いつまでもあなたのそばに   作:ルーラー

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第十六話 再会、共闘、人間、魔族(前編)

○???サイド

 

 

 一体――私はなにをやっているのだろうか。

 

 私はただ彼の――式見蛍の力を見極めたかっただけだというのに。

 

 そして今の状況は、まさにその絶好の機会だというのに。

 

 ――彼らだけで『闇を抱く存在(ダークマター)』を倒せるか否か。

 

 それによって式見蛍の価値を見極めれば、それで済むことなのに。

 

 ああ――それなのに。

 

 なぜ私は――共に戦おうとしているのだろう。

 

 なぜ私は――彼を助けるようなことをしているのだろう。

 

 ちょっかいをかけるとはいっても、彼を助けるような行動をするつもりはなかったのに――。

 

 ――本当に、なぜだろう。

 

 私は人間ではないのに――しかし、その行動は人間と同じく矛盾に満ちている。

 

 私は人間ではないのに――おそらく人間と同じ本能を持っている。

 

 きっと――それが私にとっての不幸だったのだろう。

 

 そうに――違いない。

 

 ただひとつ――確かにいえることは。

 

 私は彼の価値を見極めることを放棄しようとしている――。

 それだけだった。

 

○神無鈴音サイド

 

 

 『魔風神官(プリースト)シルフィード』。

 そう呼ばれた女性が軽く肩をすくめて言う。

 

「別に特別な理由はないわ。ただ『なんとなく』よ」

 

 それに返すのはどこか態度の硬いニーナさん。どうしてそんな態度をとるのかは分からないけれど。

 

「へえ。なんとなく、ねぇ」

 

「私の性格はあなたが一番よく知っているでしょう? ナイトメア」

 

「昔ならそうだっただろうねぇ。でもいまのキミは昔と比べてずいぶんと変わったようだから」

 

「本質は変わってないわよ。生命(いのち)あるものを見れば放っておけなくなって滅ぼし、上からの――『魔風王(ダーク・ウインド)』様や『漆黒の(ブラック・スター)』様からの指示がない限りは自分がもっとも楽しめるように動く。――おっと」

 

 ダークマターの放つ黒い波動を、はたくようにして再び霧散させるシルフィードさん。

 

「あまり悠長に立ち話もしていられないんじゃない? さっさとどう動くか決めないと」

 

 それもそうだ。相手が魔族だからかニーナさんは警戒してるけど、ダークマターをなんとかするのに協力してくれるというのだから、これを断るという選択肢は存在しない。ならシルフィードさんにはどう動いてもらうのがいいか、すぐにでも考えるべきだった。

 その辺りのことは当然ニーナさんも理解しているのだろう。すぐにうなずく。

 

「……そうだね。じゃあシルフィード、ボクと二人でダークマターの注意を鈴音さんから逸らそう。話はその間でも出来るし。――鈴音さん、ダークマターの攻撃はボクたちが抑えるから、その間にヤツから悪霊を引き剥がす役、よろしくね」

 

「――え……ええっ!? 私が!?」

 

「正直、他にテはないからね。じゃあ頼んだよ!」

 

 言うと同時、空間を渡ってダークマターとの距離を一気に詰めるニーナさん。それにシルフィードさんも続く。

 

 頼んだよ、と言われても正直困るのだけれど、いまはやるしかない状況のようだった。

 

 私は(ふだ)を一枚取り出し、精神集中を始める。

 ダークマターに――いや、その中に居る悪霊に干渉し、少しずつその霊力を削り取っていく。

 瞳を閉じて行っているわけではないので、当然、ニーナさんとシルフィードさんの姿は視界にあるし、彼女らの会話も聞こえてくる。

 

「で、キミのその矛盾した行動は一体どういうわけかな?」

 

「――矛盾……? 私の行動のどこに矛盾があるっていうの?」

 

「だって、ケイくんたちも生命(いのち)あるものだよ。滅ぼそうとはしないの?」

 

「……彼以外の人間ならともかく、彼を殺すのは正直、惜しいわ。だって彼、面白い能力を持っているもの。予想できないなにかを――こう、面白いことを起こしてくれそうじゃない?」

 

「ふ~ん。キミ、本当にそう思ってる? ボクにはどうも言い訳っぽく聞こえて仕方ないんだよね。面白いことを起こしてくれそう、なんて理由で動く性格だっけ? キミ。――違うよね。面白いことが起こっているところを傍観するか、あるいは絶対に面白いことに発展するって見極められるまでは――今回で言えばダークマターをケイくんたちが自力で倒すまでは、彼と関わろうとはしないはずだよね?」

 

「…………」

 

 シルフィードさんは無言でニーナさんから目を逸らす。

 いまの話を聞いて思ったのだけれど、ひょっとしてシルフィードさんは私たちのことをどこかで見ていたのだろうか。そしてニーナさんの言葉から察するに、シルフィードさんには私たちを助けるつもりなんてなかった……?

 

 ニーナさんがまるで糾弾するかのような口調でシルフィードさんに続けて尋ねる。

 

「そもそも、さ。さっきケイくんをかばったのはなんで? しかもボクが見た限り『とっさに』って感じだったし。――キミは誰かをかばうような性格じゃない。笑って見捨てるタイプだよ。本質が変わってないのならそれだって変わってない。――違う?」

 

「……言ったでしょう。『なんとなく』だって。本当に本質は変わってないわよ。ただの気まぐれ。それだけのこと」

 

 どこか苦しそうに小さく呟くシルフィードさん。この会話がすべてダークマターの攻撃をかわしながら行われているのだから、正直、驚く。しかも私に当たりそうな軌道のものは必ずはじき散らすという徹底ぶり。

 

「気まぐれ、ねぇ……」

 

「なに、その含みのある言い方は」

 

「うん? いや、ボクもかつて似たようなことをしてたなあって思って、ね」

 

「『聖戦士』たちの――ミーティアさんのこと?」

 

「そう。自分のことを理解してほしいのに、彼女に助けてほしいと思っていたのに、素直にそうとは言えなくて。これはただの気まぐれだ、なんて自分に言い訳してはミーティアさんたちに何度もちょっかい出して。そんなかつてのボクといまのキミが、なんとなく重なって見えてね」

 

「――だから……? もしかして私もそうなんじゃないか、とでも思っているの?」

 

「うん。思ってる。間違いなくキミはケイくんになんらかの『救い』を求めてる。でないとキミがケイくんをかばったことの説明がつかないからね」

 

「ふざけないでもらえるかしら? 人間如きに『救い』を求めてる、ですって? 高位魔族の私が? そんなわけが――」

 

「そうじゃないのなら、キミの行動は魔族らしくない矛盾に満ちているってことになる」

 

「…………」

 

「それにね、シルフィード。人間っていうのは意外とすごいんだよ。あるときには『漆黒の王(ブラック・スター)』の一部を完全に滅ぼしてみたり、あるときには『漆黒の王(ブラック・スター)』の本体を滅ぼしかけてみたり、またあるときには『闇を抱く存在(ダークマター)』を滅ぼしかけてみたり、とね。なにより『界王(ワイズマン)』の心を救ったのが、そのキミの言うところの『人間如き』だし」

 

「それは『聖戦士』だったから――」

 

「『聖戦士』だったからやれたんじゃない。それをやれたから『聖戦士』と呼ばれるようになったんだよ。誰だって生まれたときから英雄だったんじゃない。だからこそ、人間は――生命(いのち)あるものは無限ともいえる可能性を持っているんだよ」

 

「それなら……なぜ私は生命(いのち)あるものとして創られなかったの? いえ、どうして……そう創ってくれなかったの? 無限の可能性を持つ存在として……」

 

「……シルフィード。やっぱりキミ、まだボクのこと憎んでる?」

 

「――当たり前よ。あなたのことを憎んでいない存在(もの)なんて、神族にも魔族にもいない……」

 

 悲痛な声でシルフィードさんはそう言葉を締めくくった。

 

 しかしなんでニーナさんが――『界王(ワイズマン)』が神族にも魔族にも憎まれているんだろう。『界王(ワイズマン)』はそのどちらをも創った存在――言うなれば生みの親なんだから、感謝されることはあっても憎まれるハズはないと思うんだけど……。

 やっぱり私の知らない過去があるのかな。あるいは私には想像も出来ないなにかがあるのかもしれない。

 

「ああもう! うっとうしい!」

 

 黒い波動をかわしたシルフィードさんがやりきれなさを吹っ飛ばすかのように腕を振るう。その数瞬あと、ダークマターの足元の地面が砕けた。どうやら一番最初にダークマターの放った不可視の衝撃波より数倍威力が上のものを放ったようだ。

 もっとも、あくまで威嚇(いかく)のための一撃だったようで、ダークマターに当てる気はないみたいだけど。

 

「なに避けてるのよ! ちゃんと当たりなさいよ!」

 

 いや、どうやら当てるつもりで放ったようだった。なんだかニーナさんと話しているうちに少しヒステリックになってしまったようだ、シルフィードさん。あるいはこれが地なのかもしれない。

 

 八つ当たり気味に次々不可視の衝撃波を放つ彼女。それは風のはじけるような音とともに、あるいはダークマターに、そしてあるいは周囲の地面に激突する。

 

 いま気づいたのだけれど、あの不可視の衝撃波の正体は高圧の風の塊ではないだろうか。あ、でもそれだけでダークマターにダメージを与えられるとも思えないから、シルフィードさんが風に自分の『力』を込めているのかもしれない。

 精神を集中させながらもそんな考察を私がしていると――

 

「しまった!」

 

 指先がわずかにかすったものの、黒い波動をはじき散らしきれずニーナさんが声をあげる。そしてその波動は一直線に私のところに向かってくる!

 もちろんニーナさんの指先が触れていたのだから多少なりとも威力は落ちているだろう。でも私は悪霊に干渉している真っ最中。干渉をやめないとその場を動くことも出来ない。かといって当たったら当たったでやっぱり干渉し続けることは出来ないだろう。いや、そもそもあの波動に当たって生きていられるのかどうか、非常に疑問だ。

 

 そんな風にのんびり思考を巡らせていたわけではないけれど、結果、私はその場を動かなかった。いや、動けなかったと言うほうが正しいかな。本家での修練の賜物(たまもの)か、精神集中を解くことこそなかったけれど、そんなものは焼け石に水だ。いや、焼け石に水をかけるほうがまだマシだろう。だって、一瞬なら冷めるのだから。でもいまの私はほんの少しも、半歩さえも動くことが出来なかった。

 

 時間が妙にゆっくりと流れる。その時間の中で少しずつ、でも確実に、私の命を奪うだけの威力を持っていると思われる黒い波動は私に迫ってくる。

 

「鈴音さん!」

 

「神無!」

 

 引き伸ばされた時間の中で聞こえるユウさんと真儀瑠先輩の声。ああ、蛍の声がないのが正直、残念かも……。

 そんな、自分でも呆れる思考をした直後。

 

 突如として私の視界に銀色の閃きが飛び込んでくる。そしてそれを持つ少年の姿も。それは私のよく知る少年――式見蛍と、彼の能力で創られた武器――霊体ナイフだった。

 

 蛍は自分の魂から創りだしたそのナイフで黒い波動を斬り裂く!

 

 瞬時に霧散する黒い波動。すぐ元に戻る引き伸ばされていた私の時間。

 そして、聞こえる蛍の声。

 

「鈴音! 大丈夫か!?」

 

「……う、うん。なんとか……」

 

 そう口にしてから初めて身体に震えが走る。それにしても、よくこんな状況になってまで悪霊への干渉を解かずにいられたなぁ……。

 ナイフを能力効果範囲の外に投げ捨てながら、安堵の息を突く蛍。

 

「そうか……。よかったぁ……」

 

 その言葉に思わず一瞬、気が緩みそうになった。気を抜いて、精神集中を――悪霊への干渉をやめてしまいそうになった。それほどに、その一言は嬉しいものだった。

 私は緩みそうになった気を引き締めて、悪霊への干渉を続ける。だいぶ相手の霊力は弱まってきたようだ。あともう少しで私にも引き剥がせるくらいまで霊力を弱められるだろう。

 

 ふと目をやると、ニーナさんとシルフィードさんが口ゲンカをしていた。

 

「まったく……。なにヘマをやらかしてるのよ、ナイトメア」

 

「しょうがないじゃん! 誰だって失敗はするよ! 大体いまのボクは普段と比べてまったく力が出せない状態なんだから!」

 

「言い訳を聞く気はないわよ。――そもそも、仮にもダークマターと呼ばれている存在(もの)をたったの二人で抑えよう、なんて発想自体がムチャなのよ」

 

「うわっ! まさかの作戦全否定!?」

 

「実際、『闇を抱く存在(ダークマター)の欠片』にしてはムチャクチャしぶといし」

 

「まあねぇ。――ねえ鈴音さん、まだかな?」

 

 私はそう言われたとき、この作戦のある問題点に気づいた。気づいてしまった。

 いくら私が霊力を削いでも、それだけでは悪霊を引き剥がすことが出来ない、という最大の問題点に。

 

 おそるおそるそれを言う私。もちろん精神集中は切らさないようにしながら。

 

「あの……、いまのままじゃ悪霊を引き剥がすのは不可能なんですけど……」

 

「ええっ!?」

 

「なんですって!?」

 

「鈴音さん、どういうこと?」

 

 同時にこちらを向くニーナさんとシルフィードさん。

 そして説明しやすいように促してくれるユウさん。

 

「えっと、つまりね。いまの状況だとダークマターは割と自由に動き回っているから、引き剥がそうにも悪霊の本体を完全には捉えられないの。霊力を削ぐだけなら悪霊のどの部分に干渉しててもいいけど、引き剥がすとなるとダークマターと悪霊の結合部分――つながっているところに干渉しないと不可能、というか……。あ、本来なら引き剥がしやすいように最初からその部分に干渉するし、そのためにとり憑かれた人を拘束しておく――」

 

「要するにどうすれば引き剥がせるんだ? 鈴音」

 

 また蛍に説明をさえぎられてしまった。

 

「え……、えっとね。要は数秒間でいいからダークマターの動きを完全に止めてくれればいいんだけど……」

 

「いくらなんでも二人でそれは出来ないわよ。相手は仮にもダークマターなんだから。もう少し人手があれば順番に攻撃して動きを止めるってテが使えなくもないけど」

 

「ですよね……」

 

 シルフィードさんのもっともな言葉に、私は思わずうつむいてしまう。

 と、そこで蛍が一歩前に出た。

 

「僕がやるよ。僕ならアイツにダメージを与えることもできる」

 

 確かにそれはそのとおりだ。蛍は《顔剥ぎ》を倒したとき、『ボウガンの矢にワイヤーをつけて遠距離から攻撃する』という戦法をあみ出した――らしい。そのとき私は気を失っていたから、その瞬間をしっかり見たわけではないのだけれど。

 

 まあ、その戦法をとれば蛍は充分にダークマターの動きを止めることができるだろう。

 でも、私は蛍の腕をつかんで行かせないようにした。

 

「駄目よ、 蛍! あなたは既に一度武器を創って消耗してる! 威力が下がってるだろうことは、足止めのための攻撃なんだからまだいいとしても、あなたが霊力を過剰に使用した場合どうなるか、蛍はもう知っているでしょ!?」

 

「…………」

 

 蛍は私が強い口調で言った言葉に一瞬表情を強張らせ、ついで悔しそうに唇をかむ。

 

 いままでほとんど戦いに参加していなかったのに、いま彼が『やる』と言ったのは、私がダークマターの攻撃でやられそうになったからだろう。おそらく、ではなく、自惚れでもなく、私はそう思った。――いや、思った、というのは違うかな。『思った』じゃなくて、私は彼がそう考えたのを――そう考える人間であることを知っていた。

 《顔剥ぎ》との戦いのとき、私が気絶したあと蛍は『見たことないくらいに怒った』そうだから。あ、これは私が目を覚ましてからユウさんから聞いたんだけど。

 

 ――そう。彼はきっと私だから『見たことないくらいに怒った』というわけではないのだろう。あのとき他の誰がやられても、彼はおそらくそうなったはずだ。だって、あのときその場にいたのは誰もが蛍にとって『大切な人』だったのだろうから。そして蛍はその『大切な人』を、例え自分の命を捨てても護りたいと思う人間だろうから。

 

 だから、おそらく蛍は霊力の過剰使用によるリスクのこともちゃんと頭にあって、それでもなおダークマターを放っておけずに、足止め役を買って出ると言ったのだろう。

 しかし、それを私は黙って見過ごすわけにはいかなかった。だって、黙って見過ごすなんて出来るわけないじゃない。ことは蛍の命そのものに関わるんだから。

 

 もっとも、もうここに戦力になる人間なんていないことも、また、事実だった。ユウさんは(ニーナさんが言うには)ほとんど魔法力が残ってないらしいし、仮に残っていてもユウさん自身は魔法を使うことは出来ない。真儀瑠先輩も真儀瑠先輩で、ダークマターの姿は見えるらしいけど、有効な攻撃手段なんてなにひとつ持ってない。私は私で動くわけにはいかないし。

 

 けど、だからといって唯一攻撃手段を持っている蛍に頼むのはイヤだった。霊力をまったく使っていない状態の蛍にならまだしも、既に霊力を消費している彼に足止めをしてもらうというのは、私には絶対に選べない選択肢だ。というか、蛍は私を護って霊力を消費したのだから、私はその選択肢を選んではいけない。

 

 ――でも、他にどんな選択肢があるというの……?

 

 そんな考えが頭をかすめ、私にはやっぱりどうすることもできない、と半ば諦めかけたときだった。

 

 夕日も沈んで夜の闇に満たされていたその空間が、縦に長い長方形の光を放つ!

 

 これはまさか――『刻の扉』!?

 

 そしてそこから現れたのは、つい数時間前に自分の世界に帰ったはずの少年だった――。


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