更新少し遅れてすみませんでした……作者も悩みながら必死に書いておりますので気長にお待ちいただければ幸いです……。
それでは二十七話、楽しんでいただければ幸いです!
思い出す。
昔のことを思い出す。
親を失い、母親の妹さんの家庭に預けられているという事を知った時の事。
ネットゲームという他人との直接的な関わり合いがなく、全く別の関わりを持てるものを知った時の事。
VRMMOというある意味ネットゲームの頂点にあるようなものを手に入れた時の事。
そしてそれの中に捕らわれ、ゲームをクリアするまで出ることが出来なくなった時の事。
人を、殺してしまった時の事。
「ウオオオオオオオオオオオオオッ!」
〈グギュルゥゥゥ⁉〉
思い出しながらも剣を振るう。自分の愛用する重たく、長く黒い剣は的確に相手の顎を切り上げた。続けざまに切る。作ってもらった水色に光る剣を、黒の剣を、何度も何度も獣に切り付け続けた、
〈グギュオオオオ‼〉
と、キリトが一心不乱に剣を振り続けていた時、獣は怒りを覚えたのか手にもつ剣を掴んだまま上段から切りかかってくる。
しかしキリトはこれを難なく躱すとそのまま勢いを殺さずに獣の股から背中に抜けて、獣の尻に当たる部分を単発式のソードスキルで切り付けた。
〈ギュオッ⁉〉
思い出す。
人を殺し悔やんだ後に、あの男と出会ってほんの少しだけ気分が軽くなったことを。そしてそれがただの自己満足の贖罪だという事も。
〈ギュオオオオオオッ‼〉
獣がこちらを振り向いた。剣を構えこちらを睨みつけてくる。だが、キリトはソードスキルによる硬直で未だ動けないでいた。獣が剣を振りかぶり、振り下ろしてくる。単純なその動作はキリトにほんの少しの死と言う感覚を味あわせた。
「キリト!」
「だめだ! 来るなッ!」
その直後に硬直は解けキリトは《クロス・ブロック》を使って何とか剣を受け止める。はっきり言うと限界だった。
キリトがボス戦に参戦してから既に二十分は経過しただろう。その間、キリトは与えられるであろうダメージを与えながらも後ろにいる軍の兵士を守り、戦い続けた。今は大半の兵士が自力で外に逃げ出しているが、重症な兵士や疲れ切っている兵士などは未だに取り残されたままだ。
「クッ……⁉」
突如として迫ってきた剣を間一髪のところで弾き、後ろに下がる。
見れば獣はキリトが《クロス・ブロック》を使って剣を弾き返した後に助走をつけてキリトに切りかかってきていたらしい。
「キリト! もう我慢ならねえ、俺も行くぜ!」
「馬鹿野郎! 来るなって言ってるだろ!」
ほんの一瞬、ほんの一瞬だった。
クラインの言葉にキリトは反応し後ろを振り向いてしまった。
それは死闘を繰り広げている相手にとってはまさに好機以外の何物でもない。
「しまっ⁉」
横なぎに振るわれた剣はキリトが必死に受け止めようとした二本の剣と激しく衝突し、キリトを壁に吹き飛ばした。
とてつもない大きさの音がボス部屋に響き渡る。
瓦解する壁の音と瓦解した壁の破片とともに転がるキリトの体。HPバーは既にレッドにまで陥り、残り一割も残っていない。
「キリト!」
「クラ、イン! 来るな!」
キリトは腕に力を込めて立ち上がった。そしてその必死な形相はもはやいつものキリトとはかけ離れていてただの獣のようにしか見えない。
もう一度、立ち上がる。立ち上がってキリトはポーションを思いっきり呷った。じわじわと右側に増え始めるHPだが、それが止まるのを待ってくれる獣ではない。
〈ギュルルルルルルッッ!〉
「来いよ、来いよ」
淡々と、淡々と呟く。
ただの自己満足の贖罪を続け、その相手すらも自らの保身のために全力を出すことのできなかった。そんな自分が、憎かった。悔しかった。しかし諦めてしまえばそこで終わるはずのことを、狂人と化してしまったほうがましなことを、キリトは――――。
「来いよおおおおおおおおおおおおおおッ!」
〈ギュオオオオオオッ!〉
獣の剣がキリトに向く。鋭く光るその剣は真っ直ぐにキリトの方へと向かう。上段切り。
しかし真上からの攻撃をキリトは避けることなく再度《クロス・ブロック》で受け止める。そしてそのまま受け止めた剣を弾き飛ばす。
「《スターバースト・ストリーム》ッッ!」
〈ギュオッ⁉〉
青く光る線が次々と獣の体に突き刺さっていく。何連撃も、何連撃も、獣の体を切り裂き、抉る。一度剣を振るうたびに綺麗なエフェクトが宙を舞い、獣の体を削っていることを教えてくれた。
だが―――、
「クッ……!」
十連撃目、そこでノックバックからほんの少し立ち上がった獣はあらん限りの力をとしてだろう。キリトの剣筋に大剣を合わせてきた。
キン。そんな軽い音はキリトの剣が獣の剣を押したが、獣に攻撃が当たっていないことを明確に表している。
十一連撃目、続けざまとばかりに獣はまたしてもキリトの剣筋に自分の剣を置いて体を守った。
「なッ!」
〈ギュルルオオオオオッ!〉
獣が叫ぶ。
《スターバースト・ストリーム》の連撃数は十六。
後五連撃しか残っていない。
十二連撃目、何と今度は獣が剣を振るいキリトの剣筋とかぶらせてきた。ギイイイイン。金属同士が激しくぶつかり合い火花を大量に散らす。だが、こちらはソードスキルで獣はただの切り上げだ。物量戦ではこちらの方に分がある―――そう考えていたキリトだったが、その考えはやすやすと打ち砕かれた。
〈ギュオ!〉
「なッ、馬鹿な⁉」
十二連撃目。確かにソードスキルと切り上げがぶつかったはずなのにキリトの剣は弾かれ、獣の剣がキリトに迫ってくる。鈍く光る獣の剣はまたしてもキリトに死と言う感覚を味あわせ、息を止めさせた。
「クッ、ソやろッ!」
十三連撃目を切り上げの剣の横っ腹にぶち当てた。すると今度こそ獣の剣は横へと逸れキリトの横を切り上げるに終わる。
十四連撃目、剣を振りあげ切った獣の胴を切り裂いた。赤いポリゴンの破片とキリトの剣の青い線が交じり合い幻想的な情景をその場に映し出す。
十五連撃目。パシッ、と。何かを軽くたたくような音とともにキリトの剣は無慈悲にも獣に掴まれた。それでも――――。
「ウオオオオオオオッ!」
下からの突き上げ。《スターバースト・ストリーム》の十六連撃目である攻撃をキリトは全力を持って獣に突き刺す。
〈ギュウゥゥゥゥッ!〉
絶句した。
あれだけ削り続けたはずのHPはよく見ればもう一本分丸々残っているのだ。
「馬鹿なッ!」
〈ギュオッ!〉
避けられない―――――!
状況ではなく感覚的に悟る。獣を見れば今しがたその場に踏みとどまって特殊攻撃であるブレスの予備動作を起こしている。
剣による切り付けでは避けられる可能性にこのボスは気が付いたのかもしれなかった。この状況で広範囲の攻撃を使われれば確実にキリトは死ぬ。ほんの一瞬横目で自分のHPバーを確認すればまだHPは三割ほどしかないことが分かったのだ。
(ああ、俺死ぬのか……)
顔から血の気が引けていくのが分かる。段々と段々と意識が遠くなるような、それでいて何かに駆り立てられるような―――。
(――――ああ、そうか。これがあの時も感じた……)
思い出していく。あの日、サチを見て感じた気持ちを。サチが感じたであろう気持ちを。あの日のことを――――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「なあ、アルゴ……」
「どうしたキー坊」
「蘇生アイテム、この世界には存在しないのか」
「キー坊、その質問に答えるのは十回目を超えているゾ」
「そうか……」
あの日、あの時。確かに俺は手を伸ばした。それでも届かなかった。守ると言ったあの人を、サチを、守ることが出来なかった。
「……背教者ニコラス、か」
「本当にソロで挑むつもりなのカ? あの拳闘士はどうしタ?」
「俺のしがらみにあいつを突き合わせる気はないよ」
言えばあいつは必ず来るだろう。どんなことをしていても、誰かが死にそうになっていればその人を助けてからギリギリのタイミングでやって来るだろう。
「そうだ、これは俺の問題だ。あいつがどう言おうと俺がどうにかしなきゃなんないんだ……ッ!」
「キー坊。あんまりため込まない方がいいと思うゾ」
「いや、いいんだ。それより何か新しい情報はあるか?」
「……キー坊。オイラこの情報を渡したくないんだガ……」
雪の降る街でアルゴはベンチに座りながら静かにキリトにそう告げた。
それでもキリトは虚ろな目のままアルゴに問いかける。
「アルゴ、情報があるなら出してほしい。この通りだ」
「そこまで言うならキー坊、条件ダ。ニコラスはあの拳闘士……トウマ? とか言ったけナ。そいつと一緒に行く、これなら情報を渡してもいい」
「……どうしてだ」
「今キー坊のレベルがどの程度なのかは分からなイ。でも、ボスモンスターにも匹敵するような怪物を一人で相手するのはいくらキー坊でも無謀すぎル!」
「それは俺の勝手だよアルゴ……」
「キー坊……?」
アルゴは心配するような弱々しい声でキリトの顔色を窺ってくる。
そんな様子にキリトは少し申し訳ない気持ちを抱きながらも強い意志を込めて言葉を口に出す。
「頼むアルゴ、情報を教えてくれ……」
「……死なないと約束できるなら渡すヨ」
「ありがとう、アルゴ……」
キリトはそう言った。
でも、キリトの中には確固とした意志があり続けていた。
その後アルゴと別れ自分の部屋に戻るとキリトは自分の装備の点検をし始めた。もちろん明日のニコラスとの戦いのためだ。
「俺は、ソロで挑めばほぼ間違いなく死ぬだろう」
一人の部屋で愚痴るようにそう呟く。何度も、何度も。
アルゴには言わなかった。ただ一つ心の底にあった真意だ。いや、逆に俺は死にたいのかもしれないとすら思った。サチや月夜の黒猫団というギルドを殺した自分に対する罪。そう捉えているのかもしれない。
「……これで、行くか」
キリトは一つの剣をオブジェクト化させ手で握りしめる。その剣は重く、しっかりとした感触をキリトの手に味あわせた。
そして、暗い部屋で窓から入る街灯の光で鈍く輝くその剣はキリトをもう一度奮い立たせた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ザッ、ザッ、と雪を踏みつける音がその場に響く。
背教者ニコラスを倒すためにキリトは一人で森の中を歩いていた。
「サチ……」
ポツリと言葉を発した。
その声はか細く誰の耳にも届かない。そう、すぐキリトのすぐ後ろを歩いて尾行していた者たちにも、だ。
「出て来いよ。尾行なんてしても無駄だぞ」
次の瞬間だ。
キリトの居たエリアに複数の男たちが入ってきた。
それぞれ刀や小手などのまるで昔の侍の様な装備をしている――――。
「クライン……どうしてだよ」
「いやー、さ。あれだ、俺はまだおめえさんには死んでほしくねぇんだよ」
「……」
「俺たちはアイテムは要らねえ。ただおめえさんの手伝いをさせてほしいんだ」
「……」
キリトは何もしゃべらなかった。
うつむいて顔を隠し、肩を震わせ、その場から動かない。
「キリのじ……?」
「クライン」
「ん? なんだよキリのじ」
「すまん、この件については関わらないでくれ」
「なッ、おめえさんそれじゃあ――――」
その瞬間だ。
キリトとクラインの居るエリアに何者か、いや複数人の人間が入ってきた。
「《聖竜連合》⁉」
「お前等も後を着けられてたみたいだな」
「チィ……」
《聖竜連合》の連中は一部でアイテムのためなら人を切ることさえためらわないと言われ危険な印象が強いギルドの一つだ。
そしてそんな連中は各々腰や肩に装備した剣を抜きこちらとにらみ合う形をとる。
「おいおいおい……待て待て待て……あいつらここでやる気か⁉ 冗談じゃねぇぞ!」
「……ッ!」
キリトも渋々と言った感じで剣を抜き構えを取る。既に周りの《風林火山》の連中も刀を抜いて構えを取っていた。
唇を噛み締める。こういう展開にはしたくなかった。
レアアイテムの取り合い。それは時に人を殺すことにも発展するほどだ。蘇生アイテムだとすればそれが起こる確率はさらに上がるだろう。
「ちぃ……こうなったらしょうがねえか……」
「クライン?」
「キリト、お前先に行け。俺等もすぐ後を追っかけるからよ」
「……⁉ すまない」
「いいってことよ、ほら、早く行け」
キリトは無言で頷き返すと隣のエリアへと走って行った。
その後ろ姿を見て、ひそかに微笑んだクラインのことなど知らずに。
「すまねぇなお前等。巻き込んじまってよ……」
そう呟きかける同じギルドの仲間たちは苦笑いを浮かべながらも誰一人として不平不満を言わなかった。
我ながらいい仲間を持てたなとクラインは思う。逆にこんな奴等だからこそあの時――――キリトに誘われた時もその誘いを断ったのかもしれない。と、その時。目の前で《聖竜連合》の幹部と思わしきプレイヤーが部下たちに指示を出し、少しずつこちらを包囲するような形になり始めた。
「いいかお前等、こっちからは手ェ出すなよ……」
『了解……』
じりじりとにらみ合いが続く。
《風林火山》のメンバーたちは徐々に円形になりながらも武器を下さない。降参する気は毛頭ないのだ。
「――――」
「――ッ‼」
その瞬間、戦いは始まった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
何と言ったかなど聞こえなかった。
いや、聞こえただろうがもはやそんな事は関係ないと脳が判断したのか。その瞬間《聖竜連合》のメンバー達は《風林火山》に襲い掛かった。
怒声や金属音、はたまた打撃音がそのエリアを埋め尽くす。戦力差は二倍を優に超え、レベルとしてもあまり敵わない。そんな状況を均衡まで持ち込んだのはもはや彼等の意地と練度によるものだろう。敵がこちらを攻撃するのにこちらは防御することしか出来ない。そのジレンマと戦うことだって容易ではないだろうに。
「まだだッ! まだッ、耐えるんだ!」
クラインの仲間を鼓舞する声が聞こえる。こんな状況で、自分のことさえ満足にできない状況で、尚仲間を鼓舞した。それは偏にクラインの仲間想いの気持ちからだろう。
また一人、また一人と《聖竜連合》のメンバー達のカーソルがオレンジ色に染まっていく。なぜあんなにも簡単にオレンジに成れるのか、俺には分からなかった。
人殺しを楽しむ奴等も、人を傷つけることを厭わない奴等の事も、俺には―――――――。
「お前等! 行くぞぉぉぉぉッッッ!」
『ウオオオオオオオッ!』
――――合図だ。
ようやく、俺も――――。
「なッ」
「貴様いったいどこから―――ッ!」
PKに対抗するには同じPKの技を身に着けるのが手っ取り早い―――。
そう言って苦しそうな顔をして送り出したあいつの顔を思い出した。
「トウマッ!」
「ああッ!」
クラインの呼びかけに応じ、上条はオレンジ集団と化した《聖竜連合》のメンバーを次々と動けないようにしていく。しかし、その手段はまさしくPK技、麻痺毒だった。
「トウマ、幹部だ。一番偉そうな奴を!」
「……了解ッ!」
迅速に、且つ穏便に。
まるで盗賊のような動きをしながら上条は幹部だと思われるプレイヤーに肉薄する。
「……ッ!」
「ハッ……!」
一気に幹部の背後に回り込むと背中から組みかかり、その場に組み伏せた。一瞬の出来事だ。散々PKと戦うためにこの技術を磨いてきた上条にはまるでいつもの反復の様でしかなかったが。
「諦めて帰るか、牢獄行きになるか! どちらか選べ!」
「クッ……」
幹部を組み伏せた上条の元にクラインは《聖竜連合》のメンバーを躱しながら近づき、手に持っていた刀を幹部の首に突き付けた。
「お前さんたちはもう終いだよ。諦めろ」
「チッ……」
幹部は忌々しそうに舌打ちをすると仲間たちに撤退の指示を出した。
現れてから撤退するまで十分かからなかっただろう。
他のエリアへと引き上げていく《聖竜連合》のメンバーを見送り、全員がいなくなるとトウマやクライン達は息を吐きながらその場に座り込んだ。
たった数分の戦闘でここまで体力を消耗した。それほどまでに集中していたのだ。
「トウマ、キリトは……」
「……助けないとな……」
「いや、一人にしてやってくんねえか……?」
「なッ、どうしてだよ!」
「すまねぇ……あいつは多分とんでもなく大きな物を背負っちまってる……それを断ち切ってやるためには、それが一番だと思う」
「だがッ!」
「分かってる、言いたいことは分かってる」
クラインは落ち着いていた。
まるで、何かを知り尽くしてしまったかのように……。
「……それでも、俺は行くよ。あいつが困ってるんだろ? なら手を差し伸べてやるしかないだろ」
「トウマ……」
そう言って上条はクラインのとめも聞かずに隣のエリア―――ニコラスがいるであろうエリアに駆けていった。
そして、そこで見た。いや、見てしまった。
「……キリ、ト……?」
キリトが剣を振るい、ニコラスのHPが減る。行われている動作はそれだけのはずなのに、心が奪われた。
とても、敵わない、と。
いかがだったでしょうか……?
今回はキリトのボス戦とちょっとした過去の回想シーンでした。
(二十層辺りから六十層辺りまでかなり飛ばして書いてしまったので……)
こんな過去があったのか! と言った具合に読んでいただけていれば嬉しいです。
それでは今回もいつも通りに、誤字や脱字、よりよい表現などありましたら感想までよろしくお願いします!