今昔夢想   作:薬丸

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改稿済み。


36.白の異常性

 俺は孫策の活動を聞き及び、建業に戻る進路を取るだろう時期を予測をして建業に来た。

 そうすると建業の門前にて待ち構えていた管輅と合流を果たす事になった。

 あれから一切の連絡のなかった管理者勢との唐突な邂逅に驚きつつ、適当な茶屋で話を聞く事に。

 

 話を聞いてみれば、中央での仕事が一段落着いたので、俺の監視、もとい俺と管理者の連絡員として赴いてきたらしい。

 その際一切連絡が無かった事に対する弁明も聞いた。

 管輅の過去視未来視、卑弥呼の占い、左慈や于吉の術などを用いれば容易に俺と連絡や連携が取れると思っていたのだが、俺には管理者達の能力が効きにくい事が分かったそうだ。

 管輅による過去視は目を見れば発動できる筈なのだが、俺とは接触しなければ見れないし、遠距離からでも発動できた未来視はノイズだらけで使い物にならない。同じように管輅と卑弥呼が持つほぼ必中の占術にも引っかかりにくく、居場所が分かっても時間的な誤差が生まれていて俺はもう移動してしまっている。

 こうなると本格的に探すのは時間が掛かり過ぎるので、相談なしに様々な所用を済ませ、確実に網を張れる時を待つ事になった。

 

 そして孫策達が自分達の城を持つタイミングで俺は彼女達と接触するだろうと推測し、つい先日管輅が建業に派遣されてきたらしい。

 色々な人を未来視しつつ、ノイズから情報を拾い集め、この日ようやく彼女は俺と合流出来た訳である。

 俺に術式が及び難くとも、管理者が傍にいればその存在が媒介になる。なので仕事の終わった管輅がこれからは終始傍についてくれるそうだ。

 

 

 そうして管理者達の事情を聞き、ついで俺の詳しい動向について聞かれたので、過去視した方が早いだろうと答える。

 すると彼女は驚いた表情をしたが、すぐにその顔をほころばせて俺の手を取るのだった。

 

 

 管輅が俺の過去を見終わる間に、ざっくりと俺の数年間を総括する。

 孫呉の皆と別れてからの俺は医者をして教師をして鍛錬をして目立たない程度に産業を発展をさせてと、数百年やってきたいつも通りの行動をしていただけだった。

 違いと言えば後の呉と言われる地域だけを回っていた事ぐらい……でもないか。

 三国知識(ほぼゲーム)にはっきり残っている人物、陸遜や呂蒙が教えを請いに来たのは驚きと喜びがあった。

 劉表に対する嫌がらせで助けられ、匿えないから勘で俺の元まで来させられる。そんな理不尽な無理難題を突破してきた甘寧、蒋欽、周泰には驚かされ、和まされた。

 とはいえ、違いといえばそれぐらいだ。

 

 ルーチンが崩れるというのは面倒もあるが、それ以上に楽しさや喜びを感じてしまう。トラブルが面白いというのは長く生きた弊害だなぁ。

 

「まあそんなこんなで、俺としては割と楽しい月日だったと思う」

 

 管輅に過去視させていた俺は、孫堅との出会いから今までをそんな言葉で締めくくった。

 彼女は朗らかに笑い、

 

「そうでしたか。白様の行動は私達の方針と違わぬ物でしたし、その上で楽しまれたのであれば重畳です」

 

 と優しく答えてくれた。

 

「そうか、そう言ってくれると不安が消えていくよ」

 

「万事上手く進んでいたように見受けられますが、不安がお有りでしたか?」

 

「正直に話すとさ、どこまでやっていいかが分からなかったんだよ。管理者サイドに迷惑かけないか、収束率の上昇を妨げていないだろうか、なんて常に不安に思いながら行動していたよ」

 

「それは、申し訳ありません。白様に任せていれば間違いないと勝手に判断していました」

 

「その信頼に応える為、これを機に色々と話し合えたらと思っている」

 

「はい、勿論です」

 

「とりあえず先に管理者達の話を聞かせてもらいたい。それでその後に色々と質問させてもらうよ。あ、先に一応聞いときたいんだけど、俺に対する未来視って今どうなってる?」

 

「それなのですが、以前と見える物は変わりありません。他の者に対しては多少見える内容も増え、鮮明に見えるようになっていたのですが……」

 

「あーそうか、うん、見えないなら仕方ないな」

 

 仲間はずれ感がふつふつと湧いて出るが、黙殺する。

 

「そうですね、ですが白様は未来など見えなくても正しい道を行かれると信じています。

 では早速管理者達の話をさせてもらいますね」

 

 

 まずは管輅と卑弥呼の事から。

 彼女と卑弥呼のペアは中央で謀略を行い、皇帝、十常侍、大将軍の力を均衡を考えつつゆっくりと剥ぎとり、彼女達の持つ影響力を殺していった。今では禁軍の命令権の所在も分からず、国財の不明瞭な散財は止まらず、優秀な人材の散逸は深刻化し、もはや国の正常化は不可能なレベルに達している。

 そうしてあらゆる力は宙に浮き、いつ大爆発してもおかしくないそうだ。

 

 謀略をある程度済ませた管輅は卑弥呼と別れ、始まりの予言を行う前準備に移った。

 ほぼ必中の占術を通して自身の影響力を上げ、予言が広まり易い下地を作り、権力者と懇意にして彼らを操り、民草に交じって都合の良い情報を拡散した。

 予定通りに十分な準備ができ、管理者の集まりを済ませた後、一つの予言が大陸中を席巻した。

『これより幾ばくか後、東方より飛来する流星に乗って乱世を治める天からの使者が来る。その者は天下泰平をもたらす希望となるだろう』

 こんな内容の予言だ。

 こうして管輅は面子を潰した国と必中の占術を欲する各有力者から逃げる為に中央を脱し、俺と合流を果たしたのだった。

 

 卑弥呼はまだまだ中央でやる事があるので、残って政治を影から操るようだ。

 下地は作り終えているので一人でも十分に仕事は出来るとの事。

 

 

 次に左慈と于吉のペア。

 この二人は強大になりやすい曹操に謀略を仕掛け続けているそうだ。

 幻術によって姿を騙りながら宦官や周囲の権力者を唆しているので、足は付かないらしい。全くもって羨ましい能力だ。

 しかし潰してはいけないので広く薄く仕掛けているのだが、時折二人がかりの策謀を超えて力をつけようとする瞬間があるので常に注意が必要らしい。

 まだ軍の体裁すら整っていない内から注力しないといけないとは、さすが覇王様である。

 中央に二人、曹操に二人というバランスは決して間違いではなかったらしい。

 

 彼らは引き続き曹操に張り付いてその他勢力との戦力バランスを取り続けるそうだ。

 

 

 現在までの各管理者の動向と方針は分かった。

 続いて俺についてだ。

 

「俺はこのまま呉勢を強くすればいいのか?」

 

「それなのですが、白様は正しい道を行き過ぎたと言いますか……呉の強化は一時止めてもらいたいのです」

 

「それまた何でだ?」

 

「現段階で既に呉勢の主要人物達は十二分に強く、これ以上の強化はバランス調整を困難にします。

 また呉勢の主要人物以外の強化は舞台上の人物の役を奪いかねませんので、私塾自体開くのをやめて頂きたいのです」

 

「なん…だと……ここにきて私塾四百年の歴史に終止符が打たれるのか。

 あの、ちょこっとだけなら?」

 

「駄目です、一人教えればその者が教師となるのですから。

 孫策と別れてからの二十人で既に過剰であると言わざるを得ません。

 そして人数と科目を絞れば良いという話でもありません。

 教育を受けた者は教育の重要性を知ります。呉の生徒達は早々に孫策の元に送られ、部隊の運営で忙殺されて教えを広げる事は出来ていないようですが、状況が落ち着けば呉は他国を抜いて教育先進国となるでしょう。

 教育先進国化が実現してしまえば勢力バランスは極端に変動し、バランスなどと言っていられる状況ではなくなります」

 

「もしかして皆の苦労を水泡に帰してしまう?」

 

「このまま行けばそうなります。

 ですが教育の重要性を知るのは呉の忠臣となる者達だけで、民にまでは浸透していません。

 占術、未来視の結果、その意識改革に必要な時間内に全てが終わると出ています。

 ですから私は民にまで教えを浸透させぬよう釘を差せ! と急いで送り出されたのです」

 

「えっ、俺の教育ってそんなレベルでヤバかったの?」

 

「気付いておられませんでしたか。現在まで国の体裁を保てたのは白様の教えのおかげなんですよ」

 

「保身の為に六年で十人程度の人員しか育てていなかったんだぞ、それが大勢に影響するとは思えないんだが」

 

「……恐らく大丈夫だと思いますので、正史への言及も少ししますね。

 外史、物語は殆どの場合、正史の影響を誇張して再現されます。私達の持つ逸話補正を考えて頂ければ分かりやすいかと思われます」

 

 おお、これはなんとも管理者っぽい知識だな。以前于吉が試した時みたいに聞き取れないという事はなかったので、セーフな知識だったっぽい。

 

「そして積み重なる屍の隣で役人が悪銭を数えていたなんて表現があるように、正史における後漢の状況は悲惨であったと伝わっています。

 そんな惨状が輪をかけて誇張されている、それはどれだけ苛酷な状況だったと思います?」

 

 イマイチ想像が付かないな、安っぽい表現をしてしまうなら、地獄のような光景が広がっていたのだろうか。

 彼女は顔を顰め、悲しみが籠もる口調で続けた。

 

「ループの始まりはいつも酷い状況で、国の体裁を保っていると言える状況ではありませんでした。

 村や町中で腐乱死体が転がっているのが普通の光景だったり、治安の良いと言われている場所でも路地裏に入ればほぼ確実に襲われる、貨幣は中央に集まりすぎて地方の貨幣経済は成立せず、領主は民がどれだけ逼迫していようと税金をかさ増して要求する、豪族は近隣の村々に護衛代を寄越せと言って勝手に金品食料を要求する、どちらも身を切って払わなければ人を攫うか見せしめに殺した上で物資を根こそぎ奪う。

 悪意が平然とまかり通る状況で、抗う術を持たない民は賊に落ちるか殺されるか黙るかしかなかったのです。

 私達が手を出すまでもなく、天からの使いがその名だけですぐさま人々の希望となる、物語の掴みとしては最高の土壌ができていました」

 

 最後の言葉は皮肉っぽく吐き捨てるような語気だった。

 しかし続く言葉と表情は少し明るくなった。

 

「ですがこのループでは、国が多少なりともまともな政治形態を保っていて、人が人でいられる最低限の生活をなんとか過ごしていました。

 私達は以前のループとの違いに驚きました。

 急いで調べてみると、全ては白様が皇帝を助け、医療と教育を続けて人を育てた結果だったと分かりました。

 またそれが劉備玄徳を産む要因だったと蜀方面を調査していた貂蝉が突き止めました。

 この外史で劉備玄徳は実際に皇帝の血を引き、ある程度の善政が敷かれなければ潰れてしまう寒村に生まれ、たまたま村に立ち寄った盧植が見出さなければ芽は摘まれてしまっていたと」

 

 どんな偶然の重なりだ! と考えるが、気付く。恐らくこれは俺を媒介にして識が作り上げた流れなんだろう、と。

 俺は俺の思う通りにやってきたが、そう行動する人間を識が選別した結果なんだろう、でなければこうも上手く事が運ぶ筈がない。

 全てが掌の上、ねぇ。まあそれでショックを受ける程軟弱でも初心でもないけれども。

 

「俺がやってきた事が無駄ではなかったと分かって良かった。そして管輅が妙に俺を過大評価している理由も」

 

「過大評価などと…」

 

「俺のやった事なんて教育と医療行為だけ。そして教育は考えまで染めるよう三年という長期間をかけて十人だけ学ばせて保険を掛けていたし、医療は拠点を転々とした際のおまけで人を育てる事もしなかった。

 俺の行動は全て打算の上。だからさ、評価も感謝も偶然を作り出した識に対してした方が良い」

 

「勿論識様にも感謝はしています、ですがそれを実際に成した白様にも感謝を表すのは当然のことでしょう」

 

 真剣な目をして言う彼女にはこれ以上言っても意味がなさそうだ。

 

 しかし何故こんな話になったんだっけ?

 教育の重要性を説かれて、俺はそれほど大それた事はしてないと答えて、管輅が気を遣ってフォローしてくれて……そこらへんから話が逸れていったような気がする。

 ともかく話を戻そう。

 

「私塾を開いてはいけない理由は分かった。なら俺はこの後どうすればいい?

 他の勢力のところに行くか?」

 

「いえ、現状でバランスは取れています。ですので白様はこのまま呉の地に残り、医者として活躍して頂くと良いと思います」

 

「ふむふむ、今後の方針も分かったよ。

 それじゃあ俺が気になってた事を幾つか確認したいんだが、いいか?」

 

「はい、可能なれば全てお答えします」

 

 

 

「俺は人の命を救う事が癖みたいになってる、それで自分は戦場に出向かず、自分の周りの人間だけを癒やすと決めた。これは管輅から見てどうだ?」

 

「舞台の主要人物の生死に関わらない、に関する戒めですね。

 良いかと思われます、主要人物の死はほとんどが戦によるものですから」

 

 ほっと一息である。

 

「次は舞台上の主要人物ってのは誰を指すか教えてくれ」

 

「名のある武将、女性化している、美しいか可愛い、一芸にとても秀でている、これらが揃っていれば大体そうですね」

 

 おお、分り易い。

 

「次はどうなると舞台が失敗になるかを教えて欲しい」

 

「成功が北郷一刀の大成となっているので、それが成せぬ状況が失敗ではないでしょうか。

 こればかりはまだ決定的なミスを犯していないので判りかねます」

 

「失敗は何度まで許される?」

 

「それも判断しかねます。演目を無理やり引き伸ばした関係上チャンスはあまり残っていないとも言えますし、イレギュラーに見舞われたのである程度お目こぼしをして頂ける可能性もあります。ですがもう後が無いとなれば、識様が直接忠告してくださると思いますので、一度二度ぐらいは大丈夫……だと思いたいですね」

 

 分からんかー、まあ何にしろ最善を尽くせって事だな。

 

「今回は蜀と呉で組んで魏を赤壁で降せば良いんだったか?」

 

「そうなのですが、様々な人物を未来視した結果、もう少し続きがありそうな気配がありました。もっと時期が近くなればその辺りも鮮明に見えてくると思います」

 

 ふむふむ、とりあえず目標は変わらずで良い訳だな。しかしあれだなー、足元や目標がはっきりするというのは充実感があっていいな。

 

「それじゃあ次は管輅の未来視の精度なんかについて教えてもらいたい」

 

「言葉だけで実態をお伝えするのを忘れていましたね。

 私の過去視と未来視は全く別系統の力でして、過去視は直接その人物の記憶に触れる力で、未来視はその人物の舞台上の役割を読む力なのです」

 

「へぇ、つまりは台本を読む力って訳だ。だから皆素直に管輅の指示に従ってたのか」

 

「そういう事です。ですがあくまで穴の開いた台本を読むようなものですし、役者のアドリブなどにも対応していませんから、あまり過信するのも良くないです」

 

「あくまで指標って事か」

 

 それでも便利な能力には違いない。改めて思うが、皆優秀な補正を持っていて羨ましい。

 俺の逸話補正も優秀だとは思うんだけど、なんというか直接的すぎるんだよなぁ。

 

「んー大体気になっていた事は聞けたかな」

 

「説明不足のまま送り出してしまい、申し訳ありませんでした」

 

「いやいや、こればっかりは質問しなかった俺が悪い。ちょっと考えれば聞くべき内容はすぐに思い付いただろうしさ」

 

 失敗すると存在が消されるかもしれないと言い聞かされていたのに、詳細を聞かないとか恐ろしい怠慢である。

 管輅がいえ、こちらが……とフォローしてくれようとするので、さっさと話題転換する。

 

「そういや管輅のこれからって聞いてなかったな、どうするんだ?」

 

「占い稼業はもう廃止する他ありませんので、白様のお仕事を手伝いながら傍にいれたらと思います」

 

「そっか、なら看護婦さんをしてもらうかな」

 

「経験した事のない職種ですが、精一杯やらせていただきます」

 

「分かった、それじゃあ今後共よろしく頼むよ」

 

「ええ、不束者ですが、何卒宜しくお願い致します」


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