片付けを済ませ、机や地面に突っ伏している女性達を椅子に座らせる。
そしてその上に旅で使っているだろう寝具等を掛けていき、更に気を調整して疲れが散るようにしておく。
この手の作業も慣れたものだ。
さて、次は朝と昼の料理の下準備でもしておこうかね。
翌日の朝、料理ができるタイミングで皆が起き出す気配がした。
匂いに釣られたのか隙間から入る陽の光に誘われたのか分からないが、とりあえず皆に水を配る。
皆が覚醒すると、うー頭痛いー、身体おもーい、でもあまり酷くないかも? というか良い匂いしない? とざわざわとしだした。
とりあえず鶏出汁粥と漬物を配っていく。
美味しい、優しい、水くれーあと嫁に来てくれーとか言う声がちらほらと聞こえてくる。
嫁発言をした奴は、誘惑したね? はい隊長の言いつけを破ったので料理没収しまーす、と周囲の人に料理を奪われてしまった。奪われた奴は世界の終わりみたいな顔をして、こちらを見てくる。
しかし昨日有り余っていた材料を半分使った料理は炊き出しを既にして周辺の人間に配ったので、今ある分しか料理はない。
俺はゆっくりと首を振り、彼女の絶望が深まった。
その様が余りに面白く、また反省もしているようだったので俺の分を少し分けてあげる。
劇的に顔色が良くなったのでそれもまた面白く、俺は声を出して笑ってしまった。
皆は朝食を食べ終わり、そのままになっていた舞台の後片付けに動き出した。
そちらには加われない俺は吹雪の調子を診たり構ったり、旅立つ準備を始めた。
そして昼前に俺の準備は終わり、舞台の撤収も片が付いた。
三姉妹とまーちゃんは街の長達との会食があるらしく、慌ただしく街中に消えていった。
残された一団は昼食どうしようかなーと言いながらも俺をちらちらと見てくる。
露骨な催促に苦笑をこぼしつつ、俺は彼女達の昼食兼残った食材の消費のために街の人間への炊き出し料理を作り始めるのだった。
俺が作った料理はシチューもどきである。
結構好評で借り受けた大きな寸胴三つ分が瞬く間に無くなった。
食後であり、旅立ちの準備も整っているので、ゆったりとした時間が流れている。
しばらくすると三人娘とまーちゃんが戻ってきた。
「あーやっぱりもう片付けちゃってるぅ! 皆のいけずっ! ちょっとぐらい残しておいてくれてもいいじゃない!」
「姉さんまだ入るの? さすがにちぃはもう食べれないかなー」
「白の作った料理は別腹だよっ。あーあ、亭長の所なんて行かなきゃ良かった」
「確かに白さんの作った料理は格別だけど、別腹は無理。それにお偉方と縁を繋いでおくのは必要なことだから」
「ぶーぶー」
「ですが天和殿の気持ちもわかりますよ、せめて味見ぐらいはさせて頂きたかった」
「だよね、だよねまーちゃん!」
一気に姦しくなったなー。とりあえず、
「おかえり、皆」
「「「うん、ただいま!」」」
荷物の最終確認が済み、皆旅装に着替え、馬にも乗っている。準備万端である。
今すぐ出れば夕方に中継地の村に着く事が出来るらしい。
「それで、これからどうするんだ?」
「私達は今までの流れに従って東に向かうわ。外征許可は後三ヶ月ほどあるから、渤海辺りまで行けるかもしれない」
「そっか、自分は曹操様に早く帰って来いと言われてるし、付いていけない。途中まで一緒とも行かないのは残念だな」
「付いてきて貰えないのは残念だけど、すっごい残念だけど、新しい再会の約束をしたんだから満足しなきゃね」
「うん、確かな約束があるから前を、上を向いて進める。後ね、私たちも白が付いてきちゃうと色々任せきりになって堕落しちゃうかもって不安なんだよね……。ちぃ達の歌はちぃ達が完成させて、ちぃ達の罪はちぃ達の手で清算しないといけないから」
「だから次会う時は三ヶ月後、陳留に戻る時。成長した私達をしっかりと見てもらうんだから」
「ああ、その時を楽しみに待っている」
彼女達との別れは非常に名残惜しいが、また会える日にいっぱい話をすればいい。
だから今は再会の約束を交わし、あっさりと別れるのだ。
三姉妹との別れが済むと、まーちゃんがやって来た。
「謙信殿、貴方と過ごした時間は非常に面白く、また私達に多くの実りをもたらしてくれました。貴方との邂逅に深い感謝を表したく思います。有難う御座いました」
「私も貴方との会話はとても楽しかった、次会える日を心から待っている」
「私も同じ事を願っております。
そして一つお願いしたい事があります」
「借りもある、貴方の頼み事なら多少の無茶もしてみせよう」
「有り難く思います。頼み事とはですね、曹操様にお会いする機会がありましたら、私をここに遣わせて頂き感謝しております、とお伝え頂きたいのです。
直接伝えたくはあるのですが、護衛という任務上何が有るか分かりません」
「分かった、必ず伝えよう」
「お頼みします。では次会う日まで」
そう言ってまーちゃんが隊列に戻り、まーちゃんの号令と共に隊列は進みだした。
他の子達はさよーならーとかまたご飯ご馳走してねーと笑顔で手を振ってくれた。
俺も手を振りながら彼女達が見えなくなるまで見送る。
「それじゃあ行こうか吹雪」
さて、陳留へと帰ってきた訳だが、何やら騒がしい。
話を聞くに、武将が出払っている隙に劉備軍が攻めてきたらしく、華琳は最前線の出城に詰めに行ったそうだ。
出払っている隙に、という時点で華琳の張った罠だとは分かるんだが、辛すぎないか?
幸いにも一昨日出陣したばかりなので、今から吹雪で駆ければ間に合うかもしれない。
吹雪を飛ばしに飛ばしてやって来ました出城。
そこは既に野戦場と化していた。
……ちょ、これ、兵数とか鑑みても絶望的すぎやしません? 良く野戦をする決断をしたもんだよ。
李典が後曲で工作活動をしていたので、声をかける。
「謙信様? えっ、本物?」
「三年前だし、随分な別れ方だったのは認めるけど、顔ぐらい覚えててくれてると思ったんだが……」
「いやいや、そない綺麗なお顔忘れられへんって。ただあんまりにも時機が良すぎて……。
まあともかく、最高の時機に良い助っ人が来てくれましたわ!」
それから詳しい状況を聞くと、現在のままでは旗色は悪いが、二日保たせれば各地から将が戻ってくるらしい。
そして今李典隊が行っている工作が終われば籠城に移るそうだ。
ふむ、野戦は工作活動の時間稼ぎと隠蔽のためだったのか。
「そんじゃあ謙信様は城の中の把握と負傷兵の治療を頼みます。あっ、これ持ってってください、謙信様の顔知らん奴もウチの副武装持ってたら言う事聞くと思いますんで」
そういって短剣を手渡してくれる。
「良いのか?」
「ウチが持ってても、それの出番があるって時点で負け確定ですから」
「それもそうか。じゃあ有り難く借り受ける」
「結構意匠とかにもこだわってる一品なんで、絶対に返して貰いますからね!」
そういって彼女は作業に戻っていった。
俺も俺のやるべきことをやろう。
城内の把握と負傷兵受け入れの準備を済ませる。
今はまだ城内に待機している衛生兵だけで十二分に回せそうなので、城壁に登って戦況を見る。
ふむ、李典の工作はそろそろ終わりそうだが……華琳が突出している?
武将二人と対峙していて周囲が見えていないのか!
こりゃまずいと思った俺は白衣を脱ぎ捨て、懐に仕舞ってあった韓信の仮面を取り出して付け、城壁から飛び降りる。
並の馬では乱戦の様相になり始めたあそこには行けないし、吹雪は実戦経験がなく、ここまで飛ばしてきて疲労している。なら俺が駆けるのが一番早い。
低い体勢、発気の抑制、人の影、視線のずれなど隠形の技を駆使して走ってはいるが、速度優先なので直近の者には気付かれる。
気を張っている間合いに入った途端、唐突に現れたように見える俺の姿に皆が皆ぎょっとした表情を見せる。反応しきれぬならその隙に押し通り、直ぐ様武器を振るってくるようなら紙一重で躱してすり抜ける。
そうして馬を、人を、剣を、槍を、矢を躱して一直線に走り、追いついた。
対峙している二人の武将は相当腕が立つようで、鎌を使っているとはいえあの華琳が苦戦している。
というか、あの武器は二つとも見知っている。青龍偃月刀と方天画戟、関羽と呂布かよ。
そりゃ華琳ですら苦戦するわな。むしろ二人相手にどうにか出来ているのがすげーよ。
しかしこれは下手に声を掛けると致命的になりかねない。
瞬時に地面に落ちている適当な石礫を拾い上げる。激しく打ち合っている相手を狙って当てるのは至難だが、生半可な鍛錬は積んでいない。
それに相手方は練度不足なのか連携が上手く取れていないようで、同時攻撃ではなく連続攻撃のような不格好な連携になっており、小さい隙が多くある。
華琳の予想外の行動になって危ないかも知れないので、一瞬攻撃の手を緩めた方へ礫を飛ばす。
まあ連携は不慣れとはいえ超一流の武将、青龍偃月刀を持った女性は石礫をなんなく弾く。
だが三人の気をこちらに集中させることは出来た。
達人同士の高速戦闘に介入する存在がいるという事実は両者ともに看過できず、バッと三人の距離が離れる。
「何奴っ?!」
「嘘、恋、気付かなかった」
「貴様、我らが勝負に割って入るなぞ命が惜しくないらしいな」
三者三様のリアクションを貰いつつ、俺はさっさと華琳の傍に寄り、囁く。
「李典の工作活動ももうじき終わる、ここが退き時だ」
「貴方はっ……ぐっ、幾ら貴方の言葉といえど、このまま引き下がる訳には!」
「華琳! 総大将たるお前が大局を見誤るな! どうしてもと言うなら、以前の約束をここで果たして貰う」
「……ああもう! 私の我儘でそんな無様な真似をさせられる筈がないわ! 退くわよ! 背中は任せるっ」
そうして華琳は踵を返し、近衛兵達に撤退の指示を出す。
俺はその背を守るようにして立ちはだかり、二人の武将を牽制する。
「曹操の軍に顔を隠した将の話なぞ聞いたことはないが、立ち塞がるのなら切って払うのみ!」
青龍偃月刀を構え、地を蹴って間合いを詰めてきた。
さすが猛将関羽、積極果敢だね。華琳の背中が見えており、立ち塞がるのは実力不明とはいえ軽装で腰に短剣を差してはいるが徒手空拳の相手。攻める選択肢しかないのだから決断は早ければ早いほど良い。
「関羽! 一人は駄目!」
ほう、呂布は俺の力量に気付くか。でももう遅い。
横に薙いだ偃月刀は重装鎧ですら一刀両断できるだろう速度と重さ、気が乗っていた。
頑丈だろう柄がこれ以上ない程にしなっているのだから、彼女の膂力と気力が垣間見える。
けど急いだのだろうし、油断したのだろう。
大抵の兵、恐らく大凡の将ですら反応できない速度で放たれた本気の一撃を彼女は信頼しきっていた。次の攻撃動作に対する心積もりが一切感じられず、後ろの華琳にばかり気を取られているのが分かる。
今までの経験から来る確信なんだろうけど、甘い。
俺はやや下段、腰のあたりを狙う彼女の一撃の更に下を潜り、避けるために屈した膝を気で強化し、偃月刀が頭を過ぎると同時に溜め込んだ力を解放した。
関羽からは横薙ぎを払った瞬間に俺の姿が消え、払い終わる直前に俺が目の前にいた感覚だろう。
払い終わりの制動に入っている彼女にはやりたい放題出来るが、両肘を軽くさわって痺れさせ、武器を奪うだけにする。
片手で青龍堰月刀を奪い、片手で関羽を呂布へと押し出し牽制を行う。
呂布に片手で抱きとめられた関羽は目を白黒させている。
「な、何が起こった?」
「あれは恋と同じで、恋よりもっと上手。一人じゃ勝てない」
「恋と同じ身体能力を持っていて、恋より技術があると?」
「うん、そう言った」
「ならばとんだ隠し玉ではないかっ。これがあるから曹操は前曲に出てきていたのか。
くそ、武器を奪われては打つ手が無い」
「ここは素直に逃がす」
「致し方ない、か。折角上手く誘い込んだというのに、私の油断で無に帰した。桃香様に何と言えば……」
逃がすというのは賢明な決断だ。
取れるかどうか分からなくなった大将首より、大将首を獲れる人材の安全を優先するのは良い判断だ。
手柄に目が眩むのは力を持っていたとしても二流止まり、悔しがりつつも判断を間違えない彼女達はやはり一流だ。
ともかくここはお言葉に甘えさせてもらおう。
俺はじりじりと後退を始め、華琳が馬を走らせると同時に走って追従する。
同時に矢が降り注ぐが、撤退途中だろうと防げぬ曹魏の精兵ではない。
俺もやばそうなのは礫で撃ち落とし、偃月刀を振り回してフォローする。
適当な所で偃月刀を放り投げ、脱兎のごとく逃げに徹する。持ってても要らぬ問題を生むだろうし捨てるが吉である。
結果、曹操包囲網を脱落者無しで駆け抜ける事が出来、華琳と最精鋭の兵を連れて出城に帰還する事が叶ったのだった。