とある不幸なソードアートオンライン   作:煽伊依緒

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第二十八話(第二十九話)です!

更新遅れてしまって申し訳ありません……

申し訳ありませんが次回も遅れる可能性が高いです。出来るだけ早めに上げるつもりですが、一か月後以上になってしまうかもしれません……。

では、変な出だしになりましたが二十八話楽しんで読んでいただければ幸いです!


第二十八話《強さ》~聖晶石~

ツッ……!

 

そんな短い吐息は離れているのにもかかわらず上条まで聞こえてきた。

それはキリトが愛剣を振りあげた時に発した微かな吐息であり、彼の危機を知らせるものだ。振りあげた剣はニコラスの斧に当たることなく空中を切り振りあげた形で回転する。振りかざされる斧。赤く鈍く光るそれは確実にキリトの左腕を切り裂いた。

 

「……くっ……!」

 

それでも上条は動けなかった。まるで自分の足が恐怖、いやまるで何者かに捕まれている様に(・・・・・・・・・・・・・)

動け、動け!

いくら命じても上条の足は動かない。さながらこの光景を見届けろと言わんばかりに。

飛び散るキリトの腕、赤いポリゴン片を振りまきながら飛び散ったキリトの腕は雪の上で二、三回バウンドすると止まり、数秒も立てずに爆散した。

 

「ウアアアアアアアアアッ!」

 

キリトの叫び声だ。左腕を切り裂かれた憎しみ、恐怖からではなく自分を鼓舞するようなそんな叫び。キリトはもう一度右腕だけで剣を構えるとニコラス目掛けて突撃していく。HPは既に黄色に輝いている。

 

〈ぐごおおおおぐぅぅぅ!〉

 

止め――――。

叫べない。はめ殺しではないか。助けたい、手を貸したい、声を掛けたい、少しでも、少しでもいい、目の前で苦しんでいるあいつを助けてやりたい。なのに!

 

(どうして体が動かないんだ……⁉)

 

上条は動かない自分の体と格闘し続ける。唯一右腕が動くことに全く気が付かないまま。

躱し、弾き、逸らす。多種多様な剣劇。それは上条の目に儚く映り寒気を覚えさせるものだった。それはどう見てもキリトが上手く動けていないからだ。

人は片腕がなくなるとうまく歩けなくなる――――それは単純に腕がなくなることによって生まれた重量の変化が人のバランス感覚を狂わせ動けなくなるというものだ。

そして現に今目の前でそれが起こっている。

躓きそうな足取りでニコラスと距離を取り、斧の振り下ろしを躱し、右腕だけで斧を弾く。やっているのはこれの反復だ。時間はかかり、手傷もほとんど与えられないが今のキリトにとってはこの程度が限界なのだろう。

 

「ハアアアアアッ!」

〈ぐごおおおううう⁉〉

 

突然キリトがニコラスに突進していく。左腕が復活し万全の状態で動けるようになったキリトは真っ先に斧を上段に構えたせいでがら空きになった胴体を狙いに走る。

一撃、また一撃と赤い線がニコラスの体に走るたびに少しずつHpが削られていき、全体の残り一割を切った。どうやらキリトは先程までの攻防で九割近くも削っていたらしい。

改めて火力の違いを思い知らされる。流石としか言いようがなかった。何せ上条がオレンジプレイヤーと化した《聖竜連合》のメンバーを倒すのに掛けた時間だけでボス級のモンスターをここまで削ったのだ。

 

「あと少し、後少しなんだっっ……!」

 

キリトは叫んだ。彼女の名を。

 

「サチッ!」

 

クラインなどのキリトに比較的近しい人に聞いた。キリトがギルドに入っていたこと、キリトからギルドに所属しているマークが消えた辺りからキリトの行動がおかしくなったことなどを、だ。

でもそれは上条がアインクラッドに来る前の話であった。せめてその時自分がいれば、そう考えてしまう。上条はそう考えずにはいられなかった。何せほんの少し前の事だったのだ、その事件は。

 

「せええええええあああああああッ!」

〈ぐごおっ⁉〉

 

キリトはニコラスの背中に一線赤いポリゴンの線を入れるとすぐさまその場を飛びのき、出来るだけニコラスの死角にいようと走り続ける。その速さは上条には及ばないものの十分に早いと言えるものであった。

だからこそなのかもしれない。ほんの少し前に起こった事件、その直後に現れた謎のハイレベルプレイヤー。キリトからしてみれば必死に頑張り上げたはずのレベル。もっとレベルが高ければ防げたかもしれない事件。

 

(だからこそ、あいつはあの時俺を怒鳴りつけた……このゲームはゲームじゃないと。遊びなんかじゃないって)

 

下がりに下がって眼球の動きだけで雪を見ていた上条は前を向いた。ただただ前を向いた。

そこにいる本物の勇者の姿を目に焼き付けるために。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

早く、まだ上がる。まだ、まだッ!

雪の上を高速で走り続ける。断続的に聞こえる雪を踏みつける音はもはやサクッ、という音からザザザザザザッという音に変わっていた。

するとダンッ! と。ニコラスはしびれを切らしたのかそれともしっかりとキリトを捉えたのか斧を真下へと叩きつけた。だが、叩きつけた時には既にキリトの姿はそこにはいない。

 

「せあッ!」

 

単発式のソードスキルをまた下を潜り抜けながら放つ。人間が浴びればひとたまりもないだろう攻撃をキリトは躊躇いなく行うと、また下を抜けるときにつけた勢いを殺さずあえてそのままにして雪の上を転がりニコラスから距離を取る。

既にこれと同じ要領で九割ほど削った。レベルが高いからか、はたまた武器が強いからか、それとも技術がいいからか。そんな事は分からない、分からないがただ自分の中にそれを誇るような気持が浮かんでこないのも事実であった。

 

「なあ、ニコラス。お前に聞くのもあれなんだけどさ」

 

ぽつりぽつりと溢すように、訴える様に。キリトは無自覚のまま話し始めた。

後ろに上条が固まって動けないことなど知らずに。

 

「俺は、間違っていたんだよな?」

 

ザンッ! と。上段から振るわれた強力な一撃はキリトがスッと横にずれたことによって雪に刺さり鋭い音を立てる。そしてそのままキリトはゆっくりと前へと進んでいく。

 

「本当はレベルを彼らに明かすべきだった。ビーターであることも、彼らが輝いて見えたという事も」

 

ブンッ! ブンッ! と。横なぎに振るわれた二連撃。赤い光をまとったその攻撃をキリトは屈んで、飛んで。たったそれだけの動作で避け切る。

そして、止まらない。ゆっくりとゆっくりとニコラスへと近づいていく。

 

「それから、俺は聞かなきゃいけないんだ。彼女―――サチの遺言を」

〈グゴオオオオオッ!〉

 

獣で言えば雄叫びだろうか。そんな感じのものが今の叫びからは感じ取れた。こいつも生きているのかもしれない―――そんな事をふと考えてしまう。仮想世界の住人や敵は命などないと分かっているのに。

 

「どんな罵詈雑言だろうが、どんな罪状だろうが、どんな憎しみの言葉であろうが、俺は聞かなきゃいけないんだ。サチの言葉を、彼女が最後に俺に対して言った言葉をッ!」

 

その瞬間飛んだ。この動作は単にニコラスによる斧の振り下ろしを回避し、且つ攻撃へと転化させるための布石だ。心の中でそう思うとキリトは目を大きく見開いてニコラスの斧を飛び越え、その頭を叩き切った。

 

〈グッゴオオオオオオオッ‼〉

 

四連撃ソードスキル。その全弾を頭にぶち当てて地面に降り立つ。いくらボスモンスター級のモンスターだからと言って後一割も残っていないHPで耐えられるものでは――――。

 

〈グオオオ!〉

「⁉」

 

何をどう思っていたのだろうか。此処まで一気に削れたことによる慢心か、それともただの自己暗示による思い上がりか。どう考えたってボス級モンスターのHPを一割も削れるはずがない。

 

(まず――――ッ!)

 

ドガアアッ‼ 振り切られた斧はキリトの胴体に突き刺さり軽々と吹き飛ばした。左上のHPバーはみるみる減少し、残り二割と言ったところで止まる。

ポーションを……ッ! そう思ってバックパックを漁るが一つもない。既にすべてを消費し終えている。

 

「サ、チ」

 

手を着いた。真っ白な雪の上、奇怪なサンタの服を着た怪物の前で何かを願い、助けを求める様に。

 

〈グゴゴゴゴオオオオッ!〉

(ああ、ここで終わるのか……ここで……)

 

キリトは目を閉じた。諦めたかった? 全てを、何もかもを? いや、違う。きっとこの思いは、あいつに会って、感じて、俺は……!

――――諦められない。

 

「諦めて、たまるかよおおおおおッ!」

 

硬直が終わる。吹き飛ばされなお続いていた硬直が溶けた瞬間、キリトは飛び出した。

真っ直ぐに走り出す。サチへの贖罪も、罪滅ぼしも、そうした気になっていたのも全部、この一撃にかけて――――ッ!

 

突進系ソードスキル。それを右腕の剣で発動させニコラスとの数メートルの間合いを一瞬で詰める。一歩一歩踏みしめるたびに飛び散る雪はまるで自分の心を覆っていた何かを払拭する様に、本音を曳きづりだすように激しく散っていく。

 

「うああああああああッッ―――!」

 

キリトのソードスキルはニコラスの右足を正確に捉え残っていたHPを全て吹き飛ばした。

 

〈グオオオオッ……!〉

 

キリトが突き刺した剣は爆散したニコラスのポリゴン片によってキラキラと輝いて、それが消えた後鈍く光った。

キラキラと降り続ける雪は止まったままのキリトの上へと積もっていく。倒したのだ、これで俺はようやくサチの言葉を――――。

 

「……十、秒…………?」

 

俺は手にした青い水晶のような物を震えながらもしっかりとつかんだ。

『環魂の聖晶石』

プレイヤーが死亡後十秒以内であれば名前を入れ復活させることが出来る。

キリトはその文字を見て固まり、動けなくなった。

延々と雪が降り続ける世界。残されたのはキリトと剣。そして、青い聖晶石。これだけが残された。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

サクッサクッと軽い音を立てながら上条はキリトの居たエリアから出てくる。

何かが淡く消えるようなシュワンという音とともに転移されクライン達の待つエリアへと入った。

 

「トウマ……?」

「すまん、俺にはあいつを救うことが出来なかった」

「……⁉」

「あいつは生きてるよ。生きてる。ああ、ただ生きてるだけだ」

「どういうことだ……?」

「会えばわかるよ」

 

上条は顔に少し笑みを浮かべてそう言うとクラインの制止を手で制してそのまま歩き続ける。

すると、

 

「なあ、トウマ。キリトが生きてる。それだけでもいい話なはずなのになんであんたはそんな絶望した顔をしているんだ?」

「……クライン。キリトが出てきても俺が居たという事は内緒にしてくれないか」

「⁉ それは……!」

「じゃあ、な」

 

上条は歩みを早めた。

意外なところで察しのいいクラインなら気が付いているだろう。

上条が、キリトを助けられなかったと。いや助けなかったと。

 

「……どうしてだよ……」

 

ぽつりぽつりと口から吐き出される。

淡々と、淡々と、淡泊に言う。言うたびに自分の心が傷付いているのに、それに気が付いて一番傷ついているのに!

 

「なんであの時動けなかったんだよおおおおおおおおおッ!」

 

既に他エリアに入っていることは分かっていた。

この叫びは誰に聞かせるためでもない。ただただ自分に、自分へと。

 

「あいつは、あのままじゃ! 壊れちまうだろうがああああああッ!」

 

叫ぶ。叫んだあげく上条は自分の腕で頬を殴りつけた。

HPバーがほんのわずかに減少し上条のHPが少し減ったことを示した。

少し、少しだ。

それに比べてキリトは、キリトはッ!

 

「もう、二度と。あんなことはッ!」

 

上条は願い、誓った。

神様なんて自分にとってほとんど縁がないのに、自分は不運だから祈っても叶う可能性などほぼあり得ないのに。

それでも―――――。

 

「あんな、なんであんなにいい奴が、ここまで苦しんで最後に笑えない! あいつは頑張った! がむしゃらでも、必死に、頑張った! それなのに救われない、そんなの可笑しいじゃねえか。過去にあいつが何をしたのかなんてほんの少ししか知らない。人づてに聞いたってそんなの本人に比べれば微々たるもんだろ、そんなこと分かっている。それでも俺は! あいつの心が、黒くなっていくのをこの目で見た! 目の前で動けないまま、俺は!」

 

まくし立てすぎて息がつまる。

ニコラスに立ち向かっていく時の顔、立ち向かっている時の顔、倒した時の顔、そして蘇生アイテムを手に入れた時のあの顔を上条は覚えていた。

徐々にほんの少しだけ明るくなっていたキリトの顔が一気にどん底に落とされた顔を。

 

「あいつを救ってやらねえと……」

 

ゆらりと立ち上がる。

いつの間にかひざを折ってその場に座り込んでいたようだ。

そのままフラフラと歩く上条の姿は誰がどう見ても今にも死にそうな、そんな感情を抱かせるものだった。

 

そしてこの後上条は数層上でチラリと見掛けたキリトが表面だけ笑顔になっており、少し不安にそして少し安心した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「キリのじ……!」

「クライン……」

 

待っていてくれたのか、と思った。

いや、クラインはこんな奴だと思い納得する。自分の様な人間にも情が厚いのだ。

だからこそ俺は何も言わずにクラインに聖晶石を放った。

 

「これは……」

「蘇生アイテムだ……次にお前の目の前で死んだ奴に使ってやってくれ」

「……えーっと何々……? 死亡後、十秒……⁉」

 

歩き出す。これ以上この場に立ち止まっている意味はないと。

しかし、ふと腕を掴まれた。顔を後ろに向ければ泣きそうな顔をした中年のおっさんのような顔があった。

 

「キリト、キリトよおおぉ……お前は生きろよ、お前は……」

「次にお前の目の前で死んだ奴に使ってやってくれ」

 

俺は強調するようにそう言うとクライン達を置いて隣のエリアへと消えていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「やりすぎ、かな」

 

静かな部屋にそう響く。

 

「やりすぎよ。なんであそこで動けなくしたのよ」

「あそこは一人でやるところかなと」

「馬鹿ね。あそこは一人でやらせちゃあの子は壊れちゃうでしょ」

「それもそうかな」

 

ただの音は響き絡み合って消えていく。

何処にもない空間へと。

 

「まあ、今後に期待、かな?」

 

音はそこで終わる。まるで期待通りと言うように。




いかがだったでしょうか……?

今回も前回から引き継いで上条さんがアインクラッドに来た少し後というところです。
前回同様こんなことがあったのか、と言うような感じで読んでいただければ嬉しいです。

ではいつも通りに誤字や脱字、よりよい表現などありましたら感想までよろしくお願いします!

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