いつまでもあなたのそばに   作:ルーラー

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第十九話 そして、はじまる。

○???サイド

 

 

 この世界の大気に含まれている魔力が少しばかり濃度を増した。

 『闇を抱く存在(ダークマター)の欠片』が滅びるのと時を同じくして。

 

 二つの世界の境界がさらに曖昧になり、魔力の濃度の濃い『蒼き惑星(ラズライト)』の大気が地球の大気に混じり始めたのだろう。このまま放っておけば、あるいは世界そのものが混じりあい、ひとつになってしまうのかもしれない。

 

 しかし、一体なにが引き金となったのだろう。

 

 ダークマターが滅びたことだろうか。

 

 それとも、式見蛍の持つ能力によって――?

 

 ――そう。式見蛍の能力だ。あの能力(ちから)――理力(りりょく)がなんらかの原因にはなっているのだろう。

 

 しかし、彼の持つ理力と世界の歪みにどんな関連性が――?

 

 ……いや、それを私が考える必要はないだろう。それは『聖戦士』たちや『界王(ワイズマン)』のすることだ。

 そう。私が考えるべきは、彼の価値のことだ。

 

 今回の事件で、彼は私の想像していた以上の『力』を見せてくれた。あれなら私の助けがなくても、ダークマターを倒せていたことだろう。

 

 ――私は一度、放棄しようとした。彼の価値を見極めることを。

 

 思ってしまった。彼を失いたくない、と。――しかし、あれほどの『力』を見せてくれたのなら、もう躊躇(ちゅうちょ)することはない。彼らは間違いなく私を楽しませてくれることだろう。さて――。

 

 起こすとしよう。彼らのための事件を。

 

 与えるとしよう。彼らの活躍の場を。

 

 その結果、彼らがどうなるか、世界がどうなるか、そして私がどうなるか、まったく予想はつかないけれど。

 

 あるいは、あのとき『界王(ワイズマン)』が言ったように、私はただ自分に言い訳をして自身の『救い』にちょっかいを出して、関わりたがっているだけなのかもしれないけれど。

 

 ――決断は、もう終えた。

 

 さあ、この私――『魔風神官(プリースト)』シルフィード、暗躍のときだ――。

 

○神無鈴音サイド

 

 

 あれから蛍のアパートの前で蛍たちと別れ、私は真儀瑠先輩と二人で最寄りの駅へと向かい、電車に乗った。

 自分の家にほど近い駅で電車が止まると、先輩に「じゃあ」とだけ告げて、電車を降りて自宅を目指す。

 

 その少女と出会ったのはその帰路の途中だった。

 

 年の頃は私と同じ十六歳くらいだろうか。

 背中に流されているまっすぐな黒髪に、不安げな色を宿した黒い瞳。

 身に(まと)うちょっと変わったデザインの白いワンピースが夜の闇に映えている。

 

 美少女、という表現がぴったりと当てはまる少女だった。

 

 声をかけてきたのはその少女のほうから。どこか、おどおどとした表情で。

 

「あの……、すみません。ここは、どこでしょうか……?」

 

 どうやら道に迷ったようだった。私は電車から降りた駅の名を挙げ、その付近だとつけ加える。

 しかし彼女はそれに困ったように首を傾げ、

 

「すみません……、聞き覚えがなくて……。あの、じゃあ……、あなたの名前は……?」

 

 変な質問だな、と思いはしたものの、

 

「私は神無鈴音って言うんだけど、あなたは?」

 

 本当に軽い気持ちで私は少女に名を訊き返した。しかし彼女はその質問に本格的に困った表情に――というか、泣き出しそうな表情になった。

 

「分からないんです。私は、誰なのか……」

 

「それって、もしかして……」

 

 私は思わず息を呑む。

 この少女は記憶喪失なのではないだろうか、と思いあたって。

 

 不安なのだろう。とうとう少女は泣き出してしまった。涙の滴が地面に落ちる。

 

「お、落ち着いて。とりあえず、私の家に……」

 

 私の言葉にうなずく彼女。私はそれを確認すると少女の手を引いて歩きだした。彼女はしゃくりあげながらではあったけれど、ちゃんとついてきてくれた。とりあえず、私の家で落ち着いて話を聞く必要があるだろう。放っておくという選択肢は、私の中には存在しなかった。

 

 歩きながら、ふと思う。

 記憶喪失の女の子を拾ってしまうなんて、まるで蛍みたいだな、と。でも、彼が同じ立場に立たされても、結局はこうするんだろうなぁ。

 

 なんとなく、蛍がユウさんと同居している理由が分かったような気がして、こんなときに不謹慎(ふきんしん)とは思いつつも、私は小さく笑った。

 

 

 

 ――『プロローグ 風のはじまる場所』―― 閉幕


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