今昔夢想   作:薬丸

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改訂済み。
劉邦没後のそれぞれの話、帳尻合わせのようなもの。


19.残された者達

 俺のその後を語る前に、仲間達のその後について少し話をしよう。

 とはいえ歴史は正史とあまり変わらずに進行していて、新たに語れる部分は少ないのだが。

 

 

 まずは呂雉について。

 ある意味、劉邦様が無くなった後の国と歴史の中心人物だしな。

 だが彼について語ろうにも、俺自身は劉邦様との最期の時以来彼に会っていないので、人から聞いた話、推測をまとめたものになる事をご了承願いたい。

 

 

 彼は劉邦様の死を隠蔽するようにと曹参さんから指示されていたにも関わらず、彼女の死を大々的に公表し、豪華絢爛な国葬を行った。

 見送りが多ければ多いだけ彼女が喜ぶとでも思ったのだろうか?全くもって度し難い行動をしてくれたものだ。

 

 そして彼は一年を喪に服しつつ、水面下で活発に動き続けていた。

 目的は恵帝支配の安定化……などではなく、劉邦様の残した全てを自身の物にし、劉邦様の威光を妨げる全ての存在を排除したいという狂気に溢れた物だった。

 

 

 まず彼は恵帝の地位を脅かす存在を表に裏に排除し始めた。その所業は悪鬼羅刹も震え上がる有り様で、誰よりも近くで悪逆非道を見せ付けられた心優しい恵帝は心を病んでしまった。

 

 悍ましい推測を述べさせてもらうなら、呂雉は恵帝の心をわざと病ませたのではないか、と俺は邪推している。

 劉邦様が発布した法律や政策を病的なまでに守らせ、恵帝自身には何も求めず、わざと凄惨な所業を見せつけた点から、大好きな劉邦様が作った国を好き勝手させないよう、恵帝のやる気を削いで傀儡にしようとしたのでは?と疑っている訳だ。

 

 

 次いで劉邦様の威光を輝かせる為、その他を貶め始めた。

 手始めに俺の功績をぶち壊し始めた。

 韓信、張良、蕭何の名声を出来るだけ貶め、俺の書いた指南書等が保管されている資料室を表向きには放火だと言って燃やし、不都合な人間に罪を押し付けて処分した。

 指南書は三役が書き記した事になっており、それが在り続ける限り名声を衰えさせる事が出来ないと思ったようだ。

 

 技術指南書の類は既にレプリカが大陸中に拡散されているのであまり問題はなかったのだが、新たな法律、政策、またその施行時期などを詳細に詰めた政治に関する書物、思想、王の在り方などを記した君主論などは日の目を見る事無く全て焼失した。

 

 噂では誰かが秘密裏に運びだしたとか、火事の中に突っ込んで回収されたとも言われているが、真実は闇の中だ。

 もし火事を避けて無事なら、まともな人の手に渡って知識が有効活用される事を祈っている。

 

 無くなったと言えば劉邦様に贈った銅板と銅鏡も、呂雉と劉邦様が描かれた部分以外は行方が知れないそうだ。

 火事騒ぎのどさくさに紛れて誰かが盗み出したらしく、その際に色々と失われたそうだ。

 正直そっちの方が指南書が燃えるよりよほど堪えた。

 

 

 俺の功績を叩き潰した彼は次いで、曹参さんや周勃さんなど元勲を含めた諸侯から宮中の文官まで、自分の意に沿わない人間の地位を失墜させた。

 

 仲間達が五胡の牽制や地方の不穏分子等の排除に奔走している間に、自身の持つ影響力、権力をフル活用して、呂雉にとって不都合な人物達の首を一斉にすげ替えたのだ。

 仲間達が気付いた時にはもう遅い。空いた席には呂雉の身内と都合の良い人物達がついてしまっており、中央は呂雉の手中に落ちたと言っても過言ではない状況にまで陥ってしまった。

 

 だがいくら根回しをしていたとはいえ、曹参さんや周勃さんを敵に回して生き残れる筈もなく、呂氏は一時隆盛を極めたが、数年後に一族郎党皆殺しとなった。

 仲間達の中でも盧綰さん、ハンカイさんが政変に大きく巻き込まれてしまったのは悔やまれてならない。

 

 当然そんな宮中の荒廃は民に漏れ、国は一層信用を無くし、民の活気は急速に失われていった。

 

 

 劉邦様恩顧の元勲達については多くを語る必要もない。

 彼らもまた歴史とそう大差ない流れを辿っていた。ただし歴史よりもだいぶ穏便な形で。

 

 盧綰さんもハンカイさんも正史では失意の中非業の死を遂げているが、彼らの名誉はそれほど落とされる事もなく、普通に生活している。

 

 盧綰さんは匈奴との境界線に近い都市に左遷させられたが、劉邦様を殺した憎き匈奴を、二度とこの地に踏み込ませるものかと決意を新たにしていたそうだ。

 

 ハンカイさんは身内に呂雉の血縁がいて、呂氏皆殺しに巻き込まれそうになったが、仲間の協力を得、名前を変えて生活しているらしい。

 

 曹参さん、周勃さん、夏侯嬰なんかは宮中を安定させた後は引き継ぎを行い、自分の領地を巧みに治めているそうだ。

 

 親しい友人が生き残った、これは俺の知る歴史の相違点として最も喜ぶべき所だろう。

 歴史と違う残りの点は、劉邦様が重要だと初期に出した幾つかの発布と政策施行ぐらいか。

 真名の浸透、教育の推奨、農業改革、職人制度、政教分離が主な変更点である。

 儒教の政治的関与だけはどうにか避けられた。仲間の生存の次に喜ぶべき、大きな変更点だろう。

 

 

 

 ……何故回想になんとからしいとか、なんとかだったそうだとか、他人事のような語り口になっているのかというと、呂雉と同様に彼らとも長らく会っていないからである。

 

 呂雉もいなくなり、国はどうにか安定した。彼らの忙しなかった時間も落ち着きを取り戻しているだろう。

 だから俺は彼らに会いに行くべきなのだ。会って全てを任せきりになった事を謝るべきなのだ。

 

 しかし、それが容易に出来ない事情があった。

 

 劉邦様の死から二十年近くの月日が経ったのだが、俺の容姿はこの世界に落ちた時のままなのである。

 正直、これは奇異過ぎる。

 その事については、共に過ごした十年間容姿の変わらず、異常な活躍をしていた俺を何の隔意もなく受け入れてくれたかつての仲間なら、受け入れてくれるかも知れない。

 だが、先の政変に全く関わらなかった負い目があり、会いづらさに輪をかけてしまっていた。

 月日が経てば経つだけ、俺の異常さと負い目が首を締めていくというのに、俺は結局二十年もの時間をふいにした。

 

 

 ああ、このまま会わなくてもいいか、皆元気でやっているとは風のうわさで聞いているし、と心が低い位置に流れ始めた頃に一通の手紙が届いた。

 曹参さんから送られてきたその手紙には、仲間がようやく揃えられそうだ、張術と共に集いに顔を出してはくれないか。という内容が書かれていた。

 俺はようやくそこで決意を新たにし、奇異に映り、嫌われても仕方がない。ともかく一度会って、あの時逃げたけじめをつけようと腹をくくった。

 

 張術を呼び、長安に行こうと誘うと彼女は一も二もなく頷いた。

 デートに誘ってくれるのは久しぶりだと喜んでくれ、すぐに発とうと言い出した。

 『今から出ると到着が早すぎるんだが』と言っても、『良いんです、久しぶりに治療の旅をしましょう!』と押し切られてしまった。

 教え子ほっぽりだして良いのだろうか?……また彼らに恨まれてしまうな。

 

 

 久しぶりの二人旅は順調に進行した。

 集合場所のある洛陽まではのんびりと一ヶ月ほどをかけた。

 何のハプニングもなく洛陽に着いたおかげで、集いまで十日程間が出来たので、宿屋を借りて期日を待つ事にした。

 十日間、第二の首都と呼ばれる洛陽の様子を見て回る。

 衣食住はとても安定して見えるし、治安も良さそうだ。

 だがなんだろうが、違和感がある。これほど良い生活を送っているというのに、漠然とした不安感が漂っている。

 

 しかし俺はその不安感を探ることはせず、呑気に張術と洛陽の街を観光めぐりするのだった。

 答えも、それに対して個人で打つ手がないのも分かっているからだ。

 

 

 十日後、俺は約束の場所に来たのだが、どうにも入りづらい。

 洛陽一の最高級料亭、白龍である。サイドメニュー一品に庶民の三日の食費が飛び、コースを頼むと三ヶ月の食費が飛ぶという訳わからん値段設定のお店である。

 庶民の金銭感覚を持っている身からしたら些か鯱張ってしまう。

 そして実は高級店は味が好みではないというのもあり、歩が勧めにくい。

 一時は宮廷にいた俺だが、宮廷料理は行事の時しか食べなかった。この時代の料理は調味料を使えば使うほど高級品!という価値観なのだ。

 農業改革と職人制度のおかげで、調味料をただ使うのではなく、調味料で素材を活かす方向へ料理の嗜好が向かいつつあるが、今はまだ本流となるには程遠い。

 そういう事もあり、俺としてはこういった類の高級店は是非ともお断りしたい。

 

 とはいえそれは小事だ。

 店に入りづらいなによりの理由は、なんかお店の周りに厳つい人が多数固めていてとても怖いからである。

 

 

 店の前で呆然としていると、ガタイが良すぎるあんちゃんがこちらに寄って来た。

 

「すいやせん、この店は今日貸し切りでして、他を当たってくだせぇ」

 

 物腰は柔らかいが、その風貌は明らかに堅気じゃないんだが……どこのヤクザが詰めてんの。あれ?もしかして店間違えた?

 

「私達はその店に用があるのです」

 

 張術は颯爽と前に出て、曹参さんの手紙を見せる。するとあんちゃんの顔色が変わり、慌てた様子で振り返り、人垣に向かって手を振ると人垣がさっと割れた。

 

「失礼しやした、お若く見えると聞いてはいましたが、まさかここまでお若い人が医聖張術様とは思いもよらず。あの、呼ばれたもうお一方は?」

 

「遅れるそうです。この子は私の助手なのですが、入っても?」

 

 これは俺の名前と年齢が一致しなくて起こるだろうトラブルを避ける為の嘘だ。

 先ほどの張術の反応を見ても、事前に打ち合わせをしていて良かったと思う。

 

「ええ、構いやせん。中におられる方々も数人の護衛が張り付いてやす。では自分が案内致しやす」

 

 そう言ってあんちゃんは先を歩き出した。

 

 

 そして奥にある大部屋の前まで連れて来られた。部屋の前には二十人程が待機しており、如何にも腕利きといった風体ばかりが集められている。

 

「失礼しやす、張術様とお付の方、二名お連れしました」

 

 ガタイの良いあんちゃんは部屋の中に向けてそう言う、すぐに許可が出て、俺らを部屋の中へと促す。

 部屋に入れば、そこには見知った顔も見知らぬ顔もいた。

 

 顔を見て分かるのは、曹参さん、周勃さん、盧綰さん、ハンカイさん、夏侯嬰、陳平さんだ。

 その顔を見て、俺は涙が出そうになった。

 あまりの懐かしさに、そして彼らがお爺ちゃんお婆ちゃんになっている寂しさに。

 

「……お久しぶりです、お二人共」

 

 そう口火を切ったのは曹参さんだ。

 

「ええ、曹参さんは二十年、他の皆さんとは三十年近くぶりになりますね」

 

 俺がそう返せば、半分の顔ぶれが、は?という顔をする。

 

「もうそれほどになりますか、いやはや、私も年を取るわけです」

 

 声は枯れてしまっているが、その丁寧な喋り方は変わらない。その事実にまた涙が出そうになる。

 

「そうですか、そうですね、光琳さん」

 

「お祖父様!この者、お祖父様の真名を!」

 

 ああ、気が抜けてつい真名を呼んでしまった。

 気色ばんだ彼は曹参さんのお孫さんか。見た目は俺と同い年ぐらいで、うん、顔立ちは曹参さんによく似ている。

 

「黙れ曹奇、お前をこの場に居合わせたのは顔見せの為だけだ。私達の会話に入って来る許可は出しておらん」

 

 おう、急に口調変えられると怖いじゃないか。料亭の周りを囲ませたのは曹参さんだったのか?と勘ぐってしまうレベルの圧を感じたよ。

 

「し、しかし、お祖父様」

 

「真名を呼んだと言うが、この人以上に私の真名を呼ぶ資格を持つ人はおらん」

 

「おいおい、光琳、そこまでにしてやれよ。誰がこいつの容姿を見て、かの神仙と名高き蕭何様と分かるよ」

 

「そうですよ、と、そうっすよ、光琳さん、大目に見てあげくださいっす。俺達ですらちょっと驚いてるし、お孫さんとなりゃ受け入れられないのも仕方ないっすよ」

 

「本当に白殿はおかわりもなく、まるであの時に戻ったかのように感じますからな」

 

「ええ、白ちゃんを見てると涙が出ちゃいそうになるわよね」

 

 皆が温かい眼をこちらに向けてくれる。俺はこの二十年、なにを勝手にわだかまっていたのか。

 お孫さん達が話について行けてないと戸惑いまくっているけど、まあいいかな。

 

 その後、皆のお孫さんの紹介をし合う事になった。

 曹参さん、周勃さん、夏侯嬰、陳平は言うに及ばず、政変に巻き込まれた盧綰さんとハンカイさんも実は強い影響力を持っている。

 盧綰さんは対匈奴の要衝を纏める重要な立場にいるし、ハンカイさんは逃れた長沙方面で一旗上げ、あれよあれよと豪族に類する立ち位置に就いたらしい。

 そんな大戦の、建国の、救国の英雄達の孫が顔見知りになり、結束するというのは非常に強い意味を持つ。

 まあ同窓会のついでというのが締まらないけどね。




大体呂雉のせい。

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