いつまでもあなたのそばに   作:ルーラー

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第十七話 再会、共闘、人間、魔族(中編)

○マルツ・デラードサイド

 

 

 僕が周囲を見回すと、その場の全員が僕に注目していた。

 まあ、それはそうだろう。もう二度と会えないと思って別れたら、その数時間後にまたこの世界にやってきたのだから。……ああ、バツが悪いったらありゃしない……。

 

 ケイたちの表情はどれも複雑なものだった。僕が推測するに、驚きが二割、納得できないという気持ちが八割、といったところか。

 

 あ、見たことない顔が二人分増えてるな。全身が闇色のヤツと緑色のロングヘアーの女性。

 

 ふむ……。別に外見で判断するつもりはないけど、おそらくあの闇色のヤツが『闇を抱く存在(ダークマター)』だろう。少なくとも女性のほうは悪役っぽい感じはしない。――うん。美人は悪人じゃあない。たぶん。……って、思いっきり外見で判断してるな、僕。

 

 それはそれとして、あの女性は一体誰なんだ? この世界にあって、なお強力な魔力を感じるけれど……。

 

「マ、マルツ……?」

 

 硬直していたっぽいケイが声をかけてきた。ああ、やっぱり納得できない感がバリバリ感じられる声音だ……。

 

「マルツさん……、どうして……?」

 

 こちらは鈴音さん。声音はやっぱりケイのものとそう大きく変わらない。

 

 ……ああもう、ああもう! こうなることは予想ついてたんだけどなぁ! やっぱりこの空気はいたたまれない気分になるぞ!

 

 まあ、あの『お別れ』のあとに『数時間ぶりの』再会をしたんだから、定番どおりに『感動の再会』になるわけがないんだけどさぁ……。

 とりあえず僕はみんなに声をかけることにする。そうしなきゃ事態が進まない気がしたから。

 

「お久しぶり、というか、数時間ぶりだね、ケイ、ユウ、鈴音さん、真儀瑠先輩、あとニーナさんも。――ええっと……、助けにきたよ、なんて言ってみちゃったりなんかしちゃったりなんかしてー……」

 

 うーん、駄目だ。なんか、まだみんなの硬直が解けてない。あ、ダークマターと思われるヤツと戦っているニーナさんと緑色の髪の女性は除いて、だけど。

 

 気にせずに僕は僕の訊きたいことをぶつけるとしよう。うん。質問してるあいだに空気もまた緊迫したものになってくるさ。……きっと。

 

「ところで、あの闇色の身体のヤツがダークマター?」

 

「え? あ、ああ……」

 

 うーん……。どうも反応鈍いなぁ、ケイ。

 

「じゃあ、あの女の人って誰? 見たところ敵ではないようだけど、すごく強力な魔力を感じるし、本当にこの世界の人間なの? あの人」

 

 僕がそう口にした途端、辺りの空気が変わった。――悪いほうに。

 なんというか、こう、すっかりしらけたような空気になったのだ。なぜかケイたち四人ともが僕に呆れたような視線を向けているし。

 

「えっと……、なに? 僕、なんか変なこと言った……?」

 

 それに返されるのは四人の嘆息。

 

 おいおい、そこまで詳しく状況を認識せずにここに来たんだから、そんな反応しなくてもいいだろうに。

 なおも呆れたように首を横に振りつつ、ようやくケイが説明してくれた。その段階になって思ったのだけれど、説明してくれるのが鈴音さんじゃなくてよかった。本当によかった。

 

「お前、あの女性――シルフィードのこと知らないのか? お前の世界の人間――じゃなかった、魔族らしいんだけど」

 

 あ、僕の世界の人だったのか。どうりで強力な魔力を感じると……って、

 

「ま……、魔族!? それもシルフィードだって!? なんだってそんな高位の魔族がダークマターと戦ってるのさ! いやそれよりも! なんでケイたち、『魔風神官(プリースト)』が目の前にいるのにそんなのほほんとしていられるんだよ!」

 

「だって、別に敵ってわけじゃないし。それよりも『魔風神官(プリースト)』ってなんだ?」

 

「ああ、それはシルフィードの二つ名だよ。――って、いやいやいやいや! そんなことはどうでもよくって!」

 

「いや、僕たちからしてみれば割とどうでもよくなくって。――まあ、それはそれとしてさ。ニーナと会ったときにも感じたんだけど、お前ちょっと界王(ワイズマン)とか魔族とかに対して恐怖心抱きすぎなんじゃないか?」

 

「僕が普通なんだよ! いやまあ、ニーナさんに対してはもう大して怖いとか思わないけど。でも『魔風神官(プリースト)』は高位魔族なんだよ!? 『魔風王(ダーク・ウインド)』っていう魔族の直属の部下なんだよ!? いま存在している魔族の中では、え~と……、七番目に強いんだよ!? もちろん上から数えて、だよ!?」

 

「七番目って……割と下なんじゃ……?」

 

「分かってない! 分かってないよ、ケイは! いい? 魔族間の力関係っていうのはね――」

 

 と、そこで鈴音さんが割って入ってきた。

 

「あの~、そろそろ干渉し続けるのもキツくなってきたんだけど……。マルツさん、助けにきたって言ってましたよね? 確か。それなら早くニーナさんたちに協力してダークマターの動きを止めてほしいんですけど……」

 

「え? ニーナさんたちにってことは……『魔風神官(プリースト)』とも協力するの!?」

 

「ええ。三人で数秒間足止めしてください。その間に私が――」

 

「イヤだよ! 『魔風神官(プリースト)』と協力するなんて! いつ微笑みながら横からグッサリやってくるか……」

 

「そんなことされませんって! さっきからずっと協力してくれてるんですから!」

 

「鈴音さん! これは僕の師匠たちが前に言っていたことだけど、あいつは邪気の無い笑みを浮かべながらあっさり人の首筋を掻き切るタイプのヤツなんだよ!?」

 

「シルフィードさんがこの状況でそんなことをする理由がないでしょう! いいから早くニーナさんたちに加わってください! 私の集中力もいつまでもつか分からないし、この中ではマルツさんしか魔法を使える人はいないんだから!」

 

 鈴音さんの剣幕に僕は不覚にもビクッとしてしまった。

 

 ……ああ、女性ってたまに怖いな……。下手すると高位魔族よりも怖いな……。『魔風神官(プリースト)』なんて女性で高位魔族なんだから恐ろしさはもう底知れないよ……。

 そんなことを思っている僕に、なおも鈴音さんが言ってくる。

 

「ダークマターの動きを数秒間止めてくれれば、私があれの『力』のほとんどである悪霊を引き剥がしてみせますから! だから早く!」

 

「わっ、分かりましたぁ~!」

 

 悪霊を引き剥がすとか意味のよく分からない部分はあったものの、とりあえずダークマターの動きを数秒間止めればいいらしい。そう理解し、僕はニーナさんたちのところまで一目散に駆けていった。

 

「それでニーナさん、どうやります?」

 

 僕はニーナさんのそばまで来てからそう訊いた。『魔風神官(プリースト)』には絶対訊かない。だって、怖いし。

 

「そうだね~。とりあえず時間差をつけて順番に呪文を放つってことで」

 

「了解です」

 

 言って僕は呪文を唱え始める。他の二人は呪文の詠唱をせずとも術を放てるが、人間という器に縛られている僕には、それは到底出来ない芸当だ。

 

 まず『魔風神官(プリースト)』が両の掌をダークマターに向けた。

 

「じゃあ一番手。――はっ!」

 

 その掌からは風の塊が放たれる。風である以上僕には当然見えないのだけれど、生じる風圧を感じ取ることでそれが放たれたことは分かった。

 

 これはおそらく、精神や物体に接触すると破裂する風の塊を放つ術、<魔風破弾撃(シルフェ・ブリッド)>だろう。

 <魔風破弾撃(シルフェ・ブリッド)>は彼女の主である『魔風王(ダーク・ウインド)』シルフェスの力を借りて放つ術だから、『魔風神官(プリースト)』なら呪文の詠唱はおろか、『呪文の名』を口にする必要もなく放てるに違いない。だって、それって結局、人間でいうところのパンチやキックと同じだから。実際、人間がそういったことをするときに『パンチ!』とか言わなくてもまったく問題ないし。……まあ、言う人だっているだろうけど。

 

 ともあれ、『魔風神官(プリースト)』の放った術はダークマターの進行方向の地面をうがった。なかなかハデな音をさせて地面が砕ける。

 足止めにはなってるんだろうけど、あとあと修理する人は大変だろうなぁ……。ああ、そういえばファルカスさんの破壊した街道はいつ直るんだろう……。あそこの管理はカノン・シティの魔道学会がやってるし、そこの副会長である父さんも関わることになるんだろうなぁ……。そうでなくても放ってはおけないだろうけど――。

 

光明球(ライトニング)っ!」

 

「ぐおっ!?」

 

 ダークマターの目の前に煌々(こうこう)と輝く魔法の明かりを放つニーナさん。

 夜の闇に慣れているダークマターの目には効果絶大だったようだ。おそらく目を()かれて視界にはなにも捉えられなくなったことだろう。

 しかし――。

 

『しょぼっ!』

 

 期せずして僕と『魔風神官(プリースト)』の声がハモった。

 ……って、しまった! ニーナさんにツッコんだせいで、つい呪文の詠唱を中断しちゃった! 急いで呪文を唱えなおさないと……。と、待てよ。いま唱えてたものよりこっちのほうが……。

 

 まあ、それはともかく……、しょぼいだろ、これ。

 

 <光明球(ライトニング)>には殺傷能力がまったくない。ただ光り輝く光球を放つだけの術だ。

 そしてこの術はこの状況では確かに有効だろう。

 それでも、『界王(ワイズマン)』が使う術としては、なんだか相応しくないような気がする、というかなんというか……。

 

 僕たちの発した言葉を聞きとがめてか、ニーナさんがわめく。

 

「しょうがないでしょ! 魔法力が残り少ないんだから! それにしょぼくなんかないよ! もっとも効率的な方法だよ! ちょっと! シルフィードはともかく、なんでマルツくんまでなにも返してくれないのさ!」

 

 いや、僕は急いで呪文を唱え直しているからニーナさんの言葉に返せないだけなんだけど……。

 

 さてさて、この状況で効果的な術はというと、地の精霊の力を借りて地面を蛇の如くうねらせ、相手の動きを封じる術――<地蛇意操(アース・サラウンド)>が挙げられる。でも僕はこの術を使えないし、仮に使えたとしても使おうとは思わない。相手が『闇を抱く存在(ダークマター)』――精神生命体である以上、どれだけ地面をうねらせて動きを封じようとしても、実体化を解いて無効化する、というテを使われる可能性があるからだ。無効化される可能性が高いのにそれを使うほど僕は無能じゃない。

 

 なのでここで使う呪文は――。

 

不均衡音波(クラッシュ・ノイズ)!」

 

 これにした。

 

 ――<不均衡音波(クラッシュ・ノイズ)>。

 

 相手の神経をマヒさせる音波を放つ精神魔術――ちなみに黒魔術――だ。これをモロにくらえば一定時間は思うとおりに動けなくなる。ちょうどいまダークマターがそうなっているように。

 

 もっともこの術は、かなり風の精霊魔術に近いものがあり、それだけに耳らしきものが見当たらないダークマターに効くかどうか少しばかり不安があったのだけれど、どうやら問題なく効いたらしい。まあ、目があるから<光明球(ライトニング)>の光を眩しく感じたんだから、これも多分効くだろうと思ってやったんだけれど。

 

 実は最初は<黒妖崩滅波(ブラム・ストラッシュ)>を撃とうとしたんだけれど、ニーナさんにツッコんで詠唱を中断したときに使う呪文を変えてみた。それがこれなのだ。

 

 しかし、ここは僕の住んでいた世界ではない。ついさっきまで『蒼き惑星(ラズライト)』で戦っていたものだから、その感覚で<不均衡音波(クラッシュ・ノイズ)>を使ったのだけれど、はたしていつまでその効果が持続するか――。

 そんな心配が脳裏をよぎったそのときだった。

 

「――ハッ!」

 

 鈴音さんの気合いを入れる声。続いてバリッと乾いた音がする。

 それと同時にダークマターのその人型の輪郭は、曖昧なものへとなっていった。

 

「――なっ……!?」

 

 驚愕の声をあげるダークマターから黒いなにかが飛び出てくる。……あれは、一体……?

 

「悪霊を引き剥がしたわよ! あとはもう一度ダークマターが取り込む前にあの悪霊を除霊しないと――」

 

 鈴音さんが言い終えるよりも早く、

 

精神裂槍(ホーリー・ランス)っ!」

 

 ニーナさんの放った蒼白く輝く槍が悪霊とかいうのを直撃、消滅させる。

 

「い……、いま、なにを……?」

 

 目を丸くして尋ねる鈴音さん。ニーナさんは鈴音さんの近くまで空間を渡って移動すると、それに答えた。

 

「ボクの魔法力を使い切っちゃった感じだけどね。あの悪霊を倒しておいた」

 

「いや、だからどうやって……? 霊をどうにかするには精神干渉で説得するか、不快感を与えるくらいしかできないはずで、あんな風に『倒す』なんてこと――」

 

「あれも一種の精神干渉だよ。鈴音さんのやった『不快感を与える』っていうのに近いかな。『霊の精神を引き裂く』という干渉をしたんだよ」

 

「それって……、成仏させたんじゃなくて……」

 

「そう。消滅――世界そのものから消し去ったの。もちろん成仏させるための『浄化』の術も存在するけど、あれは魔法力を多く使うからねぇ。今回は使えなかったんだ。それにこれが一番手っ取り早い倒し方だしね」

 

 なぜか絶句している鈴音さん。しばしして彼女の口にした言葉には、驚くべきことに少し非難が込もっていた。

 

「ニーナさん。悪霊だって成仏すれば転生(てんせい)して――」

 

 ニーナさんはうんざりした表情になって鈴音さんのセリフをさえぎる。

 

「それよりも、ダークマターをなんとかするほうが先じゃない? まだ滅びたわけじゃないんだし……」

 

 見るとダークマターは確かにまだ滅びていなかった。明確な殺意が、おそらくはケイに向けて発せられている。

 

「まだだ……。まだ我は滅びん……。我はまだ在り続ける……。世界を滅ぼすその瞬間(とき)まで在り続ける……」

 

 そこに冷淡な声が浴びせられた。ケイの声だった。

 

「――いい加減にしろよ」

 

 その表情を見る。明らかに怒っている表情だった。なにか、大切な物を傷つけられそうになった者の――なにかを護りきれなかった自分に対する怒りを覚えている者の表情だった。

 

「滅びたい、死にたいっていうなら止めないさ。それを止める権利なんて誰も持ってない。生きたい、在り続けたいと思うのも勝手だ。それは正常な思考だ。でもな――」

 

「黙れ! 小僧!」

 

 ――ちょっ……! 本当に黙ったほうがいいって! ケイ!

 

「誰かを傷つけたいから生きたいなんてのは、死にたいっていうのよりもっと悪い。はっきり言って最低だ!」

 

「黙れと言っている!」

 

 残り少ないと思われる魔法力を消費して黒い波動を放つダークマター。

 

「蛍!」

 

 鈴音さんの悲痛な声が夜の街にこだまする。

 

 しかし、僕たちが目を背けるその前に、波動はケイの身体を直撃する直前でわずかに逸れた。

 

「な……?」

 

 思わず、といった感じで声を洩らすダークマター。波動はケイのアパートのほうに飛んでいき、壁に当たるとなにを破壊するでもなく霧散した。

 勢いで、なのか、一息にダークマターと距離を詰めるケイ。そして、僕に向かって叫ぶ。

 

「マルツ! こっちに<呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)>を撃ってくれ!」

 

「は!? ケイ、一体なにを考えて――」

 

「いいから、早く!」

 

 僕はその声に急かされて早口で呪文を唱えた。

 

 再び黒い波動を放とうとするダークマター。

 

 それをケイはまばたきもせずに、冷ややかな瞳で見るともなしに眺めている。

 

 そして――僕の呪文が完成した。

 

呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)っ!」

 

 ダークマターのほうに向かって放つ!

 

 けど『霊王(ソウル・マスター)』の力を借りたあの術はケイの能力効果範囲に入った途端、物質化してしまう。ケイはそれを知っているはずだ。

 

 一体、どうするつもりなんだ? ケイ。


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