深海感染   作:リュウ@立月己田

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 未だ見つからない榛名を探す艦娘たち。
はたして榛名はどうなるのか……その後、提督が取った行動は……



第二章 その3

 霧の中での探索は困難を極めた。

 

 燃えながら沈みゆく敵艦の姿も殆ど無くなり、視界は全くと言っていいほどきかない状態に、艦娘たちの表情に焦りの色が濃くなっていた。

 

 頼みの綱は潮の電探と鳥海の探照灯だが、奇襲を受けた彼女らの身体は損傷と疲労にまみれ、更なる奇襲を恐れて警戒をしなければならず、絶好調時と今を比べれば誰が見ても分かるほど、動きはかなり悪かった。

 

 それでも榛名をなんとか探し出そうと、彼女達は必死になって捜索し続けた。彼女らは旗艦である榛名を慕い、何が何でも一緒に鎮守府まで帰ろうと強く願っている。

 

「こちら副艦の摩耶だ。誰か榛名を見つけた奴はいないか?」

 

「探照灯を照らしながら探しているけれど、今のところそれらしき姿は無いわね……」

 

「こちら千歳です。3時の方をくまなく探していますが、見当たりません……」

 

「6時の方も発見できずですっ。本気の漣も、霧だけはマジ勘弁ですよぉっ!」

 

「了解した……引き続き捜索を頼む」

 

 通信を終えた摩耶は大きくため息を吐く。榛名の捜索を始めて1時間ほどが経ったが、何の成果も得られない。つまりそれは、既にもう――と、嫌な考えが頭の中に過ぎったところに、潮から通信が入った。

 

「皆さんっ、10時の方に電探反応がありましたっ! 潮は今からそこに向かいますっ!」

 

「……っ! 潮っ、それは敵の反応じゃないんだなっ!?」

 

「分かりません……っ! けれど反応は小さく、今にも消えそうで……」

 

「クソッ! 各艦はすぐに10時の方へ向かえっ!」

 

 通信を介しながらも大きな声で叫んだ摩耶は返事を待たずに切断し、すぐに潮から聞いた場所へと移動を開始する。大きな波飛沫が上がるのも躊躇わず、誰よりも先に現場に着こうと全速力で水面を駆けた。

 

「摩耶ちゃん!」

 

「ああ、行くぞ鳥海っ!」

 

 動きだしてすぐに鳥海が摩耶に合流し、探照灯の光を目的の方向へと向けて先導する。その光を目当てに他の仲間達も集まり、潮が言った場所に着くまでには全員が揃っていた。

 

「潮ちゃん、電探の反応は……っ!?」

 

「ええっと……ここから12時の方向に小さい反応がありますっ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、摩耶は脇目も振らずに水面を滑る。

 

「榛名ぁっ! どこだ、どこにいるっ!?」

 

 辺り一帯に敵が居れば間違いなく呼び寄せてしまうだろう大きな声で、摩耶は榛名の名を呼ぶ。霧の中では命取りだと分かっていても、危険な行為だと知っていても、摩耶は叫ぶのを止められなかった。

 

「榛名さんっ! 聞こえていたら返事をして下さいっ!」

 

「どこですか、榛名さんっ!

 

 鳥海も潮も同じように榛名を探し、叫んだ。大切な仲間を失う訳にはいかない一心で、危険を顧みずに声を出し続ける。

 

 鳥海の探照灯が海面を舐めるように動き続ける中、摩耶の目にうっすらと小さな影が映った。

 

「……っ!?」

 

 声を上げるのを止めた摩耶は急いで影の場所へ向かい、それがいったい何なのかを確かめようと手を伸ばす。水面に突き刺さったように浮かぶ円柱には黒く濁った赤みのある液体が付着し、手の平にベッタリと纏わりついた。

 

「クソォッ!」

 

 その瞬間、摩耶の脳裏に冷たいモノが走り、手が汚れるのも厭わずに円柱を両手で握りながら大声を上げた。後を追いかけてきた鳥海と千歳も手を貸して、3人は一斉に抜こうと力を込める。

 

「おいっ、榛名! 沈むんじゃねぇっ!」

 

「榛名さんっ! 提督が鎮守府で待っているんですよっ!」

 

 3人は声をかけて励ましながら、沈みゆく艤装を掴んで引き上げようとする。しかし返事は無く、徐々に沈んで行く身体を支えるだけで精一杯だった。

 

「潮っ、漣っ! お前達も手を貸せぇっ!」

 

「「は、はいっ!」」

 

 摩耶の声に大きく頷いた潮と漣は3人の反対側に回り込んで、海面の下に見える艤装を掴んで力を込めた。

 

「うぐぐぐ……っ!」

 

「お、重い……ですっ!」

 

 5人は顔を真っ赤にさせながら必死に引き上げようとする。辺りに大きな波紋が広がり、ほんの少しではあるが海面に見える艤装が大きく見えるようになってきた。

 

「持ち……上がっているぞ……っ!」

 

「皆さん、頑張りましょうっ!」

 

 摩耶と鳥海の声に頷きながら、千歳、潮、漣は全ての力を両手に込めた。

 

 思いは力となり、徐々に身体も浮かび上がってくる。

 

「もう……少しだ……っ、気合をいれろぉ!」

 

「「「はいっ!」」」

 

 摩耶の言葉に4人は大きく返事をし、最後の力を振り絞って艤装を浮かび上がらせた。続けて赤く滲んだ白い服が見え、海水に濡れた長い髪が海面を舞うように揺らめいている。

 

「起きやがれ……榛名ぁ……っ!」

 

「ぁ……ぅ……」

 

 水面から浮かんだ瞳がゆっくりと開かれ、口から小さな声が漏れる。

 

「こんなところで眠っている場合じゃ……ねぇだろうがぁっ!」

 

 意識が――ある。

 

 まだ――助けられる。

 

 微かな希望を感じとった摩耶達は火事場のクソ力のように、限界を超えた力を発揮し……

 

「でえぇぇいっ!」

 

 大きな叫び声と共に、その身体を完全に海上へと引き上げた。

 

「鳥海っ!」

 

「ええっ!」

 

 摩耶の言葉に素早く反応した鳥海は、倒れ込みそうになる榛名の身体を受け止めた。その様子を見た千歳たちは、ほっと胸を撫で下ろしながら肩の力を抜いた。

 

「お疲れだったな……みんな……」

 

「榛名さんの……いえ、大切な仲間のためですから」

 

 首を横に振った千歳を見て、摩耶は呆れながらも笑みを浮かべる。

 

 潮も、漣も、疲れ切った顔を笑みへと変える。

 

 摩耶は鳥海にしっかりと抱かれている榛名の身体を確認してから、通信を繋いだ。

 

「こちら副艦の摩耶だ」

 

「どうだ……った、榛名は……見つかった……か……!?」

 

「ああ、無事救出した。だが予断を許さない状態だからな……すぐに帰還するぞ?」

 

「もちろん……だ。至急……戻って……きてくれ……」

 

「了解」

 

 そう言って摩耶は通信を切断し、みんなに向かって頷いた。

 

 作戦は失敗した。だが、最悪の事態は免れた。

 

 疲れ切った身体を引きずるようにしながら、誰もが喜びの笑顔を浮かべ――鎮守府へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 夜も更けた鎮守府の執務室。煌々とした明かりが点き、部屋の中には5人の艦娘と1人の男性――提督の姿があった。

 

「すまなかった……」

 

 提督は艦娘たちに向かって深々と頭を下げていた。目は真っ赤に腫れあがり、床の上にポタポタと落ちる雫が毛の深い絨毯に染みを増やしていく。

 

「提督……頭を上げてください……」

 

 艦娘の1人――鳥海が、真っすぐに提督を見つめながら声をかける。しかし、提督は頭を下げたまま動こうとはしない。

 

「謝るんなら、榛名に直接言うんだな。その責務くらい、負う気でいるんだろ?」

 

「もちろんだ。だが、君達にも謝らないと僕の気が済まない……」

 

 摩耶の言葉に反論するように頭を上げた提督だが、すぐにもう一度頭を下げた。

 

「提督……」

 

「う、潮は……怒ってなんか……ないです……」

 

「漣も怒っていませんよ。ご主人様」

 

 千歳が、潮が、漣が提督を気遣うように声をかける。しかし、その気持ちを上手く受け止められる経験を持ち得ていなかった若過ぎる提督は、涙という形でしか返事をすることができなかった。

 

「本当に……すまない……」

 

 何度も謝る提督を慰める4人。しかしその中で摩耶だけは提督を睨みつけながら、大きくため息を吐いた。

 

「提督、ひとつ聞かせてくれ。どうしてアタシ達にあの霧の中を進ませたんだ?」

 

「あの時点で損害も少なく、君たちなら大丈夫だと……僕が判断したからだ」

 

「それ以外に理由は無かったのかよ?」

 

「……羅針盤の荒れを乗り切り、チャンスだと思った。ここで引いたら、また一から出直しになる……だから、進ませた」

 

「そうか……なら、何も言うことは無い」

 

 そう言った摩耶は提督から目を逸らし、誰にも聞こえないように小さく舌打ちをした。案の定、目の前の提督は気づかず、静かに息を吐いた。

 

「大変な戦闘を乗り切ってくれたことに感謝している。榛名が轟沈してしまうことも防いでくれて、本当に助かったよ……」

 

「いえ、榛名さんは大切な仲間ですから……」

 

「ああ、鳥海の言う通りだ。大切な仲間を……二度とこんな目に遭わせることはしない……」

 

 まるで自分に言い聞かせるように喋った提督を見て、鳥海は怪訝な表情をする。しかし今はそれよりも身体を休めたいという気持ちが大きく、何も言わずに頷いてしまった。

 

「皆も榛名と同じように修理ドックに入渠して身体を癒してくれ。僕は作戦を練り直しつつ、やるべきことを考える」

 

「分かりました。ですが、時間もかなり遅いので、提督もお休みして頂いた方が……」

 

「ああ、ありがとう……鳥海……」

 

 頷く提督の顔には笑みは無く、ただ返事をしただけに見えた。

 

 そんな提督の表情が気になったものの、有無を言わさぬような雰囲気に押された鳥海らは頭を下げてから執務室を出た。言われた通りに修理ドックへと向かい、戦闘で負った傷と、へとへとになった心を癒してから、彼女達は床に着く。

 

 頭の中に、得も知れぬ不安を抱えながら――意識を闇へと落としていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 今回の事件によって提督は自らの慢心を悟り、執務室で何度も後悔をした。

 

 ただ、他の提督とは違うのは、この失敗を経験に生かして更なる高みに上がるのを苦としない人物だった。

 

 状況の把握をしっかりとできるように、通信による意思伝達方法の新たな方法を模索し、綿密に練られたマニュアルを作成した。また、それを使いこなせるよう、旗艦候補だけではなく艦隊に所属する全ての艦娘にそれらを教え、取得するまで海域への出撃を控えさせた。

 

 更には海域ごとの情報を得るために、他の提督らが行わないであろう細かな偵察任務を遠征に導入し、完璧な準備をしてからでしか出撃しない方法を取る。

 

 結果、作戦の成功率は異常と呼ばれる高くなったが、同時に新たな問題に直面する。

 

 準備に念を入れ過ぎるため、出撃回数が異様なまでに少ない。大本営から出される指令を期間内にこなせなくなってきた提督であったが、考えを曲げること無く己の道を突き通した。もちろんそれを大本営が良くと思わないのは当然であり、徐々に提督の立場も狭まってくる。階級が下がることは無かったものの、蹴落とされた恨みを持つ者も少なくなく、提督への圧力は更に厳しくなっていった。

 

 それでも提督は一歩も引かない。

 

 二度と、彼女達に危険な思いをして欲しくないから。

 

 海上に出る以上危険が及ぶのは仕方が無いことなのであるが、最大限の努力をすれば被害は可能な限り少なくできると思うからこそ、考えを曲げない。たとえ大本営の上層部がなんと言おうとも、一途にそれを守り通してきた。

 

 信頼してきた旗艦である榛名を失いかけたことが提督の心に傷となって深く残ったのを、艦娘たちは理解していた。だからこそ、強く言えなかったのである。

 

 大本営からの圧力は補給の減少へと形を変え、鎮守府の運営自体に支障をきたす。それでも提督は遠征でやり繰りしながら最低限の出撃だけを行い、演習を繰り返した。

 

 その結果、練度が高い艦娘達が居るにもかかわらず出撃しようとしない提督として、大本営は更なる圧力を増す。

 

 つまりは悪循環の繰り返し。負のループの中に迷い込んでしまった提督に残された道は、自らの考えを破棄するしかない……と、思われていた。

 

 





次回予告

 提督が起こした失敗を語る過去編の終結。
そして、新型近代化改修の影が歩み寄る。

 提督は部長から説明を受け、どのような対応を取っていくのか。
そしてその結果が、思いもしないモノへと歩んでいく。


 深海感染 -ZERO- 第二章 その4 

 全ては一つの線で……繋がっている。


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