○式見蛍サイド
そんなこんなで今、僕とユウはかぼちゃの馬車をモチーフにした乗り物の中で向き合って座っていた。一体なにがそんなに楽しいのか、これに乗ってからユウは終始ご機嫌だ。
ちなみにこれに乗るまでにはちょっと紆余曲折あったりした。
なんかユウと鈴音の間で、
「いいよね? 鈴音さん。あれじゃないと私、ケイの物質化範囲から出ちゃうかも知れないもん」
「うっ……でも……」
「ジェットコースターでは鈴音さん、ケイの隣に座ってたよね?」
「まあ、そうなんだけど……」
「それに言いだしっぺだもんね、鈴音さん」
「で、でも……」
「なに?」
「……なんでもないです」
というやり取りがあったのだ。なんかユウ優勢だったけど、一体なんだったのか……。
「いやぁ、楽しいねぇ~、ケイ」
僕は正直それほど楽しくはなかったのだが、ジェットコースターでは全くユウが楽しめなかったんだしと、嘘にならない程度の答えを返した。
「まあな」
……うん。嘘じゃあ、ない。『それほど楽しくはない』ということは裏を返せば『少しは楽しい』ということでもある。
と、そこでふと気づく。
「なあ、ユウ。もしかしてここに来た目的、みんなして忘れてないか……?」
「……あ」
どうやらユウも思い出したらしい。
そう。僕たちが今日ここに来たのは、マルツに楽しい思い出を作ってもらうためだ。元の世界に帰る前に。だというのに、なんだかさっきから僕たちばかり楽しんでいる気がする。というか、マルツは遊園地そのものにトラウマを抱きつつある。メリーゴーラウンドにもしぶしぶといった感じで乗ったくらいだし。
「どうする? 行き当たりばったりじゃなくて、少しはプランを練ったほうがいいんじゃないか?」
「そうだねぇ……。あまり怖くないものがいいよね。マルツは空飛べるって言ってたからジェットコースターは問題ないと思ってたけど、そうでもないようだし」
「でもゆっくり動く乗り物だったら問題ないのかっていったら……」
「……微妙だね。あ、なら乗り物じゃなければいいのかな?」
「……よし、両方ともプランに入れてみるか」
「ダメだったらまたそのときだよね」
「だな」
メリーゴーラウンドのかぼちゃの馬車の中は、期せずして僕とユウの作戦(?)会議室になったのだった。
◆ ◆ ◆
「観覧車?」
「そう、観覧車。要は高いところから街を見下ろすんだよ」
なんか説明間違えた気がするが、一体どこをどう間違えたのだろう? 今の説明じゃ全く楽しそうに聞こえないぞ、観覧車。
しかしマルツは食いついてきてくれた。
「へえ。
「あー、まあ、そんなところ。
どうやら観覧車に乗ることはほぼ決定したようだ。と――。
「蛍、ちょっと待ってて。――ユウさん、いい?」
鈴音が唐突にユウに声をかけて、少し離れたところに行ってしまった。ユウも首を傾げつつ鈴音についていく。
一体なんだというのだろう?
○神無鈴音サイド
「それで、なに? 鈴音さん」
茂みに少し身体を隠すと、早速ユウさんが尋ねてきた。
「ユウさん、観覧車で誰と誰が乗るか、ちゃんと考えてる?」
「あ、すっかり忘れてた……」
やっぱり……。
「でも鈴音さん、今日ここに来た目的、ちゃんと覚えてる?」
「……忘れてた」
本当、すっかり忘れてた。
「えーと、でも誰と誰が乗るかはちゃんと決めておかないと」
「まあ、そうだね。じゃあ、私とケイ――」
「ちょっと待った」
「ん? なに?」
本気で分からないといった表情で首を傾げるユウさん。油断も隙もない……。
「……ジャンケンで決めよう」
「なんで?」
「いいから」
「…………」
私のプレッシャーに負けたか、ユウさんがおとなしく右手を出す。そして。
『じゃ~んけ~ん……ポンッ!』
結果は――。
◆ ◆ ◆
私たちの住む街が、だんだん小さくなっていく。
私と蛍は観覧車に揺られながら、その町並みを見下ろしていた。
「……来てよかったね」
自然、そんな言葉が口をついて出る。あ、もしかしてなんだかいい雰囲気?
しかし蛍は、
「うーん、どうだろう。まあ、ジェットコースターに比べればマシだとは思うけど……」
と、マルツさんが楽しんでいるか心配していた。これは彼のいいところだとは思うけど、せっかく二人っきりで観覧車に乗っているのだから、もう少しこっちを気にして欲しいものだ。いや、あるいは、それは私のワガママなんだろうか。
「あれ?」
ふと蛍が外を見やって声を洩らした。
「どうしたの? 蛍」
「いや、いまなんか、ユウがいたような……?」
「ユウさんが……?」
立ち上がって窓に顔を近づけてみる。隣で蛍も同じようにしているのが雰囲気で分かった。しかし、私はそのことに照れるより前に、外を見て思わず呆けてしまっていた。
いたのだ。ユウさんが。
まずこちらに向かって飛んできて、蛍の物質化範囲に入ったからであろう、すぐに落下していく。しかし範囲外まで落ちるとすぐにまた上昇してくる。そしてまた範囲内に入ると落下して、の繰り返しだ。
とりあえず、こんな状況でロマンティックな会話が出来るはずもなければ、そういった雰囲気になるはずもない。ジャンケンに負けたユウさんのせめてもの抵抗だろうか。
私たちは同時にため息をついたあと、なんだか疲れた心持ちで向かい合わせに座ったのだった。もちろん、ユウさんのことにはどちらも口に出さずに。
◆ ◆ ◆
次に私たちはお化け屋敷へと向かっていた。なんでもメリーゴーラウンドのところで蛍とユウさんが決めたらしい。正直、面白くなかったけどその案自体はいいと思う。なにしろマルツさんはRPGのような世界から来たんだから、作り物のお化けがダメってことはないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、すっかり蛍たちから離れてしまっていた。隣にニーナさんがいるからひとりで迷子になることはないだろうけど。
それでも、とりあえず私は彼女を促し、蛍たちを追いかけることにする。すると、前方から来た緑色の長い髪をした女性とぶつかってしまった。
「あ、すみません」
「気にしないで。こちらの前方不注意だから」
ニッコリと穏やかな笑みを浮かべる女性。年の頃は二十四、五歳といったところか。とても落ち着いた雰囲気を持つ女性だった。
彼女は今気づいたようにニーナさんへと視線を移す。女性の表情は、どこか強張っているようにも見えた。
「…………」
沈黙する女性。その沈黙を破ったのはニーナさんの一言だった。
「初めまして」
「あ、ええ。初めまして」
ぎこちなく返す女性。ニーナさんはそんな彼女に少し声を潜めて囁きかける。表情は笑顔のままで。
「さて、一体なにをしに来たのかな? まさか、ボクにバレてないと思ってるわけじゃないよね?」
「……やっぱり、貴女はあざむけないわよね。さっきすれ違ったあの坊やは気づかなかったようだけど」
「あの坊や? ああ、マルツくんのこと。そりゃ気づかないよ。彼は『
そこでニーナさんはもう一段声を潜めた。顔からも笑顔は消えている。
「何のために鈴音さんに接触したのかな? もしケイくんをどうこうするつもりなら――」
そこまでニーナさんが言ったところで、緑の髪の女性は逃げ出すかのように行ってしまった。
「……行っちゃったね。さ、ボクたちも行こう。鈴音さん」
「え、うん……」
私は何か得体の知れないものを感じながら、しかし、女性の去ったほうを向くことなくニーナさんのあとをついていった。