「そうだった、趙雲さんの感じている壁について聞くんだったね。
趙雲さんの槍が軽いかどうか何だけど……本当に私が何か言っちゃって良いのかな?」
「劉備殿は敏い人であらせられる、私の試合を見て何か感じ取った事があったのではありませんか?
そしてあの二人からも劉備殿に聞けと言われております。
ですから些細な事でも構いませんので、気付いた、気になった、もしかしてと思われた点があるならば指摘して頂きたい」
「分かった、門外漢な部分もあるから頓珍漢な事を言ったらごめんね。
えーじゃあ早速本題、趙雲さんの槍が軽いかだけど、多分二人の武よりは軽いかも知れない」
「……理由は?」
「簡潔に言うと積んできた経験が違う、量ではなく質が全く違うんだ。
趙雲さんの槍は肉を切る術、つまり人を無力化する為の技を磨いてきただろう事は見てすぐ分かる。
自身が如何に疲れず傷付かず、如何に相手の動きを阻害したり武器を落とさせたりするかっていう安全圏から勝利する技術なんだよね。そういう対人試合や集団対集団で必要不可欠な技術を趙雲さんは極めてる。
試合なら武器が落ちた時点で終わりだし、集団戦闘でも腕一本武器一本落ちたらまず逃げるし、そこで終わり。安心安全安定の戦い方」
「ええ、まあ言われればそうですが、それが良くないと?」
「いやいや、否定するつもりはないし、それは正しい戦い方だ。義勇兵の皆に見習えというなら趙雲さんを手本にしてもらうよ。
ただ二人が磨いてきたのはそんな無駄のない高効率な戦い方じゃないって説明したいの。
二人、まあ私もだけど、私達が三人で七百人ぐらいいた盗賊団を討ち取った時」
「な、七百を討ち取った?! ああ、いや話の腰を折って申し訳ない」
「あはは、まあ三対七百は嘘っぽいよね。けど本当の話。
勿論平場で討ち取ったんじゃなくて、策を練って罠を張って相手の力を極力削いで成し遂げたんだけどね。
まあそれでも五十人ぐらいを何回かに分けて正面から戦わなきゃいけなくてさ、そんな時の戦い方って趙雲さんの戦い方じゃあ圧殺されちゃうんだ。
武器を落としても相手は数が多いから徒手空拳でも挑みかかってくるし、多少不利になっても三人相手に逃げられないって面子みたいのが邪魔して多少傷を負ったぐらいじゃあ逃げないの。
そんな中で磨かれる戦い方って骨を絶つ戦い方なんだよね。
一撃で素早く相手の意識と命を刈り取る戦い方をしないと他に負担がいっちゃう。
だから見切りは天禀があって経験を積んでいたとしても稀に失敗しちゃうような紙一重の深さで行う。足や手を切り落としても無事な方で何かされちゃうから攻撃は頭部破壊や首や胴体の切断に偏る。平場で戦うのを嫌って屋内では壁を、外では岩なんかを背にして戦う事が多いんだけど、そんな場所で武器を振るうのに慣れちゃって曲芸みたいな戦い方も覚えたんだ。
まあそういう訳で、軍で行うような真っ当な集団戦闘では無駄な技術ばかりなんだけど、歪でも戦闘技術ではあるから完全に無駄にはなってないんだよね。
だからあの子達の攻撃は、無駄に重いでしょう?」
「……ええ、確かにそうですな」
「二人が貴方の槍が軽いと言ったのはそう言った面があったと思うよ」
「ならば二人と同じ経験をすれば」
「不測の事態に対する備え程度に訓練するのは良いけど、本格的な鍛錬とするのはやめといた方が良いかな。
繊細さと荒々しさを共存させるなんて無理難題だし、間違いなく試行錯誤中は槍が鈍る。二兎を追えるほど武って浅い物じゃないでしょ? って、私が言えた義理は無いんだけど。
そもそも優劣がある訳じゃないしね。
趙雲さんの戦い方は戦闘終了が早い上にこっちの損害が減る。妹二人の戦い方は相手に精神的な恐怖を与えて心を折りやすい。どちらにも有効な点があるから強制する必要もないし」
「理屈は解りました。ですが、それだけですか?」
「試合を傍から見ている分にはその程度かな」
締めくくろうとして、しかし彼女の目線は鋭い。私は少し気合を入れて続きを話しだした。
「……これから後は推測なんだけど、多分あの二人から見ると趙雲さんの槍って宙に浮いてるように見えてるんじゃないかな」
「宙に?」
「その事についてはもう趙雲さんも分かってる筈」
「それは、どういう」
「貴方は主に我が槍を預けたいと言った。それは槍を自分の命と同等と言ってるって事だよね。
なら何で槍が軽いと言われて恨まず、羨む心境になるの? 命の軽重を問われているんだよ?
貴方の気質からして間違った事を言われたら強く反発する筈なのに、許した。
それは槍をどうでも良いと思い始めているからか、自分の痛い部分を突かれたからか、どっちかしかない。その後に勝負を挑み続けたんだから理由は明らかに後者だと思うんだけど……まだ分かっていない振りをする?」
「……いいえ、大丈夫です。劉備殿の言は全て正論だ、反論の余地はない。
認めねばなりますまい。私はあの少女達よりも心が弱いのだと。
半ば認めていた事実をまさに突きつけられた訳だが……それを受け入れて、私は壁を超える事が出来るのだろうか」
「出来ると断言する。趙雲さんは素養は大陸屈指だと思う。良く強さの指標として心技体の充実っていうけど、その内の技と体は既に極まってる。後は技と体を引き出す心の部分の隙を無くせば、絶対二人と対等かそれ以上になれる」
「断言までしてくれますか。ならば、その期待には応えねばなりますまい。
劉備殿に相談して良かった、光明が見えましたからな」
「力になれたのなら何よりかな。それじゃあお酒もおつまみも無くなってきたからそろそろ」
「それは少し待って頂きたい、最後にお聞きしたい事があります」
「えっと、何?」
「伯珪殿の元から出奔して今まで劉備殿を見ておりましたが、少し気になる事がありまして、それについて尋ねたいのです」
聞きたい事がある、そう言った趙雲さんだけど、逡巡するように口ごもった。しばらくして思案するようにしていたが、諦めたように口火が切られる。
「失礼にならぬように何と聞けば良いのか、上手く思いつきませぬゆえそのまま問わせて頂く。
劉備殿はその、本気を出しておられますか?
……改めて口に出すと無礼千万にしか聞こえませぬが、悪意は無いのだと信じて欲しい。
皆が少しでも良い結果を得る為にあらゆる面で奮闘しておられ、寸暇を惜しんで常に動いておられる。
それを間近で見ているにも関わらず、私は何故だか無性にもやもやするのです」
「えっと、私は常に最善を尽くしてるつもりだよ。確かにまだまだ甘い、詰め切れてない部分があるけど、経験を積めばもう少しマシに」
「いいえ、そうではないのです。貴方が才学非凡なのはその働きを見ても明らか。
練った作戦は総じて外れず、陣頭指揮を敢然と行い、不測の事態があれば誰よりも先んじて動いて解決してみせる。戦場での貴方は大将としてまさに完璧だ。
そして戦場外での働きぶりも素晴らしい。糧食が尽きた事はない、団内の諍いの頻度は著しく低い、悪人以外に狼藉を働く者はおらず、また人数制限であぶれた者にも村で実践出来る戦術と鍛錬法を教え、別の軍へ行くと決めた者にも幾許かの糧食と基礎訓練を施して送り出す。
まさに五常の体現者であると私は思っております」
「あはは、人の嫌がる事はしない、人の喜ぶ事をする、今の時代はそういう当然の事をやってても五常の体現者とか、白い衣の継承者なんて名前が付いちゃうんだから、困ったもんだね」
「それをそうやって平然と話される事こそが貴方の本質なのでしょう。
更に腹を割って話しますと、私は貴方に惹かれています、この槍を捧げたいと思う程に。
今までの貴方を見て理性も本能もこの人だと叫んでいる。ですが今一歩が踏み出せず、宣誓が出来ない。
貴方の本質は見た筈だ、貴方の本気も見ている筈だ、なのに何故か貴方を見足りないと何処かで思っている」
「そっか、そこまで私を買ってくれてるんだ、すっごく嬉しいよ。
けど趙雲さんが買ってくれてるほど私は才気煥発という訳でも清廉潔白という訳でもない。
私は私の理想の為なら不仁、不義、不信、無礼、無知である事を厭わない。
計算高く自己中心的、私の自己分析はいつもそこに落ち着く」
「そう卑下なさる必要もありますまい。理想を貫く為なら悪評も厭わないほど全身全霊を賭けて進んでおられるという事でしょう。
ともあれ、私は私の何処かの何かが納得するまで貴方を見ていたい、という事を最後に伝えたかったのです」
「うん、気が済むまで存分にどうぞ。途中で失望しちゃうかも知れないけど、そうなったらそうなったで諦めるかな」
「可能性は低いとは思いますが……そうですな、その時は天の御遣いの顔でも拝みに行くとしましょう。
では今宵はこれにて」
こうして私と趙雲さんの初めてのちゃんとした会話は終わった。
再度本心を晒して言葉をかわすのは一ヶ月後、二人の軍師との出会う所まで飛ぶのだった。
一ヶ月後、私達は黄巾党の集積所となっている場所へと襲撃を仕掛けていた。
皆がある程度指揮に慣れ、また十人長なんかを任せられる人員の育成と配置が済んだので、私達は兵数千人を無理なく作戦通りに動かす事が出来るようになっていた。
集積所に現在本隊である五千人程が既に出払っており、残った兵は私達と同数である千人前後。
しかし集積所近辺に罠もなく、残った兵の練度が総じて高くないと調べはついてる。
幾つか布石も仕込んでいるので余裕を持って倒せると踏んで行動を開始した。
練った作戦が無事に成り、被害も時間も最小限で集積所を奪取する事に成功したのだが……想定外の事態が起きた。
放っていた騎馬斥候が集積所から出ていた本隊の帰還を持ってきた。
更にはその本隊から逃げるようにして民人がこちらに向かってきているという。
偽報を撒いてこの集積所に屯ろしていた黄巾賊本隊は正規兵のいる場所に誘導していたのだが、いくら何でも決着が早過ぎる。
交戦方向から来ていることから別部隊とも違うようだし……賊の規模を聞くと二千程、装備はボロボロ、追い立てられるようにしてこちらにやってきている。
推測、追い立てられるようにしてここに向かっているという事は辛くも勝利して、という事はないだろう。ならばここを見つける為に泳がせたのか。
そしてその道中にあった村の人達が追われた賊に追われてこちらに向かってきているのだと考える。
「森にある廃村を半砦化した集積所、こっちは賊の戦闘後の流れを総合的に読んでようやく掴んだのに、力技で簡単に見つけられるんだから、ずるいなぁ
でも村の人が追われてるってのもおかしな話だよね、この一帯は避難勧告が出てた筈だけど……偽装?」
聞き返すと、賊が変装している可能性は皆無であり、村人は残り四人だと返答がきた。
「残り?」
実は十人ほどいたのだが、斥候の人がその内半分を頑張って連れて帰ってきたのだと言う。
騎馬斥候は二人一組で行動させているから五人は何とか運べたが、残りの者は置いていくしか無かった。その際こちらの方角に来れば助けられる可能性が増えると言ったらしい。
今から向かえば余裕で合流できる筈なので、是非とも向かわせてくれ、と頭を下げられた。
「そっか、ならもう見過ごせないね」
戦略的に迎えに行くのは悪手、けれど私の作り上げた風評が大きく堕ちるのでもはや手を打つしかなくなった。
私は集積所にあった地図を広げて周辺の確認を行う。
しばし考え、結論。
「よし、ここに誘い込んで燃やしちゃおう」
腕利き五人ばかりを連れて迎えに行く。
「しかし短時間によくあそこまでの作戦を考えつきますな」
「元々燃やす算段だったし、作戦を少し修正しただけだよ」
「くく、面白い出来上がりになりそうで楽しみです」
「でも良かったの? 結構大変な役割だけど立候補しちゃって」
「私は未だ客将ゆえ、関羽殿や張飛殿と比べると義勇兵達と打ち解けてはおりません。あの場に残っていては浮いてしまいますよ。というよりですな、救出任務に総大将が向かう方がおかしいでしょうに」
「こっちの方が状況判断を要する事態が多そうだから将級の誰かが向かわなくちゃいけない。
愛紗ちゃんや鈴々ちゃんはまだ即興に乗れるほど柔軟ではないからね。これで趙雲さんが客将でなければ完全に任せてたんだけどなぁ」
「ふふ、私も買われているようだ。
ならば貴方の露払いは全て任せて頂きましょう」
「うん、頼りにしてるよ」
そんな会話を交えつつ、私達は救助を待つ人達の元に向かうのだった。