自分が、美人で可愛い事は、誰もが認めている事。
私も、自覚している。
綺麗な顔立ち。
プルプルな唇。
パッチリした目。
スレンダーな体。
「全女性の憧れです」
なんて、駆逐艦たちにも言われたっけ。
なのに、どうして?
「陸奥、そろそろ演習だぞ」
「待ってよ。まだお化粧が…」
「戦闘に化粧が必要か?」
「長門も少しは気を遣ったら?」
お化粧に妥協は出来ない。
少しでも、綺麗でいたいから。
鏡の中の自分が微笑む。
よし、今日も可愛い。
「しかし、お前の所の陸奥は美人だよな」
演習が終わった後、提督が、相手の提督と話す声が聞こえた。
「俺の所にも、あんな綺麗な戦艦が配属されないかな」
「戦艦の資材運用は大変だぞ」
「傍にいてくれるだけでいいんだ。それだけでも癒される」
「ははは」
傍にいてくれるだけでいい…か…。
私も、提督に、そんな事、言われてみたいな。
駆逐艦達と戯れているのは、別に気にならないけれど、同じ戦艦と楽しそうに話す提督を見るのは、辛い。
金剛型や大和型と楽しそうに食事したり、最近では、Bismarckとドイツ語でコミュニケーションを取ったりもしている提督。
長門ですら、お酒を組み交わしたりしているらしいのに、私だけは、何故か、他人行儀な気がする。
「提督、今日のお化粧、どうかしら?」
「ああ、完璧だな」
「うふふ。提督の為に頑張ったんだから、もっとよく見てよね」
「ははは、ありがとう」
そう言うと、また、仕事に戻ってしまう。
それ以上、進まない。
どうして、どうして貴方だけ、私を、褒めてくれないの?
認めてくれないの?
もっと、私を見てよ。
「どうした陸奥。鏡なんか見つめて」
「長門、私って、綺麗…?」
「ああ、綺麗だ。皆、噂してるぞ。鎮守府の中で一番の美人は、陸奥だって」
「提督は?」
「ん?」
「提督は、なんか言ってた?」
「提督か?いや、特に聞いたことないな…。あの男、大人しい女性が好みっぽいからな」
「え?」
「秘書艦の鳳翔。主力の大和。最近だと、榛名とよく話しているのを見かける」
「皆、大人しいというか…お淑やかね…」
「羽黒なんかも、最近改二になって、提督は一目置いているそうだ。鳳翔がお店をやりたいそうでな、次期秘書艦は羽黒なんじゃないかって噂だ」
お淑やか。
地味だけど、色んな魅力を持っている。
大人。
私とは違う意味での、大人。
「陸奥?」
「…そうなの。確かに、そう言われればそうよね」
「私達も、せめて、主力になれるよう頑張らないとな」
「…うん」
どんなに頑張っても、結局は、主力にしかなれないの…?
私は、提督の、特別に、なりたいのに…。
「お淑やかに…か…」
台所に着いたのはいいけど、お茶の入れ方が分からなかった。
湯のみも、何処にしまってあるのか分からない。
「陸奥さん?」
そこに、鳳翔が、お盆を持って現れた。
「お茶ですか?湯のみはこちらですよ」
「あ、ありがとう…」
「丁度、提督にお茶を出すところだったんです。陸奥さんの分も用意しますね」
そう言うと、戸棚から提督専用と見られる湯のみを出した。
そんなもの、あったんだ。
私、本当に、何も知らないのね。
提督に、お茶を出そうだなんて、考えるんじゃなかった。
鳳翔に、対抗しようなんて、考えるんじゃなかった。
「…やっぱりいいわ。ありがとう」
そう言って、逃げるようにして台所を出た。
どうして、あの人を好きになってしまったんだろう。
他の誰かなら、きっと、すぐに、私を見てくれるのに。
どうして、よりによって、あの人なんだろう。
「提督のばか…」
諦めなきゃいけないのに、諦めきれない。
苦しい。
化粧ばかりしていた自分。
提督に尽くした鳳翔達。
もっと、提督に尽くしていれば。
でも、もう、遅かった。
「どうした、陸奥」
「ごめんなさい…」
「最近、調子が悪いじゃないか。小破はいいとしても、中破・大破が多すぎるぞ」
怒られる事はあっても、褒められたことなんて、あまりない。
お化粧も、戦いも、全て。
「戦艦の資材運用は大変だぞ」
提督の言葉を思い出していた。
今の私は、ただのお荷物だった。
傍にいる事も、意味を持たない。
「お前にはもっと演習をしてもらって…」
「やめるわ…」
「え?」
「もう…やめるわ…。どうでもよくなっちゃった…」
「陸奥、何を言って…」
黙って部屋を出ようとした。
私の手を、提督が掴む。
「待て!どういう意味だ!」
「放してよ!」
「!」
「なに…?なんで止めるの…?私がいなくて困る事なんてある…!?ないでしょ!?それとも…演技?呼び止めなかったら、長門に文句を言われるから!?」
「…」
「私なんか…何をやっても駄目なの…。戦いも…」
その先を言ってしまいそうになり、私は、堅く、口を閉ざした。
「…陸奥」
提督は、手を放さなかった。
初めて触れた、提督の手。
想像したより大きくて、温かかった。
「戦いが全てではない。そう自分を卑下するな」
「だったら、私になにがあるっていうの…?ねぇ…提督…どうしたら…貴方は…私を…褒めてくれるの…?」
とうとう、言ってしまった。
そして、堪える事の出来なかった涙が、抵抗を失って、ボロボロと、零れた。
「お化粧も頑張った…。提督が褒めてくれるって…見てくれるって思って…」
「…」
「貴方の特別になりたかった…。戦闘が強いわけでもないけれど…お化粧だけは自信があった…。でも…お化粧も駄目で…戦闘でもお荷物なら…ここにいる意味は…もはや…無いに等しいのよ…」
「陸奥…」
止めようとしても、涙が止まる事はなかった。
むしろ、そうすればするほど、溢れた。
「ふふふ」
提督が笑った。
「何が可笑しいのよ…」
「いや、すまない。その…涙でアイラインが…」
「あ、いやだ…」
咄嗟に顔を隠した。
「お前は化粧なんかしなくても、十分美人だよ」
「…慰めなんかいらないわよ」
「そんなんじゃないさ。ずっと思っていたことだ」
ずっと思っていた…?
「…化粧…私の為にしてくれたっていうのは…本当か…?」
「え…?…うん」
「…そうだったのか」
提督は、意味ありげに、息を吐いた。
「いや…ずっと…お前が私をからかっているのだと思っていたのだ」
「からかう…?」
「私の周りは、大人しい艦娘が多い。滅多に心を開いてはくれない。そんな中で、お前のようにストレートに心を開いて来る艦娘は、きっと私をからかっているのだと思ってしまったのだ」
「そんな…私は…本当の気持ちを…」
「…そのようだな」
そう言うと、提督は、帽子で顔を隠した。
「…もしかして、提督…照れてる…?」
「…いや?」
顔が赤かった。
「…提督」
「なんだ?」
「私の事…どう思う…?」
「どう…とは…?」
「提督が私に対して思っている事…全部聞きたい…!からかってないって分かった今なら…本当の事…言ってほしい…!」
提督は、少し詰まった後、少しずつ、語りだした。
私を美人だと思っている事。
高嶺の花だと思っている事。
化粧が綺麗だった事。
色んな事。
「…それを聞いていれば…もっと…頑張れたし…悩まなかったのに…」
「すまなかったな…」
「でも…嬉しい…。私の努力は…無駄じゃなかったのね…」
提督は、相変わらず、帽子で顔を隠している。
「提督…」
帽子を取り、提督の目をじっと、見つめた。
「もっと…私を見て…。私はずっと…貴方を見ていたんだから…」
「…あぁ」
言葉と裏腹に、提督は目を背けた。
「提督!」
「すまない…。その…ふふふ」
「あ…」
「とりあえず、化粧…直して来い」
「…うん」
「おはよう提督」
「おはよう。今日もばっちし決まってるな」
「ありがとう。提督も素敵よ」
「ありがとう」
あれから、私は鳳翔から引き継いで、秘書艦をやっている。
やることは沢山あるけれど、一番近くで提督を見れるし、提督も、私を見てくれる。
それだけで、私は幸せだった。
「新しい海域には、戦艦が必要だわ」
「陸奥、いけるか?」
「提督の為に頑張っちゃうわ」
貴方の為なら何でも出来る。
「あ…」
「どうした?」
「…ううん。なんでもないわ。もうそろそろお昼ね。ねぇ、なに食べる?」
「う~ん…そうだな…」
お化粧も、何もかも、全て、提督の為に尽くしている今の私は、お淑やかになれているのかな。
「提督」
「ん?」
「好きよ」
「…あぁ」
相変わらず、帽子で顔を隠す。
もう、からかいだなんて思っていない証拠だ。
いつか、「私もだ」って、言わせるんだから。
そんな決意と共に、私達は鳳翔のお店へと向かった。