いつもそうだ。
欲しいおもちゃを買ってもらった時と、同じ。
興味がないって、そんな態度を取ってしまう。
本当は、嬉しいのに。
感情をモロに表へ出す事は、恥ずべき事だと思うし、大人と呼ばれる者は皆、感情をコントロールし、振舞っていた。
艦娘。
普通の女の子とは、訳が違う。
戦場に出て、戦い、命を守る。
普通の女の子ではいけないのだ。
だからこそ、感情をコントロールして、大人の振る舞いが必要なのだ。
「また演習か…。だるいなぁ…」
「望月ちゃん、しゃきっとしないと!ほら、あそこで司令官が見てるよ」
「んぁ~…」
「もう…」
司令官が見ている。
こういう時、私は、やっぱり、あくびが出てしまうのだ。
「司令官!ボクの活躍、見ててね!」
皐月に手を振る司令官。
私には、あんなこと、出来ないな。
やっぱり司令官は、こういう素直な子が好きなのだろうか。
だとしたら、正反対な私の事は、きっと…。
「へっへーん!ボクのこと、見なおしてくれた?」
「ああ、良くやったな皐月」
「へへへ~」
強いな、皐月。
いつもMVPを持って行って、司令官に褒められてる。
私がMVP取ったら、司令官は褒めてくれるのかな。
「…だる」
無理だと分かると、こうして強がる癖も、昔からだ。
逃げ。
大人だとかなんだとか言って、本当は逃げているんだ。
現実から。
分かっちゃいる。
分かっちゃいるけど、私には、どうしようも出来ない。
「今度も期待してるぞ、皐月」
「まっかせてよ!司令官!」
私はもう一度、あんな風に話せるだろうか。
昔のように。
司令官がこの鎮守に来たばかりの頃。
出撃や演習も、艦娘がすくなかったせいか、比較的、暇な日々が続いた。
「ま~たこんな所でサボってるの?」
鎮守府の見える丘の上。
ここで司令官は、サボっている。
「今日やることは、もう終わった。望月、お前もそうだろう」
「ま、そんなところ」
「これから艦隊も、もっと大きくなってゆく。そうしたら、こうして休むことも出来ないだろう。だから、今のうちから休んでおくのだ」
「またそれ?サボるいい訳じゃん」
「そういう事を言えるうちは、平和な証拠だ」
あの時から、もう随分経った。
司令官の言うように、艦隊は大きくなり、サボる暇もないくらいに忙しくなった。
昔のようにフレンドリーに、っていう風にはいかなくなって、戦場で活躍する艦娘しか、司令官と関わる事がなくなった。
私はあの日から、一個も成長しなくて、こうして演習ばかりをこなしている。
その演習でも、後から配属された皐月に負けている。
「だるい」
そんな現実に強がりを重ね、こうしてきた。
何も、何も変わっていないのは、私だけ。
そんな私が、皐月のように、話していい訳がない。
頑張らなきゃ。
頑張らなきゃ。
でも、そう思うたび、私の足は止まる。
私なんかが、頑張ったところで、何も変わらない。
そんな思いが、足を引っ張る。
大人になろうと、謙遜し、必死になる事を恥じ、抑えてきた。
その行動が、私自身を苦しめている。
どうしようもなくなって、強がりを重ねる。
そうしてまた、苦しむ。
「…しんどいなぁ」
こんな事、誰にも相談出来ない。
それもこれも、自分が蒔いた種。
自業自得。
そんな思いもまた、私を苦しめた。
風の強い日だった。
空は雲一つないくせに、風が冷たくて、暖かいんだか寒いんだか、よく分からない天気だった。
こうして丘に来るのも、最近は、馴れたものだ。
「おー…大変そうだなぁ…」
鎮守府は相変わらず、忙しそうに見えた。
コンテナを積むクレーン。
砲撃訓練をする艦娘。
私は、ここでサボり。
「…駄目だな。私」
せめて、同じように訓練したりすればいいのに。
何をすればいいのか、分かっている。
でも…。
「望月」
振り向くと、司令官が立っていた。
自分の創り出した幻影かと思った。
「お前は変わらないな。まだここでサボっていたのか」
私の隣に座る司令官。
どうして、こんなところに。
「…鎮守府の改修工事でもするの?」
「改修工事?」
「その為にここに来たんじゃないの?ここなら、鎮守府を一望出来るじゃん」
そうだ。
サボりに来た訳がない。
きっと、何か意味があってここに来たんだろう。
…って、なに考えてるんだろう。
どうしても、自分に都合のいい現実から、逃げてしまいがちだ。
「違う違う。サボりにきたんだよ」
「え?」
「ずーっと、忙しかったからな。ここにも、ずっと来ていなかったし」
「で、でも…鎮守府…忙しそうじゃん。サボってていいのかよ…」
「いいんだ」
「でも…」
「…艦隊が大きくなれば、俺の指揮がなくても、勝手に進むと思っていた。だから、サボらず頑張ってきたけど、ちっともそんな事はない。未だに、演習すら、俺が立ち会わなきゃならない」
「…サボる為に頑張ってきたって言うのかよ」
「それ以外に何がある?」
「…ばっかみたい」
私は、何も分かってなかった。
ずっと、司令官は、変わってしまったのだと、思っていた。
だけれど、司令官も、変わっていなかった。
私は、ずっと、勝手に悩んでいたんだ。
無駄に、頑張ろうとしていたんだ。
何もせずとも、司令官が目指す先に、この場所があったんだ。
「何も変わってないんだね。司令官」
「お前もだろう。望月」
「…そうだね」
遠くで大きな爆発が起きた。
高い水しぶきが、煙のように漂うのが見える。
「魚雷の訓練かな」
私の問いかけに、司令官は答えなかった。
「ねえ」
司令官は寝ていた。
無理もないか。
「サボる為に頑張る…か…」
もし、そんな事が出来たのなら、司令官は、ここに来るのかな。
そうだとしたら…。
「…私も…ばかなんだろうなぁ…」
「最近、望月ちゃん頑張ってるよね」
「ぶー…」
「およ?どうしたの皐月ちゃん」
「望月にMVP取られた…。司令官に褒められたかったのに…」
「強くなったもんね。望月ちゃん」
「ボクも負けられないよ!司令官に褒めてもらうんだ!」
「睦月も頑張らなきゃ!」
勝つとか負けるとかはどうでもいいんだ。
今はただ、強くなる。
私が強くなって、司令官を楽にさせてやる。
もう逃げない。
司令官は、ずっと、変わらずそこにいてくれる。
だったら、私も、そこに向かうだけだ。
あれから数年。
やっぱり戦艦とかには敵わないけど、駆逐艦の中じゃ、まあまあ強くなった。
「久しぶりに、あの丘に行ってみようかな…」
「よう」
丘に着くと、既に司令官が座っていた。
「サボりか?」
「うん」
「最近のお前は頑張りすぎてたからな」
「…戦艦、凄いね。長門なんて、司令官がいなくても、指揮を取ってる」
「俺、もういらねえかもな」
「かもね」
「否定しろよ」
結局、私は、司令官に楽をさせてあげる事は出来なかった。
力には限界がある。
けれど、それを証明できたことは、とても大きい。
「やっぱ、サボってるほうが、私には合うのかも」
「何を今更」
「司令官だってそうだったじゃん。頑張って、結局ここに落ち着いた」
「俺は最初から分かってたさ」
「本当かよ…。じゃあ何で頑張ったのさ?」
「…まあ、なんと言うか、お前の為でもあったんだよ」
そう言うと、司令官は恥ずかしそうに頭をかいた。
「私の為?」
「進まないと、ずっと駆逐艦が頑張る事になる。そうなったら、お前がサボることもできないだろう?」
え?
「だから、楽させるように頑張ったんだ。でも、どういう訳か、ここ数年、お前が急に頑張りだして…」
「…なにそれ。私なんかの為って…ばかじゃん…」
「馬鹿とはなんだ」
「私だって…司令官の為に頑張ってたんだ…。司令官が楽できるようにって…」
自分でも驚いた。
こんなにも、簡単に、本音が言えるようになっている。
「そうだったのか…。だけど、結局は戦艦に持ってかれたって?」
「うるさいなぁ…。司令官だってそうじゃん」
「…戦艦ってすげーな」
「だね…」
そう言い、二人で笑いあった。
「そんな戦艦が頑張ってくれてるんだ。俺達はここでサボってよう」
「そうだね」
今日も風が強い日だった。
けれど、風は温かい。
「今だから言うけど、俺はお前とこうするのが好きで、頑張ってたところがあるんだ」
遠くで、また、爆発が起きた。
水しぶきが上がらないところをみると、戦艦の砲撃だろう。
「…お礼だけ言っとくわ…サンキュー…な」
「私も」なんて、積極的な言葉は、まだ言えない。
でも、伝わったのだろうか、司令官は、私の言葉に、笑った。