とある不幸なソードアートオンライン   作:煽伊依緒

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第二十六話(第二十七話)です!

今回はようやく戦闘シーンに入れました……。ここまでの間が長かった気がします……。
久々の戦闘シーン、楽しんでいただければ幸いです!


第二十六話《二刀流》~足りないもの~

キンキンという軽い金属同士が響く。それは単調に規則的に響いているわけではなく、強弱や複雑なリズムを経た上で響いていた。

 

「ギエエエエ」

 

断末魔の叫びの後にパリンと乾いた音を響かせながらリザードマンの死体とも思えるポリゴン片が宙を舞う。そんな中、今しがた刀を振り終えた人間――――頭にバンダナ、体は甲冑という男は軽く刀を振るうと静かに鞘に納めた。

 

「この先はもうボス部屋だけ……なんだろ? 流石にもう結晶でとかで帰っちまったんじゃねえの?」

「んー、だと良いんだが……」

 

頭の先からつま先まで黒ずくめの男――――キリトは呟くようにそう言うと後頭部をポリポリと掻いた。

嫌な予感がする。

その直感はキリトがこの戦場、アインクラッドと言う場所に来た二年前から培われたものだ。そしてこの直感は気味が悪いほどによく当たる。

余りにも静かなこの空気、それはピリピリというかすかな感触をキリトの頬に与えていた。

 

「うわあああああ!」

 

突如として聞こえてきた悲鳴。その悲鳴は最悪の事態をキリトの頭に思い浮かばせるのに時間を掛けなかった。そしてその状況にキリトは歯ぎしりをしながらも自分が今やるべきことを考える。

 

「アスナ!」

「うん!」

 

アスナとともに走り始める。

一刻も早くボス部屋へ向かうために。

 

「おい! ちょっ―――クソッ!」

 

後ろからクラインの声が聞こえてきた。しかし、先程までキリトとアスナがいた場所に何の前触れもなくモンスターがポップする。それはまるで何かに操作されたようにピンポイントであった。

 

「クソッ! キリト達は先に行け! ここは俺たちが引き受ける!」

「分かった!」

「お願いします!」

 

走りながらも後ろを向いて声をかけ、前へ進む。もはや一刻の猶予もないと、より一層肌で感じながら。

 

「頼む、間に合ってくれ……ッ!」

「ちょっと、キリト君⁉」

 

レベルの差であろう。しかし、その僅かな数字の差はアスナとキリトの距離を少しずつ開けていく。

そして見えた。数時間前に来た時二人に恐怖を与えたあの大きな扉は完全に開かれ中の様子がうかがえる。

 

「なッ、……クソッ!」

 

ボス部屋の入り口にキリトはたどり着き、立ち止まり、絶句した。散り散りになった軍の兵士たちとその中央に君臨する青い獣。

そして、それでもなお獣の前に立って指揮を取り続ける一人の男を。

 

「お前等! 早く結晶を使え!」

「だめだ! 結晶が使えない!」

「んな馬鹿な……」

「はあ、はあっ……キリト君、これってどういうこと……?」

 

キリトは唇を噛みつけた。そして、一つ決断をする。その瞬間にキリトの腕と口はひとりでに動き始めていた。

 

「アスナ、これから来るだろうクラインをこの場で引き留めて、これ以上誰一人としてボス部屋に通さないでくれ」

「えっ? それってどういう――――」

 

アスナの疑問に何一つとして言葉を返さず、キリトはボス部屋に向けて走り出した。

そしてキリトがボス部屋に入った直後、彼の背中には透き通るような水色に輝く二つ目の剣が取り付けられている。

 

「せあああああああアッ!」

 

キリトは二本の剣を鞘から抜き放つと獣の前に立ち、今しがた切り捨てられそうになった兵士を庇うように獣の大剣を防いだ。

《クロス・ブロック》その名のとおり二本の剣を十字に重ね、敵の攻撃を受けるスキル。それは二刀流スキルを取るにあたってキリトが最初に着手したスキルでもあった。

そしてそのブロックは叩きつけられた剣を見事に受け止め、弾き飛ばす。

 

「全員逃げろ!」

「だめだ!」

 

キリトの精一杯の言葉は間髪入れずに叫ばれたセリフにかき消された。

キリトは目の前にいる獣に細心の注意を払いながらもチラリと後ろを覗き見る。叫んだのはコーバッツだ。

 

「ここでこいつを倒さねば、倒さねばならんのだ!」

「それにしたってこのままは無理だ! いったん引けッ!」

 

キリトは完全にヘイトをこちらに向けた獣と全力で剣を交えながらコーバッツに向かって叫ぶ。しかし、コーバッツは体全体を小刻みに震わせてその場から動かなかった。

まるで何かに怯えているかのように。

 

「うるさい! 全員、突撃!」

「馬鹿野郎ッ!」

『うおおおおおおおおッ!』

 

獣と正面から相対するキリトの左右を鎧で身を包んだ男たちが突撃していく。その攻撃が一撃、また一撃と獣にダメージを与えるたび獣のヘイトはキリトから周囲の男たちへと移っていった。

キリトは軽く舌打ちをすると今しがた突き刺されそうになった男の前に立ち、ソードスキルを使って剣の軌道をずらす。

 

「ひっ……!」

「逃げろッ!」

「わ、分かった……」

 

ぎこちない動作で立ち上がった男は一目散に出口に向かって走り出す。そしてその姿を見た兵士たちは次々と後を追うように出口に向かって走り出した。

中には傷ついた兵士に肩を貸す兵士までいる。

 

「貴様等あッ! それは命令違反だぞ、後でどうなるか分かっているのだろうな!」

「んなことどうだっていいだろ! 今は逃げて、生きろよ! このままだとお前も死ぬぞ!」

「そんな事は分かっているッ! だが、やるしかないのだ……やるしか、道は残っていないのだ!」

「……どういうことだよ」

 

キリトは兵士に向かって行こうとする獣の背中に連撃を食らわせてヘイトを自分に集める。集めて、集め続けた。一瞬たりとも気を抜けない。抜いたら最後、一撃のもとにキリトは死ぬだろう。獣の攻撃を右に転がって避け、ブレスを肉薄することで躱す。

その技術はもはや一般プレイヤーから見れば気が遠くなるほどの洗練された技術だっただろう。だが、そんな技術を持っていたとしても、キリトのHPは徐々に減っていく。

 

(クソッ……、もうイエローなのか……)

「キリト君!」

「ツッ、来るな!」

 

視界の端でチラリと見る。ボス部屋の入り口前で胸に手を当てているアスナ。その姿に少しの安堵を感じながらキリトは前に向き直る。止まれない、止まることは許されない。

もう一度、今度は獣の奥にいる人影を見る。そのHPバーは赤色に光っていたり黄色だったりと様々だったが、皆共通して息が荒く立つのがやっとな状態であった。

 

「やるしか、ないか」

 

正直言って辛い。それでもやると決めた、もうあんな悲しいことは起こしたくないと思えた。それに……あいつの隣に立ちたい。いつまでも背中を追いかけているだけではだめだと、肌でそう感じた。そのためにも戦う、そして勝たなければいけない。

だからこそ――――。

 

「ウオオオオオオオッ!」

「グオオオオオ!」

 

叫んだ。その途端キリトの叫びに呼応するかのように獣も叫び、ボス部屋中に激しく響き渡った。

そして走り出す。ボスのHPバーは残り二本、ここからが正念場だろう。

キリトは再び気合を入れなおして目の前の獣へと立ち向かっていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

怖い。とてもとても怖い。

それでも、あの動きを見ていると全く自分が敵わないという事を痛感させられてしまう。

魅了される、引き込まれる。キリトと言う一人の剣士の剣技に見入ってしまう。そして感じる、あの剣士の背負っているものは大きいと、細かな事情は分からない。分からないのに感じてしまう。あの真っ黒な背中に一体いくつもの悩みを、痛みを抱えているのか。私には分からない。

アスナはそう思いながらもボス部屋の入り口でキリトの姿を見守り続けた。

 

「キリト君……」

 

胸元に持ってきていた手を静かに握りしめる。助けに行きたい、あの人と一緒に戦いたい。そう言う思いはアスナの中にもあった。だが、心が許さない。それほどまでにキリトの剣技は磨き込まれていた。いや―――違う。

キリトの剣技を観察していたアスナは直前まで感じていた自分の思いを否定した。

 

「通常攻撃は余裕を持てているのに特殊攻撃は捌き切れていない……?」

「こりゃあどういうことだ⁉」

「クラインさん……!」

 

先程の自分の考えを胸の内に戻し、アスナはクラインに話しかけた。

息を荒げ、ここまで全力で走ってきたと見えるクラインには多少の疲労が見える。

 

「どうしてキリトの野郎が一人で戦っているんだ⁉ アスナさん、あんた……」

「私だって……私だって一緒に戦いたい。でも、あんな剣技を見せられたら……いたら邪魔になってしまうかもって……」

「あんな剣技……?」

 

クラインはアスナに言われて初めてしっかりとキリトの戦闘を見たらしい。

目を大きく見開き、口を半開きにしたまま固まってしまった。

ふと後ろを向いてみれば他の『風林火山』のメンバーも続々とこのボス部屋に辿り着いている様だ。

 

「……アスナさん済まねえ、俺の思い違いだった見たいだ。許してくれ」

「いえ、いいんです。頭を上げてください……」

 

アスナがうろたえながらもそう告げるとクラインはゆっくりと体を起こし、ボス部屋の中を見た。正確に言えばボス部屋の中央、キリトと獣との一騎打ちをだ。

 

「確かにあんなもん見せられたら入れねぇよな……」

「ええ、私たちではあんな剣技出来るわけが……」

「でも、なんか足んねえ気がするんだよなぁ」

「クラインさんもそう思いますか?」

 

アスナは食いつくようにクラインの言葉を聞き返した。通常攻撃なら余裕を持てるのに特殊攻撃は上手くかわせない。そんな状況のキリトにアスナは少しの不安を覚えていた。

 

「特殊攻撃……あのブレスみたいな攻撃? そこまで範囲が大きいわけでもねえのにな」

「ブレス……特殊攻撃……?」

 

アスナは頭を捻らせて考えた。そもそもキリトは何時何処でどのようにこの剣技を磨いていたのだろうか、少なくとも五十層くらいからではないだろう。ならば何処で――――。

 

「……分かった」

「えっ? 分かった?」

「ええ、今のキリト君に足りないもの。いえ、足りない人と言ったほうがいいかもしれないわ」

「……そいつは今いないのか?」

「いるはず……なんだけど。もしかしたら呼びにいかないといけないかも……」

「ど、どこにいるんだ⁉」

「多分……―――」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「遅いな、二人とも」

 

誰もいない安全エリアで一人愚痴のように言葉をこぼした。

それでも仕方がないと思ってほしい。かれこれ約束の時刻からかれこれ四十分は経過しているのだ。何かあったのか、とか。考えてしまっても仕方がないと思う。

 

「何もないと良いんだが……」

 

と、その時。

自分以外誰もいなかった安全エリアに激しい足音を立てながら近づいてくる何かに気が付き、さっと身構える。

いくら安全エリアとはいえここは最前線。プレイヤーとして会いたくない人たちも中に入るのだ。

 

「はあっ……はあっ……」

「ん? アスナ?」

 

物凄い速度を維持したまま安全エリアに飛び込んできた待たせ人に少し驚きながら事情を聴く。すると、衝撃の言葉が返ってきた。

 

「トウマさん……キリト君を、助けてあげて……」

「……ボス戦――――か」

 

戦慄する。ボスはただ圏外にいつでもポップする雑魚モンスターとは格が違う。何十人もの先鋭達が必死に戦ってようやく勝てるようなそんな化け物なのだ。それを一人で相手している、それだけで奇跡ともいえよう。

 

「アスナ、走ってきて疲れている中悪い。でも頼む、キリトの所まで案内してくれ……」

「ええ、もちろん」

 

上条の願いに対してアスナは力強くそう返してくると、崩れ落ちそうに見える足をもう一度奮い立たせ立ち上がってくれた。




いかがだったでしょうか……?

久々の上条さんの登場です。本当に久しぶりだなと感じながらも必死に上条さんぽさを出すために頑張りたいと思います……。

ではいつも通りに誤字や脱字、よりよい表現などありましたら感想までよろしくお願いします!

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