今昔夢想   作:薬丸

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続きを読んでくれる奇特な人物に圧倒的な感謝を。

改稿済み。


2.第一村人に発見される

 ひゅー、ばしゃり。

 落下後着水。

 

 あまりに長く続く落下に意識を遮断して耐えていた俺に、その変化は急激過ぎた。

 

「ちょ、ま!」

 

 溺れる!!

 咄嗟の防衛本能なのだろう、手足が勝手に暴れだす。が、周囲には藁もない様で、水の中特有の動きにくさを実感するだけに終わる。

 それは更なる焦燥を生む結果となった。

 

「誰か、たすけ!」

 

 目を開けようとして、目に激痛が走る。

 ざらりとした水が目に入った結果だと頭の隅ではわかるのだが、行動に直結させる余裕がなく更なる焦りが募る。

 

「大きな音がしたと思ってきてみりぁ、あんた、そこで何をしよるんじゃ?」

 

 しゃがれた酷く冷淡な声が聞こえた。

 

「溺れて!助けて!」

 

「そんな浅い小川で溺れるわけがなかろうに」

 

「はい?」

 

 お婆さんの呆れを多分に含んだ声に、冷静になる。

 一旦冷静になってみれば目を閉じていても色々と分かってくる。

 ゆっくりとした水の流れがある事からここが川である事、自分が寝転んだ状態で川に浸かっている事、川の深さが座った状態で胸に届かないぐらいしかない事、とても澄んだ水の匂いである事等。

 命の危険はなさそうとわかり、心底ほっとする。

 

 落ち着きを取り戻した俺は手で顔を丁寧に拭い、ゆっくりと目を開いた。

 目に飛び込んできたのは木々を背景にした老婆の姿。

 下を見れば、泥で少しだけ濁った水に浸かる自分の姿。

 そして周囲を見渡せば、そこは見知らぬ森の中だと気づかされた。

 

 ……一先ずの状況は把握できた。

 先ほどの目の激痛は、俺が着水した時に巻き上がった泥が目に入ったからだろうとか。

 水温の冷たさとぬるさの微妙な加減から、今の季節が春か秋なのだろうとか。

 木漏れ日の光の強さから今が朝から昼にかけての時間なのだろうとか。

 

 落ち着けば余裕が出来る、状況が理解できれば余裕が出来る。

 余裕が生まれれば、現状がどこまで異常極まってるのかを理解できてしまう。

 

 俺は何故知らない場所にいて、川なんぞに放り込まれている?

 

「っぁ」

 

 何もかもがわからないという未知への恐怖に呑まれる寸前。

 

「あんたの事情は分からんが、ともかく川から上がったらどうじゃ?」

 

 というお婆さんの至極真っ当な言葉に救われた。

 そうだ、風邪を引いてしまう。急いで川から出なければ、と常識に縋って無理やり意識を逸らす。

 

 すぐさま川から上がり、お婆さんに礼を言う。

 

「ありがとうございました、色々な意味で助かりました」

 

「わたしは何もしとらんが……まあ無事みたいで何より。しかし、何があってそんな小川で焦ってたんじゃ?」

 

 お婆さんはなんとも言い難いような表情をしつつ、聞いてきた。

 それは誰より俺が聞きたい事である。何がなんだか、一つもわからん。

 とりあえず正直に言うしかない。

 

「いえ、すみません、何もわからないんです。何でここにいるのか、ここがどこなのかすらも」

 

 言葉にして、再び不安感がよみがえって来る。

 それが表情に出たのだろう。

 

「ふぅむ、嘘を言っているわけじゃなさそうじゃな。転んだ拍子に小川に落ちて、川底の石にでも頭をぶつけたのかも知れんのぅ」

 

 お婆さんは気遣うように呟く。

 頭をぶつけて、日本人としての記憶だけが残ってる?なんだそれ?小説かなにかかよ……。

 

 そこで俺の脳内に一つの憶測が生まれた。あの奇妙な夢が夢ではないという、荒唐無稽な憶測が。

 

 それを確かめる為、小川を覗き込む。泥も底に戻っており、綺麗に澄んだ水面には俺の姿が鮮明に写った。

 

 それは見知らぬ顔で、しかも、美少女の物だった。

 

 ……別角度の驚愕の事実が浮かび上がってきたが、黙殺する。黙殺する。黙殺する。大事な事で重大な事なので三度念じた。

 頭を触り、傷がないかを確認。たんこぶ一つないようだ。

 次いで服を見る。真っ白な袈裟のような服を着ているようだ。

 服をがさごそと探り、手持ちの道具はないかを確認。さりげなく下半身のチェックして……超絶安心。

 周囲と川の中を見渡し、俺の物と思わしき物は無いか確認。何も無い。

 少し跳んだり腕を伸ばしてみたり、身体を動かす。軽い動作確認ではあったが、それでもこの身体が驚くほどに滑らかに、力強く動く事はわかった。

 

 以上の事を踏まえて、俺は本当に転生したのだと気付かされた。

 全部夢であるという一縷の望みは残されているが、感覚や感情があまりにリアルである今、それに縋って行動するのは危険だろう。

 

「マジでか、なんで俺なんだよ……」

 

「大丈夫かい?何か思い出したかい?」

 

 心配そうに聞いてくるお婆さん。本当の本当に困っていると理解してもらえたらしい。

 

「いえ、さっぱりです。怪我とかは無いですけど、手持ちの物も記憶もないみたいで、どうにも完全に無事とは言えないみたいですね」

 

 ハハハ、と乾いた笑いが出てくる。

 

「ふむ、ともかくそのままでいるのはまずいじゃろ。一先ずはうちに来なさい」

 

「えっ、いいんですか?」

 

「まあ多少の打算はあるしの。じゃが連れて行く前にちょっと確認させてもらいたいんじゃが…手を出してもらえるかの?」

 

「ええ、それぐらいでしたら」

 

 俺は素直に手を見せる。

 

「ふむふむ、やはりたこ一つできとらん綺麗な手じゃの。それに剣も佩いていないようじゃし……大丈夫じゃろ」

 

 ああ、確かに手を見ればある程度どういう生活をしていたのかわかるか。

 綺麗な手というのは労働者階級ではあり得ない事であり、それだけで身分が高いという証になる。

 お婆さんが言った打算というのは、おそらくそこだろう。

 だとしたら、ここは素直に従った方が収まりが良いか。

 もし何かあったとしても、身体の調子から多少の困難ならどうにか出来るという確信がある。

 

「私の家はすぐ近くじゃ。ついて来なされ」

 

 そうして俺はかくしゃくとしたお婆さんの後をついて行くのであった。

 

 

 

 お婆さんの家は小川から歩いて一分という本当にすぐ近くにあった。

 

「今息子をつれてくるから、中に入って待ってておくれ。何も無い所じゃが、寛いでおくれよ。ああ、濡れた服じゃが、外に干し竿があるからそこに吊るしておくといい。その後は中に置いてある麻服を適当に着ておくれ」

 

「えっ、あ、はい。お気遣いありがとうございます」

 

「わたしのお古で悪いが我慢しておくれ。それじゃあ行ってくるよ」

 

 去っていくお婆さんを見送り、住居に目をやる。

 ……俺は驚いていた。

 教科書で見たままの竪穴式住居が鎮座ましましておられる。

 とりあえず中に入ってみる。

 台所的なものがあったり、竈があったり、寝床的な所があったり、藁で編まれた衣装ケースがあったりと生活感バリバリである。未だこの建物が現役であると容易に知れる。

 

「戦国時代じゃないとは言ってたけどよ……まさかそれよりずっと前とは、竪穴式住居が現役だったのっていつまでだ? 平安時代には寝殿造とか、板屋になってたよな? いや、地方だったらもっと後まで現役だっけ?」

 

 時代の考察がしにくい。

 色々な事に頭を悩ませつつ、お婆さんの言うとおり服を着替え、外に濡れた服を干しにいく。

 

「……これはもうあーだこーだ一人で悩むより、帰ってきたお婆さんに聞こう」

 

 再び中に入り、藁で編まれたござに座り込む。

 

「ふぅ、気温も結構暖かいし、風邪は大丈夫そうだな。あーやっと落ち着けた」

 

 一人になって落ち着いた所で、自分の身について考えてみる。

 川で確かめたのはかなり大雑把だったし、冷静になって現状をある程度受け止めた今なら、何か新たな発見があるかもしれない。

 色々確認していこう。

 

 まずは俺の外見について。

 非常に受け入れ難い問題であるが、避けようのない問題なので真っ先に処理しておきたい。

 今の俺の容姿を簡潔に表すなら、恐ろしいまでの美少女顔である。ちなみに上はないし下はある。あくまで美少女顔なだけだ。

 

 しかし何故上杉謙信を要望してこの容姿なのだろう?

 上杉謙信ではない、という事はないと思う。夢での出来事、白を基調とした袈裟、驚くほど軽妙な身体というのは分かり易い要素だろう。

 何か容姿について補正がかかる様な逸話でもあっただろうか?

 ……

 …

「あっ、あったわ」

 

 恐らく上杉謙信女性説の作用ではなかろうか。

 戦国BASAR○でもその片鱗は描かれており、かのキャラは女性か男性か敢えてはっきりと示唆せず、中性的な声と容姿にされていた。

 

「マジか、あんな眉唾伝説でここまでの補正がかかっちゃうの? 逸話補正やべぇな」

 

 一応、納得できた。

 俺はしっかりと上杉謙信として転生しているようだ。

 

「頭の中身はどうかね?」

 

 俺が前世でどういった人生を歩んだのか、二つの事柄以外はしっかりと覚えている。

 どういう最後を迎えて、なんと言う名前だったのか以外は。

 新しい人生を送らせる上で、不都合だったからだろうか……思ったより喪失感があった。たかが名前、覚えていても困るだけの最期だろうに。

 少し感傷に浸る。

 

「後で名前考えないとな」

 

 少しずれた答えをわざと溢し、切り替える。

 

「一時間で精一杯調べた事は覚えてるのかね」

 

 流し読み、斜め読み、飛ばし読みだった筈だが、PCで調べた内容は細部までしっかりと頭に入っていた。

 良かったと深く安堵する。この環境を見るに、俺の知識はどれもこれも値千金だ。

 上手く使いこなせれば、村民として暮らすにしろ、どこかに仕えるにしろ、王として立つにしろ、不足無くこなせるだろう。

 

 だがしかし、この世界についての知識だけはまるっきり存在していないのは気がかりだ。

 

「自分のスタートラインがわからんというのは厄介だな」

 

 俺という存在が唐突に現れたのなら良い。

 生活環境から察するに、戸籍管理はまだまだ杜撰な時代だろう。人が一人増えた所で大した騒ぎにはならないと思われる。役に立つ所を見せればどんな場所でもすぐに馴染めるだろう。

 

 だが川に落ちた衝撃で前世の記憶に目覚め、今世の記憶が上書きされてしまった。となるとかなり厄介だ。

 社会的立場、人間関係のしがらみというのはチートを振りかざしてどうにかなるものではない。不安定な状況下でいきなりチート無双なんかして軋轢を生みまくれば、最悪の場合は延々と命を狙われるか、籠の中の鳥として生涯飼い殺されるなんて事態になりかねない。

 

「とはいえ、調べる手段も限られるだろうしなぁ。ともかく、今は目の前の事に集中だな」

 

 自身に過去があったとして、もし重要な立場にあれば向こうから接触してくるだろう。

 こっちからは動く機会があればその時に、ぐらいの感覚で行こう。

 そう心に決めた。




5000文字前後ぐらいでちびちび上げます。
あと誤字脱字なんかはこっそり修正したりします。

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