神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ) 作:きゃら める
* 2 *
分厚いアクリルに顔を近づけて、エイナは難しい顔でその向こう側を眺めている。
薄暗く点けられた照明の下、彼女がいま眺めているのは、エビかカニの一種。
行きたい場所があると言って連れてこられたのは、何故か水族館だった。
夕方が近づいてきて家族連れは少なくなり、それでもまだ多いお客さんは主にカップル。
正体がバレないように野暮ったい格好をしてるのが玉に瑕であるが、なんでか僕は、エイナが言った通りデートをしてるような感じになっていた。
「克樹さん、克樹さんっ。凄いですね。これも生きてるんですね」
「うん……」
水槽から目を離さず手招きしているエイナに近づいて、並んで僕もそれを眺める。
ゆったりと水の流れに身を任せ、時々手足を動かしていたりする、エビともカニともつかない生き物。
確かに凄いと思うけど、そんなものを眺めて驚きと嬉しさを顔から放っているエイナの方が、なんだか凄く思える。
人工個性として生まれ、アイドルとなり、エルフドールで活動しているエイナは、その行動範囲はステージとその周辺に限定されてたことだろう。
自分の目、と言えるかどうかは微妙だけど、こうしてエルフドールの身体を持って、深海の生き物を眺めるのは、確かに珍しい体験だと思う。
だからと言ってこんな普通の女の子と、普通のデートをしているようなシチュエーションに、僕は頭を抱えたい気持ちになっていた。
――エリキシルバトルの話でもするのかと思ってたのに……。
デートとは言いつつも、今日僕を呼び出したのは、エリキシルバトルに関する話があるからだと思っていた。
それなのに、この水族館に来る前は、いまいる高層ビルの地下にあるファンシーショップを何軒も連れ回されたりして、僕は慣れない雰囲気と最初に抱えていた緊張に、すでに疲れてきていた。
――本当に、言葉通りエイナは僕とデートがしたかったのか?
じっくりひとつの水槽を眺めた後、僕の服の袖をつかんで引っ張りながら、隣の水槽へと移動していくエイナ。
引っ張られるまま彼女に着いていく僕は、そんなことを考えてしまっていた。
――でもそんなはずは、ないよな。
光の反射で輝いているように見える、サングラス越しのエイナのカメラアイ。
そんな横顔を眺めながら、僕は自分の考えを否定していた。
過去最長の時間を使って水族館を回り終わった後、次に行きたい場所と言って連れて行かれたのは、ビルの地下にあるショッピングモール。
老若男女、様々な人がたくさんいて寄ってしまいそうになる僕の手を引き、エイナはすでに確認済みらしい目的地へ脇目も振らず急ぐ。
――どこ行くつもりだろ。
なんて思っていたら、彼女が立ち止まった一軒の店。
「克樹さんは何にします? ここは奢りますよ」
「……」
楽しそうに笑顔を浮かべてエイナが見ているのは、カウンターの上にはめ込まれたメニュー。
いま僕たちがいるのは、クレープ屋の前。
「……じゃあ、カスタードクリームチョコで」
「はい。んーーーっ。目移りしてしまいますね。でもそうですね、わたしはアイスイチゴチョコにします。すいませーんっ」
店員に声をかけて注文を告げるエイナ。
――エルフドールがクレープなんて頼んでどうするんだ。
別に甘いものは嫌いじゃないけど、さすがにクレープふたつはつらい。
そんなことを思ってる間にできあがったクレープを受け取り、エイナは僕に片方を渡して、近くのベンチへと向かった。
「んっ。美味しい!」
「……へ?」
僕と並んで座った途端、エイナは大きな口を開けてクレープにかじりついた。
それを見て、僕は間抜けな声を出してしまう。
もぐもぐと咀嚼し、口の中のクレープを飲み込むエイナ。
こくりと、喉が一瞬膨らんで、確かにクレープがそこを通っていったんだろうというのがわかった。
「ふふふっ。驚いていますねっ」
「……そのボディは、ストマックエンジンを搭載してるのか」
「その通りです。もちろんスメルセンサーもですよ。HPT製のものを仕入れて組み込んであります。メインはステージ用途ですが、わたしの発案で、例えばバラエティ番組などにも出演できないかということで、試験的に様々な機能を搭載しているんです。その辺りは開発に関して垣根のない考え方をするところなので、自由度が高くて助かります」
効率を優先でもしてるのか、デザイナーのこだわりなのか、膨らみを感じさせない胸に手を当てて、エイナはそう話してにっこりと笑む。
「そちらのもひと口くださいね」
言って彼女は僕の了解も待たずに、首を伸ばしてカスタードクリームチョコのクレープにかじりついてきた。
「んっ。トッピングがたくさんあるのも美味しいですけど、シンプルな味のもいいですね。ありがとうございます」
にっこりと笑う彼女は、アイドルだからなのか、それともそれが彼女だからなのか、魅力的な女の子に思えた。
――これ、どうしよう。
エイナの歯形が残ったクレープを見下ろし、僕はしばし悩む。
別に本当の女の子じゃなくて、エルフドールのものなんだから、気にする必要はないはずだ。
でも何となく、女の子の歯形がついたクレープを食べるというのは、ためらいが出る。
「こういうのは、克樹さんは苦手ですか?」
僕の顔とクレープを交互に眺めて、なんだか意地悪そうな顔をしてるエイナ。
「別に、エルフドールの歯形くらい気にしないよっ」
そう答えて、僕は自分のクレープにかじりついた。
「こんな風に、普通に、……普通の女の子のように、街を歩いてみたかったんです」
自分のクレープをもう一口食べ、ゆっくりと咀嚼してから飲み下したエイナは、生クリームをつけた唇に笑みを浮かべてそんなことを言う。
「食事もできるこの身体であれば、男の子とデートしても、本当の恋人同士のように、一緒に同じことをして過ごせます。だから、このボディが完成する前から、誰かと歩きたいと思っていたんです」
柔らかく、でもどこか悲しげに笑み、エイナはそんなことを言う。
「誰かと、だったんだ」
「あ、いえ! それはその、実現できるかどうかわからなかったので、誰となんてことはそのときは考えられなかったので……」
「いいけどね」
言って僕は、エイナの唇の端に着いてる生クリームを指で拭って、一瞬悩んでから自分の口で舐め取った。
「か、克樹さん……。ありがとうございます……。でもそれはちょっと、わたしでも恥ずかしいです……」
たぶん、僕が少し前に設計に関わったエルフドール用のヒューマニティフェイスを搭載してるんだろう。
耳の辺りまで赤くしたエイナは、うつむいてしまう。
「……ゴメン」
食べ終えたクレープの包み紙を手の中で弄びながら、思ってもみなかったエイナの反応に、僕はそれ以外の言葉が出てこなかった。
「ふふっ。冗談です。ちょっと驚いたのは、確かですけどね」
「くそっ」
にっこり笑って顔を上げたエイナに、僕はまんまとだまされたことを知った。
――いや、そうなのか?
エイナの反応が、人工個性の感情の発露によるものだったのか、それともただの演技だったのかわからなかった。
でも僕は、前者だと思うことにした。
「克樹さんにお願いしてよかったと思っていますよ」
大きなサングラスで顔の半分近く隠れてる感じがあるエイナは、そう言って僕に微笑みかけてくる。
「でも驚かせたバツです。残りは任せました」
「……えぇー」
手渡された、三割ほど食べただけのアイスイチゴチョコクレープ。
「ストマックエンジンは人間の胃ほど効率のいいものではないんです。これひとつを全部食べ終えられないのは、本当に残念です」
微笑みながら言うエイナは、でもその声に、微かな悲しみがこもっていた。
「わたしには、大きすぎる夢だと思っていたんです」
クレープを食べ終え、僕たちは地下から地上に上がり、道路に出た。
どこかに向かっているのか、エイナは高層ビルの裏側の、人通りの少ない道を歩く。
後ろで手を組み、数歩離れた僕の方を見ながら後ろ向きで、少し芝居がかった歩調のエイナ。
まだ空には明るさが残っているはずだけど、繁華街とは反対側のここには、街灯と、車のヘッドライトしかない。
そんな道をふたりきりで歩きながら、僕は涼やかなエイナの声に耳を傾ける。
「いつか好きな人と街を歩いて、こうやって過ごすことは、わたしの夢だったんです」
立ち止まった彼女は、サングラスを取り、笑う。
僕はそんな彼女の顔を、ただじっと眺めていることしかできなかった。
微笑みかけてくれる彼女は、でも僕のことを見ていない。
誰か、僕ではない人のことを見ているような、そんな気がする。
――まるで、エイナには誰か好きな人がいるみたいだ。
肉体を持たず、ネットを漂うことはできても、現実では行動を制限されてきたはずの彼女に、そんなことがあるのかどうかはわからなかったけれど。
「けれどわたしは精霊、エレメンタロイド。本来身体を持たない電子上の存在。もし、妖精にでもなれればその夢は叶うかも知れませんが、たぶん無理でしょうね」
「それはどういう――」
「ふふっ」
笑っているのに、いまにも泣きそうな、エルフドールではなく、本当の女の子だったら涙を浮かべていそうな表情で、エイナは人差し指を押し当てて僕の言葉を遮った。
「もうひとつ、行きたい場所があるんです。着いてきてもらえますか?」
「……うん」
「ありがとうございます」
寂しそうに、悲しそうに笑うエイナ。
稼働開始からいいところ四年か五年の彼女は、けれどどこか大人びた笑顔で、僕を次の場所へと誘う。
*
「人前に姿を現さないのが貴女のやり方だと思っていたのだけれど」
隣に立ち、不適な笑みを向けてくるモルガーナに、夫人は目を細めながら言い放つ。
気にした風もなく、モルガーナは笑みを崩さない。
「そんなことはないのよ。普段は表に出る必要がないだけのこと。必要があれば、私は誰の前にも姿を晒すわ」
切れ込みを入れたように、紅い唇がさらにつり上がる。
「とくに、貴女には直接会っておきたかったのよ。久々に、邪魔な小石ではなく、敵として認識した相手だったからね」
背筋を滑り落ちていく汗に、平泉夫人は唇を噛む。
これまで、話す相手が政界や財界の重鎮であっても、ある国の貴族や王族でも、礼節をわきまえつつ余裕を持って話すことができていた。
しかしいま目の前にいる魔女には、そんな余裕はひと欠片も持てない。
事前に情報を得、話すときは相手の目を見ていれば、対峙する人の内を推し量ることができた。
魔女の瞳はどこまでも昏く、その底が見えない。
見つめている間に絶望の淵から転がり落ちていくような、そんな錯覚を覚える。
考えていることは読み取れても、その裏側にあるドロドロとしたものに身体が冒されていくような感触を覚える。
「聞いてみたかったのだけれど、貴女は何故、私に攻撃をしてきたのかしら?」
「……未来のためよ」
「さして長くも生きられない人間の身で、未来に期待するものなどあるの?」
「私は、人間が好きなのよ。決して綺麗なものばかりを持ってる人が多いわけではない。たいていの人は、ひと皮むけば醜い本性が露わになる。それでも、人間はそれだけの存在ではない。だから、私は人間という種族が好きなのよ」
顔だけを向けていたのを、身体ごとモルガーナに向け、わずかに背の低い彼女の目を真正面から見据えて、平泉夫人は言う。
「そして、私が生きていられるそう長くない時間と、私の知り合いや、その子供たちが生きている間くらいは、できるだけ明るい未来にしておきたいと、私がこれまで受け取ってきたものを後に生きる人たちに返したいと思っているのよ。もし、それが叶わない状況が発生するとしたら、私が生きている間にその兆候が見えるわ。私は私の願いのために、邪悪の芽を摘みたいだけ」
底知れない昏い笑みを浮かべるモルガーナに、平泉夫人は問う。
「逆に、無限とも言える時間を持つ魔女は、それ以上なにを望むというのかしら? これまで長い時間を過ごしてきて、まだ望むものがあると言うの?」
「……。不老の身体を得ていても、不変ではないのよ」
少し躊躇うように言葉を濁したモルガーナ。
細められたその目には、それまでの見通すことのできない闇ではなく、揺れる感情が見て取れる。
「自分が認識できない不変など、面白くないわ。それでは意味がないのよ」
「どんなに長く生きていても、人の身でありながら、認識できる不変を求めるというのは、不相応ではないかしら?」
「私は生まれつきの魔女よ。人間とは違うわ」
「生まれつき?」
平泉夫人が零した疑問に答えることなく、桟に預けていた背を離し、魔女は正面を向いた。
「貴女には、私に協力する気はないかしら?」
突然なにを言い始めたのかと思う平泉夫人は、眉間にシワを寄せる。
「貴女はとても有能で、貴女の協力は私の計画を加速させることができると思うわ。その報酬として、私は他の誰にも支払うことのできないものを与えられる。例えば、すぐにというわけにはいかないけれど――」
両方の唇の端を、裂けよとばかりにつり上げ、モルガーナは言う。
「最愛の人の、復活とか」
身体が震えた。
収まらない震えをどうにかするために、テラスの桟を左手で鷲づかみにする。
強く、強く、爪が割れる音が聞こえてきてもさらに強く、平泉夫人は、握りつぶすつもりで手に力を入れる。
「貴女は、人間の未来にとって、排除すべき魔女。けれど私にはもうひとつ、貴女と敵対する理由がある」
伏していた顔を上げ、涙を溜めた目で魔女を睨みつける。
「貴女は、私が唯一愛した人の死を冒涜した! 不幸を嘆き、受け入れて、最期まで精一杯生きたあの人の死を汚したのよ!! 永遠の命を持つ貴女にはわからないことでしょう。けれどそれは、私にとって、あの人と過ごした時間のすべてを汚したことと変わらないのよ!」
もう恐ろしくはあっても、怖くはない。
魔女のことを上から睨み下ろす平泉夫人は、彼女が放つ紅く昏い気配を物ともせず、凜然と立つ。
その視線を受け止めるモルガーナは、けれども笑みを絶やさない。
「決裂ね。残念だわ」
静かに言ってグラスの中身を飲み干したモルガーナは、夫人に背を向けた。
「――ひとつ、聞きたいのだけれど」
「何かしら? いいわよ。いまはとても気分がいいの。答えられることならば、何でも答えるわ」
「魔女に生まれついたとしても、その身が人と大きく変わらないのであれば、不滅など望み得るものではないわ。貴女は、いったい何をしようとしているの?」
まだ胸にくすぶる怒りをできるだけ抑えつつ、平泉夫人は平静を装って問うた。
楽しさを隠しきれないように微笑んだモルガーナは、踵を返して近寄ってくる。
「これはまだ、克樹君にも、翔機にも、他の誰にも話していないことよ。貴女にだけは話すわ」
「えぇ」
爪を紅く塗った右手を肩に乗せて来、背伸びをして口を耳に寄せてきた魔女は話す。
「――――」
「……まさか、そんなことが?」
「信じる必要などないわ。これは私が実現することなのですからね。その可能性を見出してから、私はこのために生きてきたのよ。誰にも邪魔させないわ。もちろん、貴女にもね、平泉夫人」
肩を軽く叩いた後、モルガーナは振り向くことなくテラスからパーティ会場へと消えていった。
驚きに表情を固める平泉夫人は、ただその背中を眺めていることしかできなかった。
*
「ふむ……」
リビングのソファにだらしなく身体を預け、彰次は時間を持て余していた。
クリーブの発表という大きなイベントは終わり、その後に来た仕事も昨日で概ね片づけ終えた。
月曜になればまた新たな仕事が来ているだろうし、進めなければならない研究も、人工個性システムの刷新もある。
けれど夕方が迫ったこの時間、新しいことをやるには中途半端で、セーターにジーンズとラフな格好の彰次は、何もやる気が起きず、ただ無為に過ごしている。
「どこか飲みにでも出るか」
そうつぶやいて眼鏡型スマートギアに、自宅から近い飲み屋の営業状況を表示してみるが、日曜の今日は休みか、いまひとつ行きたいと思える場所ではなかった。
「アヤノー。何か酒持ってきてくれ」
「いまはすべて切らしています」
「んだと?」
リビングで静かに控えていた、AHSで制御されているアヤノに声をかけてみたが、そんな素っ気ない答えが返ってきた。
――そう思えば……。
クリーブの発表までは忙しさが半端ではなく、家に帰れたときは短時間でも無理矢理寝るために酒を飲んでいたのを思い出す。
発表後も業界での反応などいろいろ思うところがあって、晩酌が欠かせなかった。昨日の夜も、克樹の家から帰って、もやもやした気持ちを洗い流すためにずいぶん深酒をしていた。
「発注は?」
「すでに済ませています。常備品については明日の午後には到着の予定です」
「クソッ」
悪態を吐いて、彰次は本格的にソファに寝転がる。
惰眠を貪っていたからいまから寝るほど眠気はなく、外に出かける気力も湧かない。
「どうするかな」
そんなことをつぶやき白い天井を見つめる彰次の頭の中には、ふたりの女性の顔が浮かんでいた。
ひとりはまだ数えられるくらいの回数しか会ったことはないが、頭の中に引っかかっていて、忘れることができない女性。
大学を卒業してからこっち、つき合った女性の人数は正確には覚えていない。それなりに長くつき合った女性もいたが、短いと数日なんていう子もいて、とにかく多かった。
ただ、好きになられたことはあっても、好きになったことはなかった。
それでも自分なりに誠意を持ってつき合っていたつもりだし、女の子と一緒にいる時間は楽しいとも感じていた。
けれども、そのうちの誰かと、ずっと一緒にいる未来を想像できたことは一度もなかった。
それなのにいま、ひとりの女性のことが引っかかって、どうしても頭から離れない。
その人とどうなりたいとか、どうしたいという想像も描けないのに、何故か放っておけない気がして、用事もないのに会いたいと思うことが度々あった。
――あの人は俺なんかよりも、精神的にも肉体的にも強いはずなんだがな。
もうひとりは、昔の知り合い。
あれ以来ずっと頭の中から排除して、できるだけ考えないようにしていた。それなのに昨日、克樹に問われてから顔も、声も鮮明に思い出してしまった、先輩。
あの先輩ほど気になる女性など、もう二度と現れないだろうと思っていたのに、いまの彰次は先輩と、もうひとりの女性の顔を頭の中で並べて思い出している。
――タイプは明らかに違うはずなんだがなぁ。
口うるさくて、耳を塞ぎたくなるほどのこともあった先輩。
物静かを過ぎて、存在感が薄いくらいの、いま気になってる女性。
性格も外見も違い過ぎていて、似ている部分を探す方が難しい。
「いや、んなこたぁねぇか」
白い天井を仰ぎ、彰次はつぶやく。
ひとつも似ている部分がないように思えるふたりはしかし、内に抱えているように思える脆さが、似ているように感じられていた。
そして見え隠れしているそれが、放っておけず、会わずにいると不安を覚えてくる。そうしたところはよく似ていた。
「やっぱり出かけるか」
しようもないことを考えてると思った彰次は、頭をかきながらソファから身体を起こす。
飲み屋に行くか、どこかで酒でも買ってくるかと立ち上がろうとしたときだった。
「ん?」
眼鏡型スマートギアの隅に、点滅するメールの表示が現れた。新着メールの告知。
思考でポインタを操作し、メールボックスを開く。
個人宛のボックスに到着していたメールは、不可思議なものだった。
「なんだこりゃ」
送信元の情報は空欄。ヘッダ情報も消されていて、どうやって届いたのかが怪しいことこの上ない。
スパムかいたずらの類いだろうと思い、そのまま内容を見ずに消去作業に移る。
「……いや」
削除確認のダイアログが表示されたところで、彰次は妙な引っかかりを覚えて、キャンセルをクリックし、メールの文面を開いた。
「ここは……」
書かれていたのは、あと一時間ばかり後の時間と、座標。
マップアプリを使って座標情報を地図に重ね合わせてみる。
「誰だ! こんなメール寄越した奴は!!」
その場所を確認した彰次は、勢いよく立ち上がって叫んでいた。
――いたずらにしても質が悪すぎる!
差出人もメールの意図もわからなかったが、その場所を指定した座標だけで、彰次を怒らせるには充分だった。
「……いや、そうか」
もう一度メールを見直して、日時を見る。とくに今日の日付を。
「アヤノ。ちょっと出てくる。夕食は適当に済ませてくると思うから、準備しなくていい」
「かしこまりました。お気をつけて」
抑揚はあるが人間味の足りないアヤノの見送りの言葉を背中で受け止めつつ、彰次はリビングに出て座標の場所に向かう準備を始めた。