翌日、檄文を渡した人間の大部分が集まったので初の作戦会議が開かれるとのお達しが届く。
張勲はやる気満々の袁術に兵をまとめるよう命令を受けていたので、苦渋の極みという表情を浮かべながら私に袁術の世話を頼んできた。
諸侯の観察をしたかった私には渡りに船の頼み事だ。
お前が断ったら口実ができるから断れよ! という張勲の表情を一切気にせず二つ返事で引き受けてやった。
作戦会議が行われるという天幕に案内された私達。
席は袁家の者という事で割りと良い位置。袁術は座るやいなや裾に隠し持っていた蜂蜜をちびちびとやり始めた。袁家ということで表立って注意できる者も少なく、身内として諫言できる立場の張勲もいないので、誰もその暴挙を止められない。まあ止めた所で誰にも利点がないので、皆が目線を交わして放置する事が決まった。
ここに来た目的である諸侯観察は良い成果を上げる事はなかった。
初顔は多かったが、それはつまり黄巾党の乱に参加しなかったか活躍出来なかった者達だ。
これがぐっと来ない奴らばかりで全く面白くなかった。
代わりに曹操や天の御遣い達はより輝きを増して見えたので、密かにほっと一息をついた。
強敵が居る事に対する戦好きとしての喜びもあったのだが……それよりも数が多いだけの雑魚寄せ集め連合で、禁軍を取り込み、優秀な将と軍師を揃えている董卓軍相手に勝てるのか? という不安に見通しが立った安堵の方が大きかった。
さて、最後の最後で袁紹がやってきた。
作戦会議部屋に最も近い位置の天幕にありながらも最後にやってきたのは箔というもの表したかったのだろう。まあなんとも分かりやすいが、家格的に正しいので誰も何も言えない。
袁紹については前回の戦いで実際の活躍等を見れなかったので一番の楽しみだったのだが……。
これは酷い、という感想しか出て来ない。
何故袁隗は彼女を後継に指名しようとしたのか。
後から張昭に聞いたのだが、袁紹は現実主義者である袁隗が認めざるを得ない程の強運、天運の持ち主であるらしい。運という本来は不確かである筈の力も実証され続けば確固たる実力という事か。
袁隗は自身が持ち得ぬ強力な武器を持った彼女を表に立たせ、裏で全てを操る算段だったそうだ。
そう聞けば納得である。都合の良い傀儡ならば操りやすいよう適度に阿呆でなければいけない。
とはいえ今はそれが思い切り裏目に出ている訳だが……。
その後はとにかく酷い流れだった。
誰が総大将をするかというくだらない茶番に半日付き合わされたのだ。
誰もがさっさと袁紹を推して終ってくれと願っているのだが、総大将を推すには一定以上の家格、実績を持つ人物でなければ不利を背負わされる。
この場では五六人ほどか。血筋から劉姓、同塾のよしみから曹操、同家の縁から袁術ぐらいしか推薦人に適した人物いない。
だがこの場で推挙をしてしまうと、自分は袁紹よりも下であるという位置づけが済んでしまうので、皆絶対に推挙はしない。
なのでここは弱小陣営の誰かが生贄になる必要があるのだが……誰か適任はいないかなーと眺めていると、天の御遣い陣営から声が上がった。
うん、声が上がるとしたらそこだろうなとは思っていた。
彼女達の性質から考えても、また軍師の優秀さから見ても声を上げると予想していた。
無駄な時間を過ごしているのが許せないと御遣い君と劉備は考えるだろうし、軍師としてはここで袁紹を推すのは悪い手ではないと考えるだろう。
現在群雄で最有力の袁紹に縁が出来、目をかけられる。これは弱小陣営に大きな転機をもたらすのは想像に難くない。大抵は悪く転ぶが、彼らには流れを転ずる力がある。
今回の件でまず間違いなく彼らの陣営は高く飛ぶ。周囲にいる目先の危険だけしか感じ取れない奴らを大きく突き放し、袁家の背を見るぐらいまで飛べるかも知れない。
かくして天の御遣い陣営のお陰で茶番劇は早期に終わりを迎える事が出来た。
若く優秀な彼らには恩を売りやすい今の内にそれなりの便宜、友誼は図る方針ではあった。
だが彼らのお陰で茶番に三日三晩付き合い続けるという苦行を回避できたので、軍師達が建てる打算的なものよりは友好的に接しようと心に決めた。
総大将が決まり、役割等も曹操が上手く袁紹に進言してすぐに割り振られ、総大将である袁紹は華麗に前進が信条らしく命令もその通りに発表され、準備が整い次第すぐさまの進軍と相成った。
のんびりとした行軍だった。
董卓軍は精鋭ぞろいと噂だが、数はそれほど多くない。要所要所での用兵にならざるを得ないだろうから、戦いは二三箇所でしか起こらないだろう。私なら虎牢関と汜水関で全力を尽くす。それ以外はどうやったって負け戦だ。
それが分かっているから曹操、天の御遣い、公孫賛、私達は気楽なものだ。後一勢力、袁紹軍は持ち前の気性から気楽そのものだった。
しかし他勢力の大部分は意識を尖らせ、神経を周囲に張り巡らせていた。
まあこれは仕方ない。膨れ上がった連合軍の多くは黄巾の乱で手柄を取れなかったか様子見をしてしまった者達だ。功を焦っているのだろうし、大軍であり混成軍である連合軍内での動き方が確立していないから気を張っているのだろう。
これは初戦が辛そうだなーと溜息が漏れる。まあ一番辛いのは初戦先陣を切らされる天の御遣い君達か。
先陣は戦士の誉れとは言え、仲間を無為に多く散らすのは誰だって本意じゃない。
まあ彼らだったら上手く切り抜けるだろうし、切り抜けなければそれまでの事。行軍開始前に多少の糧食と装備を支援した分が無駄になるだけで私達としての損害は少ない。
初戦となる汜水関は混戦になると予想されるし、功に焦る奴らを前に出して数を減らせば虎牢関での出し抜きがしやすくなる、だからここは様子見と皆で決めた。
という訳で、私達の分も御遣い君達には頑張ってもらいたい所である。
汜水関の前に到着し、袁紹がいつも通りの命令を下し、戦闘が始まった。
まあ皆一気呵成とばかりに攻める。先陣を総大将より賜った御遣い陣営を追い越して攻める阿呆もちらほら。
難攻不落と名高い汜水関なのに、連携疎かにして攻めるとか兵を無駄死にさせてるとしか思えないんだけど。
あーほら弓矢の的じゃない。アンタ達攻城戦ってやったこと無いの? 門前で名乗りとかふざけてるの?というか攻城兵器持って来てないの? 馬鹿なの? 死ぬの?あっ、死んだ。
このままじゃあまずいかなー前出て動きの流れ作らなきゃかなーと思っていると、勘が囁いた。
少し待っていればあの子達が何か為出かしそう。
先陣を抜かして突貫していった奴らの後方、押し付けられた筈の先陣を掻っ攫われた形の御遣い軍の動きが少しおかしい。
あれは……追撃を誘ってるのか? ……ああ、先陣を奪われたのを利用しようというのか!
その機転と、閃いた構想を瞬時に伝達して弱者を装った彼らに敬意を評したい。本当に良い陣営だわ。
さて、一当が失敗した連合軍が目の前にいて、しかも何やら功を焦っていて引く気配がない。
このような状況、猛将と呼ばれる者がどうするか。更に向こうは援軍の当てもない状態である事を加味すれば……。
必死に城壁までの血路を開き、城門付近の堅固な守りに早々に門の破壊を諦めて城壁の攻略に取り掛かろうとしていた先陣の横、先ほどまで鉄壁の守りを誇っていた城門が開き、華の旗が現れた。
呆気にとられる先陣組の横をするりと抜けて後方に控えていた劉備たちに華雄が襲いかかる。
時期の判断も素晴らしいわ、華雄将軍。
城壁に張り付いた兵の注意を引き、先陣を全て食らって連合の勢いを挫きたいのでしょう。
勢いからして、先陣を食い破ったら潔く帰るつもりなのもよく分かるわ。貴女はとても賢明なのね。
けれど容易く食い破れると思ったその獲物はね、牛の皮を被った虎よ?
華雄の思い描いていたであろう大方の理想は叶った。
城壁に張り付いた奴らの注意は華雄の旗にいき、城壁に辿りつけない奴らは華雄の首に色めきだした。
戦場で一瞬の隙を見せるなど愚かに過ぎる、先陣を横取りした者達はそのほとんどが矢の餌食となった。
だが最後の詰めでしくじった。
奇襲という性質上、彼女の隊は少数精鋭での騎馬戦を目的とした編成となっていた。ここでも彼女は何も間違っていない。
ただ一点、奇襲は読まれれば恐ろしく脆いのだ。
そもそも読まれぬ筈の作戦だった。堅固な城壁と城門、必死の抵抗、戦端を開いて間もないという時機。そんな状況下で城門が開いて敵将が突撃を仕掛けてくるなどと誰が読めるというのか。
私達の陣営数人と、いつの間にか前衛に数騎の伴を連れ立って先陣の様子を見に来ている曹操陣営、そして先陣の後方で美味そうな生贄に見えるよう演技をしていた彼女達だけだろう。
策を読まれ、また網による見事な騎馬対策を見せた劉備達の前に華雄は手傷を負わされ、遁走を余儀なくされた。
こうして汜水関での趨勢は決まった。
勿論その後も関を抜くのは苦労したし、兵の損耗も連合全体で見れば馬鹿にならない。だが難攻不落と謳われた難関をこれほどの短時間で落とせたのはもはや偉業と言えた。
ともかくこれで連合軍と董卓軍の地力と各陣営の色が分かった。
次の虎牢関は私達が取る!
と息巻いたのは良いが、精鋭ぞろいとはいえ私達の部隊は袁術の兵を除けば連合内で少数勢力に過ぎない。
数の必要な攻城戦をどう制し、出し抜けるのかと頭を悩ませていると、斥候が敵は関外にて野戦の準備をしていると報告してきた。
恐らくその報告を聞いて、ぽかんとしなかった将兵はいないだろう。
周瑜は『関を放棄する理由は数あれど、初めから捨てるなど……援軍も期待できず、後ろは本拠と後がないと分かっているから、最後ぐらいは気持ちよく戦いたかったのだろうか?それとも既に洛陽から逃げる準備が出来ている?逃げるとは何処へ?長安か?ならば洛陽は囮?にしては後がなさすぎる、最終的には西涼か羅馬へ逃亡する気か?』
などとかなり戸惑っていた。もしこれがあちら側の作戦なら術中に嵌ってしまっている訳だが。
私は思考の海に沈みかけている周瑜の後頭部をはたき、目の前の艱難を打ち破る術を求める。
敵に策があろうがなかろうが、目の前の敵を倒すのは絶対である。ならばそれに集中してもらいたい。
周瑜はすぐさま冷静さを取り戻し、野戦の推移と関を取る時機まで言ってみせた。
その読みと流れは正しく当たると私の勘が告げている。うん、やっぱり私の軍師はこうでなくては。
周瑜の予想通り、数で圧倒された董卓軍は撤退していった。
しかし損耗率は恐らく引き分け。互いに三割を超える辺りだろう。連合と比べて圧倒的寡兵でそこまでの戦果を上げる董卓軍の恐ろしさよ。将と兵の質が恐ろしく高く、そして統率も素晴らしい。
ああ、あの子達欲しかったなぁ。と思わず呟いてしまう程の逸材だった董卓軍の二枚看板、万夫不当の豪傑呂布と電光石火の騎将張遼。どちらも喉から手が出るくらいに欲しい人材だったのは間違いない。
特に張遼。馬を持つ事に制限がかけられて騎兵育成が出来ていなかった私達にとっては垂涎の人物。
もし張遼が私達の近くに来ていれば関攻略一番乗りを諦めていたかもしれない。
しかし張遼は曹操の元へ向かってしまった、かの陣営に行ってしまったのならばもう打つ手はない、それが天運だったと諦めるほかない。
呂布はそのまま進軍すれば当たったのだが、呂布と風評の二択で揺れる天秤は風評に傾いた。
呂布は単純な強さが特筆しており、私の軍に必要不可欠という訳ではなかったからだ。結局私達は呂布を避ける順路を取り、城門へ急いだ。呂布は追ってこれない、正面からやってくる多勢を相手にしなければいけないからだ。
呂布軍は正面からやってきた連合軍とぶつかり、見事に彼らの勢いを止めてみせた。自身の軍の五倍はあろう兵力差を止めるとは、なんという強兵達か。
そして混戦を極める前線で呂布は、正面からやってくる軍勢の中から吸い込まれるように劉備の元へ駆けて行った。
不思議な事ではない。張遼が当たった曹操と呂布を避けた私を除けば連合で強いのは彼女達のいる場所だ。呂布はそれを嗅ぎとって彼女達を自身が迎え撃つ対象に選んだのだろう。
袁家の雑兵を根こそぎ荒らすよりも、ここで劉備達を打ち取る方が連合軍には痛打になると読んだのだ。
あーそれを一瞬で見抜いて決断するのかーやっぱり欲しかったなーと少し後悔をしながら、私達は虎牢関を一番にくぐり、迅速に制圧をなした。
名将が守る難関を一番で制圧する、これで私達の第一目標は達成した。後は徳で名を高めるぐらいしか出来ないかな? 董卓軍の二翼が落ちたのだから、多分もう戦闘はないだろうし。
私の勘は当たり、辿り着いた洛陽はとても静かだった。
檄文で書かれた悪辣非道な様は何処からも窺えず、人々は大人しく日々を過ごしていた。
まああれは袁隗を救う口実みたいな物だしね。しかしこの後は騒がしくなるぞ。
袁家の軍は洛陽に着くと同時に入城、そして袁隗を探しながら董卓を招き入れた宦官達を虐殺していった。
董卓も血眼になって探したが、董卓を見つけ出す前に袁隗の亡骸が見つかった事で捜索と虐殺が一度打ち切られた。
その捜索には袁家配下の私達も勿論加わっていたのだが、私達は袁術配下の看板を掲げて董卓を捜索する振りをし、精緻な国の全体地図や諸侯の弱みになりそうな機密情報から、公式文書の判や国家認定試験の原本等など、とにかく役に立ちそうなものをありったけ掻き集めていた。盗人猛々しいとはまさに私達の事である。
それもさすがに袁隗の亡骸が見つかっては打ち切らざるを得ない。
まあ収集は十分に出来たし、血なまぐさい宮中からさっさと抜け出たい。
私達は身に隠せるだけのお宝を忍ばせて宮中から脱し、一路仲間達が陣を張った場所まで駆ける。
途中何かの勘が囁き、井戸を覗いてみると金色に光るお宝が見えた。
盗人にはお宝から近づいてきてくれるのかな? なんて馬鹿な事を考えながらお宝を回収。
あっ、これ玉璽だ。至極のお宝ではあるけど良くも悪くも劇薬だよね、これ。扱いに困る物拾っちゃったなぁ。
急いでいる筈なのに、その場に居た数人はピシリと固まり、どうしようと思い悩む。だが時間がないので問題は後回しにしてしまおうと私が言うと、皆がぶんぶん首を縦に振った。
陣に急いで戻った私達はお宝を仲間に託し、宮中に舞い戻った。
袁隗の亡骸が収められた棺の傍で張勲にだっこされて泣き続けている袁術の近くに寄り添い、袁隗の死を悼む列に参列する。
袁隗は袁家だけでなく都の様々な人物に影響を持っていたらしく、彼女の死を悼む列は私の予想を遥かに超えて長大なものになった。
私はここにきて初めて、さすが名門袁家を更に強大にさせた稀代の策略家だと、袁家の人間に対して畏れを感じたのだった。
粛清と葬儀が一段落し、さあ董卓の捜索を再開しようとした所で董卓の首が上がったとの声が上がった。
大急ぎで向かってみれば、むくつけき男の首が見せしめの台に括りつけられていた。
……私の勘が違うと告げているが、黙殺する。
町人の様子などを見ていて察したのだ。
恐らくだが、董卓はこの流れを作り出した存在に無理やり生贄に選ばれただけの都合の良い駒だったのだろう。
こうして分かりやすい悪役が差し出されて、町人がこいつだー間違いないーと守ろうとする人物なのだから、私の予想は外れていないと思う。
しかし首が上がったと報告してきたのは劉備の兵からよね? うん、ならまあ、そういう事なのでしょうね。これも黙殺して今後の交渉材料として取っておきましょう。
ともかくこれで袁家の敵討ちは宮中の人間を袁家が皆殺しにして終わったし、大義名分だった帝の保護と首都の救出はなった訳だし、これにて反董卓連合は解散かなー。
色々不可解な事件ではあったが、何かを知り得る宮中の人間は尽く殺されたし、帝は幼くて明瞭な答えは返ってこずだった。つまりこの件の全容を語れる人物はもはやおらず、流れを作り出し、袁隗を捕らえ、董卓を祭り上げた人物や背景は全ては闇の中となってしまった。
なんともすっきりしない結末である。
そして私の予想通り、連合解散の号が響き、諸侯は自身の所領に帰る事になった。
私達は少し遅れて袁術と共に戻る予定だ。
見送りという名の陣営観察をしていると、帰ろうとしていた劉備達がこちらに気付いてやってきた。
支援に対する礼を言ってきたので、何も知らない顔をして、いいのよー今後共よろしくーと友好的に接しておいた。
軍師ちゃん二人と御遣い君の探るような目が飛んできたが、そこで何か晒すほど馬鹿じゃない。
というか三人共、そんな分かりやすくしてちゃ駄目よ。
諸侯の見送りを済ませ、私は今回の戦いを振り返る。
失うものは少なく、得たものは多いとても有意義な戦いだった。
将と兵が成す翼は乱世を羽ばたける事を証明し、難関一番乗りと徳を示して風を得た。
後は飛び立つきっかけを得るだけだ。
それも私達が帰る頃には周泰が持ってきてくれている筈だ。
だから一先ずは武漢に戻り、一転攻勢の準備を整えるとしよう。