今昔夢想   作:薬丸

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短い。

改稿済み。


4.初日の終わり

 しばらく考察に耽って瞑目していると、声が聞こえてきた。

 

「曹参です、中に入ってもよろしいですか?」

 

 おお、一声かけるとは紳士的。

 

「大丈夫ですよー」

 

「失礼します。母さん、兎を貰ってきたんだけど、捌く道具はあるかい?」

 

「裏庭に全部用意してあるよ」

 

「そっか、それじゃあ母さん、捌いてくるから料理の準備を進めてくれ。後、寝具はここに置いとくから、空いた時間に準備してあげて」

 

「任せんさい。兎肉は臭みもくせも少ないから、香草を少し使ったお汁にしようかね」

 

 二人の声がはしゃいでいる。お肉ってのはやっぱり贅沢品なんだろうなぁ。

 歓迎会って事で特別に用意してくれたんだろうね、なんとも嬉しいね。

 

 再び外に出て行く曹参さんの背を見て思い付いた。

 捌く工程を見せてもらおう。

 

「曹参さん! 兎を捌く様子を見せてください!」

 

 曹参さんは振り向き、少し思案するようにしていたが、一つ頷き、

 

「見て楽しい物ではありませんが、記憶を取り戻すきっかけの一つになるかもしれませんね」

 

 そうして俺は兎以外の動物の捌き方も同時に教えてもらい、実際に少し手伝わせてももらった。

 初めての経験に、手が震えてしまった。

 だが、これは間違いなく必要な経験だった。

 

 

 

 

「兎ってこんなに美味しいんですね」

 

「そうだねぇ。他の動物に比べて癖も臭いもないし、食べると元気が出るから最高の食材だねぇ」

 

 捌かれた兎をフルに使い、兎肉入り香草スープ、兎出汁のお粥、ホルモン野菜炒めへと調理された。

 うん、ちょっと薄味だけど美味しい。

 

「最後の方は白さんも料理を手伝っていたみたいですが、大丈夫でしたか?」

 

「最初だけ包丁の重さにもたついておったが、そこに慣れれば包丁の使い方はそれらしかったよ」

 

 振り下ろせば骨すら簡単に断てそうな大振りの包丁だったが、重くてもたついていた訳じゃない。

 その逆、予想よりも酷く軽かったから戸惑ってしまったのだ。

 けれどそんな事を言って混乱させても仕方ないだろう。

 

「包丁が使えればお婆さんの料理の手伝いも出来ますよね、次から頑張ります!」

 

 とりあえずここも好感度上げに徹しておこう。

 

 

 そうして和やかに会話が進んで行く。

 そして料理が全て平らげ、食後のお水を飲んでリラックスしている最中の事、曹参さんが小声で話しかけてきた。

 小声でという事は、洗い物を済ませているお婆さんには聞かせたくないんだろう。

 あ、洗い物の手伝いは素気無く断られたよ。今日いっぱいは客人待遇らしい。

 

「実は明日沛県の役人が我が家にやってくるのですが、母は先ほどの様子から見て取れるように、役人を酷く嫌っているので会わせたくないのです。出来ましたら明日は母が本宅に来ないよう気にかけてはもらえないでしょうか?」

 

 ふむ、確かにあの剣幕を考えると、誰彼構わず突っかかっていきそうだ。

 お世話になるし、悪い人じゃないし、お役所に逆らって斬首とかは避けてもらいたい。

 

「はい、わかりました。悪巧みでないのでしたら協力させてもらいます」

 

「治安や収穫高等の確認だけの筈なのでご安心を。しかし、いきなりこんな頼み事をしてしまって申し訳ないです」

 

「曹参さんも私にとっては大恩人ですから、この程度の頼み事ならいくらでも手伝います。けど、どうしても引き止められないって事もあるかも知れないので、そこはご了承願います」

 

「ええ、もし来られてもちょっと面倒というだけですので、気負わなくて大丈夫です。それに母は余程の事がないと本宅には立ち寄りませんし、勘の良い人ですから下手な事をすると逆に勘付きます。ですから、それとなく注意していただくだけで構いません」

 

「はい、承りました」

 

 

 その後、洗い物を終えたお婆さんも交えて会話が続く。

 二人の思い出話で会話に花が咲く。

 なんとも和やかで穏やかな空気。

 だがそれもずっと続けていられる訳は無く。

 

「おや、楽しくて気付きませんでしたが、もう外が暗いですね。この辺りでお暇しないと明日に響きかねません。

 母さん、明日は村の会合が本宅であるから、白さんの事を頼んだ」

 

「ああ、麦の予想取れ高が上がってくる日だったね。まあお嬢ちゃんには麦の脱穀を手伝ってもらおうと思ってるから、心配せずとも大丈夫だよ」

 

 そういう話で誤魔化すのね。

 もしくはちゃんと代表者を集めた上でなにかするのかな?

 

「今日は色々ありがとうございました」

 

「いえいえ、困った時はお互い様です。では白さん、母さん、おやすみなさい」

 

 曹参さんは笑顔で家を出て行った。

 

「それじゃあお婆さん、寝る準備をしましょうか」

 

「……」

 

「お婆さん?」

 

 気のせいか、お婆さんの目じりに涙が?

 

「あ、ああ、そうだね、今日は色々ありすぎたから疲れてるじゃろ? 早く寝てしまおう」

 

 どうしたんだろ?

 気になりつつも、こちらから聞ける雰囲気ではない。

 とりあえず寝る準備を終わらせる。

 

「それじゃあ火を消すよ」

 

 ジュッっという音と共に真っ暗になる。

 本当に何も見えなくなってしまったので、さっさと布団に入り込む。

 するとしばらくして、お婆さんが話しかけてきた。

 

「今日は本当に、ありがとう」

 

 ん?俺ってお礼を言われるような事をしただろうか?

 

「今日は私がお世話になりっぱなしだったと思うんですが?」

 

「白がいてくれたおかげで、久方ぶりに息子と話し、笑い合えたんじゃ。感謝してもしきれん」

 

「えっ、お二人ともとても仲が良く見えたんですが、喧嘩でもされてました?」

 

「いぃや、しとらんよ。けど、面と向かって話したのは二ヶ月ほど前になるかねぇ」

 

「それはまた、結構な期間ですね」

 

「その頃に夫を亡くしてねぇ。夫との思い出に溢れた本宅にいるのが辛くなって、ここに逃げてきたんじゃ」

 

「そういう経緯があったんですね、けど曹参さんは会いにきてくれなかったんですか?」

 

「あの子も村長と顔役の仕事が忙しくて、どうにも時機が合わなかったんじゃろな。と、今の私なら考えれる」

 

「考えられる?」

 

「一人になって自分の殻に閉じこもって、考えが凝り固まっておったんじゃろうな。息子は愛想をつかしたなどと考えて、一人で勝手に気まずさを感じておった」

 

「えっ? お婆さんそんな素振り全然してませんでしたよ?」

 

「白が間にいてくれたおかげで、冷静に自分と息子を見れた。そうして見れば息子は以前と変わりなく、むしろ昔以上にわたしを気遣い、心配をしてくれていたのだと気付けたんじゃ。

 白が色々聞いてくれるから自然と思い出話に花が咲かせ、息子との時間を埋めることもできた。

 そもそも白がきっかけになってくれなければ、私の老い先短い人生を考えるなら、息子と話す機会すら無く孤独に死んでいたかも知れん」

 

「さすがにそこまでは……」

 

「無いかも知れん、が、なんにしろ助けられたのは事実じゃ。白は私の唯一の思い残しを取り払ってくれた。だから、ありがとうじゃよ」

 

「私自身が何をしたという訳ではないみたいですが、お礼、受け取らせてもらいます」

 

「ああ、白は勝手に感謝されれば良い」

 

「ふふっ、なんですかそれ」

 

「それじゃあ、もう寝るよ。今日は色々ありすぎて疲れたわぃ……」

 

「そうですね、おやすみなさい。明日もよろしくお願いします」

 

 ………

 ……

 …

 

「あれ、お婆さん? えっ、ちょっと死ぬ間際っぽい会話だなぁと思ってたけど、あれフラグだったの?!」

 

 ぐーっ すぴーっ

 

「あっ、肩透かしパターンね。良かった、超良かった」

 

 起こした体を再び布団に潜り込ませ、一息つく。

 まだ眠る気は無かったが、やたら目が冴えてしまった。

 

「丁度いいか」

 

 色々と考える事は多い、睡魔を待つ分には尽きる事はないだろう。

 

 明日は何をやろうか。

 劉邦とは何時、どういう形で関わるのかな。

 重たそうな中華包丁があまりに軽かったな。

 動物を捌くのは思ったより抵抗なかったな。

 人を殺す事にも抵抗が無かったりするのかな。

 お婆さんの感謝が嬉しかったな。

 ここは一人一人感情を持って生きている現実なんだなぁ。

 だったらやっぱり人を殺すのは抵抗あるなぁ。

 けど殺されるのは絶対嫌だ…

 とにかく生きよう……

 頑張ろう………

 

 つらつらと取り留めの無い事を考え続けていれば、自然とまぶたが落ちてきて、視界も意識も暗闇に落ちていくのだった。




忙しさにかまけると家族をないがしろにしがち。あると思います。

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