○ファルカス・ラック・アトールサイド
(――と、こんな感じでいい?)
サーラが<
オレたちは目の前の魔族――フィーアに気づかれないよう、そうやって簡易作戦会議を開いていた。まあ、サーラはうつむいて目を閉じているので、端から見ると彼女の姿は降伏しているように見えるかもしれないが。
(サーラ、ちょっとムチャなところが多すぎないか? お前らしくもない)
オレの意識を読み取り、それにサーラが自分の思いを伝えてくる。
(なに言ってるの。ファル、普段はこれくらいのムチャ、当たり前にやってるじゃない)
実はこの術、別にオレがなにかしているわけではなく、サーラが勝手にオレの考えていることを読み取っているだけだったりする。なので、当然うかつなことは考えられない。
(……ファル? くだらないこと考えてないで、そろそろ実行に移したほうがいいんじゃない?)
ほら。
(『ほら』って、なにが?)
あー、やっぱりやりにくいなぁ、<
まあ、それはともかく。
(よし、じゃあ始めるぞ)
(うん。気をつけてね)
こっちにばかり危険を背負わせる作戦立てておいて、なにをいまさら……。
(ファル、なにか言った?)
(いや、なにも)
さて、じゃあ始めるとするかな。
オレは口の中で小さく呪文を唱え始めた。サーラも、また。
そこに聞こえてくるフィーアの声。
「さて、一番手ごわそうなのはあなたですからね。『
おいおい、オレからかよ。まあ、こんなピンチに陥っているのは誰のせいかと問われたら、フィーアを甘く見たオレのせいなんだけどさ。だからまずオレから狙われるのは自業自得ともいえる。
しかし、だからといっておとなしく殺されてやるつもりはない。
「
実はオレは回復呪文を一切使えない。サーラがその系統の術の
だからオレはせめてこの<
<
オレは素早く後ろにとび退ると、続けて早口で呪文を唱えつつサーラのほうを見やった。サーラのほうの呪文の詠唱は――くそっ、まだ終わってないか。大がかりな術なものだから唱えるのにも時間がかかっているな。
オレは唱え終えた術をフィーアに向けて放つ!
「
赤みがかった光球がフィーアに向かっていって直撃、中程度の爆発を起こす!
う~ん、オレの放った<
爆炎収まりやらぬうちにフィーアの嘲笑が耳に届く。
「恐怖で狂ってしまいましたかな? 物質を介した精霊魔術など、精神生命体たる魔族に効くはずがないのは知っているでしょう?」
言われなくてもそれくらい知っていた。具現させるのに魔力を介していようと、しょせん火は火だ。効くはずがない。
そして、オレもいまのでダメージを与えようとは思っていない。いまのはただの目くらましだ。
さて、あとは――。
「すべての滅びを望みしもの
消えぬ絶望を背負うもの
皆が知る 大いなる汝の存在において
我 汝の持つ
汝の力の
その
ひとつになりて
共に滅びを
よし、これでこっちは準備OK。サーラのほうは――
「
さすがサーラ! タイミングぴったり!
サーラの声がしたと同時にフィーアの姿がかき消える!
そしてすぐさまオレの後ろに現れる殺気!
オレを盾にサーラの術を防ごうというつもりなのだろうが――甘い! <
さらに言うならこの術、人間やエルフ、竜などにはまったく効果を及ぼさない! つまり、オレにダメージはまったくない!
「――があぁぁぁっ!?」
周囲一帯を蒼白い光が淡く包み込むと同時に、フィーアの苦鳴の叫びが辺りに響いた!
おしっ! 効いてる!
ちなみに、魔族と戦うときにはちょっとしたコツがある。
端的に言うなら、短期決戦、一撃必殺、不意を突く、である。
そしていま、まさにサーラは油断していたフィーアの不意を突いてみせた。
あとはヤツが立ち直らないうちにさらに不意を突いてとどめを刺す!
空間を渡ったフィーアがオレの背後に現れるであろうことは予想のうち。
なので、オレは身をひねって振り返りつつ、唱えた呪文を発動させる!
「
『
さらに言うなら、いまオレの使っているこの<
ぐらりと、地面が揺れたかのような錯覚に陥った。腕にも、脚にも力が入らない。
くそっ! 不完全なものですら、ここまで消耗が激しいか!
目の前にはフィーアの姿。オレは気力を振り絞って闇の――いや、虚無の刃を突き出した!
振りかぶって斬りつけるなんてことはできない。そんな悠長なことをやっていたらとても魔法力がもたない。
そして――手には何の手応えも伝わらずに。
オレの虚無の刃はフィーアの胸元を貫いていた――。
○マルツ・デラードサイド
<
それが――下級魔族フィーアの最期だった。
フィーアを貫いた虚無の刃は、刹那の間をおいてファルカスさんの手から消え去る。ファルカスさん自身も力尽きたようにその場にへたり込んだ。
そしてそれは師匠も同じ。二人とも、ギリギリのギリギリまで魔法力を使ったようだった。
そこで僕はハッとする。
人間には――というより、
そして、魔法力を本当の意味で使い果たした者は衰弱して死に至る。
そうならないよう
「お~い、マルツ~」
ファルカスさんの僕を呼ぶ声がした。どうやら彼は大丈夫なようだ。本当に『生命維持の魔法力』まで使ってしまった人間は、声を出すことも出来ないというから。
傍らの師匠を見てみる。
すると師匠は肩で息をしながらもニッコリと笑って見せた。うん。師匠もこれなら大丈夫。
僕はファルカスさんのところへ走って行った。
「悪い。回復呪文かけてくれ。いつ<
「あ、ハイ」
ファルカスさんの傍らにかがみ込んで僕は呪文の詠唱を始める。キズはそれほど酷くないから初歩の回復呪文<
「
呪力を集中させた掌をキズ口にかざし、僕は口を開いた。
「それにしても、ファルカスさんの切り札は確か、『
「ああ。以前はそうだった。でも最近ようやく<
「あの術は『虚無の魔女』の専売特許じゃありませんでしたっけ? 勝手に使って怒られません?」
「いくらなんでも怒られはしないだろ。それにミーティアの専売特許は不完全なこの術じゃない。完全版の<
――<
<
はっきり言って、魔道士うちではあまりその術の名は口にされない。なぜなら、威力が強大すぎて恐ろしくさえあるから。『
「それにしても、あの詠唱文を聞いてるとやっぱり『
あ、でもちょっとひどいと思いません? 全知全能の代名詞である
「ちょっと待て」
ファルカスさんが手を振って僕の言葉をさえぎってきた。
「お前、ニーネ――『
「――え?」
「いいか。『
○ニーナ・ナイトメアサイド
「永くすべてを見守るもの
すべての
皆が知る 大いなる汝の存在において
我 汝の持つ
汝の力のすべてである光よ
我が
希望の
一般的にボクは全知全能であると勘違いされることが多いけど、決してそんなことはなかったりする。
『
――あれは光と闇、聖と魔、生命と死、起源と終末、調和と対立、それら全てを
生み出されし世界。
全ての滅びを望み続ける
輝く光。深き闇。見え隠れする希望。消えることのない絶望。
己の夢の中に全てを生み出せし
生み出されし
すなわち――『
――と。
「
開放された呪力はボクの――ユウさんの両の掌の中で虚無の刃を形作る。
これでダークマターにまともに一撃を入れられれば、おそらくはこちらの勝ち!
――そう。ボクは決して全知でも全能でもない。世界を――『
ボクは――創られた側だ。そう書物にも記されている。ちゃんとあれを解読すればそう書いてあることに気づけるはずだ。
すなわち、『あれは光であり、闇であり、聖であり、魔であり、そしてなにより、生み出された世界である』――と。
誰に創られたのかは分からない。誰の意図も働いていない可能性だって高い。
ただ――ボクはビッグバンという名の大爆発によって誕生した。
虚無の刃に吸い取られるかのように、魔法力がどんどん消費されていく。そのくせ威力は不完全な<
横薙ぎに払った刃は、しかしダークマターをわずかに捉えられない。
――ボクは光であり、闇であり、聖であり、魔でもある。だからこそ、神族と魔族を創りだせたのだろう。
けれど、ボクは――ボクの心の在り方は、造物主には程遠い。
正しい心と間違った心を同時に持っていたボクは。
消えることのない絶望を胸に生きてきたくせに、希望を捨てることが出来なかったボクは。
結局、『強大な力を持って生まれてきてしまった人間』に他ならないのではないだろうか。
ボクの心は『人間』以上でも以下でもないのではないだろうか。
きっと造物主は、希望を抱いて苦しくなることも、絶望に直面して、すべての滅びを望むようなこともないだろうから。なにより――ボクのように『孤独』なんて感じないだろうから――。
一気にダークマターに迫る!
虚無の刃を縦に振り下ろす!
――捉えた!
そう思った瞬間――虚無の刃が両の手の中から消失した!
空振りして少しばかり隙ができてしまったけれど、ダークマターの放ってくる黒い波動はなんとか身をひねってかわす。そのままバックステップして距離をとった。
空間を渡ってかわすことはできない。ユウさんの身体(?)に憑依しているからだ。
それにしてもなんで虚無の刃が――あ、そうか! ユウさんの魔法力が尽きたんだ!
おそらく、『生命維持の魔法力』までは使い果たしていないだろうけれど。
それはそれとして、正直、ボクの魔法力も残り少ない。高位の呪文は唱えたところで発動しないだろう。
状況は、絶望的なものとなった――。