としか思えない。乗っている馬は同じなのに、騎手の違いで天と地ほどの差がある。

 それでも、モルガーナには勝てない。

 動きは読めて攻撃を命中させられても、ダメージを与えられない。逆にこっちが攻撃を受ければ、かすめるだけでもそれが負けに直結する。

 知識も能力もない僕や百合乃では測ることは難しいが、魔法の力が桁違いで、魔法のエネルギー量もおそらくこちらとは段違いのはずだ。

 いまのモルガーナと戦っても、勝機はない。

 百合乃が言っていたように、伝説の道具を使ってフェアリーケープを剥がさない限り。

 現状では、この戦いは詰んでる。

『どうにか隙間を見つけて、攻撃をねじ込むしかないねっ』

『そうだな。やるしかないっ』

 百合乃の声に同意して、僕も集中を高める。

 でもそれはこの戦いを、風林火山を勝つまで続けるということ。集中がどこまで続くかが、僕たちのタイムリミットになる。

 時間をかけてゆっくりと立ち上がったモルガーナは、短剣を捨て、腰の手を伸ばして何かを取り出した。

 部分アライズで現れたのは、二本の鞭。

「さっさと終わってちょうだい」

 言ってモルガーナは鞭から黒い光を伸ばし、振るった。

 一応百合乃を狙っているが、でたらめに振るわれる二十メートルを超える長さの鞭で、概ね平面に保たれていたヘリポートの床がどんどんでこぼこに削られていき、屋上の施設も火花を散らして破壊されていく。

 鞭の動きを正確に予測して避ける百合乃は、接近こそできないものの、様々な方向から画鋲銃を浴びせかけていた。

「ちっ」

 余裕さえ感じる百合乃の動きに業を煮やしたのか、鞭は二股に分かれ、さらにふたつに別れて左右二本で八ツ俣となり、暴風のように荒れ狂う。

 既にヘリポートの床はその用を成さないほどに破壊され、最初の斬撃でつくられた裂け目の部分は崩れ、階下に落下し始めているところも出てきた。

 位置を考慮して百合乃が動いてくれているから僕には被害がないけれど、エレベーター室も半ば形が失われている。

 このまま戦い続ければ、たぶん屋上は崩壊する。

『百合乃、このままじゃっ』

『うんっ、わかってる!』

 僕に答えた百合乃は、短刀を仕舞って左手の画鋲銃の弾倉を交換し、右手にも画鋲銃を構える。

 前後左右と言わず、上下と言わず狂ったダンスにも似た動きで黒い暴風をかすめさせることなく避けている百合乃は、コンマ五秒、攻撃の来ない場所で片膝を着き、画鋲銃を連射した。

 モルガーナがそちらに鞭を振るおうとした直前、手首に集中して命中した画鋲が、鞭を弾き飛ばした。

『この場所じゃ狭いから、降りるよっ』

『降りる? ……てっ!!』

 画鋲銃をベルトに納めて接近してきた百合乃は、フェアリーケープを解除してすれ違い様に左腕で僕の身体を掬い上げる。

 彼女が右手に持っているのは、ブレーキ装置付きのワイヤーメジャー。

 モルガーナが指定した場所が屋上なのがわかった時点で、ショージさんがつくっておいてくれた、ビルから飛び降りるための器具。

 使わないことを、祈っていたけど。

「ちっ」

 舌打ちしたモルガーナが落とした鞭を拾うよりも先に、僕を抱えた百合乃は崩れかけたエレベーター室を飛び越え、そこにあった配管にワイヤーのフックを引っかけて、飛び降りた。

 屋上の、外へ。

「ぎゃーーーーーーーーーーっ!!」

 一〇〇メートル以上の高さから飛び降りる、二度目の経験。

 一回で慣れるわけもなく、僕は近づいてくるアスファルトの地面に堪えきれず、悲鳴を上げていた。

 

 

            *

 

 

「足掻くなんて見苦しい」

 百合乃の反応が地上に落下していくのを感じながら、モルガーナは眉を顰めてつぶやいた。

 克樹たちを追って地上に向かおうと歩き出した魔女は、首を巡らせて屋上の隅に目を留めた。

 そこに転がっていたのは、モルガーナの身体。

 すぐ左右のフェンスと胸壁は崩れてしまっているのに、かろうじて攻撃が命中せず、無傷のまま転がっている生身の自分。

 しかし既に存在をスフィアに移しているため抜け殻となった魔女の身体は、無限の寿命も不老でもなくなり、あとは醜く腐り落ちて消える肉の塊でしかない。

 それに近づき、手を伸ばして失った武器の予備を探り出しボディに納めた後、モルガーナは銃の形に左手を突き出した。

 その身体には何の力もない。

 ただの人間と変わりがない。

 長い間使っていたものだったが、神になるには邪魔でしかなかった肉の器。

 黒い光の球を宿した指先を、無表情のままそれに向ける。

「……どうでも、良いか」

 小さくつぶやき指を納めたモルガーナは、踵を返す。

 未練があるわけではない。

 いまさら惜しくもない。

 どうでもいいそれを、破壊する意味もない。

「さっさと決着をつけましょう」

 自分に言い聞かせるようにつぶやき、モルガーナはエレベーター室を飛び越え、地上へと向かった。

 

 

            *

 

 

 降り立った場所は、正面入り口とは反対方向にある、広大な駐車場。

 僕が通う高校の校庭ほどの広さがあるそこには車は一台もなく、そう遠くない海の音と、まばらにある街灯の光があるだけだった。

 手を振るって屋上に引っかけていたフックを取り外しワイヤーを巻き上げた百合乃は、メジャーのアライズを解いて腰に納めた。

「こっち!」

 建物から離れる方向を指さした百合乃の後に着いて、僕も走り出す。

「アライズ!」

 充分離れたところでフェアリーケープを張った百合乃は、太刀を抜いて両手に構えた。

『どうやって勝つ?』

『うぅーん……。魔女さんが張ってるフェアリーケープに隙間があることを祈るしか、ないかな?』

『厳しいな……。モルガーナがやってるような攻撃は、できないのか?』

『あれはたぶん、エイナさんの身体を通して発動してる魔女さんの魔法だと思うんだ。あたしが使えるのはスフィアに仕込んであった魔法だけだから、真似するのは厳しいかなぁ』

 百合乃の声にはまだ余裕が感じられるけど、先行きは暗い。

 防御の隙間があることを願いつつ、戦い続けるしかない。センサーからの情報を見る限りは、いまのところ隙間と言えるようなものは見つかっていなかった。

 どうすることもできない状況に、僕は唇を噛みしめる。

「相談は終わったかしら?」

 そう声をかけながら、羽毛のようにふんわりと降りてきたモルガーナ。

 地上に降り立った彼女は、長剣を一本、抜き放った。

「どうせ貴方たちでは私には勝てないのよ。そろそろ観念して、負けてくれない?」

 剣に黒い光を宿しながら、一二〇センチの小さな身体で僕たちのことを見下してくるモルガーナ。

 ――うげっ。

 剣から伸びていく光に、僕は心の中でうめき声を上げていた。

 天に向かって振りかざされたそれは、一〇メートルを超え、さらに伸びている。幅も僕の身体の三人分まで広がっている。

 あんなものを水平に振るわれたら、百合乃はともかく僕は数回もあれば避けきれずに身体を真っ二つにされるだろう。

 ――凌ぐ、方法は……。

 あらゆる物体を紙のように斬り裂く攻撃を凌ぐ方法なんて、思いつきやしない。

 戦闘センスのないモルガーナだけど、追いつける要素が欠片もないパワーで押されたら、僕たちに勝ち目はない。

 腰を落として突撃の構えを取る百合乃の背中を見つめながら、僕は全身から冷や汗が噴き出すのを感じていた。

「え?」

「……何事?」

「誰か来たの?!」

 そんな僕たちの緊張の糸を切ったのは、まばゆいほどの車のヘッドライト。

 僕はもちろんモルガーナも驚きの声を上げる中、迷うことなくこちらに近づいてくるセダン。

 モルガーナの視線を遮るように、僕と百合乃の側に急ブレーキをかけて停まった車から降り立ったのは、見知った人物だった。

「ショージさん?!」

 僕のことをひと目見て安心したように微笑み、すぐさま振り返って車越しにモルガーナを睨みつけたのは音山彰次、ショージさんだった。

「音山彰次? いったい、どうして?」

 僕だけじゃなくモルガーナも驚きの声を漏らし、戦闘は停止した。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。