○式見蛍サイド
サーラさんとニーナはどうやら知り合いらしく、親しげに言葉を交わし始めた。
「相変わらず
「あ、サーラさん。ニーネとボクを同一人物と捉えないなら『久しぶり』だね」
「とりあえずわたしは同一人物だとは思ってないよ。双子っていう認識が一番近いかな。だから久しぶり。ニーナちゃん」
「それはそれとしてさ、サーラさん。どうしてここに?」
「『
「全然。きっとニーネ、ボクを驚かせるつもりだったんだろうね。――じゃあ、サーラさんはニーネの創った『
「そうだよ。というか、マルツみたいに事故でこっちの世界に来ちゃうほうが特殊でしょ?」
「そうだねぇ。だとすると、やっぱりその『神崎りん』は『リル・ヴラバザード』みたいだね。……はぁ、やれやれ」
へ? なんでそうなるんだ?
「待った、ニーナ。一体どういうことなんだ?」
「つまり、だよ。ダークマターを倒すとき、キミはまた
「……あ」
それで分かった。そもそもマルツがこの世界に来ることになったのは、僕が怒りなど、激しい感情を抱いて『霊体物質化能力』を使った――というか、武器を創ったからだ。そしてダークマターと戦ったときにも、僕は激しい感情を持っていた。ヤツに、怒りを覚えていた。
最初、ニーナはそのせいでサーラさんがこの世界に来てしまったのだと思ったのだろう。しかしそれは違った。彼女は自分の意志でこの世界にやってきたという。そう。再びこの世界にやってきたときのマルツのように。
なら、幸いなことに今回は誰もこっちの世界には来なかったのだろう、と考えたくはあったけど、自分やサーラさんと――あっちの世界の人間と面識のあった少女、神埼りんがここにはいた。だからニーナはこう思考を展開したのだろう。マルツ同様、神埼りん――もとい、リル・ヴラバザードがあっちの世界から来てしまった人間だ、と。そして、そのリルは空間移動の際のショックでなのか記憶を失くしていて、連れて帰るのも骨が折れそうだ、と。
確かに僕が同じ立場に立たされたら、そりゃ、嘆息して『やれやれ』の一言もこぼしてしまうだろう。いや、僕なら『死にてぇ』とこぼすな。
ニーナは僕の様子を見て大体なにを考えているのか悟ったらしく、話を続けた。
「それともうひとつ厄介なことがあるんだよ。なんかね。ボクたちの世界とこの世界、繋がり始めてるみたい。少しずつだけど、こっちの大気に混じる魔力が濃くなってきてるからね」
「それって、そんなにヤバいことなのか?」
「うん。かなりね。まず、この世界で以前より簡単に魔術を使えるようになると思う」
全然問題ない気がした。というか、便利なんじゃないか? それ。ニーナが『刻の扉』を創るときに消費する魔法力も少なくてすむってことだろうし。それに――。
「じゃあ、あれか? 僕もマルツみたいに魔法を使えるようになるかもしれない、と?」
確か人間なら誰でも魔力を持っているはずだ。そんなことを以前、聞いた覚えがある。
「いや、多分キミには使えないんじゃないかな。ちょっとしたコツが必要だし」
ニーナにあっさりと否定された。……なんだよ。霊能力と同じで、やっぱりコツが必要になるのか。そもそも僕の能力は純粋な霊能力とはまた別物らしいし、僕はその霊能力を使うコツさえつかめてないに違いない。……はぁ。死にてぇ。
……と、待てよ。
「じゃあ、鈴音はどうなんだ? なにしろ巫女だし」
「……蛍、ここは『巫女だし』じゃなくて『霊能力者だし』と言うところなんじゃないの?」
鈴音の苦情は、しかし誰からも無視される――かと思いきや。
「あ、鈴音ちゃん、巫女なんだ。偶然だね~。リルちゃんも巫女なんだよ~」
そういえば、あっちの世界にも巫女はいるって、以前マルツが言ってたな。さすがRPGのような世界なだけのことはある。しかし、巫女服は着てないぞ、彼女。まさかリルも巫女服を着ない主義なのだろうか。だとすると、いよいよ巫女服を着ている巫女さんの立場が危うくなってきたな。
僕がこの世の巫女さんの将来を案じている間にも、鈴音とサーラさんの会話は勝手に進んでいく。
「じゃあ、『
「巫女服? なにそれ? ああ、鈴音ちゃんが言ってるのって、読んで字の如く『巫女が着る服』のこと?」
「その通りのような、なにか違うような……」
「巫女の服なら、ほら、リルちゃんがいま着てるやつだよ」
「え? この白いワンピースが?」
あ~、確かに変わったデザインのワンピースだとは思っていたけど。会話には加わらずにボンヤリとそんなことを思う僕。
「そう。『巫女の法衣』っていうんだよ」
「へぇ~。いいですねぇ~。普通の服とそれほど変わりなくて……」
「? なにがいいの? そもそもこの世界の『巫女の法衣』ってどういうもの?」
「え~と、それは……」
「――あのさぁ」
ニーナが少々不機嫌そうに口を挟んだ。
「話がかなり逸れてる気がするんだけど? 巫女の着る服なんてどうでもいいことじゃない」
いや、一部の人間には相当重要なことらしいんだけどな。その『一部の人間』の代表格が鈴音だ。
「話を戻すけど、鈴音さんも多分魔術は使えないよ。コツをつかんでいる可能性は高いけど、大気に満ちる魔力がボクたちの世界に比べると、やっぱりまだ薄いからね。
まあ、相当修行を積んでいて、なおかつミーティアさんやサーラさんみたいに強大な魔力を持っているっていうなら話は別かもしれないけど」
鈴音にそれほどの魔力があるとは思えなかったが、しかし、僕は『すごい魔力を持ってる』という方向でニーナに話しかけた。だって、鈴音が使えたほうが面白そうだし。
「つまり、使える可能性はあるわけだ」
「まあね。――で、このまま世界が繋がっていくと、どうマズいことになるかってことだけど」
あっさりと流された。
「単刀直入に言うとね、『魔族』っていうダークマターみたいな連中がどんどんこの世界にやってくることになるんだよ。で、ボクたちの世界にいる『神族』にこの世界を護るつもりはないだろうから、この世界はただ一方的に攻められることになると思う」
……そりゃあ、なんていうか、ムチャクチャマズイな。現実にそんなことになろうものなら、世界が世紀末の雰囲気に包まれそうだ。
「なんとかできないのか?」
「いまのボクにはなんともしようがないよ。まあ、ミーティアさんあたりにでもなんとかしてもらおうかな、と思ってる」
他人任せなんだな、お前。サーラさんはそんなニーナをたしなめるように、
「ニーナちゃん、『
「ミーティアさんが『もっと他人に頼れ』って言ってくれたからね。言ったのはニーネに、だけど。それに、頼ることしか考えてないわけじゃないよ」
ニーナはそう言うと、少しテーブルに身を乗り出し、声を潜めて続ける。
「前にも話したと思うけど、世界は『世界の意志』とでも言うべきものでバランスをとってるんだよ。そしてバランスをとるために、世界には『復元力』というものも存在する。つまり、世界そのものがこの状況をなんとかしようとしてるってこと。
物語のつじつま合わせに似てるかな。少しでも元の姿の世界に戻ろうとするんだよね」
「つまり、ニーナはその『世界の意志』に任せてなにもしないと、そういうことか?」
僕は否定してくると思ってそう疑問を投げかけたのだけど、
「平たく言えば、そういうこと」
肯定されてしまった。
「それで、ここからが重要なんだけど、その『復元力』が一向に働いてない感じなんだよね。おそらくここ数週間は、人間でいうところの『準備期間』だったんじゃないかな。でもって、これからはどんどん『復元力』の影響が出てくることになると思う」
「いいことなんじゃないか?」
「問題なのはその影響の出方、『世界を元に戻す方法』だよ。誰かを犠牲にする必要があるなら、『世界の意志』は迷いなくそれを実行するからね。キミが誰かに命を狙われるようなことがあったり、キミたちが倒したダークマターが復活したりすることも、ないとは言えない」
僕はその言葉に一瞬、詰まった。だって……。
「……え? 僕が死んだら困るんじゃなかったっけ? 世界に一気に歪みが拡がるとかなんとか……」
「それはボクの見解にすぎないよ。キミが死んでも、あるいはなんの問題もないのかもしれない」
「っ……。あ、それとさ。倒したダークマターが復活ってどういうことだ? あのとき、倒した――んだよな? あいつ、そんな簡単に復活しちゃうのか?」
「仮にも『
それを聞いて暗くなっていた気持ちがすぐに明るくなる、なんてことはもちろんなかったけど、ニーナが僕のことを気遣ってくれたことは分かるから、僕は無理にニコリと笑みを浮かべて、楽観的なセリフを口にした。
「そうだよな。問題が起こらない可能性もあるんだし、どうにかしようって思うのは実際に問題が起こってからでいいよな」
鈴音も僕に同調してくれる。
「そうよね。なにも起こらない可能性も充分あるんだもんね。いまから心配してても仕方ないよね」
「――さて」
一度目を閉じて、明るくしきり直すサーラさん。
「じゃあ話もまとまったし、ちょっといいかな、ニーナちゃん」
「なに? サーラさん」
「『刻の扉』、創ってくれない? ダークマターが復活する可能性がある以上、マルツはここに残るべきと思うけど、わたしはそれなりに『
サーラさん、それは言っちゃいけない。いまニーナは……。
「えっとぉ……。それがね、サーラさん。ボクの魔法力が回復するまでは創れないんだよねぇ。『刻の扉』」
「え、そうなの……?」
さすがに呆然とするサーラさん。しかしすぐに気を取り直し、
「じゃあ、マルツのいるところに居候させてもらおうかな……」
と呟いた。……ん? この展開って、もしかして……。
「だっ、ダメです!」
最初に反応したのは案の定、鈴音だった。
「マルツさんは蛍の家に泊まってるんです。だから、えっと……えと……。…………。そうだ! 私のところに来たらどうですか? ほら、りん――じゃない、リルもいますし。私が個人的に訊きたいこともありますし! ね!」
「そう? じゃあそうしようかな。――まあ、確かに男の子の家に泊まるのは、わたしの世界でも一般常識としては問題だったしね。わたしはファルと野宿することも多かったから、そういうことを問題とは思わないんだけど」
そういうものなのか。サーラさん、やっぱり無防備だな……。
それにしても、彼女の口から『一般常識』という単語が出てくるとは思わなかった。僕がそんなことをボンヤリと考えていると、鈴音がブンブンと手を振ってサーラさんに言い聞かせるように言う。
「いえいえ、やっぱり問題ですよ! それも大問題!」
そんな彼女の服の裾をつかむ手があった。リルだ。
「ねえ、鈴音。私は『リル』じゃなくて『りん』なんだけど」
あ、もしかして彼女、リルって呼ばれるの嫌いなのか? 記憶がない以上、『リル』は自分の名前だと思えないのかもしれない。鈴音はそれを察してか、
「あの、サーラさん、ニーナさん。彼女の過去を知ってるあなたたちには抵抗あるかもしれませんけど、記憶を失っている間、彼女のことは『りん』と呼んであげてもらえませんか? 二人の会話の中では『リル』で構いませんから」
別にそれでも問題ないからだろう。サーラさんとニーナは首を縦に振った。
「蛍とユウさんも、それでいい?」
当然だけど、僕も首を縦に振る。
「うん。それでいいよ」
「記憶がないときにつけてもらった名前って、自分の存在の証明みたいなものだもんね。私にはよく分かるよ。よろしくね、りん」
相変わらずユウはときどき深いこと言うよなぁ。
ともあれ、そんなわけでみんな、リルのことは『神崎りん』という名の少女として扱うことにしたのだった。
しっかし、口数少ないなぁ、りん。人見知りするのかな。それとも記憶がなくて不安なのかな。まあ、どちらであってもその心情は分からなくないけど。