いつまでもあなたのそばに   作:ルーラー

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第九話 お別れの日にうたう歌(中編)

○式見蛍サイド

 

 そんなこんなで今、僕とユウはかぼちゃの馬車をモチーフにした乗り物の中で向き合って座っていた。一体なにがそんなに楽しいのか、これに乗ってからユウは終始ご機嫌だ。

 

 ちなみにこれに乗るまでにはちょっと紆余曲折あったりした。

 なんかユウと鈴音の間で、

 

「いいよね? 鈴音さん。あれじゃないと私、ケイの物質化範囲から出ちゃうかも知れないもん」

 

「うっ……でも……」

 

「ジェットコースターでは鈴音さん、ケイの隣に座ってたよね?」

 

「まあ、そうなんだけど……」

 

「それに言いだしっぺだもんね、鈴音さん」

 

「で、でも……」

 

「なに?」

 

「……なんでもないです」

 

 というやり取りがあったのだ。なんかユウ優勢だったけど、一体なんだったのか……。

 

「いやぁ、楽しいねぇ~、ケイ」

 

 僕は正直それほど楽しくはなかったのだが、ジェットコースターでは全くユウが楽しめなかったんだしと、嘘にならない程度の答えを返した。

 

「まあな」

 

 ……うん。嘘じゃあ、ない。『それほど楽しくはない』ということは裏を返せば『少しは楽しい』ということでもある。

 

 と、そこでふと気づく。

 

「なあ、ユウ。もしかしてここに来た目的、みんなして忘れてないか……?」

 

「……あ」

 

 どうやらユウも思い出したらしい。

 

 そう。僕たちが今日ここに来たのは、マルツに楽しい思い出を作ってもらうためだ。元の世界に帰る前に。だというのに、なんだかさっきから僕たちばかり楽しんでいる気がする。というか、マルツは遊園地そのものにトラウマを抱きつつある。メリーゴーラウンドにもしぶしぶといった感じで乗ったくらいだし。

 

「どうする? 行き当たりばったりじゃなくて、少しはプランを練ったほうがいいんじゃないか?」

 

「そうだねぇ……。あまり怖くないものがいいよね。マルツは空飛べるって言ってたからジェットコースターは問題ないと思ってたけど、そうでもないようだし」

 

「でもゆっくり動く乗り物だったら問題ないのかっていったら……」

 

「……微妙だね。あ、なら乗り物じゃなければいいのかな?」

 

「……よし、両方ともプランに入れてみるか」

 

「ダメだったらまたそのときだよね」

 

「だな」

 

 メリーゴーラウンドのかぼちゃの馬車の中は、期せずして僕とユウの作戦(?)会議室になったのだった。

 

 ◆  ◆  ◆

 

「観覧車?」

 

「そう、観覧車。要は高いところから街を見下ろすんだよ」

 

 なんか説明間違えた気がするが、一体どこをどう間違えたのだろう? 今の説明じゃ全く楽しそうに聞こえないぞ、観覧車。

 

 しかしマルツは食いついてきてくれた。

 

「へえ。浮遊術(フローティング)で空を飛ぶようなものか?」

 

「あー、まあ、そんなところ。浮遊術(フローティング)のことはよく知らんけど」

 

 どうやら観覧車に乗ることはほぼ決定したようだ。と――。

 

「蛍、ちょっと待ってて。――ユウさん、いい?」

 

 鈴音が唐突にユウに声をかけて、少し離れたところに行ってしまった。ユウも首を傾げつつ鈴音についていく。

 

 一体なんだというのだろう?

 

○神無鈴音サイド

 

 

「それで、なに? 鈴音さん」

 

 茂みに少し身体を隠すと、早速ユウさんが尋ねてきた。

 

「ユウさん、観覧車で誰と誰が乗るか、ちゃんと考えてる?」

 

「あ、すっかり忘れてた……」

 

 やっぱり……。

 

「でも鈴音さん、今日ここに来た目的、ちゃんと覚えてる?」

 

「……忘れてた」

 

 本当、すっかり忘れてた。

 

「えーと、でも誰と誰が乗るかはちゃんと決めておかないと」

 

「まあ、そうだね。じゃあ、私とケイ――」

 

「ちょっと待った」

 

「ん? なに?」

 

 本気で分からないといった表情で首を傾げるユウさん。油断も隙もない……。

 

「……ジャンケンで決めよう」

 

「なんで?」

 

「いいから」

 

「…………」

 

 私のプレッシャーに負けたか、ユウさんがおとなしく右手を出す。そして。

 

『じゃ~んけ~ん……ポンッ!』

 

 結果は――。

 

 ◆  ◆  ◆

 

 私たちの住む街が、だんだん小さくなっていく。

 

 私と蛍は観覧車に揺られながら、その町並みを見下ろしていた。

 

「……来てよかったね」

 

 自然、そんな言葉が口をついて出る。あ、もしかしてなんだかいい雰囲気?

 

 しかし蛍は、

 

「うーん、どうだろう。まあ、ジェットコースターに比べればマシだとは思うけど……」

 

 と、マルツさんが楽しんでいるか心配していた。これは彼のいいところだとは思うけど、せっかく二人っきりで観覧車に乗っているのだから、もう少しこっちを気にして欲しいものだ。いや、あるいは、それは私のワガママなんだろうか。

 

「あれ?」

 

 ふと蛍が外を見やって声を洩らした。

 

「どうしたの? 蛍」

 

「いや、いまなんか、ユウがいたような……?」

 

「ユウさんが……?」

 

 立ち上がって窓に顔を近づけてみる。隣で蛍も同じようにしているのが雰囲気で分かった。しかし、私はそのことに照れるより前に、外を見て思わず呆けてしまっていた。

 

 いたのだ。ユウさんが。

 

 まずこちらに向かって飛んできて、蛍の物質化範囲に入ったからであろう、すぐに落下していく。しかし範囲外まで落ちるとすぐにまた上昇してくる。そしてまた範囲内に入ると落下して、の繰り返しだ。

 

 とりあえず、こんな状況でロマンティックな会話が出来るはずもなければ、そういった雰囲気になるはずもない。ジャンケンに負けたユウさんのせめてもの抵抗だろうか。

 

 私たちは同時にため息をついたあと、なんだか疲れた心持ちで向かい合わせに座ったのだった。もちろん、ユウさんのことにはどちらも口に出さずに。

 

 ◆  ◆  ◆

 

 次に私たちはお化け屋敷へと向かっていた。なんでもメリーゴーラウンドのところで蛍とユウさんが決めたらしい。正直、面白くなかったけどその案自体はいいと思う。なにしろマルツさんはRPGのような世界から来たんだから、作り物のお化けがダメってことはないだろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、すっかり蛍たちから離れてしまっていた。隣にニーナさんがいるからひとりで迷子になることはないだろうけど。

 

 それでも、とりあえず私は彼女を促し、蛍たちを追いかけることにする。すると、前方から来た緑色の長い髪をした女性とぶつかってしまった。

 

「あ、すみません」

 

「気にしないで。こちらの前方不注意だから」

 

 ニッコリと穏やかな笑みを浮かべる女性。年の頃は二十四、五歳といったところか。とても落ち着いた雰囲気を持つ女性だった。

 彼女は今気づいたようにニーナさんへと視線を移す。女性の表情は、どこか強張っているようにも見えた。

 

「…………」

 

 沈黙する女性。その沈黙を破ったのはニーナさんの一言だった。

 

「初めまして」

 

「あ、ええ。初めまして」

 

 ぎこちなく返す女性。ニーナさんはそんな彼女に少し声を潜めて囁きかける。表情は笑顔のままで。

 

「さて、一体なにをしに来たのかな? まさか、ボクにバレてないと思ってるわけじゃないよね?」

 

「……やっぱり、貴女はあざむけないわよね。さっきすれ違ったあの坊やは気づかなかったようだけど」

 

「あの坊や? ああ、マルツくんのこと。そりゃ気づかないよ。彼は『蒼き惑星(ラズライト)』の人間とはいえ、やっぱりただの人間でしかないから。そんなことより――」

 

 そこでニーナさんはもう一段声を潜めた。顔からも笑顔は消えている。

 

「何のために鈴音さんに接触したのかな? もしケイくんをどうこうするつもりなら――」

 

 そこまでニーナさんが言ったところで、緑の髪の女性は逃げ出すかのように行ってしまった。

 

「……行っちゃったね。さ、ボクたちも行こう。鈴音さん」

 

「え、うん……」

 

 私は何か得体の知れないものを感じながら、しかし、女性の去ったほうを向くことなくニーナさんのあとをついていった。


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