○???サイド
空間に――歪みが生じた。
二つの世界を――『
それはまだ、私くらいの魔力を持っていなければ移動できないほどの薄い結びつきでしかないけれど。
――果たして、なにがきっかけとなったのか。それは分からない。いずれ調べる必要もでてくるだろう。
しかし――。
いまはまだ――そう、いまはしばし楽しむとしよう。
そう。どうせしばらくは楽しいことなど起こりはしないのだから。いや、起こせはしないのだから。
現段階で問題があるとするならば――。
そう。見て楽しむか、私自身がことを起こして楽しむか、だ。
まあ、ともあれ。いまはしばし、傍観させてもらうとしよう。
それから判断すればいい。
私が関わるほどの楽しみが――価値が彼らにあるのか、否か。
彼ら――式見蛍という名の少年たちにあるのか、否か。
もし彼らに、それほどの楽しみと価値があるのだとしたら。
そのときは――与えてみるとしよう。彼らが活躍するべき、舞台を。
起こしてみるとしよう。彼らのための、事件を。
この、私の二つ名にかけて――。
○マルツ・デラードサイド
「
僕の放った強風を起こす
ガシャーン!!
と床に数枚落とした。皿はなかなかに派手な音を立てはしたが、いかんせんたいした強風はまだ起こせない。
けどまあ、式見宅にやって来てからまだ三日。そよとも風が起こらなかった頃に比べれば、なかなかの結果である。
「あーあ、またお皿割って……。ケイ、さすがにそろそろ怒ると思うよー?」
そんな心配無用なことを言ってくるのは、僕が式見宅にやってくる前からここの家主であるケイと同居していた同居人――いや、同居幽霊か――のユウ。
そう。心配無用なのだ、そんなことは。
なぜなら彼――ケイは、僕の魔術で『楽に死にたい』なんぞとぬかすヤツで、そんな彼の望みを叶えるためには、僕が術を使えるようになることが大前提なワケで。その結果、彼は僕の『魔術が使えるようになるための特訓』を容認しなければならないのだ。事実、少々迷惑そうな表情をしつつも、ケイはその特訓のせいで破損した物について僕にとやかく言ってきたことは一度もない。
まったく、ユウは余計な心配ばかりして、むしろ自分の――
「……いい加減にしろっ!」
コンッと。
妙に小気味いい音をさせて、ケイが僕の頭を叩いた。どうやら洗濯物を干し終わったばかりらしく、片手に洗濯カゴを持っている。ああ、なるほど。その洗濯カゴで叩いたのか。……いやいやいや! いま重要なのはそんなことではなく。
「なんで叩くんだよ!」
僕はケイに詰め寄ると、抗議の声をあげた。
それに対する彼の返答は、
「いい加減にしろ! ウチを破壊する気か、お前は!」
というすごく冷たいものだった。
「冷たくないよ、普通だよぅ」
まるでこちらの心を読んだかのように横から口を挟んできたユウはとりあえず無視。僕はケイに対抗するだけでいっぱいいっぱいなのだ。
「別に破壊はしないって。いまの魔術だってさ、ただ風を起こすだけで殺傷能力はこれっぽっちもないんだぞ。だいたい、その風だってまだまだ本来のこの術に比べれば、百分の――いや、それは言いすぎか――十分の一くらいの力しか――」
「僕が言いたいのは――」
ずいっと一歩踏み出してくるケイ。つい気迫負けして後ろに退ってしまう僕。なにしろここの家主は彼だ。本気で攻められたら勝ち目は薄い。
「ど・こ・に! 皿を割る必要がある! 言ってみろ!」
お言葉に甘えて言わせてもらうことにした。
「いや、ただ風をおこすだけってのも、つまらなくてさ」
「もっと他に安全な魔法はないのか! 安全な魔法!」
「一応、<
「てめぇ、それ以上言ったらマジで怒るぞ!!」
うおぅキレた! ケイさんご乱心! なんだよ。言ってみろと言うから言ったというのに。
「皿だって何枚も買えば値段もバカにならねぇんだ! ただでさえお前という
いえ、それは自分から増やしたのではありませんか。ケイ様。いくらなんでも理不尽な言い草なのではないでしょうか。ああ、なぜか丁寧語な僕。
……それにしてもこの人、確か理不尽なことが嫌いなんだよな? それなのに自分が理不尽なことを言うってどうなんだろう……?
……何も言わないでおこう。キレてる人にはなに言っても無意味だよ、うん。
ケイはそれからもなにやら怒鳴っていたが(右の耳から左の耳に聞き流したのでダメージと反省は皆無)、やがて疲れたのか、肩で息をしながら呟いた。
「し……死にてぇ……」
うん、もうこの三日間で飽きるほど聞いたおなじみのセリフだ。いっそ名ゼリフでさえあるかもしれない。
これに関しては僕ももうすっかり慣れていた。……いや、慣れたくはなかったけどさ……。けどまあ、ムカつくことがある度に人に向かって『死ね』と言うヤツよりかは遥かにマシというものだろう。
しかし、である。慣れたからといって、このセリフが心地いいものになるわけもなく。僕はとりあえずお返しとばかりにこう呟き返すことにしている。
「帰りたい……」
もちろん元の世界――『
しかしこれを外で繰り広げると、周囲の人間からは僕が『おうちに帰りたい』という意味でこの言葉を使っているように見えるようなのだ。まあ、確かに不自然な返しではないだろう。
それはともかく。
息を整え終えたケイは、突然、僕が仰天することを言いだしてきた。すなわち。
「お前、バイトしろ。これまで壊した物の弁償代と――あと、自分の生活費くらい自分で稼いでくれ」
「えぇーーーっ!!」
そんな成り行きで、僕はバイトをすることとなった。
翌日ケイの機嫌が直ったであろう時にもう一度確認してみたが、やっぱりやらなきゃダメらしい。
働き口はケイの通う学校の先輩である
……はぁ、死にたい……。
……って、いかんいかん! ケイの口癖がうつってしまった。
頭脳労働だといいなぁ。そのほうが気持ちも楽だ。比較的、だけどさ……。