神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第一部 序章 アライズ!
第一部 天空色(スカイブルー)の想い 序章


序章 アライズ!

 

 

 僕が尾行者に気づいたのは、本当に偶然だった。

 ちょうど角を曲がろうとしたとき、視界の隅に微かな光が見えた。

 十一月も終わりに近づいたこの時期、様々な形の家が並ぶ住宅街はすっかり夜の帳が下りていて、例年より寒くなるのが早い今年は、商店街からも遠いこの辺りとなると人通りはほとんどなくなる。

 そんな道を歩いてるときに、けっこう遠くの暗がりに見えた光は、いつもなら気になるようなものでもないのに、僕は目だけでそちらの方を見ていた。

 ――スマートギア?

 街灯の光をさけるようにポールの影に、角を曲がる一瞬人影が見えた。

 背が高いことはわかったけど、それ以上のことはわからない。

 姿を隠すように足下近くまで長さのある黒っぽいコートを羽織っていて、フードまで被っているのが見えただけだ。

 十二月早々にも雪が降るかも知れないなんて言われてる寒さだから、そんな格好をしていてもおかしいというわけじゃないけど、フードの奥で街灯か何かを反射して鈍い赤色の光を発したのは、スマートギアだと確信があった。

 尾行者が近づいてくる前にと思って、僕は手早くデイパックのポケットのファスナーを開けて、自分のスマートギアを取り出す。

 スマートギアにはヘルメット型から最新のでは眼鏡型のまであるけど、僕のはオーソドックスな形のもの。額と後頭部で固定するバンドに網膜投影型のディスプレイを内蔵した水色のゴーグルのようなディスプレイ部が取り付けられていて、さらに密閉式のヘッドホンまでがセットされている。

 それだけだったらかなり昔からあるゲーム用なんかで売られてたヘッドマウントディスプレイに過ぎないけど、スマートギアには外部カメラや集音マイク、スピーカーなんかの他に、ポインティングデバイスの機能がある。

 バンドに取り付けられたセンサーから脳波を受信してポインタを動かすことができるものだけど、慣れてくればキーボードの代わりにキー入力ができたり、同時に複数のポインタの操作やさらに精密なことができたり、応用すれば声を出さずに喋ることができるイメージスピークも使える。

 コンピュータや携帯端末のマンマシンインターフェイスをすべてひとつに集約したようなもので、僕にとっては必須なデバイスだけど、いかんせん慣れがけっこう必要なのと、割と高いので普及しているとは言いがたい。

『何してんの? おにぃちゃん。歩きながらスマートギアを使っちゃダメなんだよ』

 バンドをいつも通りのテンションで固定して、ヘッドホンを耳当たりのいい場所に動かし、跳ね上げていたディスプレイ部を下ろして胸ポケットの携帯端末に接続して電源を入れた直後、僕の耳に響いたのはそんな舌っ足らずな感じのある女の子の声。

 僕が所有してるAI、リーリエの声だ。

 僕の携帯端末と自宅に設置してあるリーリエのシステムとは常時リンクしているから、スマートギアを使い始めれば一発でわかってしまう。

 搭載された高精細なカメラでディスプレイには実視界が投影されてるからそんなに危なくないはずだけど、スマートギアを歩きながら使用することには罰則こそないものの、禁止されてる。移動を感知すると操作もロックされるように仕込まれてるけど、そんなものはもちろん解除済みだ。

『んなこと言ってる場合じゃない、リーリエ。誰か尾けてきてるみたいなんだ』

 声には出さず、イメージスピークでリーリエに返事をしつつ、ディスプレイ内に表示されてるポインタを思考で操作して、必要になりそうなアプリを次々と起動していく。

『ホント? もしかして例の通り魔さん?』

『たぶん。背面カメラの監視は頼んだ』

『うんっ』

 スマートギアの後ろ側にあるカメラをオンにして、権限を通信先のリーリエに委譲する。

 人通りの多い道への最短ルートを表示させた地図で確認しながら、僕は身体の前に回したままのデイパックの主気室のファスナーを開けて手を突っ込む。中に入っているハードケースのロックを手探りで解除して、感覚頼りにその中身の生体認証スキャナに指を滑らせた。

 ――気のせいだったらいいんだけどね……。

 認証が成功し、ケースの中身とリンクが確立された旨を告げる表示が視界の隅に現れる。

『リーリエ、アリシアとリンク。近くにエリキシルソーサラーがいないか確認してくれ』

 まだ鞄の中に入っているピクシードール、アリシアの操作権限をリーリエが遠隔操作できるように許可を出し、アリシアに搭載された機能を使うように指示した。

 人も車も増える国道は角をふたつ曲がった先。直線距離にして三十メートルとない。

 誰か普通の人とすれ違うなりあればいいのに、と思いつつもそれも叶わず、僕は早足でいつもより闇が濃いように感じる街並みを歩いて、近くの十字路に近づいていった。

『あ、ダメッ! おにぃちゃん!!』

 リーリエの警告が僕の耳に届いたときにはもう遅い。

 角を曲がった先に待ち受けていたのは、さっきちらりと見えた尾行者。

 僕よりも頭半分くらい高そうな背を地面に裾が届くかってくらい長いコートで隠し、目深に被ったフードで顔も見えないそいつは、僕のファンでも尾行趣味の変態でもないだろう。

 たぶんこいつは、ここ最近この辺りを騒がせてる、ピクシードールを持ってる奴を狙ってくる通り魔だ。

 そしてこいつこそが、アリシアに搭載しているスフィアを狙うエリキシルソーサラーだ。

 そのことはスマートギアのレーダーの表示で、確認することが出来ていた。

 ――逃げるか?

 いまいるのは十字路の真ん中だ。逃げようと思えば道は三本もある。

 でもたぶん無駄だろう。

 別に太ってたりしないというかむしろ痩せ形だけど、高校と買い物に行く以外は引きこもり生活している僕は、運動が苦手だ。

 さっきまで後ろにいた尾行者が僕の前に立ち塞がってるってことは、それだけの距離を走ってきたってこと。その上肩があんまり動いてない様子から見ると、息ひとつ上がってないんだろう。

 そんな奴から逃げ切れる自信なんて、ひと欠片もなかった。

 ――戦うしかないか。

 いきなり襲って来ずに待ち構えていたってことは、あっちもそのつもりなんだろう。

 デイパックに手を入れて、僕はアリシアを取り出す。

 身長は標準的な二十センチ。

 白いレオタードのようなソフトアーマーの要所要所を水色のハードアーマーで覆っていて、眠るようにまぶたを閉じている女の子型の人形。

 防御用のヘルメットを被せてる余裕はなさそうだから、アーマーと同じ水色のツインテールの髪も、少し丸っこいデザインのフェイスも露わなままだ。

 幼児向けの着せ替え人形にも見えるそれは、ただの人形なんかじゃない。

 僕がひとつひとつのパーツを選び、組み上げたロボット。エルフ、フェアリーという規格のサイズがあるスフィアドールと呼ばれるロボットの中で一番小型な、ピクシードールと呼ばれるサイズの人型ロボットだ。

 超高性能人型ラジコンとでも言うべきスフィアドールだけども、僕のアリシアには他のドールにはない特別な力がある。

 そしてそれは、たぶん通り魔が持っているだろうドールにも、だ。

『仕方ない。リーリエ、戦うよ。アリシアのコントロールは任せた』

『うんっ』

 リーリエが応えるのと同時に、アリシアのまぶたが開き、三センチ足らずの表情が引き締められる。横たえていた身体を素早く起こして僕の手のひらに立ったアリシアは、モバイル回線を通していまはリーリエがコントロールしている。

 スマートギアの中に表示されてる三回線分のモバイル通信のモニターのすべてが、通信量増大によって緑から黄色に跳ね上がった。

 実視界の見える範囲が減るのも構わず、僕は同時に四つのポインタを操作してバトルに必要なアプリのウィンドウを視界に配置した。

 見ると通り魔の方も、懐からピクシードールを取り出している。

 そこまでして隠す必要があるのかと思うほどだけど、そのドールは通常のアーマーの上に、黄色いレインアーマーを被せてあって、本来の外観はまったくと言っていいほど見えない。

 ゆっくりとした動作でドールを地面に立たせたそいつに、僕は今更ながらに声をかける。

「あんたが通り魔なのか?」

「……」

「なんでまた、今回はいつもみたいに無理矢理奪わずに戦うことにしたんだ?」

 僕が通り魔と呼んでいるように、こいつはいままでに二度、持ち主が怪我をするのも厭わず、ピクシードールを奪うために突き飛ばしたり殴ったりしてきた。本来なら強盗と言うべきなんだろうけど、こいつは金を取ることはなく、奪った荷物は適当なところに放置している。ただし、ピクシードールだけは壊していたが。

 目的不明ながら被害者に怪我をさせてることから、ニュースなんかでは通り魔と言う報道がなされていた。

 それがなんで今回は戦う気になったのかはわからないけど、沈黙したままドールにファイティングポーズを取らせたのがこいつの意志の表れだろう。

「フェアリーリング!」

 僕の声に反応して、音声入力を受け付けたエリキシルバトルアプリが効果を発揮した。

 僕と通り魔の間のアスファルトに出現した金色の光。

 輪となって広がった光は、僕たちを通り超して円形のリングのようになった。

『勝つよ、リーリエ!』

『大丈夫! 絶対負けたりしないよっ』

 リーリエの強い意志を感じる返答に、僕は覚悟を決め、そしてあのときエイナに告げた願いを込めて、叫ぶ。

「アライズ!」

 手のひらに微かな感触を残して、リーリエにコントロールされたアリシアが、二本のテールをなびかせながら跳んだ。

 その瞬間、アリシアが強い光に包まれる。

 同時にアライズしたんだろう、通り魔の足下でも発生した光。

 目が開けていられないほどの光によってスマートギアのダンパー機能が発動し、視界がほとんど真っ暗になる。それもほんの一瞬の出来事。

 羽のようにふわりと地面に着地したとき、アリシアはもう二十センチの人形ではなかった。

 身長約百二十センチ。子供のほどの大きさになったアリシアは、ピクシードールじゃない。

 エリキシルドール。

 アリシアの着地と同時に、リーリエは髪をなびかせながら同じように百二十センチとなった通り魔のドールに向かって地を蹴った。

『先手ひっしょーぅ!』

 舌っ足らずな声を響かせつつ、アリシア=リーリエが、五メートルの距離を一気に詰める。

 いま、命の水エリクサーを賭けた戦い、エリキシルバトルの火ぶたが切って落とされた。

 


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