今回は前回の後日談のような感じで書かせていただきました。
楽しんでいただければ幸いです!
「ハアアアアアッ!」
「ギエエエエ!」
迷宮区の中に二つの声が響いた。
一つは気合の叫び、そしてもう一つは断末魔の叫びだ。
「ふう・・・・・・」
気合の叫びをあげて人型のトカゲ――――リザードマンを愛剣で切り捨てたキリトは背中の鞘に剣を納め静かに息を落ち着かせる。
その直後、先ほどまでリザードマンが装備していた片手剣と盾、リザードマン自体も激しい音を立てながらポリゴン片となって虚空へと消えていく。
キリトは今、第七十四層の迷宮区に一人で来ていた。
その理由は―――。
「あの時・・・・・・あの時俺は・・・・・・」
数日前、街で受注したクエストによって瀕死状態にまで追いつめられていたトウマを救うためにキリトはクラインやエギルに頼んで急いでトウマを追った。
だが結局、キリトが出来たのはトウマの回復を待つ間のわずかな時間稼ぎのみ。
さらに言えばキリトよりも後に来たカオリの方が時間稼ぎとしても、戦力としても高かったであろう。
「・・・・・・クソッ!」
キリトは顔を上げると迷宮区の奥に走り出す。
その顔は苦々しく、いくつもの悩みがキリトの頭の中を交錯していることをうかがわせた。
「ギゲエエエエエエエ!」
キリトが迷宮区の曲がり角を曲がった直後影から飛び出すようにリザードマンが現れる。
だが、キリトはその奇襲に怖気づくことなく冷静に愛剣を背中から抜きだしてリザードマンの胴に剣筋を一つ付けながらリザードマンの横を走り抜けた。
しかし、当然リザードマンはその程度では倒れない。
それは先ほどまでキリトが相手をしていたリザードマンのHPからしても明らかだった。
カウンターが来る。
経験や勘からそのことを感じ取ったキリトは走り抜けていた体をリザードマンの方へ戻すように右足に力を入れて180度方向転換した。
「ギガアア!」
「フッ・・・・・・!」
思ったとおりにキリトの体を追撃するように起こされていたリザードマンの剣筋を体を捻り避けると、がら空きの背中目掛けて単発式のソードスキルを放つ。
青白い光を帯びて放たれたそのソードスキルはリザードマンの体に赤い一線を入れると、リザードマンのHPを三割ほど削って止まった。
「ツッ・・・・・・」
ソードスキル後の僅かな硬直。
本当にわずかな時間ながら戦闘で起きれば生死を分けるその時間はリザードマンがキリトのソードスキルから立ち上がるよりも早く終わった。
「セアッ!」
そしてキリトは硬直が解けた体でリザードマンが振り向きざまに放つ横なぎの攻撃を剣で弾くようにしながら受け流し、態勢を低くしながらの切り上げをリザードマンに食らわせる。
「ギアアアア!」
キリトの切り上げをもろに食らったリザードマンは大きくのけ反り数歩後ろに倒れていく。
だが、そんな数歩の間すらも関係がないかのように続けざまにキリトはその間を一瞬で詰め、片手剣の四連撃ソードスキルをリザードマンの胴に全てぶち当てる。
「ギエエエエ!」
そのソードスキルによってリザードマンのHPは消し飛び、断末魔の叫びとともにポリゴン片をまき散らしながら虚空へと消えて行った。
「・・・・・・」
キリトはその戦闘によって手に入ったコルや経験値のウインドウをよく見ることもなく閉じると無言で周囲を見渡す。
そして誰もいないことを確認すると、右手を振ってウインドウを開き、装備を変更した。
《二刀流》
キリトがトウマだけに明かしたユニークスキル。
ある意味で言えば、それはキリトの本気とも言えたであろう。
でも、
「俺は・・・・・・使えなかった・・・・・・」
キリトはその場でうつむく。
悔しかったのだ。
あの状況で命を懸けて戦っていたのは、己の全てを懸けて―――命を懸けて戦っていたのは自分以外の人間だったと。
自分だけは、トウマの横には立てていなかったと、そう思ったのだ。
最後の最後でキリトは選択できなかった。
自分のことよりも他人のことを優先して、誰かを助けるという行動をとるトウマの横を歩くことを・・・・・・。
「クソッ・・・・・・!」
一人悪態を吐く。
拳を握りしめて手を震わせる。
そして、また次こそはと思う。
次にあのような事が起こった時には自分は全力を尽くして戦うと。
黒の剣士。
いや、ビーターと呼ばれることを許容し、自ら批判を浴びたその陰のヒーローは自分の胸にそう誓った。
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「こりゃあキリト・・・・・・なんで昨日言ってくんなかったんだよ・・・・・・」
「いや、昨日はあれだ。あんましっかり確認しなかったんだよ、疲れてたからさ」
眼の前の巨漢の男―――エギルはキリトの提示したウインドウを指さしながら震える声でそう言った。
《ラグーラビットの肉》
俗に言うS級食材と言われるものだった。
「俺だってまさか猟師からの報酬にS級食材が入ってるなんて思わなかったんだよ」
「まあ少しわかる気もするが・・・・・・」
エギルは顎を掻きながらそうぼやくと「ふーむ」と唸る。
そしてある程度考えた後、額に深い皺を刻みながらキリトの方を向いて問いかけてきた。
「なあキリト、お前金には困ってねえんだろ? 自分で食べようとは思わないのか?」
「いや、思ったさ。でも俺の知っているプレイヤーにそこまで料理スキル上げている奴がいるかと思うと・・・・・・ちょっとな」
「うーん、俺たちが焼いても焦がしちまうだけだしなあ」
エギルは悲しむように天を仰ぐ。
そんなエギルを見てキリトは(エギルはつまみ食いしたいだけなのでは・・・・・・?)などと思いながら顔には出さない。
ふと、どうしようかと悩んでいるとキリトの肩が叩かれる。
なんだ? と思いキリトが振り向くとそこには―――。
「こんにちわキリト君」
「ア、アスナ?」
「なんで疑問形なのよ」
少し頬を膨らませながらそう告げる少女―――アスナは特に機嫌を損ねた様子もなくため息を一つ吐くと片目をつぶりながらキリトの方を見てくる。
「えっと――アスナ? なんでこんなゴミだめみたいなところに来ているんだ?」
「・・・・・・もうすぐボス攻略だから生きているか確認しに来たんじゃない」
「フレンドリストに登録してあるだろ・・・・・・?」
キリトは顔に疑問を浮かべながらそう告げる。
因みに先ほどキリトがゴミだめと言った時、エギルはかなりムッとした顔をしていたがキリトは気にせず話を続けていく。
「はあ・・・・・・まあいいわ。それで? キリト君はこんなところで何をしているの?」
「ああ、そうだ。アスナ、今料理スキルの熟練度ってどの辺?」
「質問を質問で返してこないで―――と言いたいところだけどまあいいわ。驚きなさい? 先週コンプリートしたわ」
『なっ・・・・・・⁉』
アスナのその言葉にエギルとキリトは絶句する。
攻略の鬼とも言われるあの閃光のアスナが料理スキルをコンプリート。
キリトはそんなところに少しの乙女心のようなものを感じながら、頭を左右に振って赤くなり始めていた顔を元に戻す。
「その料理の腕を見込んで頼みがある」
「な、何よ・・・・・・」
キリトが真剣な表情でそう告げるとアスナは少し頬を赤くしながら言葉を返してくる。
だが、キリトはその表情に気が付くことなくウインドウを操作すると、先ほどエギルに見せていたウインドウを今度はアスナに見せた。
「え・・・・・・? 嘘・・・・・・ラグーラビット⁉」
「取引だ。これを料理してくれたら一口食わせてやる」
「ぶん・・・・・・」
「え?」
アスナは一度ラグーラビットという文字を見て目を丸くして驚きながらも、次の瞬間には顔を伏せて小さいながらにも何かを喋り始める。
「アスナ・・・・・・?」
「半分」
「えっと――」
「はーんぶーん!」
「わ、分かった・・・・・・」
「やったあ!」
アスナはキリトの了承の声を聞いて喜びの声を上げながら顔に笑みを浮かべる。
その笑顔に一瞬ドキッとしつつも、まあしょうがないかと思い「ふう・・・・・・」と息を吐く。
「そんじゃそう言う事だから取引中止な」
「おいキリト・・・・・・? 俺たちダチ・・・・・・だよな?」
「感想文を八百字以内で書いて来てやるよ」
キリトはそう言いながらもアスナと一緒にエギルの店から外に出ていく。
前を見ればアスナは相当ご機嫌な様だった。
代わりに後ろからは「そりゃねえよ・・・・・・」という悲痛な声が聞こえてきたが、キリトは聞こえなかったふりをして、アスナの後ろを追って外に出ていき店の扉を閉める。
「それで? どこで調理するの?」
「えっとー、うーん・・・・・・」
「どうせキリト君のことだから家にはろくな調理道具すらないんでしょ?」
「ご名答・・・・・・」
キリトはアスナの推察に素直に負けを認め、調理器具が何もないことを告げるとアスナに苦笑いを見せた。
するとアスナはキリトから少し目を逸らして頬を少し赤くしながら声を発する。
「今回だけ、食材に免じて私の部屋を提供しなくもないけど」
「マジでか⁉」
「う、うん」
「サンキューアスナ!」
「ど、どういたしまして・・・・・・」
キリトはその時、上手い飯が食えるという思いと女子の部屋に行くという事から感情が高ぶった。
また、アスナの方は自分の部屋にキリトを呼ぶという行為に先ほどよりも色濃く頬を染めていたが、互いに互いの思いには気が付かないままキリトたちはアスナの家へと向かって行く。
そんな時、ふと周りの情景を見ながらキリトは思うところがあった。
「なあアスナ、お前護衛とかは付けないのか?」
「え? ああ、うん。前までずっとぴったりついてくる人がいたんだけどね・・・・・・」
「そうなのか」
アスナは少しテンションを下げながらそう呟く、少し聞いてはいけないことを聞いたかと思ったが聞いておくべきだとキリトは感じた。
「名前はクラディールって言うんだけど・・・・・・正直どこでも一緒についてくるからちょっと息苦しかったのよね」
「護衛っていう名目がなければただのストーカーだな」
「ええ、確かに規律は大事でその規律をギルドに植え付けたのも私だけど・・・・・・ちょっとね」
「それで、どうしてその男は今はいないんだ?」
キリトは自然と疑問に思った事をアスナに問いかける。
すると、アスナは少し顔を緩めながらキリトの質問に答えた。
「えっとね、ギルドの意向が少しだけど実力重視に変わったの。そのおかげかな、護衛の人も変わったのよ」
「なんて奴に?」
「ふっふーん! 聞いて驚かないでね?」
「お、おう・・・・・・」
「トウマさんになったのよ」
「・・・・・・はい?」
キリトはアスナの言ったことを信じられないとばかりに目を見開く。
あのトウマがギルドに、いや《血盟騎士団》に入った。
そして何かの因果かアスナの護衛に―――。
「いやいやいや、そうであっても何かおかしいだろ」
「そう? 私は当然な判断だと思うけど・・・・・・」
「そもそもあいつギルドに入ったのか⁉」
「いいえ? ギルドには入らずにただの雇われ護衛よ?」
「な、なんだ・・・・・・」
へなへなと力が抜けていく。
今までのは全て杞憂だったのか、と。
「でもなんで当然な判断だって思うんだ?」
「だって、あの人オレンジプレイヤーを捕まえていたじゃない」
「あ、そういう事か」
「何人も捕まえてオレンジプレイヤーとの戦闘に慣れている人が護衛なら、PKの心配はいらない。実際モンスターとの戦闘も危惧しなくちゃいけないけど、あの人はそこも優れているしね?」
「ああ、そうだな」
キリトは少しぶっきらぼうにそう告げる。
再確認させられた。自分ではまだトウマの背中に手すら届いていないという事を。
「因みにトウマさんにはお願いして、護衛の時間を短くしてもらってるのよ。私だってプライベートな時間は欲しいもの」
「・・・・・・」
「キリト君? 大丈夫? 顔色悪いよ?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
「まあ、いいけど」
アスナは少し不安を隠せないというような表情をしながらも前を向いて転移門を目指す。
その背中を少し、いや気分的にかなり疲れたキリトが追いかけていく。
何度もここに降り立ったせいか見慣れてしまった五十層の町並み。
そんなものをぼんやりと眺めながら歩いていくといつの間にかアスナが先に転移門に入ってしまっていた。
「転移、セルムブルグ」
そう言うとアスナの体がキリトの見守る眼の前で青白い光に包まれ始める。
そしてそのままアスナはキリトのことを穏やかな笑顔で見ると口パクで「先行くよ」とだけ告げて先に行ってしまう。
キリトはそんな変わらないアスナに対して少しだけ安心しながら急いで追いかけようと思い転移門に入る―――。
が、その時。
「ッツ・・・・・・!」
気配を感じる。
いや、気配と言うよりももはや殺気だった。
迷宮区に挑むときのようなものではない、どちらかと言えばオレンジやレッドプレイヤーから感じ取れる様なそんな殺気。
しかしいくらキリトが周囲を見渡しても、夕方で人が多いこの場所では不審な人物などパッと見では判断し辛い。
早々に捜索を諦めるとキリトもアスナの後を追うべく転移門の中で階層の名前を叫ぶ。
「転移、セルムブルグ」
そう呟くと体は青い光に包まれて消え、次の瞬間には解放感にあふれる61層に到着していた。
あの殺気は何だったのか、キリトは瞬時迷うが、目の前で来るのが遅かったキリトに対して頬を膨らませているアスナを見るとそんな不安は消えてしまう。
五十層の先ほどまでキリトたちがいた場所で拳を握りしめて震えている男がいるという事にも気が付かずに・・・・・・。
いかがだったでしょうか・・・・・・?
前書きでも書かせていただいたとおりに今回の話は一応、後日談です。
また、主人公もキリト視線で書いてみました。
楽しく読んでいただけていれば幸いです・・・・・・。
ではではこの辺で、いつも通りに誤字や脱字、よりよい表現などありましたら感想までよろしくお願いします!