いつまでもあなたのそばに   作:ルーラー

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第十四話 ありふれた手法(中編)

○ファルカス・ラック・アトールサイド

 

 

(――と、こんな感じでいい?)

 

 サーラが<通心波(テレパシー)>を使ってオレの精神に直接話しかけてくる。

 オレたちは目の前の魔族――フィーアに気づかれないよう、そうやって簡易作戦会議を開いていた。まあ、サーラはうつむいて目を閉じているので、端から見ると彼女の姿は降伏しているように見えるかもしれないが。

 

(サーラ、ちょっとムチャなところが多すぎないか? お前らしくもない)

 

 オレの意識を読み取り、それにサーラが自分の思いを伝えてくる。

 

(なに言ってるの。ファル、普段はこれくらいのムチャ、当たり前にやってるじゃない)

 

 実はこの術、別にオレがなにかしているわけではなく、サーラが勝手にオレの考えていることを読み取っているだけだったりする。なので、当然うかつなことは考えられない。

 

(……ファル? くだらないこと考えてないで、そろそろ実行に移したほうがいいんじゃない?)

 

 ほら。

 

(『ほら』って、なにが?)

 

 あー、やっぱりやりにくいなぁ、<通心波(テレパシー)>でのやり取りって……。

 まあ、それはともかく。

 

(よし、じゃあ始めるぞ)

 

(うん。気をつけてね)

 

 こっちにばかり危険を背負わせる作戦立てておいて、なにをいまさら……。

 

(ファル、なにか言った?)

 

(いや、なにも)

 

 さて、じゃあ始めるとするかな。

 オレは口の中で小さく呪文を唱え始めた。サーラも、また。

 そこに聞こえてくるフィーアの声。

 

「さて、一番手ごわそうなのはあなたですからね。『悪魔殺し(デモンズ・キラー)』。あなたから死んでいただくとしましょう」

 

 おいおい、オレからかよ。まあ、こんなピンチに陥っているのは誰のせいかと問われたら、フィーアを甘く見たオレのせいなんだけどさ。だからまずオレから狙われるのは自業自得ともいえる。

 しかし、だからといっておとなしく殺されてやるつもりはない。

 

病傷封(リフレッシュ)

 

 実はオレは回復呪文を一切使えない。サーラがその系統の術の専門家(エキスパート)なものだから、学ぶ気が起きないのだ。けど動けないくらいダメージを負ったときにそれでは、当然、困ることになる。

 だからオレはせめてこの<病傷封(リフレッシュ)>を覚えた。

 <病傷封(リフレッシュ)>はケガの痛みや病気・毒などの症状を押さえ込む白魔術だ。治すわけではない、応急処置のための呪文。時間が経てばいずれ効果は消える。けど、いまはそれで充分!

 

 オレは素早く後ろにとび退ると、続けて早口で呪文を唱えつつサーラのほうを見やった。サーラのほうの呪文の詠唱は――くそっ、まだ終わってないか。大がかりな術なものだから唱えるのにも時間がかかっているな。

 

 オレは唱え終えた術をフィーアに向けて放つ!

 

火炎弾(フレア・ショット)!」

 

 赤みがかった光球がフィーアに向かっていって直撃、中程度の爆発を起こす!

 

 う~ん、オレの放った<火炎弾(フレア・ショット)>、アイツの――アスロックの使うやつと比べると、やっぱり爆発力が弱い気がするな……。まあ、アイツの使う火の術の威力がケタ違いなだけなんだが。

 爆炎収まりやらぬうちにフィーアの嘲笑が耳に届く。

 

「恐怖で狂ってしまいましたかな? 物質を介した精霊魔術など、精神生命体たる魔族に効くはずがないのは知っているでしょう?」

 

 言われなくてもそれくらい知っていた。具現させるのに魔力を介していようと、しょせん火は火だ。効くはずがない。

 そして、オレもいまのでダメージを与えようとは思っていない。いまのはただの目くらましだ。

 さて、あとは――。

 

「すべての滅びを望みしもの

 消えぬ絶望を背負うもの

 皆が知る 大いなる汝の存在において

 我 汝の持つ虚無(うつろ)を扱わん

 汝の力の末端(まったん)である

 その剣身(けんしん)を我に預けよ

 ひとつになりて

 共に滅びを()き散らさん!」

 

 よし、これでこっちは準備OK。サーラのほうは――

 

破邪滅裂陣(ホーリー・グランド)っ!」

 

 さすがサーラ! タイミングぴったり!

 

 サーラの声がしたと同時にフィーアの姿がかき消える!

 そしてすぐさまオレの後ろに現れる殺気!

 オレを盾にサーラの術を防ごうというつもりなのだろうが――甘い! <破邪滅裂陣(ホーリー・グランド)>は広範囲にわたって破邪の結界を張り、魔の存在やアンデッドにのみダメージを叩き込む術! ちょっとやそっと移動したところで逃れることは不可能!

 さらに言うならこの術、人間やエルフ、竜などにはまったく効果を及ぼさない! つまり、オレにダメージはまったくない!

 

「――があぁぁぁっ!?」

 

 周囲一帯を蒼白い光が淡く包み込むと同時に、フィーアの苦鳴の叫びが辺りに響いた!

 

 おしっ! 効いてる!

 

 ちなみに、魔族と戦うときにはちょっとしたコツがある。

 端的に言うなら、短期決戦、一撃必殺、不意を突く、である。

 

 そしていま、まさにサーラは油断していたフィーアの不意を突いてみせた。

 あとはヤツが立ち直らないうちにさらに不意を突いてとどめを刺す!

 

 空間を渡ったフィーアがオレの背後に現れるであろうことは予想のうち。

 なので、オレは身をひねって振り返りつつ、唱えた呪文を発動させる!

 

聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)っ!」

 

 『界王(ワイズマン)』ナイトメアの力を借り、闇の刃と成す術である。しかし、これは禁術(きんじゅつ)。扱える人間はそうそういないし、仮に扱えても魔法力の消耗が激しく、なかなか使いこなすのは難しい。

 さらに言うなら、いまオレの使っているこの<聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>は『界王(ワイズマン)』のことを誤解して組み立てた不完全なものだったりする。完全版のこの術と比べると威力は十分の一ほどしかない。当然、魔法力の消費スピードも十分の一――のはずなのだが。

 

 ぐらりと、地面が揺れたかのような錯覚に陥った。腕にも、脚にも力が入らない。

 

 くそっ! 不完全なものですら、ここまで消耗が激しいか!

 

 目の前にはフィーアの姿。オレは気力を振り絞って闇の――いや、虚無の刃を突き出した!

 振りかぶって斬りつけるなんてことはできない。そんな悠長なことをやっていたらとても魔法力がもたない。

 

 そして――手には何の手応えも伝わらずに。

 

 オレの虚無の刃はフィーアの胸元を貫いていた――。

 

○マルツ・デラードサイド

 

 

 <聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>に貫かれたフィーアの身体は一瞬にして塵となり、風に吹かれて消えていった。

 それが――下級魔族フィーアの最期だった。

 

 フィーアを貫いた虚無の刃は、刹那の間をおいてファルカスさんの手から消え去る。ファルカスさん自身も力尽きたようにその場にへたり込んだ。

 そしてそれは師匠も同じ。二人とも、ギリギリのギリギリまで魔法力を使ったようだった。

 そこで僕はハッとする。

 

 人間には――というより、生命(いのち)あるものには誰にでも魔力と魔法力がある。特に魔法力は人間が生きていくためには必要不可欠のものだったりする。それは地球で会ったケイたちにも言えることだ。

 

 そして、魔法力を本当の意味で使い果たした者は衰弱して死に至る。

 そうならないよう生命(いのち)あるものは『生命維持の魔法力』と呼ばれる必要最低限の魔法力を本能的に残している――のだけれど、もしかしたら師匠もファルカスさんも必死になるあまり、その『生命維持の魔法力』まで使い果たしてしまったのではないだろうか。

 

「お~い、マルツ~」

 

 ファルカスさんの僕を呼ぶ声がした。どうやら彼は大丈夫なようだ。本当に『生命維持の魔法力』まで使ってしまった人間は、声を出すことも出来ないというから。

 

 傍らの師匠を見てみる。

 すると師匠は肩で息をしながらもニッコリと笑って見せた。うん。師匠もこれなら大丈夫。

 僕はファルカスさんのところへ走って行った。

 

「悪い。回復呪文かけてくれ。いつ<病傷封(リフレッシュ)>の効果が切れるか分からないからな」

 

「あ、ハイ」

 

 ファルカスさんの傍らにかがみ込んで僕は呪文の詠唱を始める。キズはそれほど酷くないから初歩の回復呪文<回復術(ヒーリング)>で充分だろう。

 

回復術(ヒーリング)

 

 呪力を集中させた掌をキズ口にかざし、僕は口を開いた。

 

「それにしても、ファルカスさんの切り札は確か、『魔王の翼(デビル・ウイング)』の一翼、『火竜王(フレア・ドラゴン)』サラマンの力を借りた<火竜剣(サラマン・ソード)>じゃありませんでした?」

 

「ああ。以前はそうだった。でも最近ようやく<聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>を習得してな。いまはそれが切り札だ。――まあ、使いこなすとまではいかないんだけどな」

 

「あの術は『虚無の魔女』の専売特許じゃありませんでしたっけ? 勝手に使って怒られません?」

 

「いくらなんでも怒られはしないだろ。それにミーティアの専売特許は不完全なこの術じゃない。完全版の<聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>と――<最後の審判(ワイズ・カタストロフ)>だ」

 

 ――<最後の審判(ワイズ・カタストロフ)>。

 

 <聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>と同じく『界王(ワイズマン)』ナイトメアの力を借りた魔界術だ。威力の程は、なんと世界そのものを消し去ることも可能だという。もちろん言うまでもなく禁術。

 はっきり言って、魔道士うちではあまりその術の名は口にされない。なぜなら、威力が強大すぎて恐ろしくさえあるから。『界王(ワイズマン)』の力を借りた術は確実に術者を破滅に導く、とまで言う魔道士だっているくらいだ。

 

「それにしても、あの詠唱文を聞いてるとやっぱり『界王(ワイズマン)』って魔王の中の魔王って感じですよね。……って、ニーネさんがいるところで言うことじゃないか……。

 あ、でもちょっとひどいと思いません? 全知全能の代名詞である界王(ワイズマン)――ニーネさんのことですけど――ならフィーアをどうとでもできそうなものじゃないですか。なのになにもしないで――」

 

「ちょっと待て」

 

 ファルカスさんが手を振って僕の言葉をさえぎってきた。

 

「お前、ニーネ――『界王(ワイズマン)』のことを誤解――っていうか過大評価しすぎてないか?」

 

「――え?」

 

「いいか。『界王(ワイズマン)』っていうのはな――」

 

○ニーナ・ナイトメアサイド

 

 

「永くすべてを見守るもの

 すべての幸福(しあわせ)を望むもの

 皆が知る 大いなる汝の存在において

 我 汝の持つ精神(こころ)を扱わん

 汝の力のすべてである光よ

 我が未来(みち)を切り(ひら)

 希望の(つるぎ)となり 今ここに!」

 

 一般的にボクは全知全能であると勘違いされることが多いけど、決してそんなことはなかったりする。

 『蒼き惑星(ラズライト)』に存在する、とある書物にちゃんと書いてあるはずだ。

 

 ――あれは光と闇、聖と魔、生命と死、起源と終末、調和と対立、それら全てを()べる存在(もの)

 生み出されし世界。

 全ての滅びを望み続ける存在(もの)

 輝く光。深き闇。見え隠れする希望。消えることのない絶望。

 己の夢の中に全てを生み出せし存在(もの)

 生み出されし存在(もの)達、この存在(もの)の夢から決して逃れることは出来ない。

 すなわち――『界王(ワイズマン)悪夢を統べる存在(ナイトメア)』。

 ――と。

 

 

聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)っ!」

 

 開放された呪力はボクの――ユウさんの両の掌の中で虚無の刃を形作る。

 これでダークマターにまともに一撃を入れられれば、おそらくはこちらの勝ち!

 

 ――そう。ボクは決して全知でも全能でもない。世界を――『蒼き惑星(ラズライト)』を創ったのはボクだって言う人間もいるけど、それだって本当は違う。

 

 ボクは――創られた側だ。そう書物にも記されている。ちゃんとあれを解読すればそう書いてあることに気づけるはずだ。

 すなわち、『あれは光であり、闇であり、聖であり、魔であり、そしてなにより、生み出された世界である』――と。

 誰に創られたのかは分からない。誰の意図も働いていない可能性だって高い。

 ただ――ボクはビッグバンという名の大爆発によって誕生した。

 

 虚無の刃に吸い取られるかのように、魔法力がどんどん消費されていく。そのくせ威力は不完全な<聖魔滅破斬(ワイズマン・ブレード)>とそう変わらないようだ。これは完全版のほうだというのに。

 横薙ぎに払った刃は、しかしダークマターをわずかに捉えられない。

 

 ――ボクは光であり、闇であり、聖であり、魔でもある。だからこそ、神族と魔族を創りだせたのだろう。

 

 けれど、ボクは――ボクの心の在り方は、造物主には程遠い。

 

 正しい心と間違った心を同時に持っていたボクは。

 

 消えることのない絶望を胸に生きてきたくせに、希望を捨てることが出来なかったボクは。

 

 結局、『強大な力を持って生まれてきてしまった人間』に他ならないのではないだろうか。

 

 ボクの心は『人間』以上でも以下でもないのではないだろうか。

 

 きっと造物主は、希望を抱いて苦しくなることも、絶望に直面して、すべての滅びを望むようなこともないだろうから。なにより――ボクのように『孤独』なんて感じないだろうから――。

 

 一気にダークマターに迫る!

 

 虚無の刃を縦に振り下ろす!

 

 ――捉えた!

 

 そう思った瞬間――虚無の刃が両の手の中から消失した!

 

 空振りして少しばかり隙ができてしまったけれど、ダークマターの放ってくる黒い波動はなんとか身をひねってかわす。そのままバックステップして距離をとった。

 空間を渡ってかわすことはできない。ユウさんの身体(?)に憑依しているからだ。

 

 それにしてもなんで虚無の刃が――あ、そうか! ユウさんの魔法力が尽きたんだ!

 おそらく、『生命維持の魔法力』までは使い果たしていないだろうけれど。

 それはそれとして、正直、ボクの魔法力も残り少ない。高位の呪文は唱えたところで発動しないだろう。

 

 状況は、絶望的なものとなった――。


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