○(以下、『
――あれは光と闇、聖と魔、生命と死、起源と終末、調和と対立、それら全てを
生み出されし世界。
全ての滅びを望み続ける
輝く光。深き闇。見え隠れする希望。消えることのない絶望。
己の夢の中に全てを生み出せし
生み出されし
すなわち――『
○式見蛍サイド
買い出しは大変だった。
荷物は僕ひとりで持てる量を大きく超え、マルツにはもちろんのこと、鈴音にまで持ってもらうことになった。
いや……、だって、なあ。
なんていうか、反則だろう。一ヶ月前にはこの家に住んでいたのは僕ひとりだったというのに、ユウが同居し、八日前には(僕が言い出したこととはいえ)マルツも同居し、これだけでもまず三人分の食材を買ってくることになっていたのだけれど、なんと今日に至っては、鈴音に先輩、さらには今日の夕方にコンビニで知り合った『
当然買い出しはものすごい量になり、鈴音にまで持ってもらうことになったのだ。
まあ、それはまだいい。あまりよくはない気もするけど、『死にてぇ』と思うほどの理不尽は感じない。だが――。
「……死にてぇ」
夕食を作り始めてから僕はそう呟いた。
いや、だってさ。金銭面でもあまり余裕がないというのに、自分を含めた六人分の夕食を作るってどんなもんだよ?
さらに言わせてもらうなら、ここはワンルームだぞ? そこに自分を含めて六人も居るってどうなんだ? ひとり暮らししていたときから考えたら六倍の、マルツが来たときから考えたって二倍の人口密度だぞ?
おかげで暑いったらありゃしない。もうすぐ夏だというのに。おまけに料理をしているものだから、余計に暑い。はぁ、死にてぇ……。
ユウに鈴音、先輩はニーナとくっちゃべってるしさ。誰かひとりぐらい僕の手伝いをしてくれたってバチはあたらないだろうに。というか、むしろ今のこの状況でこそ女性たちにバチがあたるべきだ。こんなバチをあてる絶好の機会になにをやっているんだ、神様は。
ちなみにマルツはというと、なんか部屋の隅で縮こまってニーナを恐ろしげに見ている。だというのにニーナはもちろん、談笑している他の女性たちも誰ひとりそんな彼を気にもとめていないようだった。あそこまで怖がっているというのに、だ。いっそマルツが不憫に思えてくる。
ただ、そこまでニーナを恐れる理由も、正直僕には分からない。
彼女と話してみると、気さくというかユルいというか、とにかく恐ろしいイメージが湧かないのだ。あるいはユウと似ているところがあるからかもしれない。迷惑かける云々ではなく、雰囲気とか、しゃべるときのスタンスとかが似てるのだ。それも、かなり。
「――で、ボクが『
野菜の炒め物を終えて火を止めると、ニーナのそんな言葉が聞こえてきた。
「そのときに言ってやったことが『
……そのお前の態度にこそ腹立てたんじゃないだろうか、『
その行動って『
まあしかし、『
すぐにテーブルに集まってくる五人。マルツ、お前ニーナを怖がってなかったか? 食欲の前では些細な問題、ということだろうか。
ともあれ、僕もテーブルについて夕食をとることにする。……狭いけど。ニーナに訊いておきたいこともあるしな。……狭いことに変わりはないけど。
『いただきます』
全員の『いただきます』が唱和したあと、そんな理由から僕はニーナに話しかけた。
「それで、夕方コンビニで言ってた『
なんせ『
やっぱりさ。平和が一番だよ。うん。痛かったり苦しかったりするの、僕は大嫌いだ。
さて、ニーナの返答は、というと。
「このから揚げ、美味しいね~♪」
……どうやら、聞いていなかったらしい。仕方ないので、僕は再度問うことにした。
「……あのさ、ニーナ。『
「
……どうやら、ちゃんと聞いていたらしい。手間が省けたというのに、なんかビミョーに悔しかった。
それにしても、神族ねぇ……。つまり神様側の存在なわけだ。幽霊の――悪霊の親玉とかではないわけだ。要するに戦うことにはならないわけだ。ああ、よかった。
そう考えて僕が気を取り直していると、今度は先輩が質問していた。
「ふむ。『神族四天王』か。つまり他にあと三人――いや、三柱の神がいるわけだな?」
「そうだけど、別にいま知る必要は――というか、キミたちが知る必要はないんじゃない? 神族の力を借りた術を使えるわけでなし」
それはそうだ。知ったところで特にメリットがあるとは思えない。まあ、デメリットもないだろうけど。大体、いまずらずらと『神族四天王』の名前を聞かされたところで、全部覚えきれるかなんてものすごく疑問だ。
そもそも、そんなことを訊くより、もっと訊くべきことはあるんだから。そう、例えば『なんで霊体物質化能力のことを知っているのか』とか。
けどまあ、その前にコンビニで助けてもらったお礼を言うのが先か。
……えっと、お礼を言う前にひとつ質問しちゃったけどさ。まあ、それに関しては僕の身の安全を確かめておきたかったから、というかなんというか。……いや、ちゃんと自分で分かってるんだよ。ただ単にお礼言うのを忘れていただけだっていうことは。はぁ、死にてぇ……。なんか、お礼より質問を優先した自分がなんとなくイヤになった。
「ありがとな、ニーナ。その、コンビニで……」
ニーナは一瞬『何のことだか分からない』といった表情をしたが、やがて「ああ」と手を打った。
「気にしなくていいよ。ボクはキミが死んだら困るから助けただけ。まあ、でも――」
そこでニーナは言葉を切ると、僕に親しみの込もった笑みを向けてくる。
「自分のためにやったことが他人のためにもなったんなら、それも悪くないよね。気分的に」
「……そうだな」
まったくの同感だった。ニーナの言ったことは、自分本位の果てに行き着く結論のひとつだ。それは僕の考え方とどことなく似ている気がした。
ただ、ニーナのセリフにはスルーできない言葉も含まれていた。すなわち――。
「僕が死んだらキミが困るって?」
そこが分からない。どういう意味なのか、分からない。ただ、なにか嫌な予感のする言葉だった。
そう。その予感は、かつて《中に居る》の話を鈴音から聞いたときに密かに覚えていた――『なにかに巻き込まれる予感』とでもいうか。
ニーナはどう話したものか考えているのか、ハシを口に当てて虚空に視線を注ぎ始めた。
やがて考えがまとまったか、視線を僕に戻して口を開く。ちなみに、ハシは野菜炒めへと伸びていた。
「なんて言ったらいいかなぁ……。まあ、単刀直入に言うのが一番かな。……あのね、いま、この世界は歪んでるんだよ。こことはコインの表と裏のような位置関係にある世界『
「それって――」
「そして、世界の歪みを引き起こしている存在、歪みの中心となっている人間がキミなんだよ」
僕はその言葉に思わず絶句した。なぜなら、僕自身も『自分の能力が生者と死者の境界を曖昧にしているのでは』と思ったことがあるからだ。
正直、自分が世界の歪みの中心かつ原因であることにもかなり驚いたし。
本当、今日の夕方の一件で僕の周りでなにが変わり、起こり始めたのだろう。
いや、違うか。なにかが変わり、起こり始めたのは、きっと僕がこの『霊体物質化能力』を身につけたときだ。
根拠はないけど、なぜか僕にはそんな確信があった。
○マルツ・デラードサイド
本当のところを言うと、僕はこのとき、頭痛を覚えていた。
もちろん本当に痛いわけではなく、この頭痛は精神的な――心の持ち様からくるものだ。
ニーナさんはこう言った。『キミが死んだら困るから助けただけ』だ、と。
それは裏を返せばこうも取れるのだ。すなわち、『ボクが困らなきゃ、キミのことは見殺しにするつもりだったよ』と。
皆はこれに気づいていない。真儀瑠先輩ですら、だ。皆、ニーナ・ナイトメアの持つ『少女』の外見に騙されているのだ。
なんで誰ひとりそれに気づかないのか。ニーナさんが僕も知らなかったケイの能力のことを知っていたことに、なんで誰もなんの不審も抱かないのか。
僕はそんな理由から頭痛を覚えつつ、しかし腹は減っているので食事は続けながらケイたちの会話を聞いていた。
「そういえば、ニーナ。なんで僕の能力のことを知ってたんだ?」
「うん? ……そりゃあ、ボクはなんでもお見通し?」
「その間と『お見通し?』ってのはなんだよ? まさか、あのときのは単なるカマかけだったのか?」
「失礼な! キミの能力のことはちゃんと知ってたよ! ……半信半疑ではあったけど」
「半信半疑だったのか……」
「うん。……で、キミが死んだら困るっていうのは――」
「いうのは?」
「……まあ、それはもう少し順序立てて説明するよ。それでまずボクのほうから訊きたいんだけど、キミ、『死にたがり』なんだよね?」
「……まあな」
「ああ、やっぱり……。そりゃその能力を持ってるんだから、ボクからすれば充分予想の範囲内ではあったけど、やっぱり面倒なことになりそうだなぁ……」
「おーい。ひとりでブツブツ呟かれてもワケわからないって。ちゃんと説明してくれよ」
「うん。それはいいけどさ。その前にボクからひとつキミに忠告」
「なんだ?」
そこでニーナさんは少し瞳の色を深くした。瞬間、僕の背筋に震えが走る。
「世界を拒絶しようとする者はね。いつか、世界のほうにその存在を認めてもらえなくなるよ」
「…………」
黙り込むケイ。それもムリはないだろう。ケイの自殺志願とはつまるところ、この世界に存在することを――世界そのものを拒絶する行為なのだから。
ニーナさんは自身の発した重い忠告など無かったかのように、話を続ける。
「じゃあ説明するよ。キミには少しショッキングな内容かもしれないけど」
から揚げをひとつ口に放り込み、ニーナさんは語りだした。